依頼人の屋敷
翌朝の食後、ジギタリス邸前。プリムの依頼人の家である。
低木の柵で囲まれたレンガ造りの屋敷はプリムの故郷がある地方の家とはまた違った形をしている。この町にある一軒家の多くは古くからここにあるもので、いずれもなかなかの広さを持っている。ローズ邸と比べればやや劣るが、それでも十分以上の大きさの屋敷がこの町には多い。ジギタリス邸はこの町では一般的な家といえる。
玄関の前までやってくると、プリムは扉を叩いた。
「ごめんください」
少しして扉が開き、目の下にくまがうっすらと浮かぶやつれた様子の青年が顔を出す。
「はい、なんでしょう?」
プリムは許可証を取り出し、彼に見せると自己紹介をする。
「魔導人形協会から紹介されたプリム=ローズです。詳しいお話をお聞かせくださいませんか?」
「あぁ。あなたが。どうぞこちらへ」
二十代半ばくらいの青年は優しげに微笑むとプリムを中に通す。
通された応接間は年季の入った革張りの椅子と机、暖炉がある部屋で、調度品も古く洒落ている。プリムは椅子に腰を下ろし、人が来るのを待っていた。
「すみません、お待たせしてしまって」
先ほどの青年が紅茶の入った陶器の碗を二客持って現れる。向かい合わせの位置にある椅子の前に立つと、彼自らプリムの前に置いた。
「どうぞ」
プリムが受け取ると、彼は自身に用意した碗を手前に寄せ、椅子に座る。
「普段はお手伝いさんがやってくれるのですが、ちょっと留守にしていましてね」
青年は紅茶を一口すすると苦笑する。
「紹介が遅れました。僕はカルセオ=ジギタリスです。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
プリムは頭を下げる。
「早速仕事に取り掛かって欲しいのですが……なにぶんあなたで三人目なので、不安な点も多くて」
「三人目?」
プリムは目を丸くする。魔導人形協会に依頼しても解決していないなんてと、不思議に感じる。
「えぇ。話は十日前に遡るのですが――ジギタリス家は行き場のない人形を預かったり供養したりすることを生業としております。そのお預かりした人形の中にエミリーという名前の観賞用人形がありまして、それが問題を起こしているのです。供養することを生業としているくらいですので、解除呪文に秀でている血筋のはずなのですが、お恥ずかしい話、失敗してしまいまして」
カルセオは苦笑する。解除を行ったのはおそらく彼なのだろう。
「このままではほかの人形にも影響が出るだろうと協会に依頼したのです。ギューフェオーの支部といえばその規模で有名ですが、やってくる人も多い。除霊師となるとそれなりに数は限られますが、すぐにこの屋敷にやってきてくださいました。そこそこ名の知れた傀儡師です。経験も多く積んでいるとのことでしたので依頼したのですが、何かほかの魔術の影響を受けているらしく全く歯が立たない。その方は悔しそうな様子で去っていきました。こんなことは今までになかったことだ、と言い残して」
他人が
「……は、はぁ」
プリムはだんだんと不安になってきた。一般の傀儡師ではなく、専門家であるはずの除霊師が諦めてしまうほどの人形。初仕事でこんな大仕事をこなすことができるのだろうか、と疑問が湧いてくる。しかし、その人形がリーフの作ったものである以上、一目見て確認する必要はある。今のところディルに反応は見られないが、まだ可能性はあった。
「現在は陣魔術による隔離処理をして行動範囲を抑えています。それが破られない限り安心でしょうけど、いつまでもつことか。できるだけ早期の解決を期待しているのです。除霊師として有名なローズ家と聞いて安心したところなのですが……」
プリムの幼い容姿にカルセオは不安を感じるらしかった。それでもすぐに断らなかったのは、プリムの血筋の知名度があったからだろう。言葉を詰まらせたものの、その表情は真剣だ。
「――陣魔術、ですか」
一方、プリムは別のところに注目していた。今でこそ人形職人や傀儡師が応用として使用する程度に限られるが、その親であるのは陣魔術と呼ばれる魔法陣を中心とした魔術なのだとリーフが説明していたのを思い出す。それを扱っている人物に会うのは初めてだった。
「えぇ。ジギタリス家は人形職人魔術が発明されるずっと以前からこの町で陣魔術の研究を行っておりまして。現在の家業もその応用で、人形職人や傀儡師の許可証は持っていないんですよ」
「そういうことでしたか」
プリムは納得する。許可証を持っていないのに魔導人形を扱えるというのなら、おそらく人形屋を営む人間と同じ権限を与えられているのだろうと推測する。職業選択の自由をこの国は与えているが、その中でも魔導人形に関係する仕事は例外で、魔導人形の取り扱いには制限がかかっているからである。
「早速エミリーと対面しますか? このままでは僕の身が持たない」
カルセオは苦笑する。
「陣魔術に魔力を?」
プリムは心配そうな表情でカルセオを見つめる。
「いえ……エミリーの件でお手伝いさんを一時的に帰郷させてしまって……。ずっと独りでこの家のことをしていたものですから、体力に限界が……」
独りでやっていたにしては片付いているけどなあとプリムは感心する。だが、カルセオの顔色が悪いのはその所為であるようだった。
「それは大変でしたね。人形に対する心配もありましょう。早速仕事に取り掛からせていただきます。案内していただけますか?」
気遣うつもりでプリムは言う。カルセオの表情が晴れやかになった。
「はい。こちらです」
立ち上がるとすぐにカルセオは扉を開けてプリムを案内する。
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