第146話「お帰りの夜に」
―――パン共和国首都ファースト・ブレッド空軍総司令宅オールイースト邸。
「……長かったな」
ざっくり3週間。
掌握した“天界の階箸”と【統合】を行ったり来たり、各種の会合をぶっ続けで140時間、必要な書類を100枚程書き上げるのに120時間、残りは全て南部でほったらかしになっているポ連兵の確保収容保護+起こす為の準備と懐柔策を練るのに使われた。
南部沿岸国とポ連の関係を睨んで周辺国に諸々の告知と被害賠償協定を締結。
収容したポ連兵に対して彼らの各々の祖国を奪還する為にレジスタンスにならないかと誘いを掛けて説得。
元々がポ連の本国人に関しては一律に祖国へと陸路で送還。
ついでに情報操作。
【統合】に付いては御引越し諸々の指揮もやらねばならなかった。
ハッキリ言って、疲れた。
鹵獲した輸送機を統合で直して一路、共和国に向かったのが今朝方の深夜。
そして、十数時間以上を掛けて目的地に降り立つまでは爆睡。
共和国の秘密空港で先に待っていたフラムが乗る馬車……ではなく。
大型の軍高官専用車両に乗って30分の移動。
首都内部には再開発の波が来ているのか。
あらゆる道に未だ活気が満ちており、眠らない街という単語を思い起こさせた。
どうやら連邦発足が迫っている為、急ピッチで色々整備しているらしい。
こうして何とかオールイースト邸に辿り着いた時の感慨と言ったら、一入であるのは言うまでも無い。
思わず涙が零れるかとも思ったが、それは後に取っておく。
その門を潜って、フラムが先に玄関へと入る。
直後。
ドタドタドタッと屋敷中から慌てて駆け出す音やら皿が割れる音が連続して、玄関へ入るより先に血相を変えて息を切らした少女達がまるで巣穴から出てくるプレーリードッグみたいに押し合い圧し合いこちらに顔を出して向けた。
「……久しぶりだな。元気だったか?」
『―――』
何も言うまい。
殴られようが叩かれようが罵倒されようが全部受け止める気でいたのだが、どうやらソレよりも何よりも重要な事があったらしい。
春の兆しが見え隠れするようになった夜風の中、幾筋も雫が零れ落ちる。
声に成らず。
裸足で傍まで駆け寄って抱き締められ。
ああ、と思う。
逃がすまいと拳を白くするくらいに服を掴む少女達が声を嗄らすまで抱き締めていようと。
「何をしている? さっさとその大馬鹿者を吊るし上げる準備に掛かれ。そういう手筈だっただろう?」
サラリとフラムが怖い事を言ってくれたが、もう全員そういう雰囲気でも無いらしい。
「カシゲェニシ。もう食事の準備は出来てるんですのよ」
何やら料理に目覚めたらしいエプロン姿のベラリオーネが胸を逸らして玄関先まで出てくる。
軍装をメイド達に渡して脱いだフラムが今日は大目に見てやるかと溜息を一つ。
奥から出てきた影にビクッとしてから、イソイソと食堂へと向かっていく。
「ガジゲェ゛ニ゛ジ様ぁ~~~リュティはも゛う涙でま゛え゛がぁ~~~!!!?」
もはや顔がグチャグチャな有様な料理上手過ぎる胸のふくよかなメイドさんが前後不覚状態になるくらいにハンカチを複数使い捨てにしてビチャビチャ落しつつ、トウッと跳躍してこちらの団子状な全員を押し倒すように突撃してきた。
思わず倒れそうになったが、何とか支える。
「えっと……ただいま戻りました」
それが引き金になったか。
また、泣き声が上がる。
「料理、上手になったか?」
訊ねたサナリが何度も何度も頷く。
「ごめんな。ずっと、傍にいてやれなくて」
胸を占領するパシフィカ・ド・オリーブがそんな事無いと首を振って、涙のままに笑み顔を埋める。
「体、大丈夫だったか?」
グランメ・アウス・カレーが唇を引き結んでコツンと頭を肩に付けて一言「はい」と呟く。
「エニシ殿は本当に女子をあやすのが上手いでござるな~」
「縁殿故。致し方なし」
振り返ろうとする背中に二つの頭が付けられる。
「探したんでござるよ」
「ちゃんと待ってたんでござるよ」
自分の任務を決して投げ出さず。
フラムから情報が伝えられて後もこちらのして欲しいとお願いした仕事をしていた功労者には頭も上がらないだろう。
「とりあえず、ご苦労様。それとちゃんと約束守ったぞ。いや、ちょっと破り掛けたかもしれないが、此処にこうしているから勘弁してくれ」
「「馬鹿……某はいつだって信じていたでござるよ」」
「さぁ、食事にしましょう。みんなで拵えたんですのよ」
ベラリオーネがまるで腕白小僧を出迎える母親張りに笑みを浮かべた。
「そうだな。オレも腹が減った……食事しながら色々話さなきゃな。今回の事も今までどうしてたのかも……それと少し相談なんだが」
全員集合状態のオールイースト邸玄関前に再び門から来訪者がやってくる。
「エミ? 此処がエミの家なの? 一応、大使館扱いにするからと言っていたけれど、これから“新婚生活”を送るには珍しい感じで素敵な……ぁ……」
「ちょっと、アンジュ。こっちは大荷物持ってるんだから、止まらないでよ。これから防音機材も入れるって話だったじゃない。“子作り”も認めてもらったんだから、さっそく今日から使……ぁ……」
背後から聞こえてきた声に『どうしてこうピンポイントでナイーブな問題を即座ぶち抜くのか』とこの三週間を共にした男の娘達に内心で溜息を吐く。
「A24。“子作り”って何?」
「エニシ……“新婚生活”とは何ですか?」
「カシゲェニシ殿……まさか、我々が泣いて暮らしている間にまさか“また”……」
とりあえず。
本当にとりあえず。
勘弁して欲しい。
だから、一つだけ明確にしておかなければならないだろう。
「ええと、紹介する。後のがオレの“新しい妻”になる事が決定してる……アンジュとクシャナだ」
春雷が世界に響き渡り。
終り無き嵐を予感させて。
風が冷たくなり始める。
「やはり、本家から法務省に圧力を掛けて、カシゲェニシ様用にオリーブ教婚姻者欄を一桁多くしたのは間違いではございませんでしたね。おひいさま」
ザックリと戦争の気配に揺れるオールイースト邸でハーレム系主人公(笑)が精神的な絞り粕にされるのはどうやら確定していたらしかった。
「程々にしておけ。それと食事が冷める前には戻ってこい」
フラムがゴングよろしく一度こちらに壁の先からひょっこり顔を出してから、何も見なかった事にして戻っていった。
現実は残酷だ。
そう噛み締めた夜。
オールイースト邸の庭先は惨劇の現場となったのだった。
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