第180話「ギルティー・オア・ナット・ギルティー」

 城の城門前に来るまで数分。


 そろそろ本格的な戦闘になるかと体も温まってきたところで周辺をグルリと見渡す。


 敵は不在。


 というか、ドラゴンとその他諸々が死屍累々で地表に呻いて転がっているだけだ。


 回復用の魔術もこちらの魔術無効化範囲圏内なのでしばらくは激痛に苛まれてショック死しない限り、行動不能だろう。


 生体機能に取り込まれている魔術原理的なものは既存の魔術無効化では打ち消せないという事が分かったが、その理屈を利用する事は恐らくもうあるまい。


 月兎攻略は最終段階。

 王侯貴族連中と大半の主戦派諸侯は王城内。

 此処を落せば、一先ず戦乱は終わる。


「セニカ」

「?」

「オカシイ……お城が


「ああ、そういやそんな話だったが、魔術の無効化ってのはそういうのにも効くんだろう」


「……もし、そうじゃなかったら、お城と戦う気だった?」


「勿論」


 笑い話だが、魔術で物質を流動化させて変形させたり、動かしたり出来る階梯の術者が場内には複数詰めているのだとか。


 一応、対処法方は揃えていたが、こちらの魔術無効化というのは極めて便利な代物らしく。


 城VS人間のトンデモ戦闘風景は無くなったようだ。


 小扉を開けても良かったが、面倒なので大門を物を動かす動魔術。


 周辺の分子運動を1方向への運動エネルギーへと変える。


 つまり物質に働く熱量を物を動かす力に変える動魔術を発動させる。


 周辺気温が一気に20度程下がった瞬間、ゴバッと城門の蝶番が外れて内側へと鉄の扉が吹き飛んだ。


「調整が甘いか。やっぱり、本職じゃないとダメって事なのかもな。脳裏で大雑把に計算しても無駄が多過ぎる……」


「ッ」


 目を丸くした秘書がもう驚くのに疲れたという溜息と共にイソイソとこちらの後に近寄った。


 城郭は日本のものと同じ様に一直線に場内へは迎えない代物と化している。


 あちこちの城壁の上や内部には戦時下だけあって、色々と仕込まれているようだ。


 普通に移動すれば、ガルンを守る必要性から面倒な事になる。

 なので、いつもの魔術手帳を取り出す。


「ええと……覇光は我が眼前を遮らず……63の回廊を貫け」


 一定空間内の前方を全て熔かし切る熱線を城郭内部63m先まで延ばす。


螺旋光芒らせんこうぼう


 爆発的に耀く球体が数m前方の壁に現われた瞬間、磁力誘導に従って、やや斜め上にビームっぽい熱線で壁をブチ抜いていく。


 小さな核融合と同時にその磁力の誘導を前方空間の伸ばすという……融合炉を縦長に変形させるような魔術だ。


 数秒後。


 シュウシュウと音を立てながら沸騰する壁は全て融解。


 ガルンを御姫様だっこしてそのままヒョイヒョイと跳躍しながら一直線。


 場内の兵士はてんやわんや。


 配置されていた者達もまさか壁抜きしてくるとは思わなかったか。


 持ち場を離れる事も出来ずに茫然自失。


 天守閣に当たるだろう巨大な30m級の高さを誇る半径300m四方の城は威容を未だ誇示しており、これと戦わなくて良かったと少し安堵した。


 いや、戦っても魔術込みなら勝てるだろうが、内部の人間をざっくり磨り潰すのでは問題が出まくり。


 神経を使った戦いになる可能性が大きかったのだ。


 門の傍まで来れば、城郭のざわめきとは裏腹に静かなものだった。


「後ろから案内してくれ」


「分かった。その壁にある大きい門が場内への皇族と国賓専用で横の小さいのが通用門。裏口もあるけれど、使わない方がいいと思う。きっと、沢山召使が傍にいるから」


「ああ、分かった」


 そのまま言われた通り、通用門から入る。


 場内は数層に別れており、中央の大広間と左右の行政担当区画、奥の本館と更に奥の後宮に分かれているらしい。


 出たのは一面紅の絨毯が敷き詰められた通路。


 奥へと続く広い回廊の先にはパーティー用の会場を兼ねる謁見の間もあるようだ。


 とりあえず、そこまで進む。

 途中、部屋には人の息遣いが聞こえていた。

 だが、誰も出てこない。


 使用人には恐らく役に立たないからと室内待機が命じられているのだろう。


 豪奢なカーテンや手摺に施された金細工や装飾。


 丸い月を思わせる物体に兎のファンシーな耳が付いた意匠がデカデカと天井には描き込まれており、その周囲には幾つもの動物の耳を持つ者達が書き込まれていた。


「アレが城内付きの近衛……貴族中、超越者として最も優れていると言われてる人達」


 玉座へ続く階段の前。

 立つのは7人からなる男女。


 ウサ耳のものもあれば、犬耳に狐耳っぽいの、他にも後に翼が生えていたり、髪の色がパステルカラーだったり、布製の服に金属製の鎧に無駄にファンシーな衣装が勢揃い。


 その中でも目を引くのは中央の3人。

 何処かで見たことのあるような目付きや雰囲気、髪の色や顔立ち。


「……アンタらがあの三人娘の母親か?」


 まだ二十代後半くらいにしか見えない美人揃い。


 ルアル、ソミュア、リリエをそのまま大人にしたような彼女達が少しだけ表情を厳しくした。


 中央の似非関西弁少女にそっくりな耳無し。

 僅かに金髪寄りの赤毛で僅かに白髪が混じる長髪。


 三白眼な中央の女性、複数のマテリアルの球を周囲に浮遊させた相手が進み出る。


「何やウチらの娘達の事を知ってるようやないか。魔王」


「ああ、ウチでオレの護衛をやってもらってるからな。今回はお留守番だが」


「……捕らえられた後、何かされたようやな」


「オレはそういう面倒な事をする主義は無い。あいつらは自分の意思でオレを手伝わざるを得なくなっただけだ。主にお前らの首都出身な同胞を食わせる為に健気に自分達で仕事させて下さいと頼み込んできたから、傍で護衛任務を請け負ってもらっただけに過ぎない」


「そうか。あの子達は……」

「後の本館に通して貰おうか?」

「……通すと思うか?」

「ああ、お前らはオレを通すだろう」

「何?」


 とりあえず、カードを一枚提示するところから始めようと後ろのフードを被ったガルンに進み出るよう促す。


 そして、フードを取った顔を見た瞬間、中央の三人以外にも苦々しいものが顔へ奔った。


「ガルンちゃん……」


 恐らくはリリエの母親。

 三毛猫のような左右で耳の色が白と黒。


 瞳が金色で縦に割れた顔も凛々しい女性が悲しげな表情で呟く。


「御久しぶりです。近衛の皆様」

「そうか。ガルンちゃんが城の情報を教えたんやね」

「……お母様を見殺しにした人達にちゃん付けされたくない」


 明らかな動揺。


 ガルン・アニスの母親は城守という役職で城内の保守管理をする立場にあった女性らしい。


 ガルンの父親が亡くなってからは女手一つで彼女を育てたらしく。


 城では部下達や近衛達とも親しかったとか。


 しかし、今は戦うべきではないと戦争前に皇帝に意見を述べた後。


 神の宣告によって処刑が決定。


 それを覆そうと多くの嘆願があったらしいが、皇家と主戦派の大半がこの意見を無視して、結局処刑は行われた。


 その後、ガルンがその神の神殿に引き取られて今に至るのだとの事。


「この国は御終い。皇女殿下も下った。前線の全ての将兵はもう役に立たない。投降するなら、寛大な処置を下す事も可能」


 ガルンの表情は何処までも冷たい。

 その瞳の奥に宿る全てを燃やし尽くすような激怒の光。


 攻撃力皆無な相手からの眼光がその場の近衛達を怯ませていた。


「言い訳はせんよ。救えなかったのは事実や。でも、神殿や祖国を裏切る必要はあったんか?」


「国民を、私を裏切ったのは皇家と主戦派。もはやこの国の命運は尽きた。魔王が降臨した今、もう誰にも時計の針を戻す事は出来ない。あなた達の親族もあなた達に死んで欲しくはないと思ってる。投降して」


「……出来んよ。ウチらは自分の仕事に誇りを持っとる」

「誇りの為に友人を見殺しにするなら、そんな誇りは魔王軍が砕く」

「オイ。その辺にしとけ。後、根本的に正式名称は無いからな」


 振り返ったガルンが今までの激情が嘘のように静かな様子でスゴスゴとこちらの後に戻った。


「お前らに勝ち目は無い。いや、もう負けてる以上、抵抗は無意味だ。諦めて投降するならよし。もし、此処で抵抗するなら、オレが直々にあの老体に迷惑を掛けなきゃならなくなる」


「……ウィンズ卿の事?」


 栗色のシャギーの入ったショートの髪に同じ色のクリクリとした瞳。


 卵型の顔と親しみ易そうな顔。

 ソミュアの母親と思われる耳無しが静かに訊ねる。


「オレは現在占領した地域の諸侯とウィンズの協定に噛んでるんだが、条文の一部には占領地域内から複数人の人間を自由にするって部分が存在する。まぁ、単純に言おう。お前らは誇りとやらの為にのを見過ごすのか?」


「な?!」


 さすがにルアルの母親が驚きに表情を固めた。


「お前らは魔術で外と連絡も取れないが、オレは違う。そして、オレの連れもな。言っておくが、オレはお前らの親族や親類を盾に取ったりは。ただ、をお前らが抵抗した罪で地方領主権限によって令状無しに捕まえて、裁判無しに刑を執行する事は可能だ。そういう協定だからな」


『―――ッ!!?』


 怒髪天。


 だが、その言葉を前に一歩も前に出られない相手の心理などお見通しだ。


 近衛の中でも特に強い連中に関しては全て調べ上げた。

 だから、どういう反応を返すのかすら大抵予測の範囲内だ。


「お前らが自分の親戚、家族、親類、友人、恩師、その他諸々を大事に思ってる人間なのは理解してる。だから、手を出さない。だが、お前らの罪のせいで何の罪も無い連中が刑を執行されたら、の親しい奴らはどうするんだろうな?」


『ッ?!!』


「別に構わないぞ? 抵抗してくれても。オレは其処を通して欲しいだけだ。それ以外は何も望まない。だが、お前らが抵抗したせいで誰かが傷付いてもソレは現在のお前らの責任だからな? これは純然たる法の裁きだ。そんなのは法じゃないって言い訳は止めろよ? お前らは神の法って名の悪法で少なくとも罪の無い人間を一人見殺しにしてるんだからな。今更、どんな法だろうと一緒だろう?」


 ガルンは未だこちらの背後から近衛達を睨み付けていた。


「そんな奴が罪の無い人間を見殺しにする程度、造作も無いはずだ。そして、その後にやってくる純粋な怒りをお前らの親しい連中が被ったからって、大した事じゃない。今、この国でガルンが受けた仕打ちと何ら変わりはしない。止めなかった連中が悪いってだけだ。だって、“神の法は正しい”、“主戦派の意見は正しい”、“皇家の意見は正しい”……だから、止められもしなかったんだろ?」


――――――!!?


「ガルン。お前から見て、こいつらはか?」

「……ギルティー」


 その呟きに近衛達が息を呑む。


 声に篭る怨嗟ですらない諦観の果てに至る感情、無感動な響き。


「ギルティーッ、ギルティーッ、ギルティーッ」


 一人ずつ睨み付けられた者達が己の罪への告訴を前にして顔に畏れを浮かべた。


「此処から通信するには特別製の呪文がいるんだ。ガルン。執行の合図はお前に任せた。十五秒お前らにやる。最後の一文字が呟かれる前にコイツを止められたなら、お前らの罪は無かった事にしてやろう。だが、止められなかったなら、悲劇が量産される事になるな」


「ガルンちゃん!?」

「止めるんだ。ガルン!!」


 次々に近衛達が制止の声を上げる。


 しかし、それでどうにかなるなら、戦争など起こってはいないし、少女だって復讐の鬼にはならなかった。


「オレは手出ししないでおいてやる。ほら、好きに止めたらどうだ?」


 ガルンの横から退いて数mの距離を取る。

 最初から打ち合わせ通り。


 呟き始めるガルンに対して止めようと高速で距離を詰めようとした近衛の一人が、こちらの魔術の防護で両腕を半分以上分解されて、絶叫と共に崩れ落ちる。


「ああ、言い忘れてたが、ガルンにはオレが可能な限り、防御用の魔術を重ね掛けしておいた。殆どの物質とエネルギーは拡散、分解されつつ崩壊する。ちなみにお前ら全員が全力で命掛けの攻撃を行えば、アッサリ割れるようにしておいた。無論、そうしたら、ガルンは即死だがな。魔術の無効化は切っておく。さ、オレからの妨害も無い今の内に全員の力を結集するんだ。ああ、十五秒以内ってのをお忘れなく。悪いが1人欠けた以上、早くしないと間に合わないぞ?」


 ガルンの詠唱が開始される。


 躊躇。

 悲哀。

 激怒。


 あらゆる感情の噴出が15秒に集約され、決断を強いられる。


 だが、どうだ?


 自分が見殺しにした友人の娘を……自分とは関係無い人間が自分の罪で罰されるからと言って、殺すのか?


 それは正しい行いなのか?

 しかし、それをすり抜けるような案など、近衛達は持っておらず。

 また、最終的には二択しかないのも分かり切っている。

 ガルンを殺して、罪も無い人々を救うか。


 ガルンを殺さずに罪の無い人々を見殺しにして、自分達の親しい者に害が及ぶのを待つか。


 葛藤を前にして、近衛の城内付き達は狼狽する。


 だが、それでも彼らは選択し、魔術を構成する呪文を詠唱せず、思考せず、練り上げていく。


 全員の上に浮かんだ巨大な魔術方陣。


 それは集約され、腕を失った者すらも必死の形相で術に心血を注いでいく。


 そして、十五秒寸前で発動した魔術。


 恐らくは局所的に膨大なエネルギーを発生させてブツけるという最も純粋なレーザー式の核融合反応の直撃がガルンを球状に包み込む結界とその他諸々の魔術と激突して、周囲に爆風を生む。


 衝撃と熱波。


 巨大な広間中に罅と亀裂が奔り、灼熱の溶鉱炉となり、一部崩落。


 土煙の中でゴボゴボと煮え立つ大規模なクレーターの中心で―――ガルンは無傷のままの床の上に立っていた。


 ――――――ッッッ?!!?


「良かったな。ガルン。お前が近衛のおにーさんやおねーさん達はお前を殺そうとはしたが、結局命掛けにはなれなかったようだ」


 こちらの言葉と共にドッと崩れ落ちる近衛達。

 その中で立っているのは三人の女だけだった。


 瞳の端に涙を溜めて、拳を白くして握り込み、彼女達が訊ねる。


「ガルンちゃん……それで本当に良かったの?」


「ガルンちゃん、それは……違うよ……復讐したいなら、私達に……」


「あかん。あかんよ……ガルンちゃん」


 彼女達の言う事は最もだ。


「お母さんを返して……見殺しにした癖に今更、母親面なんて!!」


 打ちのめされた全員が全力に近い一撃を放ったせいか。


 疲労に体を杖へ寄り掛からせた。


「さて、終わったし、行くか。ああ、刑場の様子を中継してやろう。え~そちらは快晴ですか。アイアンメイデンさ~ん」


『うむ。大変天気の良いの晴れ晴れとした刑場の様子をお伝えするのじゃ』


 懐から出した水晶玉から通信の魔術を通して虚空に大きな映像が送られてくる。


 声は勿論、相棒のヒルコである。


「それで刑の執行はどうなってますか~?」


『うむうむ。皆良い子ばかりじゃぞ。母親と一緒に来ておる』


―――?!!?


 子供、母親、その言葉の端々から考えら得る限りの最悪を想像した男女が映像に釘付けとなる。


「それで刑の執行状況はどうなっておりますか~」


 巨大な身体をフードで覆った鋼鉄の乙女が軽く答えた。


『うむ。今、30人目が終わったところじゃ。一斉の執行であった故、悲鳴が上がっておったぞ?』


―――ッッッ。


「そうですか。では、そちらの映像を送って下さ~い」


『では、刑執行寸前の4歳、ユーミリエ・エールちゃんに今の感想を聞いてみようかのう?』


 映像の中ではマイクを差し出された幼い少女がいた。


「止めろオオオオオオオオオオオオ!!!? その子はッ!? その子はウチの子の友達なんだぞ!!?」


『わ~助けて~~』


 その遠方からの声に近衛の男が絶叫した。

 しかし、虚しくも刑場全体の様子が映し出される。


『では~~さっそく行ってみよう。それ~~』


 女性の声と共にきゃ~とか、わ~とかの子供達の悲鳴が溢れ返る。


「え―――」


 ガルンすらも呆然としていた。


 その虚空に映し出された世界には血の赤が一面に広がっている、ような事はなく。


 大型のゴム製な滑り台を母親達に見守れながら水着姿で流水と共に滑り落ちる幼年の児童達の微笑ましい映像が写り込んでいた。


『刑の執行は順調なのじゃ。大盛況じゃぞ。下のプールには監視員が4人。しっかりと全員が溺れぬように見張っておる。余程に詰らぬ日々だったんじゃろうなぁ。大はしゃぎする子供達のかわゆい事かわゆい事。うむうむ。夕暮れ時、撤収するまでには子供達も満足して帰るじゃろう。あ、ちゃんと食料の配給も順調じゃから、何の心配も要らんぞよ。ではでは、刑場からの報告を終了するのじゃ♪』


 プツンと途切れた虚空の映像を前にして呆然と。


 今度こそ糸の切れた様子となった近衛達を前に指を弾いて周囲の熱量を全て運動エネルギーに変えて崩落した天井の先へと打ち出し、冷却した地面を歩いてガルンを立たせて歩き出す。


「何のッ―――何のつもりなんや!!? 魔王!!!?」


「はぁ? お前らが罪を犯したからって、死ぬ程の刑罰が課されるとでも? オレはお前らを知ってる連中に子供の遊び場と配給場所に来なかったら罰するって公報しただけだぞ?」


「な、なな、何―――」


 ルアルの母親が愕然とした。


「これで分かったろ? お前らの誇りなんぞはゴミにも等しい。結局、仕事だからと嘯いてみたところで……ご覧の有様だ。自分の娘のように可愛がってた子を殺そうとしても殺せず。刑の執行を許して最悪を想像してアタフタした挙句、安堵する。この滑稽な有様を誇りの為の選択なんて言葉に置き換えるなよ? お前らは結局、何一つとして守れなかった。大切な友人も、その娘も、自分の故郷の人々も、お前らの倫理と法と語るべき正義すらな。この上でまだオレに意見しようというのなら、受けて立ってやる。その場合は―――」


 パチンとまた指を弾けば、プールの裏側に用意された代物が虚空に映し出される。


 人気も無い場所には拷問器具が置かれ、斬首用の錆びれた蛮刀や磔刑台や火炙り用の場所が列を為している。


 全て、この戦争下で使代物だ。


「今度こそ、お前らも後悔するだろう」


 その光景に息を呑む者すらいなかった。


「セニカ……」


「ガルン。お前はオレが虐殺大好き人間とでも思ってたのか?」


 事前に刑の内容は知らせていなかった復讐の鬼は憑き物が落ちたかのような顔でこちらを見上げていた。


 その感情までは読み取れないが、潤んだ瞳が俯けられる。


「それは……」

「まぁ、いい。案内頼むぞ」


 コクリと少女は頷いた。


「……はい。

「様付け不要だ」


 もう背後からは声一つ掛からない。


 全てを圧し折られた連中が破れかぶれで勝てる程、こちらは甘くない。


「ああ、それとルアル、ソミュア、リリエの三人だが、何もしてないから安心しろ。この国をオレが受け取ったら、後方の陣地に案内してやる。そこで親子水入らず話でもすればいいさ。じゃあな」


 通路を歩いていく。


 崩落しそうな通路を避けて奥へ奥へと進めば、やがて大きな会議場に出るらしい。


【完全な敗北、やな……】

【こんな……オレ達は……】

【何も出来ないのか。何も……】


【今から追いかけようって奴は止めとくんやな。アレはやると言ったらやる男や。ウチらは……もう戦えん。あの眩い笑い声を前にして……ウチらは……】


【あの子達……無事みたい】


【うん。良かった……でも、母親なのに……情けないなぁ……わたし達……ッ、く……ぅ……】


【魔王。イシエ・ジー・セニカ……あれが大賢者、大魔術師、超越者を超越する者……】


【神殿からの情報は入っとった。ウチらは勝てると思っとった。だが、あはは……どうやら、随分と侮っとったみたいや……】


【隊長……オレ達はこれからどうすれば……いいんですか?】


【もう、見守るだけや。いや、蚊帳の外に置かれて見ているだけ、なのかもしれん】


【近衛は完全敗北……ですね】


【全てを見て見ぬフリをしてきた代償なのかもしれん。止められなかった我が身の不甲斐なさをもう国民に押し付けるのは止めんとな……】


【死ぬ気ですか?】


【せんよ。ウチらはもう罪人なんやろう。恐らく、世の果てまで逃げても無駄や……後出来る事は……負傷者の救出くらい、か】


【はい】

【あの子達もこんな目にあったのかな……】


【どうやろうな。でも、一つだけ分かったわ。あの魔王さんが本気でこの国を変えようとしてるって事だけは……な】


 会議室という名の広間の奥には複数の息遣い。

 巨大な衝撃に何かが起こっている事を感じて。

 扉の前に何者かが歩いてきた事を知って。

 息を呑む者達の震えが伝わってきそうな沈黙が出迎える。


「行くぞ。ガルン」

「イエス。

「様付け不要だ」


 そうして、ようやくその扉は開かれたのだった。

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