第58話「南北海戦Ⅶ」


 南部皇国艦隊大敗北?!!


 アバンステア帝国大勝利!!!


 希望の未来にレディーゴー!!!


 という感じの戦況報告が北部から大陸各地に矢の如く伝わっていく最中。


 人々は噂した。


 どうやら小が取れた竜姫殿は大公竜姫になったらしい(ヒソヒソ)と。


 ついでに帝都の軍人と各属国領の人々が恐れ慄いたのも無理はない。


 数十隻から成る南部の大艦隊が数日でほぼ全艦拿捕され、その殆どの兵達も海上で降伏したのだ。


 見えざる帝国の竜騎兵団。


 覇竜師団ドラクーン。


 その名は一躍大陸で航空戦力の重要性を喧伝するトレンドになった。


 それだけではなく。


 数千にも及ぶ兵を載せた揚陸艦隊が数百にも満たない竜騎兵によって事実上は殲滅させられたに等しいと聞けば、帝国の軍事力は正しく神掛かっていると噂されるのも無理はない。


 だが、それとほぼ同時にあまりの軍事的負担に帝国はもはや破綻寸前であり、あれこそは帝国最後の篝火である。


 という類の裏事情的な情報も密かに商人達の情報網を経由して流されており、さすがに帝国も疲弊しているというさも有りなんという話にも落ち着いた。


 帝都襲撃と帝国の最前線撤退から国情は疲弊の一途であろうと言うのが実しやかに帝国通の話として罷り通っているのである。


 それを誰が誇張して流しているのか誰も知らないまま。


『オイ!! 聞いたか!! 小竜姫殿下が帝国の敵を打ち破ったんだってよ』


『すげーや!! ねーせんせー!! 大公姫殿下ってどんな人なのー』


『おまえ知らないのか? 吟遊詩人のおっちゃんが言ってたぜ? 身の丈が銅像よりもデカくて、おっきい剣をふり回して、でっかい火の玉をはくんだ!!』


『えー? あっちの区の子が聞いた話だとスゴイ大きな手足を生み出して、色んな人のごびょーきとかを治してくれるって聞いたよ?』


『いやいや、スゴク小さくて、大きな犬の口に入って、悪い子をメッしたってあたしは聞いたわ』


『あはは、おくれてるなーおまえらー。姫殿下はセイソでカレンでスゴクきれいで花のニオイがして、頭がヨクて、色んな人におてがみで平和を説いて回るお優しい人って、かーちゃんの友達のいとこが言ってたらしいぜ!!」


『『『いや、それはないわ』』』


『えーなんでだよ!?』


 微妙に現実を知っている子供達にとって、そんなカヨワクテ、ハカナゲな少女なんてのは明らかに嘘。


 大貴族のような傲慢を地で行く連中にはいないと思われてもいた。


 このように帝都の孤児達はアンジェラでお勉強しつつ、本物と会った事のある教育者志望の貴族子女達に質問を投げ掛けるが、彼女達の大半は『そうね。うふふ』くらいのもので何一つとして真実が明るみになる事は無かったのである。


 彼女達はアンジェラで働く前に話した事のある少女の事を語らない。


 理由は単純明快だろう。


 真実を彼女達は見ていたからだ。


 まだ単なる教師ですらない彼女達にこの帝都の、帝国の子供達の未来をどうかよろしくお願い致しますと本当に深く頭を下げたところを。


 その少女の実際のところなど関係無く。


 見ず知らぬの他人の為に真剣な瞳で心底に頭を下げられる相手。


 そんな彼女の為に自ら出来る事をしようと決めていた。


 それは就職先とか自分の未来とか。


 そういうのとは関係の無い事。


 ただ、この人の為に働きたいという想い故だった。


『あの方は今日もきっと誰かの為に身を粉にして働いておられます。皆さんも誰かの為に良い事を出来る人になりましょう。誰かを助ける事は自分を助ける事なのですから。今はまだ分からないかもしれませんけれど……』


 いつもニコニコして自分達に気安く色々な事を教えてくれるおねーちゃん。


 そんな子女達の誰もが真摯な瞳で貴族らしく見える。


 それだけで彼女達の生徒たる少年少女はきっと噂の小竜姫殿下は本当に尊い人なんだろう。


 と、それ以上の詮索は出来なくなるのだった。


 誰でもそういうものだろう。


 相手の尊重するものを不用意に傷つけてはならない。


 その社会的な言われずとも感じられる暗黙の律は確かに街角の青空教室でも学ばれていたのだった。


 *


「ぁ~~~生き返る~~~」


「いきかえるー♪」


「いや、お前は女子風呂に行―――そう言えば、此処今は女子風呂だったな」


「?」


 飛行船管内には入浴設備がある。


 飲まない蒸留済みのボイラー用のお水で身体が洗えるのだ。


 水シャワーという選択肢もあるが、人間というのは温かいものを好む性質があると真実思う。


 浴室は一つだが、数人が入れる規模で時間帯で区切る事になっていた。


 本来は1人で入っていたのだが、何故かウツラウツラしていると何処から入り込んだものか。


 黒猫を頭に載せたフェグが背後にいる。


 ちなみに使えるのは石鹸だけだ。


 後はもしもの時の為に薬品を洗い流す事を想定した配管の材料を使っており、塩酸の類も配管を切り替えれば、艦外に排出という形を取れる。


「フェグ。まだ入ってていいぞ。オレは上がる」


「あがるー♪」


「お前はちゃんと温まってから出て来い。温度は温めだ。ちゃんと躰を洗ったら出て来ていい。一人で着替えられるな?」


「きがえられるー♪」


「マヲー♪」


「猫……お前は着替えなくていいだろ」


 溜息一つ。


 あまりフェグの身体を見ないようにして上がるとバスタオルを巻く前に全裸の少女が4人いた。


「ゴフォ?!」


「あ、フィティシラ姫殿下!! お疲れ様でした」


「あ、ああ、そっちも海域の地図と天候予測役に立った。今まで労えなくて悪いな……」


「イメリさんにも手伝って頂きましたから、一人の力じゃないです。ね?」


「は、はい……私には勿体ない感謝です」


 アテオラがイメリにそう言うと当人が少し戸惑った様子になり、一応は言葉を受け取る。


「なーなーもう上がるのかー? 一緒に入らないかー?」


「デュガ……どうやらこちらの我らの雇い主は恥ずかしいようですよ」


「ハズカシイ?」


「余計な事は言うな。オレはもう上がる」


 視線を逸らしつつ、バスタオルを巻いて、目の毒だろう場所からすぐに離脱。


 シャワーは複数あるが、いつもは誰もが気を使って一人で使わせてくれていたのだ……が、10日以上ぶっ続けで怪我人や病人を見ていたせいで予め入る時間を言い忘れていた。


 ブッキングするのは正しく自分の責任だろう。


 身体をすぐに部屋の端で拭いて、脱衣所の内部で見てしまった記憶を振り払いつつ、すぐに下着と衣服を身に着けて、現場から出た。


 ホコホコしている間に糧食を保管している台所の冷蔵庫内からクッキ-の入った缶を拝借。


 予め紅茶を入れて置いた魔法瓶は私室にあるので、そちらで手紙を書きつつ、仕事終わりに頂こうと通路を出るとバッタリ……フォーエとウィシャスに出会った。


「此処にいたのか……探しても見つからないと思ったら、ああ浴室だったんだね」


 ウィシャスが理解した様子になる横で何故かフォーエの頬が赤くなっている。


「探してたのか?」


「僕達がじゃないよ。ビダルさんが見付けたら、急ぎじゃないものの、明日には返事が欲しいって書類を渡されて」


「解った。今日中に処理しておく」


 ウィシャスから書類を受け取ると当人はすぐに飛行船の操舵室へ詰めに行った。


「え、えっと、お風呂だったんだ。フィティシラ」


「ああ、1人で入ってたら女性陣が押し掛けて来て、すぐに出て来た」


「その……女性ってみんなでお喋りする場とか好きなものなんじゃないの?」


「当て嵌まらない人間が此処に1人いる」


「そうなんだ。姉さんは女の子達といつもお喋りしてたから……」


「そうか。書類仕事が終わったら、バイツネードの方に顔を出して来なきゃならない。一休みして声を掛けたら出られるか?」


「うん!!」


「よろしい。この10日ずっと哨戒行動してて疲れてるだろうが頼む……終わったら、夜食くらいは作ってやるから……」


「ありがとう。フィティシラの食事って美味しくて好きだよ。僕」


「昔、学ぶ機会があっただけだ。軽く摘まめるものにしておく」


「愉しみにしてるね」


「そうしておいてくれ」


 こうして書類仕事を数十分で終えた脚でバイツネードの下まで向かう。


 いつもの如く。


 館に放り込んだファーナ・エラッテはどうやら仲間達が生きていた事に安堵したようだったが、それにも況して現在の状況に驚きを隠せなかった。


 という報告は受けている。


 降伏組と仮称するマルカス達はあれ以来、館の出入りと街の内部での自由を許しているが、工作活動自体がグアグリスの操作で出来なくなっている為、今は普通に愉しむのが関の山らしい。


 夜中という事だったが、館を訪れると全員が起きていた。


「ファイナ!! 兄さんだよ~~~!!?」


 ズルズルと女性陣に話しが進まないからと引き摺られていく自称兄を見送って、悪党である事は間違いないマルカスを相手に一室で確認を始める。


 彼の背後には2人のバイツネード。


 禿げたおっさんともう一人が一緒に壁に背を預けて、こちらを見ていた。


「それでどうでしたか?」


「……そちらの言っていたように一応調べてみたが、一度だけ本家で見た事がある代物だった」


 何の話かと言えば、ファーナの喉から取り出したバルバロスの移植部分の話だ。


 解析出来るかどうか。


 まずはお試しにとサンプルを取り置いて試験管でマルカスに何なのか分からないかと頼んでいたのだ。


「ファーナさんの世代に受け継がれる能力を持ったバルバロスの一部だったかどうか。焦点はそこなのですが……」


 何だか渋い顔になられた。


「鋭いのは生まれつきか? その喋り方にはもう何も言わないが、言わんとしている事は大当たりだ」


「つまり、アレは本家が所蔵していた別のバルバロスの?」


「いや、アレはバルバロスではない」


「ではない?」


「この大陸の人の初めに我らバイツネードの神話の一端がある」


「神話ですか?」


 何か一気に話が飛んだ。


「そうだ。元々、この世界を統べていた古い神々は天より降り来る天神……あまかみに焼き払われ、我ら人はその後に産まれたと言われている。その初めの頃、バルバロスはその後より来る神々によって旧き神々の遺灰から再生させられた。とされている」


「この大陸の神話……確か南部の最大派閥を持つ宗教は【聖なる炎】でしたか?」


「そうだ。北部ではあの宗派はほぼ見ない。土着が多いようだが、南部ではそれが主流であり、多くの聖なる家が人々の信仰の拠り所になっている」


「今の話が神話ですか?」


「その一部だ。だが、我らバイツネードの歴史においてはその外伝。いや、世俗的には偽伝の類が伝わっている」


「神話の別話ですか?」


「そうだ。古き神の遺灰からバルバロスは作られ、我ら人は天神によって、この地に生譚した。だが、旧き神には生き残りがいて、我らはその力の一部を手に入れた、とな」


「古い神の力……」


「バイツネードの最初の始祖。今の本家の最初の当主。彼はその力を得て、初めてのバイツネード……超人となった」


「神の力を継し者、ですか」


「ああ、その力は数多くのバルバロスの力を取り込む事により、多くの能力を持つ血統を後世に伝え、我らはその血が薄れてもバルバロスを取り込む事が出来る能力だけは持ち続けている」


「つまり、始祖がバルバロスの一部の移植という事を始めたわけですか」


「そういう事だ。あくまで神話の外伝の類で公式には認知されていないがな。本家は今も始祖の直系として傍流、分家筋から先天的に始祖の血が濃い先祖返りを迎え入れて、その血筋の強固な能力を保っているとされる」


「つまり、旧き神の力、なわけですか。あの赤黒い心臓みたいなものは……」


「今も本家にしか伝わらない秘伝が数多くある事は分家にも知られた事だ。時折、本家に召し上げられた分家筋の者が能力を開花させるのに能力の固有部位を強化される時がある」


「つまり、アレがその手段だと」


「……我が父は右腕にアレと同じ色合いの赤黒い血管を幾多も奔らせ、最後の戦場で散りながらも戦乱で勝利を得た」


「同じモノに見えると?」


「この耄碌した記憶が間違いでなければな」


「……解りました。興味深い話が聞けて良かったです」


「それで貴様はどうする? 言っておくが、本家は確かに貴様程の力があれば、政治と権力で潰せるだろう。だが、事はそう簡単ではないぞ。本家の戦力は分家筋を全て合わせても勝てるものではない」


「身を以って知っているような事を言いますが、先日のこちらよりも理不尽だと?」


 その言葉に渋い顔で男が視線を俯ける。


「恐らく同等もしくは少し上回る程度だろう。あのサイラスが見て本家にも勝るとも劣らないと感じたのならばな」


「……覚えて起きましょう。ちなみにあの赤黒い肉片ですが、能力を底上げするだけの代物なのですか?」


「詳しくは解らない。ただ、バルバロスの一部を埋め込む為の施術式を使う担当の者に言わせれば、バルバロスよりも血が濃いからこそ、バルバロスの力が強化される。という事のように思えるそうだ」


「血が濃い……古き神の一部が未だに現存しているという事ですか? あながち間違いではないのかもしれませんね」


「今、言える事はこれで全てだ」


「ご苦労様でした。今日はこの辺で切り上げます。本家の撃滅に有用そうなお話ありがとうございました」


 立ち上がるとマルカスがこちらを何か迷うような素振りで見ていた。


「何か?」


「今の話を聞いても怖気付く事すら無いのかと。そう思っただけだ」


「神様が全能ならば、今すぐに我々の現状を全て救って幸せにして欲しいものです。それが出来ない時点で神は全能でも無ければ、万能でもない」


「……貴様よりも強い化け物が、正しく神が出て来ても同じように言えるか?」


「わたくしより強いならば、わたくしすら殺せる方法を取れば良いだけなのでは?」


「ははは……もはや、笑いしか出んな……」


 マルカスが疲れた様子で首をやれやれと諦観のままに横へ振る。


「神などよりもよっぽどに凡人の群れの方がわたくしには恐ろしいですとも」


 バイツネードの全員が何か意外な話を聞かされたような顔になる。


「もしも、わたくしが敗北する事があるとすれば、それはきっと大勢の真っ当な人間による真っ当な考えの下での全く正しい行いによってでしょうから……」


「民を扇動し、自らの手で思想を誘導しておいて良く言う」


「何の事でしょう?」


「惚けるな。この地を歩いてみれば、よく分かるぞ」


 マルカスがこちらを呆れた瞳で見ていた。


「化け物め……あのろくでなしの傭兵共が貴様の虚像を前にしては誰もが敬虔な信徒のようではないか」


「信仰されている覚えはありませんが?」


「貴様の偉業を讃え。貴様の敷いた規律に従い。貴様の事をまるで初恋の乙女か戦女神を語るよう噂するのにか?」


「単なる吟遊詩人の戯言を口にしているだけですよ」


「フン……グアグリスによる人体への干渉。我らが千年で辿り着かない事を瞬時にやってのける貴様の存在が戯言なら、我らは存在などしていないさ」


「夜も遅いですし、与太話に酔うのはそのくらいにして、ゆっくり休む事です。貴方達が考えなければならない事はまず自分達の事だけでしょう」


「……覚えておけ。本家の連中は我らとは比べるべくもない本当にだと言う事を……」


「解り合えないのならば、殲滅するだけです。それが合理的な判断だったなら、ですけれどね」


 こうしてペコリと頭を下げて、お土産として黒本の入ったカバンを相手側に渡した後、フォーエと伴って館を出る。


 背後にはファーナと猿轡を噛まされたサイラスがおり、こちらに頭を下げた女性はともかくとして最後までフガフガとサイラスはこちらに何か言っていたのだった。


 *


 大漁大漁。


 というくらいに仕える軍艦を拿捕した昨今。


 ユラウシャでは人口密度の増加と共に食料を自給する為に海洋でその船を用いた漁が行われていた。


 さすがに海の漁師が兵士になっただけはある。


 彼らの大半はその数十隻の中世くらいにありそうなフリゲート艦を数日で乗りこなし、次々に寄港しては子供達と傭兵連中の腹を満たす魚を大量に水揚げしていた。


 今までは船も貴重なものであり、資源確保にしても漁船ですら20隻。


 商船に至っては6隻くらいが限度だったものが、入れ替わり立ち代わり、港の許容量を大きく超える数十隻単位での漁が可能になったのだ。


 住民は消えてこそいるが、多くの現地の兵隊、傭兵、子供達の胃袋は今のところ真っ当に満たされている。


 元々ユラウシャから離れたバーツ平原の端に大量の兵糧として秋の終わりまでに食料を備蓄させていたので、食糧不足になる事は無いだろう。


 今は艦隊の撃滅完了と同時に国民の呼び戻しも行われていた。


 ただ、さすがに冬を迎えるに辺り、長く寒い過酷な旅路をユラウシャの民に強要する事も出来ない為、本格的な帰還は春の雪解けを待ってからとなった。


「ようやく実質的な戦争は終えたわけだが、これからも造船は継続するのか?」


「艦隊の整備は最優先だ。まだまだ南部皇国には切り札が残ってる。先日の巨大イカもあっちには母体が残ってるそうだし、もしかしたら来年の終わりまで帰還は伸びる可能性もある」


「……全てを倒し切るまで時間が掛かるわけか」


「今回の一件では運よくオレがいた。だが、次はオレがいない公算が高い」


「つまり、それまでにそちら並みの戦力を整えなければ壊滅的な被害を被ると?」


「そうだ。その対処の為にも艦隊の整備と海中のバルバロスを攻撃する為の兵器は必須だし、それを今帝都の研究所で試作させてる」


「どうするつもりだ? さすがに海の中で戦えと兵士達に言う事は出来んのだが」


「爆雷だ」


「ばく、らい?」


「海水は空気よりも更に早く音を伝える。音が伝わるという事は衝撃も伝わる。ついでに威力も大きい。海洋生物の大半は耳が良い。だが、耳が良過ぎて、爆音や衝撃には弱い。かなり深く潜っていない限りはな」


「つまり、そういうものを利用する兵器、か?」


「そうだ。現在、北部の各地の鉱山で必要な素材は掘り出させて、精錬しながらグアグリスによる鉱毒の浄化と更に生物精錬て技術を試してる」


「例の技術か?」


「そうだ。これが上手く行きそうだ。そうなれば、水は綺麗なままに山から出る鉱物は土と石以外全て利用可能になる。ま、それも建材として周辺地域の造成に使うが……」


「鉱山の生産量が上がるのだったか?」


「従来の8割増しだ」


「ほぼ、二倍とは恐れ入る……」


「従来の利用出来る鉱物に限っては5割増しだ。が、それ以外の毒の類やまだ今の段階じゃ利用出来ない鉱物が多い。設備や処理方法がかなり限られるからな」


「それでも、凄まじいと思うが?」


「夏場は鉱毒の濾過中近付いたら、死ぬ程危ないグアグリスだが、冬場には乾燥して縮んで大きな各種の金属を結晶化させた状態になる。こいつを引き上げれば、殆どの今まで水に溶け出したり、回収出来なかった金属が回収出来る。金属以外の猛毒も含めてな」


「……それで小島程も在る化け物を?」


「毒は最後の手段だ」


「……解った。結局は報告にあったように強力な兵器を竜騎兵で浮上して来た化け物にぶつけるわけか?」


「そうだ。幾ら化け物が頑強って言っても今試作した兵器で外殻の損傷は可能だったからな。これを改良して外殻破壊用の兵装を作ってる。これで相手の堅い殻を壊した後、爆雷を集中投下すれば、恐らく被害は出ても倒せる」


「……竜騎兵次第か」


「内陸部まで水さえあれば昇って来るって話だ。重要なのはユラウシャ周囲にいる人間の迅速な避難訓練、稠密な哨戒網の構築、兵装による威力の集中だ」


「逃げて、見付けて、矢をしこたまぶち込むわけか」


「そんなもんだ」


 ビダルに肩を竦めておく。


「了解した。行動計画の肝要な部分は大昔からあるものをより現代的に解釈すればいいのだな?」


「そういう事だ。良く解ってるじゃないか」


 現在地はビダルが止まる例の岩窟の要塞である。


 寝台が運び込まれた一室では執務机に堪った書類が数十枚積まれていた。


「それで当面の危険が排除されたわけだが、そちらはこれからどうする?」


「一度、北部の重要な施設の視察と各地の鉱山巡りだ」


「ここでやったように口から貴様のアレを飲ませられて、健康にしてやるわけか?」


「それもある。今までの鉱山の労働環境が酷過ぎる。鉱山街の労働環境の改善には今しばらく掛る以上、現状で病気や色々な障害を負ってる連中を回復させるのは今後に鉱山開発にとって大きいからな」


 どうしてそんな事が出来るものか。


 まったく、人間止め過ぎじゃないかというジト目でビダルがこちらを見やる。


「それが終わったら、蒸し石炭……例の燃える石を加工したコークスを受け取りに例の買い上げた屑石街に向かう。その後にそのまま冬の真っ只中に西部へ直行だ」


「そう言えば、犬に食われたそうだな。あの豚は」


「らしいな。街は帝都から監督官を送って色々改善させてるが、とにかく搾取され過ぎて何処も彼処も病人だらけらしい。ちょっと行って治して来なきゃならない」


「はは……まったく、いつの間にかあらゆる怪我と病を治すようになっているとは……吟遊詩人共に女神扱いされるわけだ」


「単なるバルバロスの能力だ。適合してなかったら化け物になる能力なんて好き好んで手に入れるわけないだろ」


「単なる偶然だと?」


「貫かれて中身から食い荒らされて死ぬ可能性だってあった。本当に手に入れたのは運だけだ。まぁ、一応は便利に使えていいが、使い過ぎてオレがクラゲの化け物になったら、まだオレに付いて来るか?」


「フン。話せるウチは見捨てられんだろう。いや、責任を取らせる意味でも奇跡のクラゲと言って祖国の売り物にするか」


 乾いた笑いでビダルが肩を竦める。


「まぁ、意識すら無くなって利用出来そうならそうしてもいいさ。取り敢えず、バンデシスの部下の手も直したしな」


「ああ、そう言えば、もはやあの男はお前の信奉者だったな」


「何だソレ?」


「あの部隊の連中がお前を呼ぶ時、何と言っているか知っているか?」


「悪口でも言われてるのか?」


「いいや、恐ろしくも気高く美しい竜姫、だそうだ」


「吟遊詩人連中に毒され過ぎだろ……」


 思わず溜息が出る。


「さてな……ちなみに今は部隊総出で例の見えざる間者の捜索に出ているが、竜騎兵も発見出来ていない。相手の手品の種が割れねば、こちらの情報はこれからもそれなりにあちらへ筒抜けだな」


「……それに付いては対策してある」


「対策?」


「どれかに引っ掛かれば、たぶん見付かるだろ」


 その時、ユラウシャの街区に大きな音が響いた。


「これは時刻を知らせる為に導入した鐘か?」


「ああ、ついでに一部の生物には耐えがたい感じに高周波が出るようになってる」


「こーしゅーは?」


「それと周囲の波を見るのに窓を使わせてもらうぞ」


「あ、ああ、その波というのが我らの知るモノじゃないのは何となく解るが、それでどうにかなると?」


「ああ」


 窓の外に続くカーテンを開けて見る。


 木戸の外から見えるユラウシャの街並みは夕暮れ時という事もあって絶景だ。


 しかし、こちらの瞳にはそれ以外のものが映っている。


 腰から取り出した発煙弓で方位と正確な位置を知らせる為に赤赤白緑の準に煙を空に上げるとすぐに瞳の先で反応があった。


「……空飛ぶ見えざるバルバロス。そんなのもあるのか。確かに侮れないな。本家」


 先日から情報収集の度にバイツネードの館と呼ばれるようになった場所に脚を運んでいたのだが、結局情報は本家から上がっていたという事しか分からなかった。


 だが、マルカスは本家の情報収集時にはよく見えない何かが情報収集する地域をうろついていた事を教えてくれたのだ。


 それと同時に人間の意識や記憶に干渉する者すらもいるとか何とか。


 取り敢えず、偵察部隊は恐らく目か耳が良いとの話。


 なので、人の声を精密に聞き取れる相手の耳をぶっ壊す高周波を街に反射させて、ついでにヴァドカ王のところで貰った能力の一部。


 瞳を使わせて貰った。


 何らかの予測能力だけが鋭くなったのかと思いきや。


 腕に吸収された時、視界が歪んだので何か集中すれば、能力が発現するのではないかと研究施設でグアグリスの訓練と同時に実験していた成果だ。


 音というよりは人間には見えないようなあらゆる波の視覚化。


 可視可能な波の帯域がかなり広がった。


 普通に常用すると気持ち悪くなって酔うので必要な時だけやっているのだが、紫外線すらも見られるせいで温度も丸解り。


 普通の視界と左右で見分ける事で無いものを見る事が可能になった。


 電磁波すらも捉える瞳には確かに見えざる空中の獲物が見える。


 合図して数秒と立たずに上空に色付きの煙ならぬ色を付ける着色噴煙弾が大量に上げられ、空中に敵の姿を映し出した。


「カメレオンが空飛んでる……翼生えてるとか斬新だな」


「かめ?」


 背後で首を傾げるビダルに肩を竦めて行ってくると話を切り上げて街に出る。


 現場に近付く頃には数機の竜騎兵による連携で追い込まれた空飛ぶ翼持ちカメレオン……それでも3mはある図体のソレが音もなく叫びながら、ブチ当てられた攻撃。


 ボルトアクションライフルの弾丸で微妙に怯みながら地表にべちゃりとしていた。


 その体表は今や黄色い。


 次々に避難が呼び掛けられ、人が走って周囲から消えていく。


 その時、頭上数mの竜から飛び降りる者が1人。


「おーりゃ!!」


 ガチュンッと首を半分までも断ち割られた空飛ぶカメレオンが無音で絶叫しながら、血飛沫を上げて、逆に襲撃者の方を染め上げる。


「ご苦労さん」


 ちゃんと全身に竜騎兵用の外套を着込み。


 仮面も付けたのは斧が似合う美少女。


「おーコイツかぁ……確か、ウチの暗殺部隊も使ってたぞ」


「ああ、竜の国にもあるのか」


 仮面を外せば、疲れたーと伸びをするデュガの顔があった。


「確か【ビシマカル】だったっけ? でも、こんなに大きいのは見た事無―――」


 デュガの首根っこを捕まえて後ろに引かせ、そのビシマ何とかより背後に片腕で放り投げつつ、未だ生きているらしい腹部の中枢。


 電磁波を強く放つ部位に生物毒を詰めた対バルバロス用の通常弾を放つ。


 それが柔らかい腹部を貫いた時、人間の悲鳴が上がった。


 そして、腹部にグニィッと顔が浮き上がる。


『ガハ……、何故……解っ―――」


 相手の時間稼ぎに付き合わず。


 三連射で相手の尻尾付近を更に毒で汚染。


 途端、バフンッという音と共に内部で何かが爆発し、顔が内部で猛烈に変化しながら消えて、切り落とされた喉の奥から炎が上空に吹き上がった。


 ゴドンッと固い石材の道路に倒れた敵が完全に沈黙する。


「……さすがにこれで起き上がっては来ないか。自爆覚悟だなんて、賞賛に値する。が、迷惑だ。やるなら人のいないところでやれ」


「オ、オイ。今の人の顔が腹に映ってたぞ!?」


 デュガが慌ててこちらの傍に寄って来る。


「バイツネード本家。魔窟なようだな。恐らくだが、人間にバルバロスを移植するのが面倒臭くなったから、逆の発想をしたな」


「逆?! そ、それって……え? う、うぇぇ……そんなのありかぁ……さすがにウチでもそんな事しないぞ?」


 さすがにドン引きの様子でデュガが気持ち悪そうな顔になった。


「だから、バイツネードはバイツネードなんだろ。人とバルバロスのヨイトコ取りの生物にするなら、バルバロスが主体でも問題無いってこった」


「うわぁ……」


「お前のウチは人間とバルバロスが一緒に戦うのが最高な流派であっちはバルバロスと人間のくっ付いた生物が最強って流派と考えればいい」


「人間已めるんじゃなくて、バルバロスにくっ付けられるのかぁ……」


 周囲の竜騎兵達もさすがに悍ましいものを見た事で正気が削れたようだ。


 かなりの驚愕と狂気にジットリと汗を流していた。


「周囲を封鎖しろ。今回の事は他言無用だ。一般人や吟遊詩人に物語のネタを提供したいヤツ以外は黙ってた方がいい。迅速に基地へ運べ」


 敬礼した竜騎兵達に現場を任せた。


 デュガに載せて貰って基地の方面に飛ぶ。


「良かったのか? あのままにしておいて」


「構わない。後でどうせ解剖はやるからな」


「それにしても最後道連れにしようとしてたのか?」


「ああ、だから、残念ながら生け捕りは諦めた。お前らの被害を受けてまで欲しい情報じゃない。そもそもあの間諜そのものが情報の塊だ」


「……その、ありがと……殺すのイヤだっただろ? 本当はこっちがやってなきゃダメだったのに……」


「別に気にしてない。大切な誰かと見知らぬ間諜じゃ天秤にすら掛からない。それだけの事だ……」


 一応、人殺しをしてしまったので気を使ってくれる少女に肩を竦めておく。


「大切って……一番大切なのはふぃーだぞ?」


「そういうのは人それぞれだ。ま、とにかくコレで種は割れた。同じようなのが此処にまた何匹いるか知れないが、今の見てたらすぐに撤退するはずだ。これで当分は情報を抜かれなくて済む」


「……これから西部に行ったら、春には行くのか?」


「ああ……また本家とやらを滅ぼす理由が増えた。ああいう人間を材料にする兵器はNGなので完全に殲滅にする確率が高くなったな。残念な事に……」


「……ホント、ふぃーは大概だな」


 何故か、少し苦笑して、微笑んだデュガが後ろからガシッと纏わり付いて来る。


「苦しいんだが……」


「護らなきゃダメだからなー♪ 今度はちゃんとこっちが護るかんなー♪」


 騒ぎを聞き付けてやってきたフェグがこちらを見付けて、頬を膨らませ、自分も自分もと低高度で進むこちらに並走し、ぴょんぴょんしていた。


 こうしてようやく南北海戦は終了する。


 問題は二つ。


 まったく、バイツネードの本家が生かしておけ無さそうな事。


 そして、バルバロスと神話とバイツネード。


 これらの中身をこちらの知識で解き明かせるのかどうか。


 今のところ、多少の博識程度で何とかならない事はほったらかしにしているか。


 もしくは天才や有能連中に任せている手前。


 人間の頭部や頸椎までをバルバロスに融合させるような技術力を持つ相手を理解し切れるかどうか不安なところがある。


 相手を理解出来なければ、恐らくは自分が死ぬ事になる。


 それが真に畏れるべき敵というヤツだった。


『ふぇぐもー!! のるー!!』


 速度を落としているとはいえ。


 それでもフェグが超人的な脚力でこっちに近付いて来る。


「まったく、理解出来ない知識が出て来ない事を祈るばかりだ」


「?」


「何でもない……」


 それから2日後、マルカスに解剖と解析を任せ、北部中の投資先の視察へと向かう為、飛行船は出発する事になった。


 一つだけ決まった事があるとすれば、それは飛行船の名前がドラクーンの旗艦として正式に【リセル・フロスティーナ】……こちらの意味では“凍らぬ華”になった事だろう。


 名前の送り主がバンデシスなのが意外だった。


 案外ロマンチストらしい。


 ただ、その後にユラウシャから出て各地の鉱山開発状況を確認し、1日でくらいでその鉱山街を起つまでに各地で巡回診療のように人間をグアグリスで見て回る事になった自分の仕事時間はどんどん増えていく事になるのだった。

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