腫れた頬と得たもの
「……!」
じんわりと増す頬の痛みに、プリムは正気を取り戻す。叩かれた頬に手を当ててカルセオの目を見る。
「なんのために怪我をしたのかわからないじゃないですか。あなたはあなたの仕事をしてください」
「す……すみません」
必死さのこもる瞳を見て、プリムは気を引き締める。
(そうだ。これはあたしの初仕事なんだ。依頼主に怪我をさせて……その上で逃げるなんてことできない)
「――ありがとう。もう大丈夫です」
力強くうなずいて見せる。もう大丈夫だ。
(彼の言うとおりだわ。あたしはあたしの選ぶ道を歩こう。あの時、誓ったじゃない)
プリムは精神を整える。迷いなく一つに束ねられる心。一から構築される魔法。練りあがる魔法陣のイメージ。
「この状況で……!」
自身の身体が光りだしたことにエミリーは驚愕する。闇色の炎はもう完全に消えている。代わりに足元には魔法陣が展開していた。複雑な文字、様々な図形が重なった白い魔法陣。
「肉体より放たれし 清き生命の源よ 世界の均衡に基づいて あるべき姿 あるべき形に戻りたまえ!」
一言一言がはっきりと発音される呪文には今まで以上の力がこもっている。全力で、抜かりなくエミリーに宿った魂を引き剥がすために。
「……そんなことが可能とはね」
白い光の柱に貫かれたエミリーはほかの人形のように絶叫するのではなく、どこかほっとするように一言呟いて力を失った。床に崩れた人形からは何の力も感じられない。どこにでもある人形と同じだ。
「やった……」
プリムはぺたんとその場に膝をつく。立っていられるほどの余力はなかったが、気を失うほどではなかったようだ。
(でも今の魔法陣、なにか形が違ったような……?)
「解除できたようですね。さすがプリムさん。お疲れ様です」
動かなくなったエミリーを見ると、痛みに耐えながらカルセオは笑顔を作る。
「はい……それはそうと、傷は大丈夫なんですか? ――って、結構血が流れているじゃないですか! すみません、あたしが……」
プリムはカルセオの首元を見て慌てる。上着の白い部分は真っ赤になっていた。
「大したことない……ってこともなさそうですね。すぐに病院に行きますよ。あなたは大丈夫ですか? さっきはその……叩いてしまってすみませんでした。しかも思いっきり……女性の顔だと言うのに……」
申し訳なさそうに頭を下げる。その拍子に開いた傷口にカルセオは顔をゆがめる。
「いえ、そもそもあたしがいけないわけで……とりあえず、早く処置をしたほうがいいわ。エミリーのことならもう問題はないと思います。すぐに病院に行きましょう」
ディルを手繰り寄せるとプリムは立ち上がる。足元がふらつくが、歩けないほどではない。
「はい」
カルセオはほっとしたように笑むと、角灯を手にとって部屋をあとにした。
夕方に戻ってきたプリムの頬を見てリーフは驚いた。
「どうしたんだよ、その顔」
濡れたハンカチで頬を冷やしながら部屋に入ったプリムにリーフは駆け寄る。
「あたしの未熟さの象徴よ」
「なんだよ、それ」
「言ったまんまよ」
荷物を寝台の近くに置くと、プリムはすぐに横になる。
「その袋はなんだ?」
置かれた荷物の中には見慣れない袋が混じっていた。
「依頼主に怪我をさせてしまったんで病院に行ったの。そしたらあたし、倒れちゃってね。魔力の使いすぎだろうって、栄養剤を処方してもらったのよ。今日のお仕事でもらった報酬が思ったより良かったから、自分にご褒美」
カルセオが支払った金額はかなりのものだった。今まで通りの旅をするならば一ヶ月程度は苦労しないほどの額だ。プリムはカルセオに怪我をさせてしまったことから一度は断ったのだが、始めからこの金額での契約だったからと言ってカルセオは譲らなかった。カルセオ自身の怪我は出血の割には重傷ではなく、一週間もすればほとんど気にならなくなるとのことだ。これで仕事に戻れると嬉しそうに語っていたカルセオの姿がプリムには印象的だった。
「そっか……」
言いながら、リーフはプリムの頭をなでる。プリムはくすぐったそうに目を細める。
「で、エミリーにはあなたの魂が付着していたみたいなんだけど、ちゃんと戻ってきてる?」
「あぁ。それはばっちりと。かなりびっくりしたけどな」
「ならよかった」
嬉しそうにプリムは微笑む。
「ちょこっと寝るね。食堂が閉まる前には起こして」
「わかった。お休み、ミストレス」
安心しきった表情で、プリムはすぐに眠りに落ちる。そんなプリムに、リーフは毛布を掛けてやった。
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