猫、時々姫君

第13話 王宮での新生活

　シェリルの素性が明らかになってから二日後。この間エリーシアはさっさと荷造りを済ませ、王宮から差し向けられる迎えを待っていた。

「お待たせ、エリー」

「時間通りですよ、おじさん。じゃあ早速、荷物をそちらの荷馬車に積んで良いですか？　小屋の中に纏めてありますから」

「ああ、手伝うよ」

　エリーシアが呪文を唱え、衣装箱を空中にゆっくり浮かせた。しかしなんとか一人でも持ち上げられる程度の大きさの箱が、それを含めて二つしかないのを見て取ったクラウスが、訝しげに問いかける。

「エリー、これだけかい？　その……、年頃の娘の持ち物にしては、少し小さく纏まり過ぎではないかな」

「無駄な物は持ち合わせていませんし、シェリルの個人的な物も殆どありませんから」

「姫様の荷物についてはそうだろうが、相変わらずだな。分かった。じゃあさっさと荷馬車に積もう」

「お願いします」

　衣装箱を移動させているエリーシアの背中を眺めながら、クラウスは（質実剛健さは、あいつ譲りか。血は繋がらなくても性格は似るらしい）と、旧友を思い出して苦笑いした。それから荷物が荷馬車に積み込まれたのを見て、クラウスはシェリルとエリーシアと共に、馬車に乗り込む。

　走り出した馬車の中で、エリーシアの腕の中でシェリルが首を伸ばして興味深く窓の外を眺めているのを見て、思わずクラウスが尋ねた。

「エリー。姫はこれまであまり遠出をしていないと思うが」

「はい。せいぜい私が仕込んだ香料を売りに行ったり、修繕を頼まれて街に出る時に時々連れて行ったりする程度でした」

「例の《黒猫保護令》だが、昨日付で取り消された。だからこれから姫がその姿で街を歩いても、もう危険性は無いだろう」

　それを聞いたエリーシアとシェリルは、揃って目を見開いた。

「本当ですか？」

「ああ。それから王宮の庭の一角に猫達の慰霊碑を建立して、追悼の儀式を執り行うつもりだ。姫君にも、良かったら参加していただけたらと思っているが」

　そのクラウスの申し出に、シェリルは素直に頷く。

「良いですよ？　寧ろ是非参加させてください。これまで猫達は、私のせいで犠牲になったようなものですから」

「シェリル！　あなたのせいじゃないのよ!?」

「うん、そうだろうし、死んだ命が還って来ないのも理解してる。だけど私が今までに幸せに暮らす事ができた感謝の意味合いも込めて、死んだ猫達の死が安らかなものでありますようにと祈ってあげたいの。駄目かしら？」

　腕の中から真剣な眼差しで見上げられたエリーシアは、思わず溜め息を吐いてから表情を緩める。

「シェリルが嫌でないのなら、私は構わないわ。私も一緒に出席させて貰うから」

「ありがとう、エリー」

　それを見たクラウスは、シェリルの怒りが酷くない事に心から安堵した。

　王宮に入ってからは広い石畳の道を幾度か曲がり、馬車は奥まった一角に到着した。そこで促されるままシェリルとエリーシアは馬車から降り、前回同様クラウスに先導されて建物の奥へと進む。

　先日のシェリルの術式解除時同様、人払いは徹底しているらしく、時折すれ違う男女もクラウスを見て軽く頭を下げる他は、猫を抱えたエリーシアに不審な視線を送ったりせず、一行は問題無く重厚なドアの前まで辿り着いた。

「王妃様、二人をお連れしました」

「クラウス殿、ご苦労様でした。シェリル姫、エリーシア殿、お待ちしていました。さあどうぞ、そちらに座ってくください」

「失礼します」

　そこでクラウスと別れてソファーに座った二人が、目の前に出されたお茶とお菓子に内心びくびくしながら手を伸ばしていると、自らも一口お茶を口に含んだミレーヌが、さり気なく声をかけてくる。

「これからは長い付き合いになるのですし、お互いに堅苦しい物言いはこれ位にしませんか？　エリーシアにシェリルと、名前で呼んでも構わないかしら？」

「勿論です」

「是非そうしてくください」

「良かった。それではあなた達付きの侍女を紹介するわね？」

　そう言ったミレーヌは、傍らを振り返った。

「カレン、リリス」

　その呼びかけに、壁際に立っていた年齢が異なる二人の女性が並んだまま歩み寄り、シェリル達の横で一礼した。

「紹介するわ。この二人は母娘（おやこ）で、こちらのカレンは女官長を務めているの。気心は知れているし口は固いし作法一般に詳しいから、女官長の役職は他の者に暫く代行して貰って、当面あなた達の専属女官として付いて貰います。あまり大勢を傍に控えさせても落ち着かないと思ったので当面は二人ですが、後から人員は増やしますからね？」

　そこで紹介を受けたカレンは一歩足を踏み出し、二人に向かって深々と頭を下げた。

「シェリル姫様、初めてお目にかかります。エリーシア様、あなた様の身の回りのお世話も致しますので、ご要望は遠慮無く仰ってください。娘のリリスは至らない所もあるかと思いますが、私の目の届く所で修行させるつもりですので、宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

「お世話になります」

　女官長自ら付いてくれるのかと恐縮しながら二人は頭を下げたが、ここでカレンが斜め後ろで立ち尽くしている娘に低く囁いた。

「リリス？」

「あ、ごめん、母さん。本当に猫が喋っているのを見て感動しちゃった！」

　慌てて一歩前に出て明るく挨拶したリリスだったが、その天真爛漫な砕けた口調に二人は呆気に取られた。するとすかさず鋭い叱責が飛ぶ。

「王宮内では、私の事は女官長と呼びなさい！　それに猫ではなくシェリル姫です！　第一、言葉遣いがなっていません！」

「申し訳ありません！」

　更に手を伸ばして娘の頭を掴んで勢いよく下げさせてから、カレンは苦い物でも飲み込むような表情で二人に謝罪した。

「初対面から大変失礼致しました。この子の上にも娘は二人おりますが、なるべく姫様と同じ年頃の娘が良いだろうと、王妃様のご指示を頂きましたので。今年十六のこの子を傍仕えに致しました」

（確かにお母さんからしたら、目の届く所で教育したいのかも……）

（要は猫のシェリルを見ても、変な目で見たり気味悪がったり言いふらす心配のない面子で固めたのね。王妃様、徹底しているわ）

　それぞれ別な意味で感心した二人は、お茶を済ませてから王妃と別れ、早速カレン達に連れられて自分達がこれから過ごす部屋へと向かった。