第12話 王妃との面会

「エリー?」

「大丈夫よ。私が付いているから落ち着いて」

「うん」

 素直に頷いたシェリルに笑いかけ、エリーシアは尚も進んだ。そして十分な距離を進み、幾度も角を曲がって階段を上り下りしたものの、とうとう誰ともすれ違わないまま一つの大きな扉の前に辿り着いた。


「失礼します。クラウスです。姫君とエリーシアをお連れしました」

「入りなさい」

 ノックの後でクラウスが室内に向かって呼びかけると、中から扉が開かれて黒い髪に僅かに白髪が混ざった、謹厳そうな年配の男性が姿を見せた。その人物が軽く頭を下げて道を譲り、それに恐縮しながらエリーシア達は入室して促されるまま手前に並んでいる二つの椅子に腰かける。

 人払いはこの室内でも徹底しているのか、大き目のテーブルを挟んでエリーシア達の向かい側に座っている王妃のミレーヌの他には、入口から向かってテーブルの右側に座っている王太子のレオン、同じく左側に座った先程扉を開けてくれた人物と、彼に並んで座ったクラウスの他には人影は皆無だった。先程の人物が何者だろうとエリーシアとシェリルが疑問に思い始めていると、それを察したらしい彼が、座ったまま二人に顔を向けて自己紹介を始める。


「初めてお目にかかります。私は現国王ランセル・ムアード・エルマイン陛下の下で宰相を務めております、タウロン・ジェイコム・モンテラードと申します。以後、お見知りおきください。それから愚息が姫君を大変驚かせたと、王妃陛下からお伺いしました。心からお詫び申し上げます」

 いきなりの重鎮登場に、二人は慌てて反射的に立ち上がって頭を下げた。


「ご丁寧な挨拶、恐縮です。エリーシア・グラードと申します。こちらこそ宜しくお願いします」

「シェリル・グラードです。初めまして!」

「そう緊張せず、お二方とも、どうぞお座りになってください」

「は、はあ……、失礼します」

 早々と緊張の糸が切れそうなシェリルが半ば呆然と頷く中、その横でエリーシアは平静を装っていたが、内心は義妹のそれと大差なかった。


(何で、いきなり王妃様と並んで宰相閣下まで出てくるの! いえ、確かに王女に係わるなら大事なのかもしれないけど、てっきり役人とか女官さんから説明されるのかと思い込んでいたわ。色々と心の準備ってものが!?)

 取り敢えず二人がもう一度椅子に座ると、その直後にテーブルの向こう側から穏やかな声がかけられた。


「クラウス殿、ご苦労でした。シェリル姫、エリーシア殿、お待ちしていました」

「恐縮です、王妃様」

 早速後宮の主たる王妃に挨拶する羽目になり、一気に緊張度が増した二人だったが、相手は穏やかに微笑んだ。その容貌を初めて目の当たりにしたシェリルは、自分の横に座っている義姉と共通する所を発見して、密かに親近感を覚える。


(王妃様って、想像していたより優しそう。それに髪の色は違うけど、瞳の色が二人とも同じ綺麗な紫色だわ)

 そんな事を考えていると、ミレーヌが朗らかな口調で告げた。


「エリーシア殿とは、昨日魔導鏡でお話ししましたが、シェリル姫とは初めてお目にかかりますね。想像以上に可愛らしいこと。これから宜しくお願いします」

「いえ、あのっ! こちらこそ、宜しくお願いします!」

「ところでシェリル姫。昨日、私がエリーシア殿に提案した内容については、耳にしていますか?」

「はい。私が王宮に入るのと同時に、エリーも王宮専属魔術師になって、一緒に暮らすのですよね?」

「そうです。あなた達二人は、今後私が後見いたします。そしてあなたには、必要と思われる教養を学ぶ場を手配しておりますが、その時だけは人の姿に戻って講義を受けて欲しいのです。申し訳ありませんが、さすがに教授陣に『猫に講義なさい』とは言い難いので」

「それはそうですね。幾ら王妃様が命じたとしても『ふざけないで下さい』と怒って帰るのが関の山でしょう」

 思わず同意したエリーシアに、ミレーヌは苦笑しつつ話を続けた。


「なんと言ってもシェリル姫は、長い間猫として過ごしてきたのですから。いきなり人の姿に戻っても違和感を覚える事が多々あるでしょうし、人に対して怖い思いをしたなら今まで通り猫の姿で過ごしたいと考えるのは、自然なことです。ですからまず一日1・2時間ずつ人の姿に戻って接する人間も限定して、少しずつ環境に慣らしていくのはどうでしょうか?」

「確かにそれなら、シェリルも必要以上に怖がる心配はないと思います」

 その提案にエリーシアが頷いていると、ミレーヌは横に控えていた男達に確認を入れる。


「それで構いませんね? モンテラード宰相、クラウス殿、レオン殿」

「承知いたしました。姫君の素性の情報操作とお披露目に関しては、私が責任を持って取り計らいます」

「早速、エリーシアの王宮専属魔術師就任の手続きを致します」

「ですが王妃様。当面猫の姿のままと言うのは、些か外聞が……」

 控え目に異議を唱えたレオンだったが、そんな彼にミレーヌが微笑みかけた。


「レオン殿。何か意見でも?」

「……いえ、なんでもありません」

 それから幾つかの事務的な話をしてから退出したエリーシアとシェリルは、「王妃様って、思った以上に強いのね」と納得しながら、再び馬車に乗せられて家に帰った。

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