第20話 拗ねまくる国王
「猫の姿のシェリルに求婚するとは、お前は正気か!?」
どうやら早速ミリアの侍女達から報告が上がったらしく、国王と同席していたミレーヌに挨拶を済ませて早々に叱責されたジェリドは、気分を害しながら堂々と言い返した。
「本気です。私は人の姿だろうが猫の姿だろうが、あの変わらない神秘的な琥珀の瞳を持ち、周囲を優しく包み込む穏やかなオーラを醸し出している姫を、丸ごと愛しいと思っていますから。勿論、本来の人の姿になられた時は、愛しさが倍増ですが」
さも当然の如く言われたランセルは、栗色の髪を両手で掻き毟ってから先程よりも一層声を張り上げた。
「人だろうが猫だろうが丸ごと好きだと言い切る時点で、明らかにおかしいだろうが!」
「私は冷静です。やっと運命の女性に出会えたと思っています」
「白々しく『運命の女性』などと言うな! 元はと言えば、シェリル達が住んでいる所に遭遇したのも、花街からの帰り道に絡んで来たごろつきを追跡して叩きのめした結果だと、クラウスから報告を受けているぞ! しかも勝手に運命とか決めつけるな! この事を姉上や宰相に知られたら、正気を疑われるぞ?」
「猫だろうがなんだろうがシェリル姫に求婚するつもりだと、家族には打ち明けましたよ? 両親、弟、妹に、揃って呆れられましたが」
「……そうだろうな」
淡々とした甥の話を聞いたランセルは、降嫁した姉一家の団欒がその時どうなったのかを想像して、深い溜め息を吐いた。それを見たミレーヌが笑いを堪えていると、ジェリドがこの時が好機とばかりに話を進める。
「陛下。この機会に申し上げますが、私とシェリル姫との婚約を認めていただきたいのです」
その申し出に、ランセルは露骨に嫌そうな顔になった。
「婚約だと?」
「はい。父から、姫を国王即位二十周年記念式典の夜会で、お披露目する事になったと聞きました」
「ああ、シェリルもここの生活にだいぶ慣れてきたし、再来月のそれが良いだろうとタウロンが判断した」
「その時には是非、姫のパートナーを、私にお任せください」
「生憎だが、パートナーの件は認められん。婚約の件もだ」
叔父でもある主君に再度すげなく却下されてしまい、流石にジェリドは不満そうな顔つきになった。
「陛下、私では姫の夫としてご不満ですか?」
しかしその問い掛けに対するランセルの答えは、やや理性を欠いたものだった。
「シェリルは見つかったばかりなのに、早々に手放せるか! シェリルには一生私の傍に居て貰うぞ! 結婚どころか、婚約だってさせるものか!」
「…………」
「大人げないですわよ? 陛下」
ランセルの錯乱気味の叫びを聞いたジェリドは憮然とし、ミレーヌは呆れ気味に溜め息を吐いた。しかしランセルが語気強く宣言する。
「とにかく、お前にシェリルのパートナーはさせん! レオンに任せる。分かったな!!」
「このクソ親父……」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもございません。陛下が一日も早く、シェリル姫とご対面できると宜しいですねと思っただけです」
ジェリドが盛大な嫌味を吐いたせいで、訳あって視察から王宮に戻ってから未だにシェリルと顔を合わせていなかったランセルは、がっくりと項垂れた。主君に一矢報いたジェリドがそれを見ながらほくそ笑んでいると、ここでミレーヌが苦笑しながら声をかけてくる。
「シェリルのエスコートはレオン殿にお願いするとして、あなたにはエリーシアのパートナーを引き受けていただきます」
「は?」
ジェリドが怪訝な顔になったが、彼女はさも当然といった風情で続けた。
「あら、ご不満かしら? シェリルの唯一の保護者で一番彼女に近しいエリーシアに認めて貰えないと、シェリルとの結婚話もすんなりと運ばないのでは? エリーシアは相当な腕前の魔術師ですし、王家に連なる人間への忠誠より、シェリルの意思や自らの意見を優先させそうですけど」
「外堀を埋める意味でも、今のうちから彼女とより良い関係を築いておけと?」
「シェリルがそういう場所に一人で参加するのは不安でしょうから、彼女にも出て貰おうと考えていますが、あの容姿では下手したらトラブルになりかねませんでしょう? だからあなたにしっかりガードして欲しいの。どうかしら?」
にこやかに申し出たミレーヌに、ジェリドは反論しなかった。
「畏まりました。エリーシア殿のパートナーの件、お引き受けいたします」
神妙な口調で申し出るジェリドと、それに鷹揚に頷いてみせるミレーヌを眺めたランセルは、一人渋面で無言のまま面白くなさそうに顔を背けた。
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