6話【夏休み前】

–七月–

「あっつい!!!マジ無理!こんなとこで吹いてられねぇ!」

「ののうるさい。暑苦しい」

真夏の日、体操服は暑いため生地が薄い黒い大きめなTシャツを着ている。髪が邪魔で暑っ苦しいので髪をくぐり団子にまとめあげた。

「るい、なんで全然汗かいてないんだよ」

「知らないわよ、そんなこと」

「それにしても先輩いいよなぁ…涼しい部屋で…」

「仕方ないじゃない、私らコンクール出られないんだから」

そう、今はコンクールの時期。夏休みに開催されるコンクールは全体で出るのだが1年生はよっぽど楽器の人数がたりていないかぎりうちの学校は出ることがない。実質うちのサックスパートはソプラノからバリトンまでと豊かに揃っているため私は出る必要がなかったのだ。先輩方のブーイングがすごかったのだが。

ただし冬にある別のコンクールではパートごととなり3年生が引退のため1年生が参加となる。

「るいーお茶ちょーだいー」

「ん、ああゆか、そこらへんにあるから勝手にとって飲んで」

「あざっす」

由佳はクラリネットであるが、クラリネットも人数が足りていたが一応のため1人足すことになりもう1人杏奈が駆り出されることとなった。コンクールに参加しない1年生は合奏が終わると外へ放り出されるためこうして暑いところでやっているわけだが、実質何人か楽譜を渡されている生徒もいてかなりできていれば出されるらしいのだが私のサックスパートはかなり余裕のため一年生分の予備楽譜が支給されなかったのだ。余裕だったというのもあるだろうが、きっと渡したら確実に私を先輩たちが強制的に入れるとでも考えたのだろう。

「るいちゃあああんんんんん」

「わあっ、せ、先輩」

「お団子可愛いいー」

後ろからいきなりダッシュで抱きついてきたのは赤城先輩だ。入部時かなり人見知り感があった先輩だが慣れてくれるとかなり親しみやすいいい人だった。

「るいちゃん暑いでしょ?今休み時間だから教室おいで」

後ろから現れたのは丘山先輩と杏果先輩だ。やはり音楽室は涼しいのだろう、三人とも全く汗をかいていない。

「いやコンクールメンバーじゃない私が行くのはだめなのでは…私怒られます」

「大丈夫よーそんなこと言う奴は私が黙らせてあげるからー」

さらっと笑顔で怖いことを言う杏果先輩に苦笑いしかでない、かなりうちの先輩たちは強いらしくパート練習の時間のとき半分くらいはお喋りであるサックスパートだが、注意する人はもちろん文句をいう人なんていない。まあかなりサックスパートは上手いから言えないんだろうが。

楽器をおかれ半強制的に引っ張られて音楽室へ入る、ひんやりとした教室はほんの少し寒かった。基本的にみんなお喋りが多く、中には練習をしている人もいる。杏奈もその一部で吹きながらクラリネットの先輩に指導を受けていた。

「さ、寒っ」

「そりゃそんな薄着じゃ寒いだろうねぇ」

服装を見てみればみんな体操服や部活で支給された生地が少し厚めのTシャツや、中には長袖を着ている人などなど様々だ。

「ありゃ、るいちゃんじゃん。やっはろー」

「お、ほんとだ」

「遊びに来たのね」

などなどたくさんの先輩から声をかけられる。一人一人挨拶をしながら杏果先輩に引っ張られてサックスの位置に行く。自由曲の楽譜がおかれていて、周りには筆箱や水筒タオル、ノートや楽譜のファイルと様々だ。

「るいちゃん、自由曲ちょっと吹いてみよーよー、楽器は貸したげるからさー」

と、杏果先輩の椅子に座らされアルトサックスを渡された。

「先輩、私バリトンです…」

「今日いくちゃん来てないからかわりに一緒にやろーよ」

「え、は、はい」

みんなが位置につき楽器を装着し始めた。念のため吹いてチューニングをしておく

「そんじゃいくよー1、2、3、はい」

曲はリバーダンス。舞台の曲を吹奏楽でアレンジされた曲でかなりいろいろ変えられているのかサックスがメロディーを持っていることが多かった。最初のゆったりしたメロディーはサックスパートが受け持っており四重奏となっている。ゆったりしたところが終わるとテンポが上がり曲調も一気に変わる。メロディーのソロ部分をソプラノの赤城先輩と今私が吹いている衣玖先輩のアルトが受け持っていて余裕があった。さらに次は低音のつなぎ部分はバリトンの杏果先輩とテナーの丘山先輩が吹いていた。1番曲でのとりでもあるソロ部分は赤城先輩で、かなりはやい指の動きなのにとても安定していた。最後のところは全員指の動きが早いのだが、やはりというべきか全員一音一音ずれることなくあっていてしかも、音色にまで気を使っているようにも聞こえた。

「ふう…終わった…」

「るいちゃん…これってほぼ初見よね…?」

「え、まあ1、2回ぐらいしかみたことはないですけど」

「嘘でしょ、それでいくちゃんがあんなに苦労してるソロ一発で吹いちゃうの…?」

「え、なにこの子怖い…」

「酷くないですか…あ、休み時間終わりそうなんで私戻りますね」

楽器を置いて立ち上がり後ろを振り向くと全員がこちらを向いていて中には外で練習していた一年生も集まっていた。なぜか目線を逸らされないので自分の練習場所へと早足で戻った。

「杏果先輩、るいちゃんすごいですね」

「すごいしか言いようがないよ、すみちゃん」


「ののーお待たせー」

家の外でスマホをいじりながら待っていた望々に声をかける。

部活が終わったため、昼からはののと遊びに行くことにした。夏休みに入ってしまうとほぼ毎日コンクールが終わるまで1日練習となってしまいあまり遊べないため、こうお互い暇な日はよく遊んでいるのだ。

「遅い」

「ごめんごめん」

彼女の服は、白いTシャツに黒のスキニーパンツで、黒いスニーカー、黒いリュック、長めのクロスのネックレスといったシンプルな服装でかなり女子なのに男の人のような服装だ。逆に自分といえば白い無地のTシャツにマキシ丈のトロピカル柄のガウチョに黒い厚底のサンダル、黒いレザーリュックといった服装だ。2人揃って基本的に黒といった服装である。

駅に向かい歩き始める。

「どこいくの?」

「とりあえず映画見に行こうぜ、そのあと、俺親戚の集まりにいかないといけないからそれようの服一緒に選んでください」

「映画の飲み物奢ってくれるなら」

「えっ」

「服選ばないわよ?」

「ういっす」

駅につき改札を通りすぎ、電車を待つ。電車が来て乗ろうとすると満員で、入るのもやっとだった。奥に進み壁の方へ行ったものの人ばかりで落ち着かず、離れそうになる望々の腕を掴んだ。それに気づいたのか進むのを止め引き寄せられた、体勢を崩し倒れそうになったが受け止めてくれたため転ばずに済んだ。すると、手を繋いでくれ引っ張ってくれていた。角までくるとやっと落ち着いた、だが、近くにはほとんど男でしかも全てが中年あたりという状況だった。今更だが、自分は

年上の男が苦手なのだ。

「の、のの…」

するといきなり急ブレーキがかかり周りがみなゆれ、1人の男の人とぶつかってしまった。

「す、すみません」

「いいよいいよー」

背が低く、失礼だが横に広い人で年齢は40後半ぐらいだろう、息が微妙に荒くすごくにやにやしていて、嫌悪感ととてつもない寒気を覚えた。

だめだ、怖い。嫌だ、大人の男は怖い、気持ち悪い。

「お嬢ちゃん大丈夫かい?おじさんにつかまっててもいんだよ?」

手首を掴まれる

ー嫌だ

「ささ、こっちに来て向こうを向きなさい。おじさんが支えててやろう」

引っ張られる

ー嫌だ嫌だ

「ほら、早く」

勢いよく腕を引かれて、腰をもたれそうになる

ー嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

「大丈夫なんで、その子に触んないでください。」

するといきなり腰に腕が周り勢いよく引っ張られた。

「一応俺が彼氏なんで、俺の可愛い彼女に触らないでいただけますか?」

「はあ?私はただこの子を支えてやろうとしただけ…」

「おっさん、そのまま行くと一応痴漢ですよ?」

「なっ」

抱きとめられ、優しく抱いてくれていた。

「このままこの電車内で大声で言ってもいいんですよ?それにおっさんあんた結構いい会社勤めてんでしょ、いいスーツ着てるし。そんなちゃんとした大人がいまここでこんな騒ぎ、おこしていいんですか?」

いつの間にか写真を撮っていたのか、スマホを見せつけながら言い返している。

抱きとめられたまま涙目になりながら望々の腕に必死に掴まる。顔を見なくてもわかる、かなり怒っている。

「わ、わたしは何もしてなど」

「この子泣きそうになってんのが証拠じゃないですか。そんなに言い訳すんなら、駅員さんにこの写真と一緒に突き出してやってもいいんだけど?」

「ちっ…」

するといきなり人混みをかき分けて逃げていった。

望々の方を向き、俯いたままでいると

「大丈夫か?」

「う、うん…ありがと…」

「泣きそうというより泣いてんじゃん、あーもうほら、大丈夫だから。な?」

抱きしめられ頭に手を置かれる、それがあまりにも優しくて温かくて、嬉しかった。相変わらず彼女は甘いいい匂いがして、とても居心地がよかった。

「るい、こっちおいで」

優しい声で名前を呼ばれる、子供をあやすような、慰めるようなそんな声。引っ張られて連れて来られたのは角の1番隅で、連れて来られると望々が前に立った。

「お前男苦手なの?」

「ん…まあ…」

「へぇ」

いきなり急ブレーキがかかった。

「きゃっ」

「おっと」

倒れそうになった瞬間支えられた。

「危なっかしいなぁ」

「うぅ…」

「仕方ねぇな」

すると体を引き寄せられ腰に腕が回って来た。未だに現状理解してない頭がやっと落ち着き今理解してわかったこと。自分は抱きしめられている。色々起こって混乱していたため抱きしめられてもなんともなかったし、そもそも時間が短かったし女子とかにたくさん抱きつかれることが多かったから意識しなかったがなぜか望々だけは別だ。無理だ。

めちゃくちゃやばい。

顔がすごく赤くなってるのが自分でもわかる。ずっと固まってても仕方なく顔を隠すため望々の体に顔を埋めた。すると考えることで気にならなかったが、今気づいた。ものすごく彼女の匂いがする。あったばかりのときは自分よりちょっと背が小さかったのに今じゃ自分より少し高くなっている。いつも男の子っぽいからわからなかったが密着している今ならわかるが体つきはきちんと女の子なんだなと実感する、男の子みたいにゴツゴツしてはいない。しっかり支えてくれているのに強くはなく包みこまれているような感じだ。女の子特有の匂いと同じのようだけど違って彼女は甘ったるい優しい心地が良い匂い。今とてもよく実感するが私は彼女の匂いが好きだ。

「ついたから出るぞ」

「う、うん」

手を掴まれ電車を出る。なるべく男の人に当たらないようにしてくれているのがわかった、さりげない彼女の優しさに思わず顔がほころんだ。


花宮瑠李が恋をするまであと一ヶ月。

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