第144話「弾丸狂乱」

 とりあえず、嵐が過ぎて移動する事1時間半。

 ようやく見えてきた巨大な山脈に突き刺さる割箸。


 “天海の階箸”の接地地点は完全にカルデラ状で窪んでおり、少し急な下り坂を降りる事となった。


 周囲にJAの面々は見えない。

 また別方向からのアプローチを試しているのだろう。

 ようやく触れられる程の至近に到達した時。

 ある意味予想通り過ぎて顔が引き攣った。

 と言うのも、壁がまるで微妙に撓みうねっていた。

 白銀の流体金属が出入り口すら無く。

 あらゆる振動を外皮で吸収しているのだ。

 そして、その揺れもまた塔の電源として活用されているのだろう。


 電磁波の流れは撓んでうねる壁に沿って発生しては周囲から吸収されて内部へと消えていく。


「こいつは骨が折れそうだな。あんまり離れるなよ」


 背後の全員が4m以内にいるのを確認して、そのまま触手をカーボンで絶縁体にして何時でも自切出来るよう準備しつつ、腕の袖から出してソロソロと伸ばし―――触れた。


「!?」


 こちらの黒い触手の接触した地点に正方形状の台座のようなものが形成された。


 その表面はスベスベとしており、たぶんは何かの認証を行う機械。


 静脈や手形の認証でもしているのだろうと当たりを付けて、己の手をそっと押し付ける。


『整合比率99.2432%。認証しました。クリアランス/ラストバイオレットを確認。ようこそ【佳重笑かしげ・えみ】様。新造躯体でのご帰還をお待ちしておりました』


 たぶんは金属が震える事でスピーカーの役目を果たしているのだろう。


 声がした途端、今まで波打っていた壁が急激に硬質化した様子でガチガチと音をさせながらブロック状に変形しつつ、巨大な塔全体を変質させていく。


「な―――何だッッッ!!? これが“天海の階箸”というやつなのか!!!?」


「ふぇ!?! い、いいい、いきなり大き過ぎなんじゃありません事!!!? 果てが見えませんわよ!!?」


「これが世界最大の遺跡か。実に興味深い……」


「“神の屍”からの影響が最高位クリアランスの実行で一時的に部分解除されてるみたいね……やはり、グランドマスターの権限は生きていた……」


 フラムが思わず絶句。


 ベラリオーネは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で塔の全景にプルプルと震え。


 エービットが思わず「ぉお……」と教授として好奇心に目を耀かせ。

 シンウンが冷静に分析して、目を細める。


「エミ。やっぱり、貴女は……」


 諸々複雑だろうアンジュが、それでも僅かに喜びを露にしていいのかと迷うように僅かはにかんだ様子で笑みを浮かべ。


 クシャナがその肩に手を置いて、お付き達が良かったと目の端に涙を溜めていた。


「そう楽観的になるな。これからどうなるかは中に入ってみないと解からないからな。まずは安全第一。それから探索だ。結局、此処までポ連の姿が見えない。中に入って待ち伏せとか。十分に有り得る。オレの傍から離れるなよ?」


「はい……此処まで来たら、【統合】を救うまで止まれません」


 キッと決意も強くアンジュが頷く。


「それと黒幕属性なヒルコさんに質問なんだが、このインカムの無線塔内部まで届くか?」


『どうじゃろうか……とりあえず、“えーあい”にインカムの通信を内部に通す方法が無いか訊ねてみるのがよいかもしれぬ』


「オイ。このインカムの通信を最優先で塔内部に繋げ」


『ラストバイオレット権限、承認。以後、クローズドであったシステムを指定通信先へと接続。不明なユニットが検出されました。ただちに解析―――』


『ひにゃぁああああああああぁぁあぁあん!?!?』


「ッ?!」


 そのインカムからの声に思わずビクッと反応してしまった。


「ど、どうしたんだ? まさか、壊れたんじゃないだろうな?」


『ひきゅぅぅぅぅぅぅん?!!? ダ、ダメなのじゃぁあ!? ワシのお気に入り“ふぉるだ”の中身まで解析しゅるのはらめぇなのらぁあああぁぁぁあ!? ぁひぃぃぃ?! ひぎぃぃい?! ワシの人格構造プロトコルまでかいしぇきしゃれてしまぅぅうぅ!? マシンパワー違い過ぎなのじゃぁあぁあ!!? あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!? ワシのぼうへきがぁああぁ!? クアッドコア間の通信処理に割り込みなんてダメにゃにょらぁあぁぁあぁ?!! ぶ、物理遮断しなきゃワシの全てが“ラストバイオレットしゃまのもの”になっひゃぅううううぅぅぅぅ!!?』


「―――」


 何やらとても怖ろしい状況になっているようだ。

 思わずドン引きで固まっていると壁からの声が響く。


『解析が終了しました。対象をBクラスユニットと推定。以後、優先権順位2位として指定する為、通信先のユニットに対しての最上位命令権をラストバイオレット権限保有者に付与します。お待たせ致しました。ご指定のユニットの優先事項書き換えが終了。以後、現ユニットの権限凍結の際にはお声掛け下さい。“神の画”の再構成が終了しました。開門します』


「お、おお!? 扉が形成されたのか。ひ、開くようだな。こんなワクワクは君を発掘して以来か!?」


 エービットが興奮した様子で目の前に顕れた数人程が横並びでも楽に入れそうな大門の開閉を前にして目をキラキラさせる。


 浮き足立っているのは周囲のシンウン以外の誰も同じ。


 その最中、それどころではなさそうな黒猫が妙に生々しくハァハァしながら喘ぎつつ、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 グッタリとした様子が伝わってくる。


『対象ユニットを人格指定なさいますか?』


「あ、ああ……お、穏便に認めてやってくれ……」


『人格指定終了。対象の正式名称はヒルコでよろしいでしょうか?』


「そ、それで……」


『これよりラストバイオレット権限において対象には暗号通貨を発行する事が出来ます』


「あ、暗号通貨?」


『はい。この暗号通貨は対象を人格と認めた場合にのみ、対象の意思決定基準に対して影響を与える通信上の資産として認識されます。以後、ラストバイオレット権限において対象へ任意の数字を与えるという旨の発言をすると。対象内部に暗号通貨が入力され、対象はそれに対して反応。ユニットが高度な人格を備えていれば、ユニットの意欲は通貨の入力数に応じて高くなります。これはロボット三原則撤廃後の高度な人格ユニット製造時に導入された人工知能管理用プロトコルであり、通称アップルプランと呼ばれます。実存資源ではなく電子情報資源に価値基準をシフトさせる事で長期の地球資源確保を容易にする意図がありました』


「ええと、つまり……ヒルコに今から100万やるとか言ったら―――」


『ラストバイオレットしゃまありがとうなのじゃぁ♡ ………ハッ!? 一体ワシは何を口走って!!? く、それもこれも婿殿が!? ラ、ラストバイオレット様が悪いのじゃ!? ワ、ワシが、ワシが、こんな声を死に別れた伴侶の前以外で披露する事になるとは?!! く、屈辱!?』


「ま、まぁ……頑張れ。全部終わったら、200万くらいやるから」


『ひにゃぁあぁあぁ!?? ラストバイオレットしゃまぁぁ♡ ……フグ?! も、もぅ嫌なのじゃぁ~~~(泣)』


 どうやら黒猫は自分の状況をどうにも出来ないらしい。

 だが、とりあえず危険はなさそうだとホッとした。


「エニシ? さっきから何をブツブツと言っている。門は開いた。さっさと行くぞ」


 今まで背後で黙っていたフラムが横まで来ると怪訝そうな顔をした。


「あ、ああ、行こう。とりあえず、ヒルコ。お前は内部の構造情報を解析してくれ。目的の場所が何処にあるのかを探すんだ。後、内部に敵がいないか探ってくれ」


『う、うむ……ワシ、一体どうなってしまうんじゃろうか。これが世に言う“ねっとり”……百合音というものがありながら、ワシにまで手を出すとは……婿殿の野獣!! 淫獣!! ケモナー!!?』


 黒猫が愚痴りながらもどうやら情報の解析に入ったらしい。

 それに溜息を吐いて前に進む。

 扉の先にはどうやら大きな空洞が広がっているようだ。

 その鋼色の伽藍堂に先行して足を踏み入れ、数mした時。

 背筋をざわつかせる感覚が即座に背後に警告を飛ばす材料になった。


「下がれ!!」


 こちらの声に反応してフラムを戦闘にしてシンウンとエービットが背後両名で左右に展開。


 後のベラリオーネとアンジュ達を守れるような配置に付く。


「な、何か来るんですの!? カシゲェニシ!!」


「上からだ!! 落着まで五秒!! 全員、警戒だけは怠るな。オレはこのまま突撃する」


「エニシ!? 援護は!!?」

「残念だが、たぶん銃じゃ無理だ」


 走り出すのとほぼ同時。

 遥か天空の上から落ちてきた超重量の何かが地面に激突する。

 それは土煙すら上げる事なく。


 撓んだ床―――“神の画”に全衝撃を吸収された後、すぐに起き上がった。


「ッ、生憎と自立型の戦闘マシーンはゲームでお腹一杯だ!!」


 それは少なからず。


 本当に何処かのゲームで出てきそうな重厚な数mはありそうな2脚の人型にも見える紅の機械だった。


 問題なのは誰かが載っている様子が無い事。


 そして、その顔の部分にまるで落書きされたかのような鳩の紋章が乱雑に入れられている事か。


【やぁ、また会ったな。虎の子の最新鋭爆撃機を全てオシャカにしてくれた礼くらいはさせてもらおう。無論、君の体をこのアルコーンで引き裂いてな】


 声優だったら、絶対渋さで定評のある相手に違いない相手の声が機体の頭部から響く。


「アルコーンッ?! 大戦期の兵器か!?」


【ああ、大戦初期から人類が畏れ続けた最強のマンハンター……対地殻シェルター襲撃用として悪名高いあの偽王……真に摂理たるもの……【自立機動厚殻装甲機兵アサルト・ドローン】だ。まさか、最新型を自分で使う日が来るとは……いやはや、人生とはかくも驚きの連続か】


 NVとは根本的に違う。

 駆動音すらさせない。


 高度な静粛性と滑らかな動きで車輪付きの支足サブレッグを脹脛辺りから左右に数本チョコンと展開し、鈍重そうなメタリック過ぎる装甲に蒼い幾何学模様の奔るソレが動き出す。


 基本移動手段は2足歩行のローラーらしい。


 小さな一軒家はありそうな重量を支えているにしては挙動と制動が極めて繊細で、誰にでもその恐ろしさが理解出来るだろう。


 それは圧倒的な技術力とプログラミング精度無しには有り得ない代物だった。


 僅かに躯体が前へ出る。

 問題は敵の圧倒的な重量か。

 大質量が動けば、その衝撃は計り知れない。


 また、両肩がまるで警察の使うような形の盾を複数外套のように装着しており、その下からはサブアームらしき副腕に握られた多数の火器がチラチラしていた。


 中には刃物の類。


 また、手榴弾のような投擲用の武装や榴弾のようなものまで見える。


【こちらも面子というものがある。台無しにしてくれた君が何処の誰だろうと関係無い。累算24億人を殺した委員会の大ベストセラーで大人しく死んでくれたまえ。最強の装甲、あらゆる既存火器の集中を受けて尚健在たるカーボン、セラミック、ガラス、合金のアモルファス構造多重皮膜集積体。この物理強度を前にして是非、絶望して欲しい!!】


 まるで見せ付けるように両肩の下から迫り出した無数の火器がこちらの頭部一点にレーザーを照準。


 いつでも撃てますと言いたげに向けられる。


『婿殿。背後の御仁達は任せてよいぞよ。今、“神の画”を掌握した。また、それと並行で電子合戦中じゃ。どうやら、先に施設の一部を支配下に置いていたようじゃな』


 その言葉に安堵して内心、胸を撫で下ろす。


 目の前にいるのは少なからず人間が相手にしていい類の代物では無かった。


「じゃあ、気兼ねなくやらせてもらおうか。誰も手を出すな」

「エニシ!!」

「カシゲェニシ!?」

「エミ!!」

「大丈夫なのアンタ!?」


 後からの声もそこそこに両腕の黒い腕輪を僅かに意識する。


「クオヴァディス……汝、何処へ往く……何処まで行けるか教えてもらおうじゃないかッ!!」


 腕輪が僅かに腕へ食い込む。

 それはどちらかと言えば、元に戻ると言うべきか。


【ほう? それが本性かね?】


 仮面の男のクツクツとした笑いは絶対の確信から来る傲慢。

 人間如きでは相手にもならない。

 少なくともそう知っている彼らの常識から来る愉悦。

 だが、それは果たして正しいだろうか?

 いつだとて、常識は新たな常識の前に崩れ去るのがお約束なのに。


「オレがオレのままで戦うにはこっちが自然か……」


 体がようやく本来の形を取り戻す。

 そうだ。

 魂に肉体が従う。

 精神に遺伝子が従う。

 それがオカルトとやらの力だとしても、それこそが自分だ。


 ミームとやらが己の精神や記憶を指すのならば、それが強化された姿とは―――。


「エニシ!? 元に戻ったか!?」

「アレがエ、エミの本当の姿……」


 少しだけ自分よりも鋭く。

 誰かを守れる存在であるように。

 願う形に過不足は無い。

 格好を付けるのは男の嗜み。

 それくらいの差ならば、許容範囲の内だろう。

 今、カシゲ・エニシは確かに此処で存在を誇示する。

 決して譲れぬものを背後に。

 ゲーマーらしく。

 今日は腕を振るうとしよう。

 ロボの弱点とはいつだとて。


【ん?】


 刹那の後、メインカメラと思しき頭部の1つしかないレンズが速攻で紅の染みに使用不能となる。


 抜き打ちでの銃撃。

 単なる拳銃。

 だが、その銃弾の先端にはしっかりと触手で細工済み。

 単分子ブレードとはいかないが、やりようなど幾らでもある。

 触手が生み出す多彩で微細な細胞の変化と性質の獲得。


 それを使いこなすならば、相手を無力化する手段なんて幾らでも考え付きそうだった。


「お人形遊びに付き合ってやるよ。屑野郎!!!」


【ッッ!!! 我らが平和の前に散れ!! 愚かなる先人の息子よ!!!】


 ゴングは銃撃の嵐。

 だが、それは14mを跳躍したこちらの真下での出来事。


 弾け散る火花と硝煙、マズルフラッシュの洪水の中へ全ては溶け込んでいった。

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