第259話「魔法少女プリティーエミ」


 自宅を確認後、その大邸宅と呼んで差し支えない平屋木造200坪の門の前まで行けば、小扉の開いている様子が見えた。


 情報は随時住基ネットから頂戴して、相手の身元はあっさりと判明。


 フラム・ボルマン15歳。

 東京の女子高1年生。

 ついでに帰国子女。

 両親はドイツ系イタリア人の父親とイギリス人の母親。


 ただし、母親の方には日本の血が流れており、海外のセキュリティー先にある親の履歴書を見る限り、幼年期は殆ど日本人に混じって過ごし、数年イギリスで育ち、再びこちらへという生活状況らしい


 イギリス人の母親の父親は日本人で地元の名士らしく。

 広大なお屋敷を持っていたが、数年前に他界。


 現在はお手伝いさんを2人雇って、家を任せつつ、祖父の代から仕える運転手の手で1時間半掛けて都内の女子高に通っている。


 両親はエロゲの親かと疑うような放任主義で年末と夏と秋の長期休暇にしか帰って来ない。


 ちなみに当人の国籍はイギリスらしい。


(ぅ~ん。正しくどっかの物語にありがちそうなコレぞ面倒臭い主人公とかヒロインとか。そういうのにしか見えない。いや、オレが毒され過ぎなのかもしれんけど)


 とにかく、小門前のインターホンをポチコン押してみる。


「はぃ~どちら様でしょうか~」


「え~ボルマンさんのお家ですか? 私、えと……その、さっきの事でまだ話があるって言いたくて……きっと、“言って貰えば分かります”から」


「ハイ? ええと、さっきの事、でございますね。おひぃさま~~」


 タタタッとインターホン先の相手が、何か物凄く聞き覚えのあるフレーズで家主を呼んでいた。


 そして、数秒後。

 ダダダッと廊下を駆け抜けて来る音。


 そして、門に設置された赤外線付きのカメラにニッコリ微笑みながら、少女の通う姿で形だけ真似たあのナイフをヒラヒラさせてみる。


 すると、玄関先で何やら少女がまだいるらしいお手伝いさんに今日は裏口から帰って云々の押し問答をした挙句。


『まぁまぁ、まぁまぁまぁ!? おひいさまにもようやくガールズトークをして下さるお友達が!?』


 やら。


『分かりました!! もしもの時はわたくしの私室の三番目の棚をお使い下さい!! ちょっと恥ずかしいですが、もうおひいさまも立派に元服したのですから、此処から先は大人として責任を持ってご友人の方とお付き合いしてくださいね』


 やら。


 それから二分程騒がしいと思ったら、裏手にある私道からバイクらしき音が夜道を遠ざかっていった。


 そうして、何やら物凄く目付きが悪い帰国子女が玄関を開け、待っていた。


 スタスタ入っていくと。

 玄関先でジロリと凝視される。


「ちッ」


 舌打ちされた。


「それは無いと思うんだが。こっちは仮にも殺されそうになった方だろ?」


「どの口がそれをっ……それもその身体……どうやらこっちの事は全部調べたようね」


「生憎とちょっと特殊な身体なんだ」


 ぶっちゃけ、自分としてはこんな服着たくは無かったのだが、超能力者と呼んで差し支えない相手の家に同じようなのがいたら、すぐにでも見破られるかもしれない偽装よりは身体毎作り替えた方が早かったというだけなのだ。


 それに元々、肉体はカシゲ・エミ用。

 外見的な変化は意識すれば、出来る程度の芸当だ。

 普通に必要無かったから魔王様やってた時は使わなかったが。


 ちなみに重要な部分に付いての作りも変化するのはノーコメントでしかないので物凄く精神的なダメージは大きい。


「お茶くらい出すべきだろ。ほら菓子折り」


 ノシッとちょっと重たい和菓子セットを相手に押し付ける。


「……本当に、本当にあなた……調子狂うわ……」

「いいじゃないか。別に狂ってた方が愉しい事もある」

「お茶、入れてあげる……付いて来なさい」

「お邪魔します」


 ペコリと頭を下げて、玄関から堂々とそうして相手のお家へお邪魔する事に成功した。


 *


『今回の事件、どう思われますか?』


『これは挑戦ですよ。世界各国の主要行政中枢を爆破なんて前代未聞!! 正しく、何者かによる世界への挑戦!! そう私は受け取っていますッ』


『警官が飛んだのも何か見えないものが吹き飛ばしていたんじゃないかと。明らかに物理的なもの……恐らくですが、光学迷彩……米軍が現在戦力化に注力しているとも聞く武装にはそういうのがあるそうですし……米軍並みの技術力を持っているモノとなれば、かなり相手は絞られ―――』


 お茶の間のテレビが喧々諤々論争を垂れ流し、日本政府の声明が発表されたのも束の間。


 こちらの前ではお茶に口を付けず。

 睨むばかりのフラムが一人。


「なぁ、眉間痛くならないか?」


「………持って来た菓子折りを自分で半分喰い尽した人間の言う事は一味違うようね」


「いいだろ? 別に礼儀の話をしに来たわけじゃあるまいし。そもそも菓子に飢えていたオレは此処に菓子を食いに来たついでに話を聞く気満々だったわけだし。というか、最中とか栗金団とか羊羹とか好きなんだよな。結構」


「しかも身勝手と……」

「悪いな。性分だ」


 フラムがこの奇妙な空間の空気に沈黙しつつも、どう目の前のオカシな奴を片付けようかという視線でジロジロと見つめてくる。


「そんなに珍しいか?」

「せめて、その恰好で胡坐は止めたら?」


 残念ながら、女子高生ルックな冬服。


 厚手の紺のブレザーに黒と蒼のチェック柄なスカートといういで立ちは直っていない。


 というか、元の身体に戻すとしても、それは全部聞いた後だろう。


「残念だが、オレは女じゃないから、女らしい所作とか女らしい礼儀とか、そういうのはまったく分からないし、それを自分で体現する気も無い」


「陽が陰になってる……身体すら変えておきながら何て言い草……っ」


 何か理不尽な目に合っていると言わんばかりの嘆きのような怨嗟が吐き出される。


「残念だが、それっぽい事を言われても、オレは何一つ変わらないぞ?」


「……それでじゃなかったの」


「そっちの使ってる技術に興味がある。オレが知る限り、ソレは魔術って呼ばれてないか?」


「知ってるじゃない。それで興味を持ったからって教えるとでも」

「思ってない。だから、訊きに来た」

「……頭が痛くなってくる人ね。あなた……」


「そうでもない。これでも研ぎ澄まされたゲーマーとして普通の人生を歩んでたからな。フラグの認識には自信があるんだ。オレは理不尽な要求もしてなけりゃ、死んでも言えない事を聞いてるつもりもない」


「今度は脅しでもする?」


 真面目な瞳が細められる。


「脅しじゃない。そもそもオレはお前に貸しがあると思ってたんだが、違うか?」


「貸し、ね」


 さすがに相手の顔が苦くなる。


「少なくともあいつに何も言わなかったら、腕の一本くらいは取れてたぞ? 途中から見てたとはいえ」


「一体、あなたが何なのか。それが理解出来ない……」


「理解はする必要ないだろ。狂人の事が分かったら、お前も立派な狂人だ」


「……魔術に付いて教えれば、帰るの?」


「約束しよう。二度と来ないとは言えないかもしれないが、大抵来なくてもいいはずだ。というか、これからワールドツアーだ。後一週間もしたら、東京は離れる」


「その間に何する気」

「言っただろ。少し手伝いに来たんだと」


「……まるで、ジョークを煮詰めたみたいな言い方。それが本当だとして、目的を聞いても意味が無さそうに思える」


「イグザクトリー」

「発音悪い。海外で暮らした事はあるみたいだけど……」

「そんな事まで分かるのか? さすが帰国子女」

「一つだけ……一つだけ真面目に答えなさい」

「いいぞ。オレが答えられると思う事なら」

「本気で戦う事はあるの? あなたが……」


 常人向けな質問だろう。


 生憎と正直に答えたらキ○ガイにしか自分は見えないのだろうが。


「オレが本気になったら、それは地球が滅亡してるか。もしくは怒りで我を忘れた時だ。そして、その時戦ってるとしたら、絶望的な消耗戦か。普通に考えたら絶対勝てない神様よりヤヴァイ奴らとガチンコで殺し合いをしてる時だ。だから」


 菓子折りから最中を一つ取って、半分に分けて相手へ差し出す。


「オレはこうして真面目に準備をしてるわけだ」


 受け取られた甘味が食された。


「……本気なのね。狂人というよりはもう地球の守護神気取り……何一つ噛み合ってないのに嘘は付いてないんだから、性質が悪いわ……」


「世界観が違うからな」

「?」


「こう見えて、現実から異世界転生した挙句、母親と脅威の憑依合体を成し遂げ、超未来で戦争してたと思ったらハーレム出来てた。ついでに結婚したら何故かオレが嫁の首を狩って月に逃亡。そこで今度は世界を救わにゃならなくなって魔王様として後宮作りに励まされた。ウン。自分で言ってて狂人の戯言よりひでぇ……でも、しょうがないだろ? 全部、事実なんだから。ごパンの国に帰るまでにハネムーンくらいしておきたいと思った矢先に今度は未来人として戻って来るなんてお釈迦さまだって知らないはずだしな。地球くらいとっとと救って帰りたいんだよ実際のところ。あっちにはまだやる事が宇宙の終わりまで残ってるんだからな」


 チラッと真実を聞いた初めての人物の感想を表情から推し量ってみる。


「………頭、痛い」


 本気で困ったような、そう本気で困っているらしく。

 少女は何か泣きそう声だった。


「寝るか?」


「あなたをウチから追い出したらそうするわ。ちょっと待ってて」


 そう言うと今までで一番大きく溜息を吐いたフラムがイソイソと室内から出て行き。


 数分、奥にある部屋でゴソゴソしてから戻って来た。


「ほら、これ。貸すわ……」


 どうやら旧い古文書らしい。

 やたらと保存状態が良い以外は古びれた紙の束だ。


「その誇大妄想……世の中、終わってるわ……でも、嘘は言ってない……嘘だけは……それだけ信じてあげる」


「大人しく受け取って今日のところは帰る。もし分からない事があったらメールする」


「……人のアドレスに迷惑メール送らないでくれるかしら?」

「分かった。じゃあ、学―――」

「絶対止めて。殺すわよ?」

「アッ、ハイ」


 本気で冷気が漂いそうな眼光に思わず頷く。

 取り敢えず、目的のものは手に入れたので立ち上がった。


「しばらくは学校を休むといい。もし学校の連中で好きな奴らがいるなら巻き込まれないよう友人と都心には近付かない事だ。これはサービスと思ってくれ」


 ペイっと懐から出した指輪型の情報端末を相手の胸元に放る。


「……銀の指輪だなんて、自意識過剰なんじゃない?」


「生憎と嫁用は金の指輪にする予定だ。そっちは単なる通信機になってる。これから先どうなるかは分からないが、お前に死んでもらっても困る」


「どうして?」

「オレの都合だ」

「………」

「じゃあな。話せて楽しかった」


 通路を歩いていくも、背後から追い掛けて来る様子は無かった。


 そのまま靴を履いて外に出る。

 今日はそう言えば、満月。


 騒がしい都心に向けて跳躍すれば、そう久方ぶりに見る本当の月の美しさに何処か安堵する自分と何よりも焦る自分が同居して。


(喋り過ぎ……好きな奴相手に意地悪する小学生か……オレは……)


 結局、自分も寂しい人間とやらの一人だと再自覚するしかなかった。

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