追跡、そして
「どういうこと?」
きょとんとしているとリーフが慌ててプリムの腕を掴む。
「追いかけるぞ。彼女に魂が憑依している!」
「え?」
プリムは状況を飲み込めていない。そんな彼女の腕をリーフは強く引っ張る。
「人形に付着していた魂が人間に宿主を変えたんだ。このままではあの店員の命が危ない」
(人間に、魂が? えっと……擬似的に人体が人形化してしまったという……)
ようやっとプリムはことの重大性に気付く。
「それは危険だわ」
プリムは冷静になって店員が落とした人形を拾い上げる。とにもかくにも店員の生命を優先して、魂のかけらを引き剥がさなくてはならない。そのためにもこの人形は必要不可欠だった。
「すぐに追いかけないと。ディル、わかるなら追跡して!」
客用の扉の前で鈴にぶつかっているディルに命令をする。
「みーっ!」
扉を開けると、ディルの追跡は始まった。
追いつくまでに、それほど時間はかからなかった。細い路地に入ってすぐの場所で馬車が道をふさいでいたからだ。立ち往生している間になんとか追いついたようである。この時間だったからこそ、という要素を考えるとプリムはこの偶然に感謝せずにはいられなかった。
「もう逃げ道はないわよ」
退路をふさぐような形で立つ。リーフも容易に逃げられないように後ろで待機している。
(さて啖呵を切ったまでは良かったけど、どうしたものかしら)
ディルが店員の周りをくるくると飛んで邪魔をしているのを見ながら考え込む。すると後ろでリーフが声を掛けた。
「プリム、お前が持っている人形に彼女に憑いている魂を呼び込め」
小声だがはっきりとした助言。だがプリムはひるむ。
「そんな簡単に言わないでよ! あたしはお姉ちゃんみたいに器用じゃないんだから!」
リーフが言っているのは傀儡師が基礎として学ぶ三つの呪文の基礎中の基礎、魔導人形と
「なに言ってやがる! お前もローズ家の血を引いているんだろ! 弱気になるな。いつ危険な状態になってもおかしくないんだぞ!」
リーフは檄を飛ばす。一刻を争う事態だというのに、ためらっている場合ではない。巻き込まれてしまった店員を助けられるのはプリムだけなのだ。それにリーフは彼女の能力を信用していた。それは別に自分と
「でも、失敗したりしたら……」
「信じろ。自分の力を。それに、今お前が持っているものは俺が作った人形だ。なにを心配する必要があるんだ?」
うろたえるプリムにリーフはしっかりと助言する。迷いの心のまま術を使うほど危険なことはない。今のリーフには精神面でプリムを支えてやることくらいしか正直できないのだ。この仕事は傀儡師の仕事だ。
「……うん」
唾を飲み込んでプリムはうなずく。やるしかないと決意して。
「わかった。きっと成功させて見せるわ」
精神を統一させる。両手でしっかりと人形を掴み、ディルに邪魔されて動きが制限されている店員に向ける。店員を乗っ取っている魂はその動作に気付き、咄嗟に射線から離れようとするが全く思うようにいかない。そのうちにプリムが手にした人形に光が宿る。魂を呼び込む準備が整ったのだ。
「そこにある魂よ 我が声を聞け」
店員を支配していた魂が反応し、肉体の支配権を奪われる。店員の少女は拘束を解かれた瞬間にかくんと膝をついてぺたりと腰を下ろす。
「均衡の名において これより汝と我との間に生命の契約を交わす 我が力を持って この中に宿らんことを!」
店員のすぐ下の地面に光の魔法陣が展開。その魔法陣が生成された直後に彼女の身体を光が貫く。同時に光はプリムが握っている人形も貫いた。
魔法陣が消え去るといつの間にかプリムの左手に指輪が増えている。
心配したリーフが店員に近付こうとするのをプリムは止める。
「待って。先に定着させたほうがいいわ」
「肉体より放たれし 清き生命の源よ 世界の均衡に基づいて あるべき姿 あるべき形に戻りたまえ!」
意識を失う前にという思いが自然と早口にさせる。人形に再び光が宿ると新たな白い魔法陣が展開し、今度はリーフの身体をかなり強い光が貫く。
「これでどう?」
息が切れている。疲れも半端ではない。こんな短時間に二つの呪文を使うことなど滅多にないものだから、どうも身体がついていけていないらしい。手の中にあった指輪はもう跡形もなく消え去っている。成功してはいるようだ。
「魂をあるべき正しい場所に送り返したわよ」
リーフは言われて手のひらを閉じたり開いたりしながら感触を確かめる。
「うまくいったようだな」
人形に視線を移す。そこにあるのはどこにでもありそうな普通の人形だった。
「本当に? あぁ、良かった」
ほっとすると同時に思わずその場にへたり込む。
「え?」
まさかそこまで疲れていると思っていなかったリーフはすぐにプリムに合わせてしゃがむ。
「大丈夫なのか?」
「心配しなくても大丈夫よ。術を連発させたせいで、ちょっと反動が出ただけなんだから。少し休めばすぐに動けるようになるわ。あたしの心配より、彼女のほうが大事よ。店に運ばなくちゃ」
大して暑い気温ではないのだが、プリムの額には汗が浮かんでいる。安心させようとして微笑んだその表情がいじらしい。
「その気持ちはわかるけど……本当に大丈夫なんだな?」
リーフがプリムの頭をちょこっとなでる。
「うん。だからさっさと運んで彼女を介抱しましょう」
くすぐったそうにしながらプリムは小声で答える。
「わかった」
うなずくと立ち上がって店員に向かう。リーフはぐったりとした店員を軽々と抱きかかえるとプリムのそばに行く。
「立てるか?」
「うん」
プリムはよいしょと声を掛けて何とか立ち上がると、先を歩き出したリーフの後ろをふらつく足取りで追う。気遣っているのかどうかはわからなかったが、リーフの歩く早さはいつもよりもずっと遅かった。
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