第7話「失われた笑顔」

 色々考えたけれど、これまで女性と付き合った経験がない僕には、女の子が何をもらった嬉しいかなんて分かるはずもなく、結局、彼女の誕生日前日になっても、何をプレゼントしたらいいか決められずにいた。

 あれこれ悩んでも結論が出ないと悟った僕は、他者の助力を請うことにした。

 とは言え、こんな事を相談できる女友達などいるはずもなく、ともすれば、彼女の事を良く知る人物に相談する手しか思いつかなかった。


「で、オレになるわけねー」


 坂田君は僕の説明を聞き終えると、あまり気乗りしないような表情をしていた。


「えっと……ダメ、かな?」


「ダメじゃないけどさ……そういうのって、他人にどうこう言われて決めるものじゃなくね? 貰う方も、その人が選んでくれたってこと自体に意味を感じると思うけどねー」


「……う、ん」


 いつも軽薄そうな坂田君とは思えない真っ当な意見に正直驚きつつ、その通りだと僕は納得していた。

 けれども、折角あげるなら、その人にとって貰えて嬉しいと思える物の方が好ましいことも、やっぱり事実なのだ。


「じゃ、じゃあ……せめて、彼女が野球以外で日頃どういう事に興味があるのかと教えてよ」


「おーい、それをオレに訊きますかー? それこそ本人に聞いた方がよくね?」


「そ、そうだけど……もう前日だし、今更彼女に訊いたら、プレゼントの事だってバレバレじゃないか」


「それもそっか……まあ、仕方いないですなー」


 やれやれと坂田君は首を振って呆れた素振りを見せる。


「今回だけ、手を貸してあげましょう」


「ほ、ほんと!?」


「ああ。でも、由香にはオレが一枚嚙んだことは内緒にな。オレがアイツに誕生日プレゼントなんてしたこと一度もないんだからさ。変に気を使われても困るし」


「う、うん、分かったよ。恩に着るよ」


「ま、上手くいくかどうか知らねけどねー」


 そう前置きしつつ、坂田君はしばし考えた後、思い出したように手を打った。


「そういやー、アイツ昔から本が好きだったな」


「本が好き……?」


「ああ、前に話しただろ? 昔のアイツがどんなだったか」


「ああ……うん」


 そう言えば、その話を坂田君がした時、彼女はいつも本ばっかり読んでいたって聞いた気がする。


「アイツ、地味だったし、いつも一人でいたから、本ばっかり読んでたせいか、結構な読書家なのよ。オレからすれば、何がそんなに楽しんだーって気がするけどねー」


「そうか……本か……」


 読書家。

 それは僕の知る躍動的な彼女とは似ても似つかない言葉だ。

 けれど、本を読む彼女を想像して、何故だかそれも彼女らしいと思えた。


「けどさ、流石のオレもアイツがどんな本が好きかなんて知らないよ。それに、本だとアイツももう持ってるかもしれないっしょ?」


「うん、そうだよね……」


 さて、困った。

 本をプレゼントするのはいいアイディアかもしれないが、既に持っている本では意味がない。

 けれど、彼女が持っていない本なんて僕に分かるはずもない。

 結局、何をプレゼントすればいいのか振り出しに戻ってしまった。


 僕は悩みつつ教室を見渡す。

 すると、後ろの方の席で本を読んでいる女子生徒を見かけた。本の話題になっていた時だったので、その女子生徒が何を読んでいるか気になったのだが、その本の表紙に書かれているはずの本のタイトルは見えなかった。

 なぜなら、その本の表紙は真っ黒なものに覆われていたからだ。


「あ……」


 女子生徒の読む本を見て、僕はピンときた。


「ブックカバー……なんて、どうかな?」


「ぶっくかばぁ、だあ?」


 僕の提案に坂田君は意外そうな顔をした。


「やっぱり……ダメ、かな?」


 彼の反応に不安になって僕は尋ねる。すると、彼はしばし考え込んで、


「んー……いや、いいじゃないかな」


 賛同してくれた。


「ほ、本当に!?」


「ああ、いいと思うよ。アイツ、本を読むときはいつも真っ白で飾りっ気もないブックカバーしてたから、ちょっとは可愛らしいのとかあげれば喜ぶんじゃねーのかな」


「そっか……うん、そうだよね!」


 心強い賛同者を得た僕は、彼女にプレゼントする物が心に決まった。

 善は急げ。今日の放課後にブックカバーを買いに行くとしよう。

 彼女に似合うような女の子っぽいブックカバーを。


「……あ、れ?」


 プレゼントするものも決まり、それを買いに行く気にもなったところで、僕は肝心なことに気が付いた。

 女の子っぽいブックカバーってどんなものものか僕には分からない。

 というか、坂田君の言う可愛らしいものなんて僕は見たこともない。


 どうしたら……。

 いや、もう、どうすべきかなんて決まっていた。


「ねえ、坂田君……折り入ってお願いがあるんだけど……」


「な、なんだよ……改まって……」


 僕の意図に坂田君は薄々感づいているのだろう。顔を引き攣らせている。


「今日の放課後……暇?」


「……本気か?」


「う、うん……」


「……勘弁してくれよ、せんせー」


 坂田君はがっくりと項垂れて、ジトッとした目で僕を見てくる。

 僕も自分でもどうかと思ったけど、それでもやっぱり今頼れるの彼しかいない。


「このとーりだから! お願いします!」


 僕はわざとらしく頭を下げて懇願した。


「はあ……わーったよ、分かりましたよ! お付き合いしましょう、せんせ」


 坂田君は呆れた様子を見せながらも、僕のお願いを聞き入れてくれた。

 軽薄そうに見える坂田君だが、なんだかんだで彼は律儀で優しい。

 やっぱり持つべきものは友だと思った。



 その日の放課後、僕は面倒くさがる坂田君を連れ添って、駅前にある雑貨屋店に向かった。

 その雑貨屋店は、高校生男子が二人で入るにはあまりにもファンシー過ぎるものだった。

 そんな店に入ることを坂田君はもちろん嫌がった。

 無論、僕だって入りたくなかったが、彼女へのプレゼントのためと腹を括り、僕は彼の首根っこを捕まえて入った。

 そして、数十分後、僕と坂田君は顔を赤面させつつ、雑貨屋店を出た。

 結果から言うと、目的のブックカバーを買うことはできた。

 けれども、坂田君が一緒になって来てくれる必要があったかというと、甚だ疑問だ。

 店に入った僕らは、そのピンク一色に染め上げられた店内に圧倒された。

 そして、その雰囲気に困惑していると、あっという間に女性店員に声を掛けられた。

 たぶん、男二人という面子が珍しかったからだと思う。

 その店員にプレゼント用にブックカバーを探していると言うと、その店員はなんともわざとらしい笑顔で作って、僕らを案内し、そして、とても僕らでは考えも及びつかないピンクで可愛らしい装飾が施されたブックカバーを薦めてきた。

 僕らは店員に薦められるまま、それを手に取りレジへ。

 そして、ブックカバーはプレゼント用に包装され、可愛らしげな紙袋に入れられた。

 そして、それを片手に僕らは店を出て、現在に至る。


「もう二度と、プレゼント選びなんかには付き合わない」


 疲れ切った表情で坂田君は言い切った。

 僕は苦笑い浮かべつつ、心の中で彼に詫びるしかなかった。


          ○


 翌日の放課後、僕はいつもの公園で待っていた。

 今日は、浩介が部活終わりに彼女をこの公園に誘い出す手筈になっている。

 二人が来たら、ここで僕と浩介はそれぞれ彼女に誕生日プレゼントを渡す。

 それから、『喫茶カープ』に行って、クリスマスパーティーだ。

 マスターはパーティーなんて騒がしいのはごめんだと言って嫌がったが、彼女のためだと言ったら、渋々ながら了承してくれた。相変わらず、親切だけど素直じゃない人だ。


 今日と言う日を彼女にとって、そして、僕と浩介にとっても最高の一日にする。

 それが今日僕が目指すべき目標だ。


 彼女は、僕からのプレゼントに喜んでくれるだろうか。

 きっと浩介が贈るグローブは、今の彼女にとって最高のものだ。

 あれに勝るものはきっとない。なにより、贈るものがグローブという意味合いこそが、その物以上の価値がある。

 それは、一緒に野球をしようというメッセージに他ならない。

 うちの高校の野球部は、女子部員を認めていない。

 だから、彼女もマネージャーという立場で野球部に関わってきた。

 けれど、本心では部員たちと混じって野球をやりたいと思っていたに違いない。

 それほど、彼女の野球好きは筋金入りなのだ。

 だから、浩介はグローブを贈る気になったんだと思う。

 そこまで好きならば、せめて僕達三人といる時だけでも一緒に野球をしようという思いを込めて。

 何故そんなことが分かるかと言うと、僕も最初グローブを贈るつもりでいた時は、同じ考えでいたからだ。

 それに、あの浩介のことだ。

 それだけでグローブを選んだわけではないと思う。

 あいつは野球部員だから、彼女がその気なら、野球部の練習に彼女が参加できるように監督に進言するつもりでもいるのかもしれない。

 そういう意味も込めて、グローブなのかもしれない。


 それに比べて、僕はどうだ。

 友人から聞きかじった彼女の趣味に合わせて選んだメッセージ性も何もないものでしかない。

 おまけに、店員から薦められて買ったものだ。

 そう考えるとなんとも情けなくなってくる。

 それでも、真剣に悩んで、彼女に似合うと思ったからこそ決めた物だ。

 決して半端な気持ちで選んでいないし、気持ちだって浩介には負けていない。

 その証拠に、僕には彼女に渡したいものがもう一つある。

 三日前、彼女が浩介から見事ホームラン打って消えていってしまったボール。

 それを僕から彼女に贈ろう。浩介と同じ思いを込めて。


 これらを渡して、中身を見た時、彼女はどんな表情をしてくれるだろうか。

 いつものように、あの僕には眩しすぎる笑顔で笑って喜んでくれるだろうか。

 それとも、僕らに時たま見せてくれる頬を赤く染めて恥じらいながらも微笑む、あのとても直視できないような表情を見せてくれるだろうか。

 どちらにしたって、喜んでくれる彼女の姿しか想像できない。


「早く……来ないかなぁ……」


 期待に胸を膨らませて、僕はその時が来るの心待ちにした。

 思えば、他人のことをこれほどまで考えながらその人を待つ、なんて経験をしたことがない。

 だから、その待つ時間が実際の時間よりも長く感じるなんてことも知らなかった。

 気持ちだけがはやっていくのを感じながら、僕は浩介と彼女が来るのを公園のベンチに座って待ち続けた。


 けれど、そんな僕の気持ちとは裏腹に、時間だけがただ悪戯に過ぎて行った。


 約束の時間から一時間はとっくに過ぎているというのに、二人の姿はない。

 公園には僕一人。

 僕には独り言を言う趣味はないから、公園はただ静粛に包まれていた。

 もっとも、この一時間の間には、せわしなく聞こえてくる近所の犬の鳴き声や、どこか遠くから聞こえ来る救急車のサイレンの音なんかも聞こえてきたけれど、それももう聞えなくなっている。

 辺りはもう暗くなっていて、それに伴って、先程まで期待に胸膨らませていたのが嘘のように、僕の心は不安だけに染まっていた。


「どうしたんだよ、二人とも……」


 不安だけが募っていく。

 浩介が彼女を誘い出すのに失敗したのだろうか?

 元々、今日の事はサプライズのつもりでいたから、彼女とは今日は約束していなかった。もしかすると、誕生日ということで先約があったとか……。

 いや、だとしたら、浩介から連絡がくるはずだ。

 それでは、浩介と彼女に何かあったのだろうか。

 僕は心配になって、スマホを取り出し、浩介の携帯に電話を掛けた。

 けれど、浩介は出ない。コールはすれど、すぐに留守番電話になってしまう。

 やっぱりおかしい。きっと、何かしらあったとしか思えない。もしくは、僕からの電話に出たくない事情があるのか……。

 そう考えた時、僕の中に暗くて黒い考えが過った。


「まさか……」


 抜け駆け。そんな言葉が一瞬脳裏を過っていった。


「いやいやいや!」


 僕はその脳裏に過った黒い考えを振り払うように頭を振った。

 あの律儀な浩介に限ってそんなことはないはずだ。アイツが約束を破った事なんて一度もない。

 だから、抜け駆けなんてこと、絶対にない。

 なら、なぜ二人は現れないのだろうか……。

 不安がさらに大きな不安に塗りつぶされようとしていた。

 そんな時だった。手に持つスマホが突然鳴った。僕は慌てて画面を確認する。


「……由香?」


 画面には浩介ではなく、何故だか彼女の名前が表示されていた。

 何故、浩介からではなく彼女から電話が掛かってくるか不思議に思いながらも、僕は恐る恐る電話に出た。


「も、もしもし?」

「……」


 電話に出たが、どうしてか返事がない。

 一瞬、切れてしまったのかと思ったが、電話口から聞こえてくる微かな人の吐息がそうではないことを教えてくれている。


「ゆ、由香……だよね?」


 僕は電話の向こう側にいるのが、本当に彼女なのか不安になって問いかけた。

 すると、電話の相手が応えてくれた。


「…………タッ……ちゃん」


 それは紛れもなく彼女の声だった。短いながらも、僕を呼ぶ声は彼女そのものだった。

 けれど、その声を聞いただけで、胸騒ぎに襲われた。


 ただ事ではない。

 そう思った。

 なぜなら、彼女の声は涙声で掠れていたからだ。

 嫌な、予感がしていた。


「ど、どしたんだ!? 由香!」


 僕は慌てて彼女に呼び掛ける。

 すると、彼女は涙声をさらに酷くしていった。


「タッちゃん……コウちゃんが……コウちゃんが……!」


「浩介が……? 浩介がどうしたんだ!?」


「どうしよう……コウちゃんが……コウちゃん……!」


 尋ねても彼女は浩介の名前を連呼するだけで、何が起きているのか説明してくれない。

 いや、説明できる精神状態にないように思えた。

 だから、まずは落ち着かせることが先決だと僕は考えた。


「落ち着け、由香! 大丈夫だから。とにかく、一旦落ち着こう。ゆっくり息を吸って、一回落ち着くんだ」


「ひっぐ……タッちゃん……」


 錯乱する彼女にただ落ち着くように何度も呼び掛けると、彼女はそれ応じるように一度大きく深呼吸をする。

 それだけだったが、電話口から感じる彼女の様子が多少なりとも落ち着いたように思えた。


「大丈夫? 落ち着いた?」


「……うん、ごめんね」


 彼女は先程よりもハッキリとした受け答えができるようになっていた。

 けれど、その声にはまだ不安や恐れがあるのが分かる。

 いつ、また泣き出して錯乱状態に陥ってもおかしくない。


「一体、どうしたの? 浩介に何かあったのか?」


 僕は彼女を動揺させないように努めて冷静に尋ねた。


「……コウちゃんが……」


「うん」


「……事故、に、……車に……」


「え……」


 聞えてくる途切れ途切れの単語に、僕は固まった。

 嫌な予感はしていたんだ。

 だから、どんなことを聞かされても、彼女のために冷静でいようと思っていた。

 けれど……。


「由香! いまどこにいる!」


「びょ、病院に――」


「病院? どこの病院だ! 近くか!?」


「そ、それは……」


「どこなんだ! 早く言え!」


「あ、う……」


 どこの病院にいるのか言いよどむ彼女に苛立ちを隠せず、僕は怒鳴っていた。

 それに彼女は委縮してしまう。

 けれど、浩介が事故に遭ったなんて聞いて、僕も冷静ではいられなかったんだ。


 後から冷静に思えば、この時、彼女の方が僕なんかよりもよっぽほど冷静だった。

 僕が怒鳴るように病院を聞き出そうとしていたから、彼女は責め立てられているような気分になっていたと思う。

 それなのに、彼女は僕の質問に必死に答えようとしてくていた。


 もし、この時をやり直せるなら、僕はもっと彼女に寄り添えられるような対応を取りたい。

 けれど、本当は、もっと前からやり直したかった。

 そう、こんな事になる前から。


 とにかく、この時の僕は、彼女から聞き出した病院へ早く駆けつける。

 そんな事しか考えられなかったんだ。


          ○


 病院にたどり着いた時、彼女は薄暗い待合室のソファに呆然と座っていた。


「由香!」


 僕が呼び掛けると、彼女はゆっくりと頭を持ち上げて、こちらを見た。


「タッちゃん……」


 彼女は僕に気づくと、それまで抜け落ちていた感情が戻って来たのか、見る見るうちに表情を崩し、その目から涙を零しだす。


「タッちゃん……コウちゃんが、コウちゃんが……!」


 電話の時と同じように彼女は浩介の名前を何度も口にするだけで錯乱状態に陥っていく。

 逆に、そのおかげで僕はやっと冷静になることができた。

 僕は彼女を安心させるように彼女の両肩を掴んで、正面を見据え、努めて冷静に、そして、出来る限り優しく尋ねる。


「由香、落ち着いて。大丈夫だから。だから、最初からゆっくり聞かせてくれ。浩介に……何があったの?」


「う、ん……」


 僕の問いかけに彼女は目から溢れる涙を拭う。


 本当はこんな状況で彼女から話を聞く事は酷な事だと分かっていた。

 ここに来る途中、事故現場が見えた。

 そこは、三日前に事故があったばかりの見通しの悪いカーブだった。

 あの時と同じように、事故を起こした車のフロント部分はひしゃげて原型は残していなかった。

 そして、その車が突っ込んだ思われるガードレールには、真っ赤な血が残されていて、事故の悲惨さを物語っていた。

 その事故が浩介の身に起きた事故であることは、すぐに予想がついた。

 けれど、僕には分からなかった。どうして、浩介がそんな事故に巻き込まれなければならなかったのか……。


 彼女は落ち着きを取り戻して、ぽつぽつと何があったのか話してくれた。


 やはり浩介は予定通り彼女を連れ添って公園に向かってきていた。

 そして、その途中、あの事故現場となる見通しの悪いカーブに差し掛かったそうだ。

 そこで彼らは見てしまった。

 カーブに猛スピードで突っ込んでくる車と、そこを歩く小学生を。

 それにいち早く気付いて、行動を起こしたのは、浩介だった。

 浩介は小学生を助けようとして、走り出してしまった。

 それが良くなかった。

 車のドライバーは、子供がいることに気づき、ハンドルを切って避けようとした。

 けれど、避けた先に浩介がいて……。


 浩介は車とガードレールに挟まれ、押しつぶされる形になったそうだ。

 事故後、付近の通行人がすぐに119番してくれて、浩介は救急搬送された。

 そして、今僕達のいる病院に運ばれ、浩介は現在手術中だということだ。


「……あの、バカッ!」


 彼女の話を聞き終わった時、思わずそんな暴言が口をついて出た。

 本当に馬鹿だ。

 助けようとして逆に事故に遭うなんて、馬鹿すぎて笑い話にもならない。

 無駄に強い正義感なんて持っているから、そんな事になるんだ。


「ごめん……なさい……」


 ぽつりと彼女が謝った。


「どうして……君が謝るのさ?」


「だって……私が……私がコウちゃんを引き留めてさえいれば……」


「ち、違うよ。そんなに風に思わない方がいい」


「でも……」


「違うって言ってるだろ!」


 彼女はビクッと体を硬直させた。

 つい怒鳴ってしまった。

 自分でもどうして声を荒げてしまったのか分からない。

 けれど、彼女の自身を責める言葉を聞いて、それだけは違うと強く思ってしまった。

 それだけは絶対に認めてはいけないと思ったんだ。


「……ごめん、大きな声を出して。でも、違うんだ。君のせいじゃない。君は何も悪くない。だから、自分を責めないで」


「……うう……うああああ……!」


 彼女は僕の言葉を受け、堰を切ったように泣き出した。

 きっと、怖かったんだと思う。

 事故の事、浩介の事、自分が何もできなかった事、今日起きた事の全部が。

 けれど、その恐怖から逃げることも、その現実から目を逸らすことも許されない。

 独りではとてもじゃないけど、受け入れられるような事じゃない。

 事故の瞬間を見たわけではないけれど、それぐらい僕にだって察しがつく。

 だから、他人から声を掛けられて、君は何も悪くないと言われて、やっと彼女はその恐怖を前にして、その現実を前にして、感情を露わにすることが出来たんだ。

 僕は泣き叫ぶ彼女の肩を抱いて、ただ隣に座っていることしか出来なかった。


 しばらくして、彼女が泣き止んだ。

 けれど、ちょうどその頃、浩介の両親が僕の両親も連れ添って病院にやって来た。

 浩介の両親と対面した彼女は、頭を下げて、僕の時以上に何度も「ごめんなさい」と口にした。

 けど、おばさんが――浩介の母親が彼女を抱きしめて、「あなたのせいじゃないのよ」と優しく慰めるように言うと、彼女はまた泣き出した。


           ○


 浩介の手術は真夜中になっても終わらなかった。

 僕と彼女、僕と浩介の両親はただひたすら待合室で待ち続けた。

 本当は、僕等の両親が彼女は帰った方がいいと言ったんだけど、彼女は手術が終わるまでいさせて欲しいと懇願したため、彼女の両親に了解を取ってから、残ってもらうことにした。

 結局、浩介の手術が完全に終わったのは、事故から十時間後のことだった。

 手術が終わった直後、医者から僕達全員に説明があった。

 まず、手術は成功して、浩介は一命を取り留めたことと、現在は容態が安定していること。

 それを聞いて、僕も含め全員が安堵した。

 次に、奇跡的に脳にダメージは一切なかったため、麻酔が切れれば目を覚ますであろうことが説明された。

 それを聞いて、浩介の両親は安堵のためか、涙していた。

 もし、脳にダメージを受けて、何らかの障害が残るような事態になれば、本人とっても、両親にとってもこれほど辛いことはない。

 医者の説明を聞いて、誰もが安堵する中、けれども医者は最後に深刻な顔になって、残酷な事実を告げた。


「左足の膝から下の損傷が酷く、温存することが難しかったため、切断を余儀なくされました」


 その医者の説明を聞いた瞬間、時間が止まった。

 誰もかれも表情を失って、声も出さず、微動だにしなくなった。

 ただ、医者だけは止まらず説明を続けていた。

 けど、その医者の説明なんてきっと誰も聞いてなかったと思う。

 少なくとも、僕は頭の中が真っ白になって、医者の言葉なんてまるっきり入ってこなかった。

 気づいた時には、医者は頭を下げて、僕達の前から立ち去ろうとしていた。


「……うそ、だよね……?」


 医者が立ち去った直後、そんな声が足元から聞こえきて、下を見ると、彼女が病院の廊下なのに、その場にお尻をつけてへたり込んでしまっている。

 その表情は呆然としていて、とても現実を受け入れているように思えなかった。


「由香……そんなとこに座ってちゃだめだよ……ソファに座ろう」


 どう声を掛けてあげればいいのか分からず、ただ彼女を立ち上がらせて、待合室のソファに誘導することしか僕には出来なかった。

 彼女をソファに座らせて、僕が隣に座ると、彼女はおもむろに口を開いた。


「ねえ……タッちゃん……」


「……なんだい?」


「うそ……だよね?」


「え……」


「コウちゃんの左足……なくなっちゃったなんて……嘘、でしょ?」


「ゆ、由香……それは……」


「嘘だと言ってよ……!」


 彼女の悲痛な叫びが暗い待合室に木霊する。

 この病院に来て、彼女は何度となく泣いて、もうその涙も枯れ果てていてもおかしくないのに、その瞳からは涙が溢れていた。

 決して泣きわめくわけでもなく、ただ静かにとめどなく涙を流していた。

 僕はそんな彼女になんと声を掛ければいいのか分からなかった。


 その後、僕の両親が放心状態なった彼女を車で家まで送っていった。

 僕は両親が戻ってくるまで、浩介の両親と一緒に病院で待っていることになった。


「達也君。ちょっといいかしら?」


 待合室のソファでぼうっとしていると、おばさんから声を掛けられた。

 おばさんの顔を見ると、なんとも複雑そうな顔をしていて、何か話しづらい事をこれから話そうとしていることがすぐに理解できた。


「はい、大丈夫です。なんでしょうか?」


 怖かったけれど、僕は意を決して応じた


「あのね……さっき警察の人が来て、事故現場に残されてた浩介のカバンを届けてくれたの」


 そう言って、おばさんはカバンを僕に見せてくれた。

 そのカバンは多少汚れていたけれど、原型はしっかりと残っていた。

 どうも、子供を助けようとした時、カバンを放り出して走り出したらしいということがおばさんの口から語られた。


「でね。このカバンの中になんだけど……」


 おばさんはカバンを開けて、中からあるものを取り出した。


「それって……」


 見た瞬間、僕はドキッとしてしまった。

 それは綺麗な花柄模様の包装紙に包まれ、『Happy Birthday』の文字が入ったシールが貼られていた。

 おばさんはその包装紙を丁寧に開けて、中身を見せてくれた。

 中には、グローブが入っていた。

 間違いない。

 浩介が彼女の誕生日プレゼントとして用意したグローブだ。


「達也君には、これが何だか分かるみたいね?」


「え、ええ。それは、浩介が用意した由香への……高橋さんへの誕生日プレゼントです。今日――もう昨日になっちゃいましたね。誕生日だったんですよ、彼女」


「そっか。……良かったわ。あの子の前で見せなくて」


「え……?」


 僕はおばさんの言いたいことが理解できなくて、首を傾げた。


「これをプレゼントするために、あなた達は待ち合わせをしていたんでょう?」


「そ、そうですけど……」


「だったら、こんなものを彼女の前で見せたら、きっと余計に責任を感じてしまうと思うから」


「あ……」


 間抜けにも僕はやっとおばさんの言わんとすることが理解できた。

 僕と浩介はサプライズということで、彼女にはプレゼントの事を隠していた。

 けれど、彼女は自分が引き留めなかった事に責任を感じ、謝るような人間だ。

 あの事故が、自分の為に計画してくれたことの途中で起きた事と知れば、どう思うかなんで簡単に想像がつく。


 僕は浩介が彼女にプレゼントするはずだったグローブを見つめる。

 そうして思った。彼女の誕生日を祝うはずだったのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう、と。


「これは達也君に渡しておくわね」


 僕が思いをはせていると、おばさんがそう言って、グローブを差し出してきた。


「え……どうして、僕に……?」


「達也君なら、これをどうしたらいいか分かると思って。きっと浩介には、これをどうこうするようなことを考える暇ないと思うし、彼女に渡してしまうわけにもいかないでしょう? だけど、勝手に捨ててしまうわけにもいかない。だから、貴方に持っていて欲しいの。もし、浩介が落ち着いて考えられるようになったら、返してあげて。きっと大切なもののはずだから。それは、貴方にも分かるでしょう?」


「……はい」


 分かる。

 確かに浩介の気持ちも、彼女の気持ちも僕には痛いほど分かる。

 だから、おばさんはこれを僕が持っているのが最適だと考えたのだろう。

 それはきっと間違いではない。

 正しい事だと思う。

 けれど、おばさんは勘違いしている。

 おばさんは、このグローブが僕と浩介からのプレゼントだと思ってしまったんだと思う。

 僕は自分のカバンに視線を向ける。

 カバンの中には、彼女にプレゼントするはずだったブックカバーとボールが入っている。


 お互い抜け駆けはしない。

 そういう暗黙の了解だった。

 だからこそ、大切な事は、あの場所で行おうと浩介と話し合って決めた。

 彼女に想いを告げた、あの大切な思い出の詰まった公園で。

 けれど、もし、プレゼントなんかで競い合うようなことをせず、このグローブを二人からのプレゼントという形にしておけば、集合場所はあの場所ではなく、パーティーをする予定だったマスターの喫茶店になっていたはずだ。

 もし、僕が浩介と競い合おうなんてしなければ、ライバルなんてならなければ、浩介が事故なんかに遭うこともなかった。


 そんな話ををおばさんにしそうになったけど、その直前で僕は口を噤んだ。

 そんな事を言ったところで、意味がないと分かっていたから。

 それに、そんな話をしても、きっとおばさんは優しく許してくれる。

 それはダメだと思った。

 彼女が責任を感じたように、僕も僕自身が犯した間違いに責任を感じる必要があるから。

 おばさんから渡されたグローブを手に、僕はそう思った。


            ○


 夜が明けて数時間後に浩介は意識を取り戻したそうだが、家族以外は面会謝絶ということで会うことは叶わなかった。

 僕と彼女が浩介に会えるようになったのは、事故から一週間後の年明けのことだった。

 その頃には、元気はなかったが、彼女も落ち着きを取り戻していて、僕が浩介のお見舞いに行くと言ったら、彼女も付いてくる言ってきた。

 最初、彼女を連れていくべきか悩んだけれど、結局、僕も一人で行くことが怖くて、二人で一緒に浩介のいる病室を訪れることにした。


 病室の前まで行くと、彼女は不安そうな表情で、とても動き出せないのではないかと思えるほど緊張していた。

 僕はそんな彼女になんと声を掛けたらいいのか分からなかった。

 だから、せめて少しでも不安を和らげたらと思って、自分の右手で彼女の左手を握った。

 その瞬間、彼女は驚いたような顔を見せた。


「大丈夫。僕もいるから」

「……うん、ありがとう」


 彼女の緊張が少しだけ和らいだような気がした。


「行くよ?」

「う、うん」


 まだ若干の緊張が残る彼女の返事を聞いてから、握った手を彼女から放す。

 そして、その代わりに僕は病室のドアノブに手を掛けて、ゆっくりとドアを開けた。

 ドアを開けた先には、真っ白な病室とその中に大きめなベッドが置かれていた。

 そのベッドの傍らには、浩介の母親が椅子に座っている。

 そして、そのベッドの主は上半身だけ起こしていた。


「達也……それに、由香も……」


 初めに声を掛けてきたのは向こうの方からだった。


「や、やあ、浩介」


 努めて冷静に。これまで通り、なんら変わりのないように右手を上げて挨拶をする。

 すると、浩介は平然とした表情で「おう」とだけ短い挨拶を返してきた。

 その返事だけでは、浩介が、僕達が見舞いに来たことをどう思っているかだとか、自分の置かれている現状に対してどのように受け入れているのか分からなかった。

 けれど、表情だけ見れば、多少やつれてはいるけれど、いつもの浩介と変わらないように思える。

 だから、僕もいつも通り、浩介と接することにした。


「もう、起きてても平気なの?」


「ん? ああ、ベッドの上でぐらいならな。つっても、俺自身で起き上がってるわけじゃなくて、ベッドが起こしてくれるだけだけど」


 浩介に言われて気づいた。

 確かに浩介自身はベッドを背中に密着させていた。要するにこのベッドは可動式で、ベッドで寝ている本人は起き上がらなくても、ベッドの方が起き上がらせてくるようになっているのだ。


「なるほどね。随分とVIPなベッドじゃないか」


「だろ? 俺もベッドが勝手に動き出した時は流石にビビったよ」


 良かった。

 普通に話せてる。

 本人がどれだけショックを受けているかそれが心配だったけど、思っていた以上に元気そうだ。


「それにしても、お前が事故に遭ったって、由香から聞いた時は、びっくりしたよ。僕も由香も本気で心配してたんだからな」


「あー……俺がとんだヘマをしちまったせいで色々心配かけて、ホント悪かったな。由香も……ごめんな?」


「……」


 浩介から話し掛けられても、彼女は反応返さなかった。

 そう言えば、この病室に入ってから、彼女はまだ一言も発していない。


「ゆ、由香……?」


 僕は心配なって、彼女の顔色を窺おうした。

 けれど、彼女は俯いていて、その表情は読み取れない。


 彼女は俯いている。

 ……いや、違う。

 そうじゃない。

 彼女はある一点に釘付けにされているだけだ。

 彼女のその視線の先を見て、僕はそれに気づいてしまった。


 浩介の下半身に掛けられた布団。

 その足元に本来あるはずの膨らみがない部分がある。

 丁度、左足の膝からした部分の当たる膨らみがなかったのだ。


 分かっていた事だった。

 ここに来る前から、分かっていた事のはずだった。

 けれど、僕達は現実をまだ見ていなかったんだと思う。

 その現実が目の前に現れた時、やっと僕らはそれを事実として認識したんだ。

 けど、それを事実として受け入れるにしても、もっと気を遣うべきだったとこの後僕は後悔した。


「なんだよ、二人とも。急に黙って……ああ、左足が気になるんだな……」


 僕と彼女に視線に気づいて、浩介は自ら左足の件に触れだした。


「笑っちゃうだろ? 自分の不注意で、左足を失くしちまうなんてさ」


 そう言って、浩介はにへらと笑って見せる。

 その笑みはなんとも弱々しく、浩介らしくないものだった。


「コウ、ちゃん……?」


 彼女が病室に来て、やっと発した第一声は、そんな浩介を見て困惑しているものだった。

 けれど、そんな彼女の様子に浩介は気づいてないのか、それとも気づいていない振りをしているだけなのか、どちらにしても、浩介らしくない笑みをそのままに、言葉を続けた。


「あー、俺もほんとツイてねぇよな。これじゃあ、甲子園を目指すどころか、野球もできやしねぇよ。まあ、でも、野球を辞めるいい潮時かもな」


「え……こ、浩介……?」


「仕方ねぇじゃねぇか。足がこんなになっちまったんだから……。ま、元々、うちみたいな進学校が甲子園になんかに行けるわけもなかったんだし、俺にすげぇ才能があるわけでもなかったんだしよ」


「おい、浩介!」


 浩介の口から出る諦めの言葉の数々に僕はつい声を荒げていた。

 浩介はそれまで饒舌に喋っていたのに、ピタリと話すのを止め、僕の方が見てくる。


「ど、どうしたんだよ? そんな怖い顔して……」


「お前こそ、どうしたんだよ……。なんで、なんでそんな事言うんだよ! お前にとって甲子園優勝は目指すべき夢のはずだろ?」


「ば、ばーか。こんな足なのに無茶言うなよ。そんな出来もなしない夢はさっさと諦めちまう方が将来のためってもんだろ」


「お、おまえ……」


 浩介は終始へらへらと笑っていた。

 自分の左足の事に触れている時も、諦めの言葉を口にしている時も、だらしなく笑っているだけだ。

 それの笑みを見ているのが、そして、浩介から紡がれるなげやりな言葉が、僕にはどうしても許せなかった。


「ふ、ふざけんなよ!」


 病院では静かに。

 それは子供でも知っている常識なのだけれど、この時の僕はそんな事を気にする余裕なんてなくて、怒鳴っていた。


「甲子園は、由香との約束だろ! 甲子園優勝は、お前の夢で、僕との約束のはずだろ! それをお前は……諦めるって言うのかよ! 僕や彼女との約束は、どうするんだ!」


 そうだ。

 僕が聞きたかったのは、彼女が聞きたかったのは、あんななげやりで諦めの言葉じゃない。

 浩介ならどんな状態でもきっと夢を諦めないでいてくれるって思っていた。

 それなのに……。


「じゃあ、お前は俺にどうしろって言うんだよ……!」


 僕以上に大きな浩介の声が病室に木霊した。

 とても重症患者が出した声とは思えないほどの声だった。

 だから、僕も彼女も、おばさんも驚いて、その一瞬だけ誰もが息を飲んでいた。


「俺だって……俺だって、自分の夢を諦めたくねぇよ! 野球を辞めたくねぇよ! だけど、どうしろって言うんだよ! こんな足になって……こんな足でどうやって野球をやれって言うんだよ!」


「そ、それは……」


「俺には分かんねぇよ、達也。なあ、お前なら分かるのか? 分かるなら教えてくれよ!」


「……」


 答えようがなかった。

 どうしたらいいかなんて、僕にも分からない。


「……出ていってくれ」


「浩介……」


「こ、コウちゃん……」


「出ていけって言ってんだよ! 頼むから、出ていってくれよ!」


 出ていけ。

 そう言われて、僕らはどうしようもなかった。


 おばさんは僕らを病室の外に出るように促し、僕らも言われた通り病室から出た。

 そして、病室から出た先でおばさんは僕に向けて諭すように言った。


「ごめんね、達也君。まだ、早かったみたい。落ち着いたら、また連絡するから」


「わかり、ました。こちらこそ、すみませんでした」


「ううん、いいのよ。達也君が浩介の事を大事に思ってくれているのは分かっているから。ただ、あの子には落ち着いてじっくりと考える時間が必要だと思うの。それも分かってあげて」


「……はい」


 時間が必要と言われて、僕も自分の頭を冷やした。

 まだ、浩介は自分の置かれた現状を受け入れられていないだけだ。

 落ち着けば、きっとまたいつものアイツに戻ってくれる。

 そんな風にその時は思った。


 最後に、おばさんは彼女にも優しげに言葉を掛けた。


「高橋さんも、今日はありがとうね。それと、ちゃんとお話できなくて、ごめんなさい」


「い、いえ……私、何も言えなくて……」


「ううん、いいのよ。あなたが来てくれただけであの子も嬉しかったはずよ。落ち着いたら、また来て頂戴ね」


「また、来て……いいんですか……?」


「ええ、もちろんよ」


「……ありがとうございます」


 彼女は目に一杯涙を溜めながら、おばさんにお礼を言った。

 すると、おばさんはそんな彼女を優しく抱きしめる。

 抱きしめられた彼女は、耐えられなくなったのか、大粒の涙を流して泣いていた。


 その後、僕は彼女を家まで送っていった。

 彼女の家につくまで会話はなく、お互い終始無言だった。

 彼女を家まで送っていった僕は、一人家路についた。


 思い返してみれば、あの事故以来、彼女の笑顔を見ていなかった。

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