愛ある人形は主人に尽くす
街の賑やかさに紛れて
ウィニスから西に進む街道を通ってたどり着く都市、ラドマン。二人がこの町に入った時間は陽もすっかりと暮れてしまった頃だった。眠るには確かにまだ早い時間ではあったが、そんな時間でもこの町の大通りは屋台が立ち並んでおり、人々の活気があふれ、さながら祭りのような騒ぎである。そのにぎやかさは大通りだけではない。路地も明るく、道もしっかりと舗装されており、往来が途切れることはない。首都に近付いていくにつれて人口が増えていくのがわかるくらいだ。
プリムたちは町に入るとすぐに宿を手配する。馬車に揺られてきた疲れはもちろんあったが、何よりもこの町の人間の多さにより疲れを感じていた。
一階の酒場から響く歓声にプリムは辟易しながら古そうな寝台に腰を下ろす。またしても部屋が一緒になってしまったが、プリムは文句を言うのをやめた。正確には、文句を言う気力もなかった。
「何とか着いたわね」
「だな」
通りに面した方向にある小さな窓の紗幕をひきながら相槌を打つ。
「それにしてもにぎやかな街だな」
プリムのいないほうの寝台に腰を下ろしながら言う。
「ウィルドラドの収穫祭よりもずっとにぎやかそうだわ。いつもこんな調子なのかしら?」
うんざりした顔をして、ため息混じりに言う。疲れを取るには正直適さないような雰囲気の町だ。人ごみが得意でないとか、祭りが嫌いだとかそういったことはないのだが、今のプリムは素直に楽しめるような精神状態ではなかったのでわずらわしいもの以外の何者でもない。
「ここに来るまでが大変だったもんな。下手すりゃ町に入ってからのほうが一苦労だったぜ」
人の波を掻き分けてここまで来たことを思い出しながらリーフは言う。
「ほんとよ。商売熱心なのは結構なことだけど」
大げさに肩をすくめる。往来も多かったが、屋台からの呼びかけや誘いの文句を断るのがもっと大変だったことを思い出す。
「これだけ人がいれば、さぞかし物の出入りも活発なんだろうな。あーっ、本屋だとか材料屋だとか、見たいところがたくさんあるんだがなぁ!」
大きなため息をつく。心底残念そうだ。
「こんな状況でも人形を作る気なわけ?」
あきれたと顔に書いてあるかのような表情を作る。
「制作をしなくても研究はしたいからね。職人の血が騒ぐのさ」
少々冗談っぽくリーフは答える。
「熱心に読書しているみたいだしねぇ」
わざといやみっぽくプリムは言う。リーフの気楽さ加減に本気であきれていた。
「時間をつぶすにはちょうどいいんでね。夜は結構長いんだぜ? 退屈じゃないか」
さらりと答えたあと、リーフはふと思いついて続ける。
「長い夜を退屈しないように構ってくれる?」
にやっと笑ってプリムの様子を窺う。いや、窺うまでもなく、次の瞬間には枕が顔面に向かっていた。リーフは反応できずに顔面で受け止める。やわらかい素材でできていたので痛くはない。
「そのくだらないことを言う口をどうにかしなさいよね!」
プリムは真っ赤になって顔をそっぽに向ける。
「このくらいいいじゃん。プリムは意識しすぎなんだよ」
ふわふわしている枕をかかえてにやにやする。
「そんなことこれっぽっちもないわ」
膨れて、視線だけをリーフに向ける。
「――と、枕返しなさいよ」
「投げたのはお前だろう?」
リーフは笑いながら答える。枕を離そうとしない。
「むぅ」
彼の言うことはもっともだと思い反省する。だが、枕を返さなくてもいいと言う理由にはなっていないような気がする。
プリムが何か言おうと口を開きかけたところで、リーフが何かに気付いた。
「あれ?」
急に立ち上がり、辺りを見回す。プリムはその様子を見て自分が言いかけた台詞を忘れてきょとんとする。
「どうかした?」
「大事なものが欠けてるぞ」
「大事なもの?」
「ほら」
まだぴんときていないプリムに、手で作った小さな翼をぱたぱたさせる身振りをして教える。それを見て、プリムは急にそわそわと辺りを見回し始める。
「……ディルがいない」
その顔からは血の気が引いている。両手を頬に当てて必死に記憶をたどる。どこまで一緒にいたのか、どこではぐれてしまったのか。
「な、やっぱりいないよな?」
苦笑してリーフは言う。この部屋に入ってから何か足りないような気がしていたが、どうもその予感は正しかったらしい。
「宿屋に入ったときにはすでにいなかったような気がする……」
寝台に手を置いて反省。
「この中から探し出すのは容易じゃねぇぞ」
窓に近付いて、紗幕の外の様子を見ながら言う。
「感覚を共有してある程度まで場所を絞らなきゃ」
「それを完全に制御できるなら、今まで苦労してないわよ!」
やつ当たりするような口調ではあったが、自分の精神的被害が大きすぎて迫力がない。
「だいたい、ここはうるさくて集中できたものじゃないし」
うんざりした様子。何もかもが嫌になってしまいそうだ。
「ははは、それもそうだな」
リーフは地元での彼女の様子を思い出して乾いた笑みを浮かべる。地元はまだよく知っている土地だったからこそ探すのに困るほどでもなかったが、知らない土地で、しかもこれだけの人間が行き来するにぎやかな場所での探知など、今のプリムではできるかできないかというぎりぎりの状況だった。
「……やっぱり無理」
姿勢を正して集中力を高めるも、術自体が成立せず空振りに終わる。感覚を共有するのも容易ではない。プリムはそのまま後ろにひっくり返る。
「あたしの未熟者! せっかくのリーフ君からの贈り物だったのに!」
むしゃくしゃして両手両足を幼い子供が駄々をこねるかのように振り回す。ディルがいなくなっていることにすぐに気付けなかったことにも嫌気がさす。
十五歳の誕生日、成人の祝いと傀儡師の許可証を取得したお祝いにリーフがくれた魔導人形、それがディルだった。そして、その人形以外の人形と
「こらこら、暴れるなって」
苦笑してプリムを見つめる。
「まだ失くしたと決まったわけではないだろうが」
「知らない街で……しかもこんなに広いところなのよ? 人も多いし往来も多い。こんなところであたしができることなんていったら……」
ごろんとうつぶせになってベッドに顔をうずめる。枕にうずめたいところだったが、いまだにリーフのところにあったので諦めざるを得なかった。
「そんなことないさ」
プリムのベッドに近付いて枕を彼女の横に置く。プリムはすばやく枕を奪い返して顔をうずめる。
「お前は一人じゃないんだ」
優しい口調につられてプリムはリーフに顔を向ける。
「今日はもう休めよ。明日、探しにいこう」
「え?」
「無理して動いて怪我でもしたら洒落にならないからな」
ベッドの横にかがんで顔の位置にあわせると、プリムの頭をなでる。
「だって、本……」
目には涙が浮かんでいる。自分は泣き顔ばかりだ、とプリムはふと思う。
「なんつー顔してんだ。二兎を追うものは一兎も得ずって言うだろう? 本は逃げたりしねぇよ。特別閲覧に指定されているくらいの本なんだし。それに、ディルは俺が作った作品だ。お前に命を吹き込まれた大切な人形じゃないか。ちゃんと探し出さないと」
「リーフ君……」
このときばかりはリーフの優しさに感謝していた。そして、もっと強くなりたいと思った。
「元気出せ。な? 明日の予定も決まったことだし、落ち着いたら食事に行ってこいよ。ゆっくり休んで明日に備えたほうがいい」
「……うん」
プリムは自分の涙を袖でぬぐって起き上がる。
「もう大丈夫。食べてくるね」
「わかった」
リーフも立ち上がると、自分のベッドの脇においた荷物の中から本を取り出す。
「俺はまた読書でもしながら気長に留守番してるよ。おいしいもんをいっぱい食ってきな」
「言われなくてもそうするわ」
わざとつんとした態度で返事をする。ついついそばにいるせいでリーフに甘えてしまうが、その反動でひねくれた態度になってしまう。
リーフはその様子をくすくすと笑う。
「ところで、何の本を読んでいるの?」
「あぁ、これ?」
急に別の話を振られて何のことか聞き損ねたがリーフは何とか反応する。プリムはうなずいて返事をする。
「クリサンセマム家の連中が書いている本だ。『アストラルボディフェイズ』っていう人工精霊学の本。ウィニスの本屋で見つけてさ」
「昨日待ち合わせに遅れてきた原因の本ね。よく教科書に引用で載っていたわ」
「店主が本の価値をわかってなくって、かなり安く手に入ったんだ。古本だけど初版なんだぜ。読むなら貸すよ」
さりげないプリムのいやみをさらりと受け流して答える。
「うん。助かるわ。勉強不足だってこと、痛いくらいにわかってきたし」
「成人するまで自由に本を読めないんだから、これから読めばいい」
「そうね」
荷物から財布を取り出す。
「食事に行ってくる。留守番、よろしくね」
とことこと扉のほうへ。
「いってらっしゃい」
笑顔で小さく手を振る。ベッドに腰をかけて、すでに本を読む体勢を作っている。プリムもにっこりと笑顔を作ると廊下に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます