第19話 予想外の求婚

「お久しぶりです、ジェリドさん。レオンから、エリーに飛ばされた時にレオンを庇って怪我をされたと聞きましたが、その後お身体は大丈夫ですか?」

 自分が様子を眺めていた相手がまっすぐこちらに向かって来たのを見て、ジェリドは僅かに動揺した。しかし目の前にやって来たシェリルに相好を崩し、石畳に片膝を付いて恭しく出迎えて嬉しそうに言葉を返す。


「あの時は本当に失礼いたしました。あの程度の怪我など、数の内には入りませんからご安心ください」

「それなら良かったです。それと、部屋の方にジェリドさんのお名前でお菓子やお花がたくさん届きましたけど」

「はい、食べて頂けましたか? 好まれそうな物を城下で見繕って、届けさせたのですが」

「はい、とてもおいしく頂きました」

「それは良かったです」

 取り敢えずお礼の言葉を述べてから、シェリルは首を傾げながら質問を繰り出した。


「でも、お騒がせしたお詫びにしても、少し大げさかと思いましたが」

「それは……、勿論、驚かせてしまったお詫びもあるのですが」

「はい」

 そこで急に黙り込んでしまったジェリドの次の言葉を、シェリルはそのままの姿勢で大人しく待っていた。彼が微動だにせず何をやっているのだろうとミリア達主従が不審に思って近寄って来た辺りで、漸くジェリドが真剣な顔付きで話し出した。


「実はお二人の住居に出向いたのは、あの時が初めてではありません。その前日の満月の夜に、姫が人の姿に変化している所に遭遇しました。その後猫の姿に戻る所まで目の当たりにして、動揺のあまりエリーシア殿に不審者扱いされて慌てて撤収しましたが」

「そうでしたか」

(そんな話、エリーはしてなかったけど、私が怖がらないように黙っていたのね)

 シェリルがそんな風に納得していると、いつの間にかジェリドによって右前脚を取られ、軽く持ち上げられていた。それに遅れて気付いた彼女が(何事?)と不思議そうに相手を見やると、真剣極まりない表情が目に入る。


「初めてお姿を拝見した時に、一目惚れしました。幸い姫は十七歳。私とも十歳は離れてはおりませんし、我が家は王女が降嫁するのに不足はない公爵家です。この場で求婚させてください。どうか私の妻になっていただけないでしょうか?」

「…………はい?」

 いきなり理解不能な言葉の数々の奔流を受けたシェリルは、文字通り全身を硬直させて思考停止に陥った。と同時に乱暴とも言える手つきで、素早く抱き上げられる。


「シェリル、この男から離れて!!」

「ミリア殿下? 何事ですか?」

 殆ど叫びながら置物と化したシェリルを掴み上げたミリアは、そのまま彼女を腕で抱き込んで座り込んだままのジェリドを睨み付けた。対するジェリドは少々不満そうに暴挙に至った主筋の姫を見上げたが、二人の間に更に侍女達が割り込み、ミリア以上に冷たい視線で彼を見下ろす。


「ジェリド様……、これは同じ女性として見過ごせない、由々しき事態ですわ」

「即刻ここからお引き取りください」

「それはどういう事だ?」

 困惑しながら立ち上がったジェリドに向かって、彼女達が淡々と意見を述べた。


「ジェリド様……、未だ王女としての自覚や、世間一般常識に疎いシェリル様に求婚するのはまだ良いとして……。猫の姿の姫様に大真面目に求婚とは、色々問題がおありかと」

「いや、私は大真面目だが。変な趣味とかがあるわけでもないし」

 事ここに至って、ジェリドは目の前の女性達に正気を疑われたか、特殊な性癖の疑いをかけられているのを察したが、その弁解をする前に最後通牒が告げられた。


「取り敢えずお引き取りください」

「姫様達も奥に戻られましたので」

 その台詞で、既にミリアとシェリルがその場から姿を消しているのが分かったジェリドは、大人しく彼女達に頭を下げた。


「分かった。失礼する」

 そして心なしか影を背負って近衛騎士団の業務棟に戻ったジェリドだったが、それとほぼ同時に国王であるランセルに直々に呼びつけられ、その執務室に出向いた。

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