第125話「果てに至る食卓」
ハンバーグを食べている。
人参とジャガ芋もだ。
サラダは豆類が主な具材。
レモンバターが乗っかったステーキは湯気を上げ。
七面鳥ではなく何処かのフランチャイズの大振りなチキンが周辺を威圧する。
それから卓の中央にはクリスマスケーキが二つ。
肉、肉、肉という肉々しい食卓は父と母が其々に料理を頼む手違いを犯した末の光景である。
いつだったか。
これ食べきれるかなという父の顔に母が明日のお弁当にも入るからと胃の重たくなる話をしていた。
祖国の外という事もあり、どれも日本で食べるものとは味が違っていた事は今も覚えている。
世界規模なフランチャイズのチキンすらも、だ。
『縁。ごはんはいる?』
『日本人だからな』
『縁。飲み物はどうするんだ?』
『ボトルの紅茶で……そのサイダーは仕舞ってくれ。というか、これ以上クドイ食卓にしたいのか? 父さんは……』
『縁。パンもあるわよ』
『オレを胃潰瘍にしたいのかと切に訊きたい……』
ガヤガヤとやりながら、チャンネルを日本のものに合わせて適当にお笑いを流しながらの食卓。
まぁ、恵まれた家庭の小さなパーティー。
父親が値段も分からずアニメのボックスを大人買いして母に怒られ。
母は男の子にはやっぱりコレと最新式のゲーム筐体をプレゼントして父に同じくらい高いじゃないかとツッコミを入れられて膨れ。
とりあえず、筐体でアニメを見ればいいじゃないと息子が仲裁して神アニメ扱いされる最新のロボものが流れて全員で12時過ぎまで1クール一気見してしまう。
幸せだったのだろう。
電気も消えたソファーの上で眠る父に毛布を掛けて、ダイニングキッチンで後片付けをする母の横顔だけは今も覚えている。
その仕方無さそうに笑いながらも嬉しそうな……それが家族というものだった。
「お前はどうしたいんだ? カシゲ・エニシとして」
見れば、テレビには自分の顔が映っている」
「自問自答する程、迷ってるように見えるか?」
「だが、いつか何もかも終わる。それはお前にだって分かってる」
まるで分かったような事を、と思ってみても、夢なのだから仕方ない。
「今日、世界が滅ぶとしたら? そんなの今更過ぎるだろ。答えは変わらない。それが答えだ」
「……我が道を行く。その後にも……道は続いてる」
「何が言いたい?」
「チートもハーレムも構わない。死のうが生きようがお前は変わらない。でも、お前以外の者はいつだってお前のようには強くない。お前みたいには出来ない。割り切れもしなければ、老いだってする。少しずつ歯が欠けていく老人のようにお前の“今”もまた変化を免れない……その時、お前は後悔するんだ」
「何を?」
「自分が無力である事に……誰と結ばれても永遠は生きられない。精一杯生きても人はやがて死んでゆく」
「それが自然の摂理ってもんだろ? オレだってそうだ」
「フラム・オールイーストが死んだ後、リュティッヒ・ベルガモットが死んだ後、羅丈百合音が死んだ後、サナリ・ナッツが死んだ後、パシフィカ・ド・オリーブが死んだ後、ベラリオーネ・シーレーンが死んだ後、グランメ・アウス・カレーが死んだ後……お前はそれでも死ねはしない」
「―――お前はオレなのか?」
「オレはオレだ……お前には最後の選択肢が与えられる」
「選択肢?」
不意に視線を横に向ければ、まだパーティーは始まったばかり。
食卓には料理が並んでいる。
『縁。お前は何が欲しいんだ?』
『縁。あなたは何が欲しいの?』
父と母の両手にはプレゼントの白い箱が一つずつ。
「答えは無い。正解も無い。だが、優劣も付けば、高低もある。いつだって、世界はそうだっただろう? だから、お前には選択肢が与えられる。最後の、と付くだけの力が……」
「力……」
「お前にとっての最善が誰かにとっての最善ではない事を……お前はもう知っている。あの女に指摘されたように……その傲慢こそがお前を孤独にする……」
テレビの中ではまだ自分が喋っていた。
「あの孤独な老人が“僕の戦い”を始めたように……お前の戦いもまた誰かを犠牲にしていくだろう。あの老人とは比べ物にならない程、長い年月の中で……」
「だから?」
「どんなに良いと思える結末を迎えても、お前に本当の終わりは訪れない」
「だから、何なんだ?」
「分かってるだろう?」
「分からないな」
「子供か?」
「子供だ」
「開き直るのか?」
「開き直らないと思ったのか?」
「………お前は―――」
「オレはオレだ。死ねないから孤独? 上等……なら、毎日だって友達を作ろう。あいつらが死んだらどうするって? 勿論、あいつら以外の誰かを探すさ。誰かが犠牲になる? いいじゃないか。誰だって誰かを助けるように犠牲にしてる。オレが宇宙の終わりまで生きたなら、オレは最後の最後までオレの流儀でオレの理由で死なせたくない奴を守ったりすりゃいいんだ」
「まるで子供の理想論だな」
「何とでも言え。忘れたくても、忘れられない……そんな連中と毎日毎日、今日が宇宙最後の日だと食卓を囲めばいいんだよ。簡単だろ? 孤独の単純極まる撃退法だ」
「………」
「それにオレが本当に欲しいものはもうこの胸の中にある。だから、プレゼントってのはオレが欲しいものじゃなくてもいい。それくらいは大人になったさ……これがもしも人殺しの挙句の開き直りだとか、真実から逃げてるだけだとか言われても、この現実は変わりゃしない」
「………」
「貰ったら、そりゃ嬉しい。けどさ。それよりもオレは……今、大事な誰かに贈物をしたいと心の底から思ってる。どうせこのオレは本物じゃない……本人の肉体や脳から抽出されたデータみたいなもんなんだろ? なら、今の自分に何かをくれた人に何かを返す。これからはそうやって生きたっていいだろ。ヲタニートのささやかな世界への感謝って奴だ。なぁ、母さん、父さん」
振り返れば、父と母はいない。
しかし、贈物の箱だけは置かれていて。
テーブルの上にはピザが一枚とカードが二つ。
―――ごめんなさい……今週は帰れそうにありません……。
―――悪い……今度必ず埋め合わせはするからな……。
「ああ、あの時のか……子供の時にずっと必要なものは受け取ってきた。だから、ピザを食いながら、一人クリスマスってのも悪くなかったさ……がっかりはしたかもしれないが」
「これを孤独とは言わないと?」
「孤独だって悪いもんじゃない。父親に貰ったアニメを母親から貰ったゲーム機で2クール一気見しても怒られないしな!! 例え、一人でも一人じゃない……昔も今も……きっと……」
「今の“あいつら”がいなくなったらどうする?」
「あいつらがいなくなったら、あいつらの子供に、その子孫がいなくなったなら、新しい友人や仲間に……そうやって誰かに優しくしてやれるのが大人ってもんなんじゃないのか?」
もうテレビには誰も映っていない。
そっと、瞳を閉じる。
夢はいつだって起きてみるのがいい。
自問自答するまでもなく。
この自分で選んだ日々をもはや夢とは思わない。
「その物分りが良いフリがいつまで続くか見届けよう」
「生憎とオレが死ぬまでだ」
とりあえず。
共和国へ帰ったら総統閣下に貰った権限でクリスマスを復活させてみよう。
それがあの少女達に受け入れられるかどうかは分からずとも。
「………」
何処かでまだ自分がこちらを見ているような気がした。
*
「………?………っ………ッッ、くっはッ?!!?」
ゆっくりと幸せな目覚めを期待していたのだが、途中でソレは猛烈な息苦しさと呼吸困難、ついでに妙にツンと来る匂いによって打ち砕かれた。
ガバッと起きて、その両の鼻穴に突っ込まれたものを引き抜く。
ゼハーゼハーと何とか呼吸を取り戻して、ようやくソレが……緑と白の円筒形な物体。
葱の中心部分だと理解した。
鼻に入らないからと皮を剥いたに違いない。
「誰だ!? 食材を粗末にしてオレの命を奪おうとしたのは!?」
「ふあぁッ?! お、おおお、起きた!?」
「……クシャナ?」
寝台から身を起こして横を向くと。
何やらクシャナが相変わらずの民族衣装姿で台所に立っていた。
何やら周囲には不恰好な野菜の破片がちらほらと散乱している。
「お、起きたのなら起きたって言いなさいよ!? 吃驚するじゃない!!?」
何やら慌てて取り繕った様子だが、その驚き様は本当だったらしく。
芋の破片がコロコロと台所から床に転がっていた。
「どうしてお前が此処にいるんだ?」
「アンジュと違って、貴女に親しい呼び捨てなんて許可してないわよ!?」
「それにいつもの三人はどうした?」
「聞きなさいよ!?」
「オレの鼻にこのネギを突っ込んで窒息死させようとした犯人を捜してるんだが」
動かぬ証拠を突き付けると何やらクシャナがキョロキョロオドオドし始める。
「ち、窒息?! あ、アレは!? 神道に伝わる伝統的な看病よ!! あの三人が昔はこうしてたって古文書で見たからって教えてくれたの!! わ、私は悪くないわ!!」
幾ら何でも旧過ぎだろう。
後、確実に民間療法の類を間違っている。
「フ、フン!! ほ、本当は下の方に入れた方が効果は倍増だって話だったけど、う、後ろは男ノ娘にとっては神聖な場所だから、止めてあげた私に感謝なさい!!」
「それは単なる常識だ」
「ぅ、病人の癖に!! 生意気言うな!!」
何やら逆切れされた。
「病人?」
「そうよ!! いきなり倒れて三日も寝込んでたのよ!! な、何でか私が悪いってみんなが責任取らせようとするし!! 貴女のせいでこの二日間ずっと看病させられたんだから!!」
「で? もう一度訊くがあいつらはどうしたんだ?」
「あの子達はアンジュの次に有能だから、今は貴女の症状を解明しようとして技研の方に行ってるわ。看病してあげてたんだから、この私に感謝なさい!!」
薄い胸を張った男ノ娘がこちらをムスッとした表情で見る。
「嫌がらせで特殊部隊と戦わせられたオレの事を思えば、妥当な罰じゃないか?」
「わ、私は宗派のトップなのよ!! その私にこんな事させて!! いいと思ってるの?! これでも本より重いものは持った事無いんだから!!」
何やら偉そうにインテリ自慢するクシャナの憐れさに呆れるしかなかった。
「な、何よ? その溜息は……」
「他の連中に連絡入れなくていいのか?」
「ぁ……わ、忘れてたわけじゃないわよ!! 今すぐに入れるわ!!」
慌てた様子で部屋の隅にある端末に寄って、音声通信し始める葱女を横目に立ち上がる。
腕やら腰やら回してみるが、何も問題はなさそうだった。
(また蛹状態だった気がする。前みたいに内臓やらが変化してるとか。十分に有り得そうなのが何とも……まぁ、荒事には便利だからいいけどな……)
ちょっと集中して指先を眺めると。
極々細い糸。
いや、肉が指紋の間から立ち昇って神経が通っている様子でウネウネと前後左右に動かせた。
やはり、前の触手系の能力が戻っている。
これはきっと体内も同じようなものだろうとソレを仕舞って、台所に向かう。
キッチンは散々な有様だった。
勿体無いと。
床に落ちたのを拾い集めて水で洗う。
また、切り掛けのものはすぐに皮を剥いて均一な太さと長さに切り揃えた。
料理はこれでも出来る方だ。
食材さえあれば、問題は無い。
葱も洗って、鼻に突っ込まれた部分以外は全部使う。
人参、ジャガイモ、ネギ、それからどうやら肉類もあるらしい。
たぶんは牛か豚。
どちらでもいいとそれもある程度の大きさに切り揃える。
「な、何してるのよ?!」
「何って? 料理だが」
「料理って!? 病人なのよ!? 貴女!!?」
「もう治った。というか、お前のせいで死に掛けたんだが」
「ぅ?! そ、それは!?」
さすがにそこを突かれると弱いらしい。
「いいから、黙ってソファーでのんびりしてろ。其処のディスプレイで
「あ、ちょっと?!」
聞く耳は持たない。
夢の後のせいか。
無性に日本食が食べたくなっていた。
三人が使っていたのを見ていたので調味料が何処にあるのかは知っている。
現在、【統合】が持っている調味料は塩、砂糖、酢と香辛料くらいだ。
油はオリーブからごま油まで色々とある。
本来ならば、醤油や味醂といったものが欲しかったが魚醤で我慢しよう。
出汁も欲しいが、出汁を取る為の乾物は肉くらいしかない。
まぁ、それでもやろうと思えばやれるだろう。
大蒜と生姜を微塵切り。
玉葱は少し大きめに。
男料理はすぐに出来るのが良いところだ。
ごま油と牛脂で大蒜、生姜、香辛料を炒めて香りを出し。
其処に玉葱を入れて少し炒め、細かいジャガイモと人参を投入。
色が付いたら、魚醤と砂糖と水の混合液を投入し、しばし煮る。
その後、ほっこりと煮上がってきたら、味を見て塩と胡椒で加減し、肉を一枚一枚投入。
数分、衛生の為に過熱して完成だ。
「ぁ、飯は……あるな」
ごはんとパンはどちらもストックが電子ジャーみたいな機械と棚の籠に入っていた。
白米を適当な深さの器に盛り。
その上に煮上がった肉じゃがモドキをざっと掛ける。
「な、何だか料理上手いわね……」
「男料理だからな」
「男料理?」
「美味い早いがもっとーだ。安いかどうかは知らん」
「………」
「ほら」
出来上がった肉じゃが丼にスプーンを添えてクシャナの前に出す。
「え?」
「食べないのか?」
「あ、貴女が食べる為に作ったんじゃないの?」
「一人で食べ切れる量じゃない。オレはこっちだ」
相手に出したよりも大きな深皿に白飯を盛り上げ、数杯お玉で肉じゃがモドキと葱の微塵切りを掛けて、スプーンを入れた。
冷蔵庫から大量の氷をケトルのような水差しっぽい容器に投入して水を注ぐ。
後はそれをテーブルの上に持っていき。
クシャナの横のソファーに座る。
「っ」
「さっさと喰えよ。冷めるぞ」
「何で此処に座るのよ? もっとあっちでもいいでしょ」
「別に何処でも同じだ。実際、腹が空いてる。しばらく無心で食事の時間にさせてくれ」
答えは聞いていない。
頂きますという時間も惜しく。
そのままスプーンで男料理を頬張る。
実に肉じゃがとは違う味わいだが、南国風肉じゃがだと言い訳すれば、問題ないくらいには旨い。
共和国でリュティさんやクランに香辛料の使い方などを時々、興味がてら聞いていた事が大きいだろう。
カレーとは異なるが、それでも十分だ。
出汁の代わりに魚醤と香辛料というのは案外良い選択だった。
無心でスプーンによって器の小山を胃の中へ消していく。
その間にも水、水、水、全部食べ切るまで3分無かった。
「は、早ッ?! もう食べたの!?」
「とりあえず、三日分くらい喰う……」
「あ、呆れた……随分と食い意地悪いわね。貴女……」
「病人だからな」
同じものをもう一回作るとさすがにごはんは元の量の3分の1程に減っていた。
だが、それでも足りないというのが正直なところか。
パンを戸棚の籠から出して、そのまま一斤丸々一緒に持ってきて、肉じゃが丼を頬張りながら食い千切る。
「―――もう声も無いんだけど」
「声は出てるだろ」
そう返した途端。
ドバンと部屋の扉が開いて、ガタガタと三人の少女とアンジュが駆け込んできた。
その手には医療用の鞄らしきものが両手持ちされている。
たぶんは医薬品の類だろう。
「クシャナ!! エミはどうなっ―――エミ?」
「ぁあ、今食事中なんだ。後にして欲しい。三日分食べないと微妙にダメっぽい」
「だ、大丈夫なんですか!? エミ!?」
「さっき、鼻にネギを突っ込まれて、危うく呼吸困難でお亡くなりになるかと思った。それ以外は問題ない。至って、健康だ……まぁ、内蔵がちょっと普通じゃなくなったくらいだろ」
「そ、それは大丈夫なの!? エミ?!!」
「こんなに飯食ってる人間が健康じゃなくて何なんだよって話になるぞ。良かったら食べてくれ。残りは少ないけどな」
「食べてくれって……クシャナ?」
アンジュの声が妙に冷たい。
それにビクッと反応した少女が何やら言い訳し始める。
それを横目に丼を頬張り、パンを齧る。
やはり、炭水化物。
圧倒的に糖質が足りていなかったらしい。
沸々と身体が蘇っていくような感覚と気だるい満腹感が押し寄せてきて。
食べ終わった頃には少し眠たくなっていた。
クシャナはどうやら食べている間にアンジュに連れられて何処かへ行ってしまったようだ。
周囲ではこちらを見ていた三人が驚いた様子で『よく食べられましたね』という顔をしていた。
「エミ様。お体は本当によろしいのですか?」
「ああ、調べてくれても構わない。構造がちょっと変わっただけだ」
「そ、それは……エミ様なら、アリなのでしょうか?」
「一応、検査させて頂いても?」
「横になるから、その合間に頼む」
『『『畏まりました』』』
チラリと隣の器を見ると。
ちゃんと完食されていた。
寝台で横になると眠気が襲ってくる。
しかし、今度は夢を見ない。
きっと、そうなのだろうという確信がある。
膨れた腹の上から下まで何やら色々と機器が押し付けられたりしているようだったが、それも気にならなかった。
思い煩う事など無い。
人間、生き返っても、死んでいても、自分が自分じゃなくなっていたとしても、やはり……幸せな事に腹は減るのだ。
ソレが満ちれば、確かに心地良く、誰かが傍にいれば、嬉しいものなのだ。
何を言われようとも……自分にはそれこそが今きっと真理だった。
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