背後にいる者

 どのくらい眠っていたのかはわからない。おなかが空いていたのは確かなことで、プリムは自分のおなかの音で目が覚めた。思わず頬を赤くして顔を上げると、目の前ではリーフがプリムを優しげな表情で眺めていた。どうやら机に突っ伏すような形で眠っていたらしい。


「おはよう、ミストレス」


 やんわりと笑む。おなかの音が聞こえていたはずなのにそれを突っ込まないのは非常に珍しい。その不自然さとミストレスと呼ばれたことに対する嫌悪感からプリムはむっとする。


「その呼び方、気に入らない」


「膨れるなって。尊敬の念を込めて言っているんだぞ」


 リーフはやれやれといった感じで立ち上がり、手を差し出す。


「動けるか?」


「もう大丈夫よ」


 差し出された手を取らずに立ち上がる。周りを見れば、そこはまだイールと対決した部屋の中で、壁に三体の人形が立てかけてある。リーフが片付けたらしい。


「もう動かないの?」


 警戒してプリムは三体を見つめる。


「あぁ。動かない」


 リーフは出した手を残念そうに引っ込めながら答える。


「魔導人形には違いないという認識で構わないのかしら?」


 プリムはリーフに視線を移す。彼は苦笑した。


「まあね。そういうことなんだろう」


 わざと断言するのを避ける。プリムはリーフをにらむ。


「説明してくれないかしら? 彼らには主人がいなかったわ。――主人がいないと言う表現には多少の語弊があるけれど」


「……ま、そうだな」


 リーフはうなずいてプリムの隣に移動し、話を続ける。


「アストラルシリーズは協会から直接発注された品。技術査定で提出した理論の証明としてね。

 で、試験で提出した際にその試作品として渡したのがそこのプロト型たちだ。彼らは協会には不評で、試作品は燃やしたから、製品として通用する人形を作れと命じられたんだ。

 だけど俺は制作を進めているうちに不安になった。この人形の特性は、お前が身をもって体験したとおり、近くにいる魔力を持つ人間から直接その魔力を吸い取るもの。主人という明確な定義を持たないのがこの人形たちなんだ。

 しかし、人形に魂が宿るためにはいくつかの条件があり、近くに傀儡師に準じた人間がいたからといって動き出すわけじゃない。少なくとも、俺の考えた理論ではそのはずだ。

 ――だから、彼らをけしかけた人間がいる」


「一体誰が……?」


「さっきイールがミール様とか口走っていただろう」


「ミール?」


「おそらく、ミール=クリサンセマムのことに違いない。魔導人形協会の会長だ。

 ――って、ローズ家の人間であるお前なら会ったこともあるんじゃないか?」


 さらりとリーフは説明する。


「確かに会ったことはあるけど……」


 プリムはリーフが言っている意味をすぐに理解する。アストラルシリーズが一般に知れ渡っておらず、流通の制限を魔導人形協会が行っていたとあれば、その人物はかなり怪しい。プリムはそこまで馬鹿ではない。しかし、ここで奇襲をかけてきた理由がわからない。


「あの人が知っているとなるとやっかいだな……。俺たちはどうもややこしいことに巻き込まれてしまったらしい。悪いな、プリム。この件は俺のほうでどうにかするから」


 プリムは首を横に振る。


「何言ってるのよ。これでも付き合いは長いのよ。放っておくことなんかできないわ」


「だけどこれは」


 続けようとするリーフの台詞を、プリムは人差し指を彼の唇に当てることで制する。


「少なくとも今は運命共同体なんだからね。勝手なことされると、あたしがもたないの。わかってる?」


 言って、手を離す。その瞳は不安げに揺れている。


「…………」


 驚いた表情のまま、リーフはプリムを見つめている。


「わかった?」


 もう一度、プリムは念を押す。


「わかったよ」


 しぶしぶリーフは首を縦に振る。


「じゃ、戻りましょうか、宿屋に――あ、その前にそこの人形たちはどうしよう? 魔導人形協会に引き取ってもらうのはさすがにまずいわよね……」


「――うーん、放置しておいて構わないんじゃないか? 仕掛けた奴もそのくらいは考えているだろうし」


 プリムの疑問に、リーフはあまり考えずに返事をする。


「そうね。運ぶにも大きすぎるし、やむをえないわね」


 プリムは人形たちを見て苦笑いを浮かべると、扉に向かって歩き出した。

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