第14話 王女と猫の一人二役

「こちらが、シェリル様のお部屋になります」

「うわぁ……」

「やっぱり王女様ね……」

 広々とした室内の家具や装飾品が、一目で高級品と分かる物で揃えられている事実にシェリルは単純に驚き、エリーシアは呆れと感嘆が入り混じった呟きを漏らした。そんな二人を振り返り、カレンが説明を続ける。


「先程通り過ぎた部屋は、通常、私共が控える前室です。そしてこちらが居間で、右手の扉を開けると書斎、奥の扉を開けると寝室になっております。寝室からは衣装部屋と浴室に繋がっておりまして、他にも」

「カレンさん! 私、こんなにたくさんのお部屋は要らないです!」

 シェリルは必死に訴えたが、カレンは鷹揚に笑いながら頷いた。


「慣れないうちはそうでございましょうね。ここはあくまでシェリル姫の立場上、揃えさせたお部屋です」

「姫様は、当面エリーシアさんとご一緒に生活されますから、これからそちらをご説明します」

 カレンの後を引き取って、リリスが明るく反対側のドアを開けながら説明した。


「こちらがエリーシアさんのお部屋です。寝室同士で行き来できるように、壁を壊してドアを作りました。それでそこの扉が衣装部屋と浴室に繋がっていまして、奥が居間になります」

「なるべく姫様の部屋に近い方が良いかと考えて無理やり配置してみましたが、ちょっと手狭でしたでしょうか?」

 そこでカレンが恐縮気味に尋ねてきたことで、エリーシアは頭痛を覚えながら首を振った。


「いえ、十分です。一部屋毎の広さも十分ですし」

「それなら宜しゅうございました」

 そこでカレンが顔付きを改め、これからの生活についての説明を始めた。


「今後の方針ですが、お二人の部屋を無理にでも繋いだのは、シェリル様のお姿の為です。姫様が、実は第一王子として公表されている方で、猫に変化させられて捨てられてしまったと言う事実を表沙汰にはできません。それで姫君は、陛下が側妃ではない女性にこっそりお産ませになって、かつての王宮専属魔術師長に養育を託していた姫君という触れ込みで、王宮に引き取られる事になります」

 それを頭の中で反芻したエリーシアは、控え目に確認を入れてみた。


「ええと……、そうしますと対外的には、陛下のお子様は第一王子とレオン殿に加えて、隠し子の姫まで立て続けに三人、ほぼ同時期に誕生した事になってしまうのですが……。些か、体面が悪くはありませんか?」

「今更陛下の体面など、気にしなくても宜しゅうございます。今現在陛下は、国境付近まで視察に出ておられる最中で、万事王妃様が差配されておりますし」

「……そうですか」

 即座に主君の体面を切り捨てたカレンを見て、エリーシアは(陛下は十七年前、後宮中の女性を敵に回したのね)と推測し、それ以上何も言わなかった。


「ですが姫君にしてみれば、いきなり朝から晩まで人の姿で生活などできないでしょうから、当面は猫の姿で過ごしていただいて構いません。猫のシェリル様は、エリーシア様とシェリル様が飼われていた猫を、こちらに同伴したという設定になります」

「つまり……、私の部屋で一緒に過ごす場合は、これまで通り猫の姿。人の姿に戻る必要がある時には術式を解除して人に戻ってから、互いの寝室を介してシェリル姫用の部屋に入るのですね? 逆もまた、その然りで」

 そのエリーシアの解説を聞いたカレンは、満足そうに頷いた。


「はい。後宮内には事情を知らせていない侍女の方が多いので、その方が不審に思われないかと」

「エリーシアさんのお部屋に出入りして、姫様が入ったと思ったら猫が、猫が入ったと思ったら姫様が出て来た、なんて事が頻繁に目撃されたら怪しまれそうですし」

「そう言えばそうですね……。すみません。色々お手を煩わせてしまいそうで」

 リリスの補足説明を聞いたシェリルは心底申し訳なく思ったが、そんな事は百も承知だったカレン達は明るく笑った。


「こちらはそんな事は承知の上です。あまりお気になさらないでください」

「私も、こんな楽しい姫様に仕える事ができて嬉しいです!」

「リリス」

「ごめんなさい、気をつけます!」

 すかさず母に一睨みされてリリスが勢い良く頭を下げるのはもうお約束であり、ここでシェリル達はとうとう堪えきれず、噴き出してしまった。


 それから結構な時間をかけて、四人は設備の使い方や物品の配置の確認などをし、シェリルとエリーシアは後宮内の最低限のしきたりなどを頭に叩き込まれた。それから運び込んだ荷物を片付け、食事と入浴も済ませた所で、カレンとリリスが並んで頭を下げる。


「それではご用が有りましたら、そちらの通信石でお呼びください。姫君用の部屋の隣に私共の当直室がありますので、夜間でもすぐに伺います」

「ありがとうございます」

「何かあったらお願いします」

 徹底した気配りに恐縮しつつ、シェリルは(これに慣れないといけないのよね)と自分自身を納得させて頭を下げた。そして二人が目の前から居なくなってから、思わず溜め息を吐く。


「疲れた。でも、優しそうな人ばかりで良かった」

「本当ね」

 ベッドの上に身軽に飛び乗り、体を伸ばしながら言ってきたシェリルに、エリーシアは笑って応じた。そして翌日の予定を思い返す。


「明日は私、魔術師執務棟で仕事の説明を受ける事になっているけど、さっきのカレンさんの話だとシェリルは王妃様に呼ばれているのよね? どちらか時間をずらして貰って、付いていた方が良いかしら?」

 単独行動はまだ難しいかと思って口にしてみたエリーシアだったが、シェリルは黒い体をバッと反転させ、彼女を見上げながら頭を振った。


「ううん、王妃様にもおじさんにも悪いし、猫の姿のままで良いってお話だったし大丈夫よ。心配しないで?」

「そう? じゃあそうさせて貰うわ。じゃあ寝ましょうか」

「うん」

 そうしてこれまで通り、同じベッドに横たわった一人と一匹は、静かに目を閉じた。そしてシェリルは(明日は王妃様と何をするのかな?)とちょっとした好奇心とかなりの不安を抱えながら、エリーシアは(なかなか出足は良かったじゃない。幸先良いわ)と安堵しながら、眠りについたのだった。

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