ラドマンの人形屋

 朝、大通り。昨夜と同じか、それ以上の人通りがあって活気づいている。通りの端に連なっていた屋台は息を潜め、現在は店舗がお客を呼び込んでいる。今の時間帯は店頭で立ったまま食べられるような軽食を販売しているところが多い。車道と歩道が明確に区切られ、中央を通過している荷馬車は途切れることがない。荷馬車にはいろいろなものが積まれており、この街の市場の大きさが想像できる。


「それにしてもじっとしていない街ね。ウィルドラドとは大違いだわ」


 歩道を二人で並んで歩きながらプリムは呟く。


「あそこは田舎だもんな。森も多いし、静かだし、のんびりとしたいいところだ」


「あーっ、家に帰りたくなりそう……」


 ディルがいなくなった精神的被害もあいまって大きくへこむ。


「おいおい、まだ三日目じゃないか」


 茶化すように大げさな口調でリーフは言う。


「町の外に出たのって傀儡師関係の手続きでウィニスに行っただけなのよ? ウィニスだって人は多いけどここまでじゃないわ。戸惑って当然じゃない」


 小さく膨れると、にらむような上目遣いでリーフを見る。


「ったく、ガキの台詞だな」


 笑いながらプリムの頭をわしゃわしゃとなでる。プリムはすぐにその手を払う。


「なれなれしく触らないでちょうだい!」


「俺がそばにいるっていうのに、故郷を恋しがるなよ。俺が寂しいだろ?」


 真面目な口調でリーフは答える。プリムはますます膨れる。


「勝手に寂しがってなさいよ!」


 ぷいっと顔の向きを変える。


「――それにしてもディルのやつ、どこに行ったんだ? 手がかりぐらい残しておいてほしいもんだが」


 リーフは話題を変えてきょろきょろと辺りを見回す。背の低いプリムが見ている範囲よりも頭一つ分ほど高い位置から見渡せるリーフのほうがディルを見つけるのは容易だろう。


「行きそうなところ、ねぇ……」


 ラドマンにきたのは初めてなのだ。ディルが行きそうなところと言われても、ウィルドラドとは全く違うラドマンの町から想像するのは難しい。それでも探さなくてはならない。


(一体どこに……)


 小さくうなってあたりを探っていると、三軒先に人形屋があるのに気付く。


(そうだ、ディルを探すだけじゃなく、リーフ君の魂も探さなきゃいけないんだったわね)


「ねぇ、のぞいてみない?」


 歩きながら人形屋の看板を指す。


「リーフ君が作った人形があるかもしれないわ」


「そうするか。ほかの職人が作る人形にも興味があるし」


 店を見るとリーフはすぐにうなずく。ウィニスで待ち合わせに遅れたのは本屋に寄っていたからだけではなく、人形屋を回っていたからだった。しかし言い訳をするどころか、プリムにはその話を全くしていない。


「あたしも興味があるの」


 プリムは興味津々な様子で店の前に立つ。扉に手を掛けたところで視界がふさがる。


「!」


 プリムは目の前で自己主張をする飛行物体を掴む。


「ディル!」


 白くてふわふわとした翼を持つ飛行物体、それは紛れもなくディルだった。


「みー!」


「よかった」


 嬉しそうに微笑むが、目だけは笑っていない。


「あたしがどれだけ心配したと思っているのよ」


 そこから響くプリムの恐ろしい声に、ディルは慌てて逃げようとするがしっかりと掴むその手から逃げることはできない。


「こら」


 扉を叩くのと同じ要領でプリムの後頭部を小突く。


「店の前で立ちふさがるな。通行人や客に迷惑だろうが」


「む……」


 ディルを掴んだまま顔を上げて恨めしそうにリーフを見上げる。


「……正論ね。中に入りましょう」


 気を取り直して店内に入る。


 扉につけられた鈴が心地よい音を奏でる。年代物の調度品でかためられた店内に響く自動演奏機オルゴールの音色。そろって優しげに微笑みかける、通りに面した棚の人形たち。中央の渋い茶色の棚には大中小さまざまな大きさの動物型の人形が整頓されて待機している。いずれの人形もただ置かれているのではなく飾られているという要素のほうが強く感じられた。


(なんて素敵なお店なのかしら)


 プリムはディルを肩に乗せて店内の人形の一つ一つをまじまじと見つめる。


 リーフも同じように人形を眺める。彼にはその人形がどの時代の作品なのか、それを作った人形職人の技術水準がどの程度なのかといったことがわかっていた。彼がそれらの勉強を怠ることなく学んでいたからこそ、そういった判断ができる。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 店の奥からかわいらしい女性が顔を出す。二十歳前後に見えることから、スピリアやリーフとそう変わらない年齢なのだろう。彼女は微笑みながら二人に近付く。


「えぇ。リーフ=バズの作品はここで取り扱われていますか?」


 女性店員のほうを向いて上品そうに微笑む。ローズ家の人間である以上、必然的に身につけなくてはならなかった振る舞いだ。


「リーフ=バズの作品ですか? こちらでも取り扱っておりますよ」


 驚いた様子ではあるが、この女性店員の身のこなしも接客業をしているためかとても上品だ。この店の雰囲気にもよく合っている。


「どの人形も人気が高く、すぐに売れてしまうのですよ」


 微笑んだままくるりと店内を紹介すると歩き始める。


「ですので、今はこちらの人形しかありませんが」


 勘定台に近い位置にある吊り棚の戸を開けると中から人形を取り出す。取り出した赤ん坊ほどの大きさの人形を店員は大事そうに抱きかかえる。


「まるで生きているかのような存在感を持つ、魅力的な人形を彼は制作するようですね」


「!」


 全身に電気が走ったような衝撃を受けて、リーフはその人形が探しているものだと理解する。


「ついこの前まで店内に展示していたのですが、急にお客さんたちに怖がられるようになってしまいまして。それでこの棚の中にしまったのです。どうです? 生命が宿っているように見えるでしょう?」


 人形の顔が向けられた瞬間、プリムの背筋に冷たいものが走った。


(あたしと同じ顔……? まさか)


 突然ディルが羽ばたき、その人形の上を飛び回る。


「プリム、それだ」


 リーフはプリムの耳元でそっとささやく。平静を装ってはいるがその声には緊張が混じっている。プリムはリーフにうなずいて答える。


「えぇ、とっても良い人形ですね」


「買われますか?」


「はい。探していたんです。良かった、ここで出会えて」


 プリムの台詞は本心だった。こんなに近くにあって本当に良かったと。毎回こんな調子で見つかれば案外簡単に回収できるのではないかと希望さえ見えてくる。あとはこの人形から魂のかけらを取り出してリーフに入れるだけだとほっとしていると、急に店員の様子がおかしくなった。瞳から光が完全に消え、闇のように深い穴がそこにある。


「アタシ……アナタタチノ元ニハ行カナイ」


 その声が一体どこから聞こえてきたのか、プリムたちはすぐに判断できなかった。


 二人が戸惑っているうちに、人形が店員の腕から落ちる。あれほど大事そうに抱えていた人形を落とすわけがない。そうこうしているうちに店員は人形を放り出したままお客用の出入口に向かい、そのまま走り去ってしまう。

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