第260話「神秘? 何ソレ美味しいの?」


 現在時刻午前9時43分。

 東京都心は霞が関封鎖の影響でいつもよりもザワついていた。

 一夜明けた本日。


 夜中ぶっ通しでやっていた報道は疲れたコメンテーターを入れ替えて途切れる事なく。


 特別番組は現在も報道中。

 春よりも夏日というような陽射しが照り付ける今朝。


 雲一つない青空が広がっており、学校に学生がブチ込まれた後の侘びしさが駅のホームを閑散とさせた。


 人がそれでも行き交う最中。


 売店で立ち食いする蕎麦はやっぱり格別、と思えるのはまず何よりもこの落ち着く都市の程よい喧騒からか。


「頂きます」


 割り箸をパキリとやって、啜り始める。

 横の巨漢は三杯。

 全部マシマシ仕様。

 こっちは月見に山菜だ。


 ツユはありきたりなものだし、麺だって市販品だが、それでも喰う分には何ら問題ない味だろう。


 昨日、トンカツを十五皿食い、夜食にカップ49個を完食していると思えない巨漢はカツオの効いた黒めの汁と灰色の麺をフォークと唇で口内に招き入れつつ、天麩羅を口一杯に頬張り、エビの尻尾を唇の端から溢れさせていた。


『これは恐らく大規模な秘密結社や新興宗教カルトによる犯行では―――』


『ですが、見えない怪物に付いては技術力が無ければ何とも―――』


『そもそもですよ!! 本当にあの映像は本物なんですか。嘘じゃ―――』


『アメリカ政府は今回の一件に関して未だ公式見解を出しておらず』


『西側諸国だけではなく東側や共産圏の国家も巻き込まれた以上、従来の主義では―――』


『CGだって!! 絶対、CGだから!! これは高度な情報戦による秘密組織の陰―――』


『オレ、見たもん!! 噴煙の中にチラッと何か大きいもんの輪郭がさ。いたんだって―――』


 汁を全て飲み干した辺りで気付く。

 いつの間にか周囲から人の気配が消えていた。

 それどころか。

 さっきまで商売していた売店の店員すら見せを空けている。


「この国は幸せだな。ここまで豊富な食料が定価で売られているとは……これが過去か」


「ん、まぁ、お前らの時代と比べたらそりゃな。でも、ウチの祖国は普通の国よりは多種多様だと思うぞ。食材も料理も」


 代金を置いてホームの行き止まり方面に視線を向ける。

 すると、そこには何やら男が一人立っていた。


 国内では見た事の無い銘柄の英字のパッケージの煙草を一本取り出してジッポで火を付けた相手が、こちらを見つめる。


「なぁ、オレらって結構高度なステルス敷いてるよな?」

「自分で言っていたのを忘れたのか? 遺跡の技術を使っていると」


「天海の階箸、遺跡のアーカイヴに眠ってた大戦中期文明の遺産らしいんだが、脳髄が蛋白質で出来てる相手になら大抵効果あるって書いてたぞ。心理誘導視覚迷彩とか何とか」


「……こちらの生まれた時代にはロストしていた技術か……視覚情報からの電子ドラッグの類はまだ残っていたが、戦闘用は確か大規模な開戦で失われたと話に聞いた事がある」


「まぁ、とにかくお客さんだ。お前は駅前辺りに点在してる狙撃手を。こっちはこっちで処理しておく」


「了解だ」


 ベリヤーエフが駅ホームから跳躍し、20m程上空へと舞い上がったかと思えば、人が掃けていく最中もこちらを狙う幾つかの銃口の下。


 狙撃手のいるビル壁面へと指を突き立て、全身の発条を使って高速で移動を開始する。


 散発的な銃弾の弾ける音。

 そして、破砕音が次々に響いてくる。


 それを機にして中肉中背でこちらと同じくロングコート姿の何処か錆び付いた瞳の色をした日本人。


 40代くらいだろう何処か鋭い顔の相手が何の躊躇も無く。

 ステアーらしき火器を抜き撃ちした。

 密集する弾幕がこちらに迫ってくる。

 まぁ、見えているのだが、問題はそれより相手だ。


 


 走り出した男が流れるような動作で煙草を吐き捨てながら、銃弾に後ろに付けて腰から引き抜く寸前の構えで長物の柄を掴んでいる。


 銃弾がこちらの50cm手前で磁界によって捻じ曲げられて周囲へ飛散。


 それを見て居合のような動作を仕掛けていた相手が咄嗟、真上に跳躍して逃げるついでにこちらの攻撃を受けようと刃を抜き出したが、それもまた遅い。


 ガードはガード不可攻撃で殴り飛ばすのが一番だ。

 相手の得物は刃。

 ならば、それをすり抜ける攻撃でダウンを狙う。


 超必を叩き込む隙が無い場合、ガードの上から削り殺すのは格ゲーにおいては普通だ。


 相手のゲージが溜まってキャンセルされる可能性は生憎と現実では無い。


 空中という逃げ場無き檻。


 こちらは両手両足を使うタイプではないので反撃なんて怖くも何ともない。


 武器は指で弾いた小石。


 刃が軌道上に上げられるが、それがぶつかる寸前で二つに割れて、直線上にある刃を回避。


 そのまま摩り抜けたソレが魔術コードで予め仕込んでおいた通り。


 衝撃によって弾けて散弾状の砂となる。

 だが、ソレの重さは問題だろう。


 肌に食い込む感触と衝撃を知れば、二度と味わいたくないに違いない。


 そう、それは超純度の金属粒を偽装した代物だ。


 弾のように貫通する程の威力は無いが、相手の肉体に食い込んで衝撃を与える。


 コートは襤褸布となったが、それで直接肉体への影響は無し。


 しかし、絶妙に内蔵を強打された相手はこちらの指先から次々発射される小石を防ごうとしながら、完全不利を悟って後方へ更に逃げようとし―――。


 ゴインと頭部を屋根の張に強打して昏倒した。

 勝敗を分けたのは相手がこちらの準備に気付かなかった事だ。

 ちょっと周辺の環境を偽装していたのである。

 張は男が最初見た時から本来の高さではなかった。

 それだけの事だ。


 他にも駅全体に間違い探し的な変更を光学迷彩の応用で加えていたのだが、どうやら気付く者は誰もいなかったらしい。


『二流だな。位置が一人でも割れたら居場所は変えるべきだろう』


 それとほぼ同時に敵狙撃手の半数がビル間を滑空するムササビか。


 はたまたビルを昇るゴリラかというベリヤーエフの猛攻によって脱落。


 重火器を叩き折られ、デコピンで肋骨を折られて重症を負っていく。


 連中が自前で逃げ帰る術を失っていれば、警察のご厄介になりつつ、適当に所属する組織に回収されるだろう。


 昏倒したオッサンをCNTの糸で仰向けにして懐から何かないかと探ると手帳とパスポートが複数。


 それから小型の端末まで出て来た。

 端末は情報を抜いて破壊。


 手帳は中身を全部データ化して燃やし、パスポートを確認してみたが、巧妙な偽造品だった。


 もう用は無いと脳内出血が無いか確認してから放置。


 ベリヤーエフが殆どの狙撃手を行動不能にした後、駅を出て人混みがまだ存在する方角へと二人で歩いてその場から立ち去る事とする。


 そう言えばと思い立ち。

 ちょっと、駅の看板に細工もしておく。

 それから数分して再び喧騒が戻り始めた

 消防車、パトカー、サイレン、悲鳴、怒号。


 正しくテロリスト張りにテロリスト的な事をしてしまった相手の人生のご冥福をお祈りしつつ、得た情報を眺めてみる。


「……傭兵。いや、魔術的なもんを使う傭兵、か? オレらの居場所が外に出て初めてバレたって事はまた物理事象関係ないんだろうな……」


 名前や顔をFBIやCIAのデータベースから適当検索してみたら、マジックという単語が山盛り出て来る報告書が関連資料として提示されてしまう始末。


 この世界においてそういうのは実際珍しくないらしい。


 財団関連の資料も一部存在していて、どうやら一応の連携は国家との間に為されているようだ。


 その中にも魔法の文字が躍っていた。


「それにしても日本国内にも同じような団体が結構あるんだな。ピンキリみたいだが、フリーランスも多いと……オレが知らないだけでオレの過去はラノベだった? 一体、何を言ってるのか分からないレベルで脳が理解を拒否したい感じだ」


 一皮向けば、普通の世界もラノベ色。

 こんなの知りたくなかったナウ。

 溜息が盛大に出てしまった。


「これからどうする?」


「財団に動き無し。いや、動きはあるが……アメリカの方がちょっと騒がしいだけだ。何かやたらと人を集めてるようだし、オレ達の事を多少は理解して、対策室でも立ち上げたんじゃないか? 他のオブジェクト系を扱う組織は様子見みたいだし、まだまだイケるな」


「監視されながら行軍か。昔を思い出す……」

「……思い付いた」

「ロクな事では無さそうだ」


「経済戦争、アレは一部行う。ただ、今から起こす戦争の名前は別ものだ。発表します」


「耳を捩じ切れない事が切実に無念だ」

「これから起こす戦争は魔法使い大戦、だ」

「……マホウツカイ?」


「人死にが出ない程度に裏社会側の技術を世界規模で公にして中二病心を擽る絶妙な戦闘ラノベを演出するという、極めて高度な作戦になるだろう」


「……意味はよく分からないが、この世界が大戦の起きる前から極めて重大な危機に見舞われる事だけは理解した」


「変化が大きけりゃ、どんな戦争だって構いはしないんだよ実際。問題はその変化が誘発させる関連事象にオレ達の意見をねじ込めるかどうかだ」


「戦争をこの世界に干渉するテコにするつもりか?」


「理解が早くて助かる。まずは国内の組織を全部潰して魔法使いさん達に愉しいパーティーの招待状を出そう。敵の名前は……そうだな。中二病を心から愛するラノベ大好き神様からだ」


 ベリヤーエフがジト目でこちらを見やる。


「意味は分からないが一つだけ理解した」

「何をだ?」


「これから貴様の犠牲者になる人間が、という事だけはな……」


 東京都心は昨日に引き続きテロリスト確保の報道に沸く事となる。


 世界があらゆる理不尽を呑み込んだ混沌だとするなら、これから始まるのはその混沌が流れ出さないように堰き止めていた人々を翻弄し、全てをグダグダの闇鍋にする為の儀式だ。


 生憎と黒魔術は使えないが、魔法使いを名乗る詐欺師には成れる。


 それが恐らくは最も自分らしい答えだろう。


 黒の絵具に幾ら白い絵具を混ぜても完全な純白とはならない。


 ならば、白を混ぜるよりは黒に新しい色合いを混ぜてしまおう。


 全てが終わる前に。

 全てが諦められる前に。


 世界が人の善意で滅びゆくならば、人の悪意で世界を救えばいいのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る