第145話「厚殻《サイエンス》VS触手《オカルト》」

 相手のメインカメラ表面に付着したのは光学観測を不能にしてへばり付くだけの塗料ではない。


 僅かばかりの嫌がらせをする代物だ。


 例え、通信は妨害するだけ無駄だとしても、スタイリッシュで鈍重そうな相手の図体から言って、ある程度はクラウド管理で無駄な機構を省き、機体強度を上げている事が脳裏では既に予測されていた。


 だが、単純に外からの通信で処理する場合、機体のバランス制御や出力制御に対して微細な反応。


 この場合は人間で言う反射的な行動をさせるのは中々に至難のはず。


 これを解決するとすれば、それはクラウドと同時に機体内部の複数個所が連動して通信を遣り取りしているのではないかと思えた。


 光量子通信系の技術は通常のECMのようなジャミングには強い体系だ。


 程度の低い微弱な妨害電波なんて歯牙にも掛からないし、動きを阻害するのは不可能だろう。


 だが、それでもそれは機体制御系の通信関連のみであって、外部情報の観測には応用されていないと見るべきだ。


 要は機体を動かす技術には超技術を詰め込んだかもしれないが、人間が判断する用途に使う情報取得用の観測機器への妨害は有効と見なしたのだ。


 まずはレーダー波、赤外線、音、電磁波観測系その他全てが頭部のメインカメラ周辺では使いものにならないだろう。


 理由は単純明快にゆっくりとレンズの周辺に見える形で起る。

 黒ずむ細胞の破片。

 その色は正しくあの黒羽根の成分だ。

 機体を上方から連続で銃撃。


 一目で予測していた関節部周囲の情報取得用センサー類のあちこちに虫食いのように銃弾の先に仕込んだ細胞が張り付き、黒化してはあらゆる“波”を奪い去り、無効化していく。


【馬鹿な?! アルコーンのセンサーを妨害するだと!?】


 さすがに驚いたか。

 それとも驚いたフリか。

 どちらにしても、やる事は変わらない。

 中に人が乗っていない以上、相手は無茶な事も平気でやるだろう。

 ならば、徹底的に相手のセンサーを無力化して情報を途絶。

 自爆の可能性も考えて放置プレイ。

 その間に敵の操っている本体を叩くというのが定石に違いない。


 真正面からやって面倒ならば、それから逃げるのに然して問題があろうはずもない。


 滞空時間が終了した時点で触手を近場の壁に射出して、先端を壁に張り付け、巻き戻す。


 ワイヤーアクション中にもアルコーンと呼ばれたソレはあちこちに機体を振り回して、何処かにまともなセンサーが残っていないかと模索していた。


 遠方からでも銃弾は撃てる。


 相手が動いていてもこちらの予測能力を持ってすれば、残ったセンサーを残弾で潰すのは容易。


 約7秒程で相手に備わる全てのセンサーを無力化した。

 銃弾なんて代物では本来止まるはずの無い巨体。


 が、通信先の相手はブラックアウトしたセンサー類の情報は切り捨て、当てずっぽうに攻撃するしかなくなった。


 そう気付いたか。


 すぐに機体が動くのを止めて広大な壁の上方一面を回転しながら薙ぎ払い始めた。


 そして、少しずつその範囲を上に移動させていく。


 だが、仲間達の大半はどうやら“神の画”の内部にある構造を昇っているらしく無傷。


 薬莢が雪崩れのように周辺へ降り落ちる。

 こっちもそろそろ行こうと上方へ触手を飛ばそうとした矢先だった。

 再び上空に反応。

 即座に今居る壁から飛び降りる。


 途端、続けて4方向から同時に今居た場所へと上から猛烈な銃撃が加わった。


(クソ?! まだ有ったのか!?)


 確かに広大な機動エレベーターを守護するのにこの機動兵器が1機というのは考え難い。


 それにしても同時に4機とは豪勢な話だ。

 此処からの脱出難易度が跳ね上がったのは間違いない。


 敵は“神の画”こそ掌握していないが、機体は未だ満足に動かせるくらいにはシステムの支配を継続している。


 ヒルコがあちらを電子戦で打ち負かさない限り、戦いは決して終わらないだろう。


【残念だが、途中退場は認められないな】


 高速で落下する最中も正確にこちらの位置を把握。

 補正した銃弾の雨が背後から近付いてくる。

 一発一発が対物ライフル以上の口径。

 当たれば、ただでは済むまい。


 咄嗟に虚空へと跳んでまだ壁を撃ち続けていた地表のアルコーンへと黒い触手のアンカーを射出。


 機体の関節に絡ませて巻き戻し、外部からの情報で補正を受けて、こちらを即座照準するより先に懐へと潜り込み、展開したカッターブレードで左腕の関節切断を試みる。


 相手がセンサーの故障を覚悟で機体表面を拭えば、満足な機体5体を相手にしなければならないのだ。


 さすがにそれは辛い。

 少なからず1体程度はどうにかしなければとブレードでの近接戦を挑む。

 刃が分厚い装甲をギリギリで切断、関節を素通りし、腕が落ちた。

 同時に機体装甲表面を蹴って股下から両足の股関節を狙って再び一閃。

 左足を落す事に成功する。

 が、同時に銃撃がこちらへと集中。

 機体を盾にして凌ぐも相手の落着前に無力化する算段は御破算となった。

 それは予測済みだったが、それにしても片手片足を落としただけだ。

 4機が下りてくるまで残り7秒。

 弾道予測でギリギリ当たらないルートを算出。

 即座にその場から脱出する。

 思っていた通り。

 役立たずになったと見るや。


 機体の残った関節部が急激に内部からボコボコと膨れ上がり、装甲を内側から吹き飛ばして巨大な破片が周囲へと一斉に散らばる。


 音速を超えて迫る壁のような破片を受ければ、肉体はグチャグチャ。

 起き上がるまでに銃撃の餌食だろう。

 眼前まで迫った壁を視認しながら、また腕輪を強く意識する。

 途端、音を立てて迫っていた全ての光景がゆっくりと停滞していく。


(まさか、自分でこんなのを体験する事になるとはな)


 こちらの意識が速くなっているのだ。

 そして、それに肉体が付いて来ている。

 即座に迫る虚空の壁へと指先を複数付いて自分の肉体を跳躍。


 上方に力を掛けて足を天に向けるよう跳ね上げながら離して肉体を回転。


 弾丸がギリギリで体の脇を幾つも通過するのを見ながら、アンカーを爆心地付近から反対方向へと跳ぶ破片に引っ掛けて、こちらを引っ張らせる。


 どうやら両手両足の筋肉が1割程超高速の無理な運動に破壊されたようだが、回復は1秒後には終わっているだろう。


 破片よりも速いアンカーを射出出来ただけでも驚きだが、この高速での動きに眼球や脆そうな鼓膜やらが無事なのもチートで強度が上がったおかげか。


 そのまま反対側へと弾丸の雨を抜けたところで集中が途切れた。


【な、何が起こった?! これが人間の動きか?!!】


 地表へと迫ってくる機影が着地と同時に信じられないという様子で思わず声を洩らしていた。


「悪いな。生憎と現在はオカルト信仰に走ってるんだ。科学信仰も結構だが、偶には違うものにも手を出してみるんだな」


 即座、こちらの音源を頼りに爆炎の中を銃弾がすり抜けてくる。

 だが、四機相手の対策は既に終了。


 弾丸と炎の最中を高速で突っ切りながら、脹脛当たりから排出された生体カーボンファイバー製の黒いチャフが濛々と周辺に散布されていく。


 敵は4機だが、連携などさせない。

 情報さえ取得出来ぬのならば、こちらは攻撃し放題の独壇場。


 肉体の体積的にギリギリまで散布し終えた時点で周囲は煙幕に覆われたも同じ。


 混ぜ込んだ黒羽根の成分も一緒にある以上、敵はまた情報の途絶にキーボード・クラッシャーと化しているだろう。


 こちらを過大評価しているなら、此処で全機自爆というのが最善手だが、たぶんはそうならない。


 散々に屈辱的な事態を受けてきたのだ。

 その上、虎の子どころか。


 奥の手であろうアルコーン5幾の損失となれば、あちらにはそれ以上の戦力が残っているとも思えない。


 つまり、どうにかしようと足掻くのは必定。


 きっと、音声が拾えていたなら怒り狂っているだろう荒ぶる4幾の機影が出鱈目に弾丸を仲間に当たるのも構わずに乱射する。


 それは正しいようでいて悪手だ。

 相手が見えずともこちらは4機の位置と状況からの予測が終了している。


 つまり、情報を観測した時以上に態勢を崩した敵が目の前に現れる事になる。


 ブレードでそのまま煙幕の中、斬りまくった。


 3撃、8撃、16撃、20撃目が終わったと同時に即座上空に向けてアンカーを射出。


 もはや見るまでもなく。


(密集させたのが仇になったな。オレに対して分散しての攻撃を選択しなかった時点でお前の負けだ……仮面野郎)


 関節の全てをバラバラにされて散らばる機影が煙幕の中で火花を上げながらようやく決断したらしい爆破の衝撃で吹き飛ぶ。


 ミッションはコンプリートだが、画面選択には戻らないし、まだまだやる事は山済み。


 ようやく波を吸収する煙幕の効果範囲外に出たと思ったら、黒猫の声が聞こえた。


『よくやったぞよ!! 婿殿!! 現在、あのEEとシンウンが共に先行して敵の遠隔操作中枢を急襲中じゃ。設備の警備システムはこちらで切ったが、どうやらあちらは食堂らしき場所に立て篭もって銃撃戦となっておる』


「な、待ってろよ!? オレ勝っただろ!?」


『そう言うな。女子とて時には決死の男の覚悟に報いたいと願うものじゃ』


「馬鹿!? あっちは旧世界者だぞ!? そんな感情論が通じる相手か!?」


『ぬ? どうやらシンウンがあちらを制圧したようじゃ。監視カメラの映像は無いが、音声を出す』


 言うが速いが、銃撃の音が鳴り響く最中。

 副総帥とやらの声が聞こえてくる。


【ははは、何なのだ!? アルコーンが負ける!? 負けてッ!? ぁああぁあ!? あの地獄を生み出したはずの象徴が!! 我々の平和の尖兵となるはずの兵器が!? クソッ!? クソッ!? 今まで我々がどれだけ平和の為に戦ってきたと思っているッッ!!? あの情報衛星を捕獲して!! ようやく!!? ようやく我々はこの地獄を本当の楽園に変えていけるはずだったというのに!? クリアランス/ゴールド!! マスター・アドミニストレータ権限!! “カシゲ・エニシ”の名において命じる!! 全収容兵器をポ連領へと射出せよ!!】


「な?! アドミニストレータでオレの名前だと!? まさか?!! 神の氷室のバックアップをこいつらが!!?」


【『当該事項の権限がありません。その操作は不正です。アクセス拒否』】


【ッッッ!?!! ふ、ふふ……くくく、そうか。此処までか。いいだろう……今回は我ら『鳴かぬ鳩会サイレント・ポッポー』の敗北か。だが、忘れるな!! 戦争は続くよ。何処までもな!! 我らが平和の名の下にこの世界が統一されない限り!! 引き上げるぞ!! バーバーヤーガ!!】


【総帥には何と?】


【帰還後、仔細報告する!! カシゲ・エニシ!!! 女神の息子にして最後の鍵!! 次に会う時が我々の決着の時だ。精々、それまで我が軍の将兵を相手にしていてくれたまえ】


 直後、爆音が響く。


『奴ら!? 退路を残しておったか!? “神の画”を貫通する直接外部ハッチじゃと!?』


「二人に追わせるな!! たぶん、敵はまだ航空戦力が残ってるんだ!! そうじゃなきゃ、高い場所から逃げ出そうなんて思わないはずだ!!」


『了解した。ぬ? “神の画”の権限がロックされた?! く、時限式の罠かや!? ぬ、ぬぬぬ?!! システムがクローズドに移行じゃと?! この暗号は……ダメじゃな。攻撃オプションが全て凍結されておる。軌道エレベーターの保守管理機能以外、外壁に満載された機能はどうにもならんか。済まぬ。取り逃がした』


「いいさ。今日はこっちの勝ちらしいからな」


『ヘリを確認。あちらは飛び降りてパラシュートを展開。着地後に逃げるようじゃな』


「今は構うな。それより、この軌道エレベーターの掌握を最優先だ。他の連中は?」


『うむ。全員無事じゃ。今繋ぐ』


『エニシ!! こちらは取り逃がしたが、勝ったぞ』


「ああ、お疲れさん」


 フラムが当然と言わんばかりに言い切る。


『さっき聞こえてたけど、攻撃オプションが凍結されたってのは本当なのかしら?』


「そっちは今後の状況整理中に話し合おう」


 シンウンが溜息を吐くも戦闘が終わった事に安堵しているようだった。


『エミ!? 大丈夫ですか!?』

『大丈夫なの!? アンタ!!』


「傷は無い。ちょっと腹が減っただけだ。心配するな」


 アンジュとクシャナがこちらの声にホッと胸を撫で下ろした様子になる。


 全員の安否の確認が取れて疲れがドッと出たのか。


 壁の途中で脱力感に襲われて、アンカーを引っ掛けた内壁の一部の出っ張りに座る。


「それで【統合】の方はどうなった?」


『心配せずともよい。今は倒れたポ連兵の収容を急がせておる』


「手が早いな。まだ、何も言ってないのに……」


『どうせ、全員収容して人質外交するつもりだったのであろう?』


「まぁ、そうだが……とりあえず、200万GETおめでとさん」


『ひにゃぁあぁぁああ!? ラストバイオレットしゃまありがとうなのじゃぁ♡ ……ハッ?! そ、それは止めい!? ワシの人格が疑われまくりになってしまうではないか!?』


 黒猫が電子ドラッグキメキメ状態になった後、我に返って思わず叫んだ。


「はいはい。とりあえず、ポ連兵の収容先を確保した後、そっちでオレが陣頭指揮に当たる。が、それは後だ。軌道エレベーターの情報をとりあえず教えてくれ」


『う、うむ。今も解析しておるが、これ程のものとは正直思っておらなんだ。どうやら、上層階には都市階層が複数存在するようじゃな。生命反応、危険な反応らしきものは無し。委員会はもしかしたら、この都市に移り住む計画でも立てていたのかもしれぬな』


「都市階層? どういうのだ?」


『ふむ……どうやら、超長期に渡る種の保存を行う為の箱舟のようなものじゃ、地表の汚染が低減された後に地殻改造用のアトラス・パイルのフル稼働にも耐えられるよう設計され、完全密封。ぬ……こ、これは本当なのか妖しい情報なのじゃが……』


「どうした?」


『この“天海の階箸”そのものが移動式の“コロニー型宇宙船”とやら、らしい』


「―――正しく、想像の斜め上、だな」


『“神の網”に組み込まれたエネルギー網は地球月面間に浮かぶコロニー建造の為の試金石とか何とか書いてあるのじゃが……ぁあ、何か一気にまた面倒が増えそうな予感が……』


「SF何でも有りオカルトマシマシ。魔法の呪文だな。今、良い事思い付いた。ちょっとアンジュ達に繋いでくれ」


『うむ』


 プツッと回線が切り替わる。


「アンジュ」


『な、何ですか? エミ』


「どうやら【統合】の存続は諦めてもらう事になりそうだ」


『え!?』


「いや、色々とこれから大変かもしれないが、十分に手伝うから心配するな。考えがある……これから生まれてくる子を死なせずに済むのはほぼ確定で大丈夫だろう。問題は一つだけ」


『一つだけ?』


「ああ、自分達の教えを止められるかどうか。それだけだ」


『……それは一体……』


「まぁ、聞け。とりあえず、お前ら全員で美容整形好きなにならないか?」


『う、宇宙、人?』


 新しい時代には新しい常識を。


 世界の中心に聳える巨塔の上で始るのは世紀の悪企みに違いなかった。

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