第124話「生者滅衰」

 歩き出して数歩目に傍らの足が止まる。

 最初の起承転結の初めをどうやら披露してくれるらしい。


「大戦の事は?」


「ああ、そこはザックリとだが見た。今は詳しい情報を読んでる途中だ」


「じゃあ、【統合】の興りから」


 表示されたのは巨大な相似形フラクタル状の地区が幾つも連結された巨大な施設の設計図。


 その縮尺は分からなかったが、少なくともkm単位である事は確実だろう。


「これが【統合バレル】よ」

「それはお前らの名前を縮めた総称じゃないのか?」


「ええ、それもあるわ。けど、先人達は自分達の住む場所を元々はそう呼んでいた。それが自分達の名前と結び付いて混同されながら、どちらも指し示す言葉として使われるようになったの」


「つまり、コレが今オレがいる場所の本当の姿って事か?」


「ええ、全長30km、全高4kmの多重フラクタル構造浮体を寄せ集めた人工島。いえ、【超大規模浮遊構造体テラ・フロート・プロヴィデンス】コード名オール・バレル……」


「な?! 高さだけで4kmあるのか?! 普通の海溝クラスの分厚さだぞ!? その下はどうなってるんだ?!」


「どうって、どうなんだろ? 一応、動く時は横に掘削するらしいけど」


「く、掘削?」


「そうそう。ま、この数千年動かした事無いから出来るかどうかなんて誰にも分からないけどね」


「……それにしても大き過ぎだろう。大都市圏が丸々入るんじゃないか?」


「そうなの? まぁ、とにかく終戦直前にはこの私達の故郷はアメリカ単邦国、日本帝国連合、ASEAN・OがEUNと共同で開発を終了させていた。けれど、委員会からの攻撃で本来この施設に移住する予定だった全ての住人達は消え去り。この地の開発者と技術者も残らず死に絶えた」


「何でだ?」


「戦争が終わった直後の環境破壊は想像を絶した状況だった。食料供給用の生産区画が稼動前だったのよ。同時に少しでも外部環境に触れた者達は汚染の酷さを思い知って死んだ。これだけ大きな構造体だもの。気密性を上げる機能はあったけれど、それを稼動させる為のコードを持ってない人々にとって此処は死に場所以上のものじゃなかった」


「それでお前らはいつ登場するんだ?」

「慌てないで。次に進むわ」


 また数歩。


 今度は大きな鋼色の構造物内部へと防護服を着た一団がゾロゾロと入ってくる映像が映し出された。


「これがご先祖様と」


「ええ、そうよ。各宗教派閥の生き残りが全ての資源と人材を抱えて、この大地へと入場した。気密を上げるコードを持つ人間が生存し、また熱心な信者だったから可能だった入植よ……」


 また数歩。


 次に出てきたのは白人と黒人のカップルだろう男女が保育器らしいカプセルに入った乳児を見守っている様子だった。


「環境の激変から来る不適応と乳幼児死亡率の高止まり。これに宗派は二通りの解決策を出した」


「二通り?」


「一つは男女別無く子供を儲けられるようにDNAを改造する方法。もう一つはゲノム編集技術を使って適応出来る人類、デザイン・ベイビーを子孫にするって方法」


「宗教的に問題ありそうなのがお前らの中にいるな」

「其処は知ってるんだ?」

「まぁ、色々と」


「これで貴女が言った通り。問題になったわ。教義を守って滅びるか。教義を破棄して生き残るか。宗派的な問題だけじゃなくて、その人間を造り変えてしまうという事に拒否反応を示す人達もいた。そうして、その頃に空飛ぶ麺類教団が活動を開始したの」


「……大規模な離反が起きた、と」


「その通り。環境の再生と同時に超規模な福祉政策を行って人類再生を謳った彼らの台頭で次々に原理主義者と拒否反応を示した不変論者が離脱。此処で人数が一気に10分の1くらいまで減った」


「それほぼ全部って言わないか?」


「そうよ。それなりの資源を持ち出されたから、困窮した時もあったらしいけど。最終的には残った人達が豊かに暮らせる程度の生産能力だけは残った」


「此処から男ノ娘が出てくるわけか?」

「その通り」


 次の場所に歩を進める。


 すると、今度は二体の乳幼児が産湯に浸かっている様子が映っている。


「片方は男。片方は男ノ娘。この二人の情報が今の【統合】のあらゆる面での基礎となった」


「ふむ……」

「どちらもデザイン・ベイビーで幾つかの特性を持ってるわ」

「どちらも、なのか?」


「ええ、男と男ノ娘に共通しているのは強い性欲と若年からの性行動の可能な肉体。精神的にも肉体的にも早熟って事」


「それで?」


「男は外環境に適応出来るように造られていて、運動能力や心肺機能、反射速度、あらゆる面で肉体を使って働ける労働資源としてデザインされたわ」


「男ノ娘は?」


「こっちは性差を超越しての活動。女性と同時に男性の役割、内政面での女性的活躍が期待された。外環境には殆ど適応出来ないけれど、高い受胎能力と胎児の完璧な成長が可能となった。つまり、大抵の環境なら胎内で起こるマイナス要因を全部排除して健全な子供が産めるって事。胎児には脳気質的な問題も起きないし、遺伝的な疾患も伴わない。ついでに出産時の負担軽減と事故も起きないように身体的な構造が組まれた。子宮と卵巣と性器と外見的な部分が特別って事よ」


「なる程……」


「ただ、それだけじゃなくて男ノ娘は男ノ娘同士でも男ノ娘と男を産めるわ。また、男側からの父性や男性的な情愛を引き出す目的で外見が一定年齢から老化しないようになった。出産に使う臓器なんかもよ。高い乳幼児の死亡率を受胎回数と出産回数、全体的な分母の底上げで補う仕組み」


「そういう事か……」


 アンジュや他の相手が極めてアグレッシブだなぁと思っていたが、どうやら本人の意思以前に遺伝子へ刻まれた本能的なものらしい。


「本当は男みたいに外環境に適応させたかったらしいけれど、胎児が影響を受けてしまうのは防げなかった。だから、それならいっその事、この【統合】内部でしか生きられない代わりに絶対に健康な子供を産めるようにって当時の設計者は考えたそうよ」


「ちなみに聞くが、男は外の人間とは子供を作れないのか?」


「……まぁ、結論は急がなくてもいいじゃない。最後には説明するから。次に行くわ」


 クシャナがチラリとこちらを見てから、そのまま歩き出す。


 今度は止まらず。

 次々に流れていく情報を見ながらの講義となった。


「最初の二人が生まれてから、【統合】では男ノ娘が増え続けたわ。女性は見る見る内に消えていった。女性を男性のように外環境に適用させる実験も行われたけれど、外では受胎してもロクな結果にはならなかった。また、女性を外環境に適応させる時にホルモンバランスが崩れて男性化していく現象なども散見された。それをどうにかする事は出来たけど、コストの問題がクリアー出来なかった」


「コスト?」


「女性を外環境に適応させても子供は普通に産めないし、産んだとしてもあらゆる面で次の世代を任せられるような個体は育たなかった。それを大変な思いをしながら補っていくよりも、男ノ娘を【統合】内部で増やしていく方が簡単でしょ?」


「女性を一緒にって発想は無かったのか?」


「男ノ娘は資質的に内政面で男性役を勤められた。それも女性としての役割をこなしながらね。なのに女性的な面だけでしか資質的に適合しないから貢献出来ず、男ノ娘よりも妊娠出産のリスクが高いとなれば、わざわざ女性として子供を産もうという親はいると思う?」


「何か、最後は女性団体からクレーム付きそうだな」


「真面目な話よ。そういうコストすらも払えないような環境だったって事。塵も積もれば、何とやら……男性だから、女性だから、というよりは安定して生存の為に性活動も含めて働く事が出来るかどうかが問題だったの」


「それでも女性を産もうという両親はいるんじゃないか?」

「正解」


 クシャナが立ち止まった。

 其処にはアジア系の少女が窓際で椅子に座っている画像が映っている。


「これが【統合】最後の女性だった人。女性に生まれたのは良かったんだけど、心を壊して自殺したわ」


 その理由が朧げながらも口に出来た。


「………子供が死んだとか?」


「ええ、男ノ娘はそういうメンタル面でも男性的に振舞う事が出来て、割り切れる。そういう性質を持つようにストレス耐性や精神的な気質を持つ個体を最初期から掛け合わせてるから」


「女性に割り切れる性質とやらを付与してみたか?」

「付与してないと思った?」

「……それで女が減り続けた、と」


「複合要因よ。精神面が一番大きい問題だったってだけ。誰が悪いわけでもない。ちなみに男ノ娘の生涯妊娠出産回数は130回よ。女性も最後の子が生まれる頃には80回くらいになってたわ」


「―――」


 思わず押し黙る。

 こちらが何を考えているのか分かっているのだろう。

 クシャナが肩を竦めて、少しだけ目を細め訊ねてくる。


「ちなみに何人ちゃんと育つと思う? 男は外環境適応能力があるから死なないわ。でも、基本的に出産は女か男ノ娘しか出来ない。死ぬかもしれなくても共同体は半分以上は男ノ娘の出産を義務付けてる……そうしなければ、共同体を維持出来ないから」


「……お前らの技術を使えば、男も出産出来るんじゃないか?」


「ええ、可能よ。ちょっと薬とか使って体変える必要があるけど。でも、外での活動が主な任務である男が出産の為に【統合】内部でヌクヌクしているようになれば、やがては大問題に発展しかねない。だから、特例や【統合】がかなり危ない状況になってない限りは許可されないわ」


「労働問題でも起きるってのか?」


「男は外部から資源や情報を【統合】へ運び入れる重要な労働資源。妊娠させて活動を制限したら共同体に支障が出るわ。それに妊娠して内部で大事に扱われる男と外で働く男というカテゴリが出来たら、その間で軋轢を生みかねない」


 また進む。

 そろそろ終わりが見えてきた。


「中には男だけで共同体を造り、出産して人口を形作る案もあったらしいけれど、さすがに当時の残った人々もこれには反対した」


「ポスト・ヒューマンが聞いて呆れると言ったら、怒られそうだな」


「いいえ、その通りよ。でも、この上手くやってこれた社会システムにも限界が来てる」


「……男ノ娘の乳幼児死亡率が激増したと」


「ええ、今までのようにこの内部で出産したら100人に一人。気密区画ではこれが15人に一人」


「それはまた……」

「原因を探ったら、単純な理屈だったわ」

「どんな?」

「私達そのものが変質していたの」

「変質?」


「昔にも言われてたのかは分からないけれど、いつかこの地球上から男がいなくなるって話、知ってる?」


「男が?」

「ええ、自然淘汰でY染色体が消えるの」


「………それって時間が掛かる話じゃなかったかと。うろ覚えで悪いんだが」


「そうね。昔にも分かっていたら、そう言われてたかもしれない。でも、環境の激変はそれを極端に推し進めたようよ」


「男として生まれてこれなくなるのか?」


 途中の図には染色体情報が少しずつ綻びながら、崩壊していく様子がモデリングされていた。


「正確には外環境に耐性を持たないY染色体保持者は体が幼いと即死。環境に耐性がある保持者は数年でゆっくりと染色体が崩壊する症状」


「男にとっては正に悪夢と……」


 染色体が自壊するという時点で極めて重大な病なのは想像が付いた。


「ゲノム編集技術を使えば、何でも出来るって思うのは楽観的よ。人間という生物の設計図は奇跡的なバランスの上に成り立っている。我々の先祖はそれを何とか保ちながら、私達をデザインした。けれど、今度のY染色体の変質は……ざっと見積もっても解決まで……今の【統合】の技術でも10年以上を見込んでるわ。維持出来てる技術や知識だけじゃ絶対に足りない。今生きてる私達の中でY染色体の情報が変質するってだけでも空恐ろしいのに時間が無いと来てる」


「薬とかで症状を遅らせたりは?」


「やってるけど、まだ全然効果が上がってないし、開発途中よ。それに確立されてない知識で造った遺伝情報の改竄方法を生体へ無闇に試せない。肉体だけクローニングして使っても、生きてる人間相手の治験じゃないと部分的な副作用しか分からないしね」


「いっそ、女を復活させたらどうだ?」


「復活させても、共同体を維持出来るか微妙ね。女ベースでY染色体無しに男ノ娘を維持する方策や女性の外環境耐性化処理技術が大昔の開発データを引っ張り出して進められてはいるけど……男性が消えていく事に変わりは無い。女をY染色体無しに男性化させるリビルドが上手くいく保証だって無い……昔から技術を保ってこれた部分はあるけど、そういうノウハウを一から再開発する余力があるわけじゃないから……成功確率は正に神のみぞ知るってところかしら」


「ギリギリか」


「ええ、女性だけでは外での労働力不足で確実に共同体は縮小、今の五分の一以下になる試算が出てる……そうなれば、たぶんもう共同体の衰滅は確定的でしょう」


「今まで【統合】を支えてきた全てのファクターが一気に消えると」


「そういう事。最初から隔離された区画で一度も外部の汚染環境からの影響を受けていない場合を除いて、全ての男と男ノ娘が数年でアウトなんだもの……この今がゴールデンタイム、分水嶺でしょうね」


(瀬戸際過ぎるな……)


 思っていた以上に【統合】は切羽詰まっていたらしい。


「じゃあ、もしかして、近頃教団に攻め入って、遺跡を確保しようとしたのは……」


「そうよ。私達には無い知識と技術を求めての一大決戦。今ある戦力の大半を次ぎ込んだ起死回生の大逆転を狙ったわけ。ま、途中から絡んできた蒼い瞳の英雄……教団関係の旧世界者プリカッサーなんでしょうけど、そいつに全部計画が破綻させられたけどね。しかも、地下遺跡は放射性物質で汚染されて、教団地下施設からは貴女以外の目ぼしい略奪品を持ってこれなかった」


(オレは怨まれても仕方ない敵だな。冷静に見て)


「男の命は十把一絡げだけど、失った資源と戦力と飛行船の数は致命的……その上、もう……電力が限界と来てる」


 一応、予想はしていたが、やはりエネルギー問題が皿に【統合】を追い詰めているようだ。


「貴女、見たでしょ? アンジュに連れられて……ゼーカの門を潜った先にあった光景」


「あ、ああ」


「この【超大規模浮遊構造体テラ・フロート・プロヴィデンス】は―――」


 そこまで言ったクシャナの肩を掴んで止めたのはアンジュだった。


「そこから先は私が……」


 大人しく退いた相手の場所に立つと。

 少女はゆっくりと片手を壁に付けた。


「電力供給施設の全体像を」


『承認』


 不意に全てのウィンドウが消えて、巨大なサイロ状の施設が、円筒が無数プールに沈んだ光景が映し出される。


 それはゼーカの門と呼ばれた場所を潜っ時に見たものとほぼ同じだった。


「全体の稼働率を表示」


 すると、赤いグリッドが現われ、次々に映像内部の円筒を赤く塗り潰していく。


 どうやら稼動状態にあるもの以外をそうして除外しているらしい。


 出てきた数字は13%。

 映像内部では二十本も円筒が残っていない。


「この施設は地下に大型の大規模な水素式電源が備わっています」

「水素……ゼーカ……まさか、水素吸蔵合―――ッ」


 思わず口元を手で押さえそうになった。

 自分の知らない知識。

 自分の知らない情報。


 聞いた事も無い単語がスルリと脳裏の何処からか出てくる気持ち悪さに眉を寄せる。


「大丈夫、ですか?」

「あ、ああ」


 アンジュに頷くと話が進められる。

 だが、その大半を聞いていなかった。

 いや、聞く必要が無かったのだ。

 水素は特定の合金に大量に溜め込む事が可能だ。

 それが水素吸蔵合金。


 その特性を使って高効率の電池を作る事などは現代でも推し進められていた。


 幾つかの難問があり、その一つに水素は金属を急激に罅割れさせてしまうという特性がある。


 これを水素脆化と呼ぶ。


 もし、化石燃料に頼れない状況で施設を長期間稼動させるとすれば、水素を使って発電するというのは有り得ない選択肢ではない。


 幸いにして水ならば、地球上何処の海洋からも採取出来る。


 無論、それが使い物になるかどうかは効率や使用する環境に左右されるだろうが、極論として水が世界から消え失せない限りは使い続けられるのだ。


 それをメンテナンス出来るかどうかは置いておくとしても。


「このような状態でもう残る使用可能な電源は極めて少ないのです。施設の改修は今もしていますが、基幹部分の劣化はもはや止められない」


「……それがオレとどう関わってくる?」


 もう答えは分かっている。

 だが、敢えて確認の為に訊ねた。


「エミ。貴女は嘗て委員会の中枢にいたグランドマスターの一人。だから、委員会は貴女を復活させる事が決まっていたならば、絶対に登録しているはずと我々は考えています」


「登録?」

「はい……“天海の階箸”の管理者の一人として」

「それ……遺跡、なのか?」


 こちらに頷いたアンジュがそっと壁に何事かを書いた。


 途端、今までの表示が全て消えて、今まで渡ってきた長い通路の壁全てに一つの構造体の表示が浮かび上がる。


「コレは……塔?」

「いいえ、階段です……長い長い」


 その割り箸のような二つの構造体からなる一本のソレは階段のようには見えない。


「……何処まで続く?」


 閃いた答えは覆らず。


「成層圏よりも上です」

「―――軌道エレベーターか」


 答えはそれしかないだろう。


「はい……“天海の階箸”は委員会が創造したモノの中でも最大級の代物です。テラフォーム・インフラ……惑星改造用の超々規模プラットフォーム。これが今も地殻内部のマグマ溜りから地熱を得る事で稼動しながら、自己を補修保全……いつか現われる所有者を待っている。惑星を周回するオービタル・リングや七つの管理衛星セブンスと連結、同期する事により、今もそれら全ての遺産は……人類をあのような姿にしてまでも生かしているのです」


 何やらSFになってきた。

 だが、それよりも気になるのは最後の方だ。


「あのようなって……何だ?」


「……エミの身体は“どちら”なのか。未だに解析中で答えは出ていませんから、こちらが実物の映像から作ったCGモデルでお見せします……気をしっかり持っていて下さい」


 アンジュが傍に戻ってくると。

 片方の手をそっと握った。


「ファイル103892の中身を開示」


 音も無く惑星らしきものの映像が映し出される。


 それはまるでフィルムに包まれた割り箸のようなものが突き刺さる輪が付いた灰色の飴玉のようだった。


 少しずつ近付いてく始点が長大ソレを存分に大迫力で映し出す。

 天を突くように屹立するような鋼の割り箸。

 その近くには赤道の上をグルリと回る長い長い金色のリング。

 それを周回していくと付近には衛星が一回りするまでに七つもあった。

 映像が確かだとすれば、それは小惑星程もあるかもしれない。


 そうして、その輪の下には割り箸を中心に伸びている半透明なシートが何処までも果ても無く全てを覆っていた。


 視点が降下していく。

 大気圏内の世界は何もかもが灰色に染まっていた。

 海も空も地表も。

 その中で少し硬質な樹のようなものが見え始めるが、それも灰色。

 地表の砂塵は赤い部分もあるが薄暗い。

 やがて、視点が海側から内陸へと向かい。

 街のようなものが見えてくる。

 いや、街なのだろう。


 その建材が殆ど灰色で樹木も色彩的には金属的な感じには見えるが、確かに……今まで巡ってきた国とそう変わらない。


 煉瓦の家。

 木製の家。

 商店から公共施設まで。

 第三世界的な光景が広がっていた。

 形は人類の普遍的なものと言える。

 だが、色とその内部に蠢くモノを視認すれば、鳥肌も立つだろう。


 そこから先はただ……本当にただ全ての映像が終わるまで眺めているだけだった。


 何一つ思いは浮かんでこず。

 まるで置物のように沈黙する以外無かった。


「エミ。これが世界の現状……現存する人類がとあるシステムによって五感を欺瞞され、忘れ去った……滅びた世界の真実です」


 今更だろう。

 本当に。


 此処にお前らがいるだろ、という軽口は終に出てこなかった。


「貴女は委員会が残した最古にして最後の旧世界者プリカッサー。貴女の身体はあの肉体を持つ人々の究極の最上位互換であり、永きに渡り人類を支配してきた者達が自分達の上に永遠の存在として君臨させる為に生み出した至宝。貴女の血を分けるという事は今我々に迫っている種族としての破滅を回避するという事であり、同時に貴女の記憶はこの変容しながらも血脈を保ってきたである我々に残された楽園を……【統合】を救う……惑星規模電力供給網を従える……最後の希望なのです」


「………………なぁ、聞いていいか?」

「はい」


 アンジュは真っ直ぐな瞳でこちらを見返す。


「【理想郷主義者アルカディアンズ】の理想郷とやらはどんな代物なんだ?」


「―――全ての人類が元の生活と元の姿を取り戻し、再びこの星が蒼く耀く日……其処が我らの理想郷となりましょう」


 その瞳には何一つ。

 本当に何一つ嘘も無かった。

 透き通るものの奥。

 宿るのは決意か。

 片手で顔を覆って瞳を閉じて上から揉み解す。


「貴女に対するさっきの答えはコレよ。外の世界の住人と交われば、子供を残す事は出来るわ。でも、それは人間としての肉体を失った人類が増えるって事なの」


「交配可能なわけか」


 横から近付いてきたクシャナが瞳を伏せて頷く。


「何でオレとの交配に拘る? さっきも言ったが、別に卵子でも何でも細胞採集して体外受精するなり、培養して実験するなり、好きなだけ研究して解析すればいいだろう。そうすれば、Y染色体の崩壊もどうにかなるんじゃないのか?」


「それはもうやってる。けど、私達は万能じゃないわ。数年後に迫る死期なのよ? 共同体の血統を確実に残すには最も確率の高い方法を選ぶのが当然でしょ?」


「それで自然交配しろと迫ってきてたのか……」


「そうよ。本来ならすぐにでもそうするべきだって意見はあった。けど、アンジュは記憶が戻っていない状態でそんな事をしても不興を買ってしまうだけだって押し留めたわ」


 何やら申し訳無さそうな顔でアンジュが顔を俯けていた。


「話は分かった。とりあえず、オレにも考える時間をくれ。というか、頭が疲れた……いや、本当に……ちょっと、整理したい」


「はぃ。エミ……その……ごめんなさい」

「謝るような事をされた覚えは無いな」


 肩に手を置いて顔を上げさせる。


「ですが、黙っていました」

「オレが混乱しないようにしてくれただけで十分ありがたい」

「……許してくれますか?」

「許すも何も、感謝しかないんだが」

「―――エミ」


 今一度頭を下げたエミの頭を撫でる。


「クシャナ」


 呼び掛けると何やらビクッとされた。


「な、何よ? 嫌がらせの件なら謝らないわよ!?」

「いや、教えてくれて助かった」

「……本当に今の話聞いてた?」


 疑うような顔をされて苦笑が零れる。


「聞いてた。だから、今から三つ約束してやる」

「な、何をよ?」


「一つ、このお前らの故郷に関する問題には出来る限り協力する。二つ、子作りは保留だが、細胞が必要になったら好きなだけ持ってけ。三つ、オレがオレである限りは理想郷とやらが出来るまで手伝ってやる」


「……ソレ、全部当然の事だからね?」

「四つ」

「まだあるの?」


 もはや呆れた感さえあるクシャナがジト目となった。


「オレの問題を解決する事になったら、お前らの力を貸してくれ。これはオレからのお願いってやつだ」


「お願いする人の態度じゃないんじゃないの?」


「少なくとも関係は対等から始めたいと思うが、わざわざ敵を作るような見方をする必要もないだろ?」


「……まぁ、いいわ。覚えておいてあげる」


 巫女達に帰り道を案内してもらおうと振り向いた瞬間。

 フラッと足先から力が抜けた。


 前のめりに倒れ込んだ場所にいるアンジュが思わず抱き止めてくれたが、視界が薄っすらと霞んでいく。


(目覚めてから夢は見なかったはずだが……このタイミング……誰かの意図しか感じないな……)


 意識が遠ざかっていく最中。


『エ、エミ!? すぐに医療班を!!』


『え? ちょっと!? まるで私が悪いみたいに見えるじゃない!? こんなとこで倒れないでよ!!?』


 最後に聞こえてきたのは男ノ娘達の慌てる声だった。

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