第123話「銃弾後男ノ娘」

 バトル漫画のお約束と言えば。

 オサレな技名と主人公チート。

 頼れる仲間達に強敵。


 そう決まっているものだが……現実はそんなに甘くない。


 まぁ、アレだ。


 敵を正義や弱い人々の為に倒してオレTUEE出来るなんて事はほぼない。


 主義主張で戦争や殺し合いをするのが人間であるからして、自分が善人ポジションで外道な事をせずにクリーンな殺人で人から感謝されるなんてのは正に夢みたいな話だ。


 少年漫画の王道らしく相手を殺さずに、なんてまず無理だろう。


 そもそも戦えば、其処にあるのは単純に積み上げてきたモノの差だ。


 其処が障害物に溢れているか。

 市街地でも無ければ、生死は刹那。


 技名を考えるのに辞典だって必要だろうし、ファンタジーじゃない“修行”なんてのはマインドセットや反射を肉体に覚え込ませたり、知識を応用する知恵以上のものではない。


 筋肉が幾ら付いても弾丸一発でお終い。

 最低限の知識と人間を殺すのに躊躇わないだけの心。

 あらゆる状況に対する反射と的確な判断。

 そんなものの塊が特殊部隊と呼ばれる人々の中身なわけだ。


 よく主人公がそういう相手に無双する漫画もあるが、それを現実でするなら、確実に天地以上、箸にも棒にも掛からないだけの実力差。


 装備や兵器の圧倒的な世代差。

 射程と威力の格差が必要だろう。


(超能力、異能力バトル系はともかく。ミリタリー系はなぁ……)


 主人公補正で銃弾が当たりませんとか。

 そもそも銃弾より速いとか。

 チートスキルで銃なんぞ効かんとか。

 そういう状態以外では常に爆発物と弾丸は最強だ。

 コストも速さも威力もこれ以上のものは無い。


 使い方一つでゾンビだって殺せるし、大抵の漫画で化け物を倒せる事が当然のように描写されるくらいには信頼も足りている。


 U・S・A、U・S・Aと叫びたくなるSFにおけるアメリカ軍とかが良い例だろう。


(ハリウッドの娯楽アクションでやられ役の特殊部隊を応援してた方としては無性に悲しい気分だな)


 極めて圧倒的な状況だ。

 周囲には十人程の歩兵がノックアウトされていた。


 いや、したのは自分なのだが、それにしても模擬戦で訓練用の銃もナイフも爆薬も使用自由。


 30m四方のビル内部で追いかけっこという極めて個人には不利なはずの環境にも関わらず。


 34名程がもうこちらの餌食になっていた。

 相手は【統合】のスペシャリスト部隊。


 格闘戦も銃撃戦も制圧テクもほぼ完璧な実戦経験有りという相手なのだ。


 なのにどうして勝ててしまうのか?

 自分が非人間的な存在であると認めてしまった影響なのか。


 あるいは単純にそういう情報が人格情報にアップデートでもされているのか。


 今や模擬演習場内部では死屍累々の有様で動けなくなった兵隊達が毒付いていた。


 クソとか。

 何なんだよアレとか。


 自分が何となくで出来てしまっている技能や技術が空恐ろしい。


 コンクリート製の瓦礫があちこちで偽爆薬と偽銃弾に仕込まれたペイントによって染められている。


 七割が制圧部隊からの攻撃で三割がこちらの攻撃によって付いたものだ。


 だが、今のところ……こちらの被害は0。

 カスリ傷一つ付いていない。


(最もヤバイのは予測能力か? 別に知りたいわけでもないのに大抵の事が次どうなるのか分かる)


 思い煩う間にもナイフを背後に投擲する。


 曲がり角から銃口だけを出して攻撃しようとしてきた歩兵の人差し指がヘニャヘニャしたナイフの刃に塗られた紅のペイントで色付き。


 周辺に複数存在する監視カメラからの映像が精査され、即座銃が撃てないよう管制側からロックされる。


 相手が驚いている合間にも一緒に後ろ手で投擲していた手榴弾が刹那、至近で爆発。


 敵歩兵がまた一人死亡扱いで凄い顔で大人しく死体役へと変貌した。


 すぐ傍にある窓から一階外に床へ置いていた爆薬を放ってから、窓枠に直立して爪先を引っ掛け、振り子のように一階の窓上の壁に身体を逆立ちしたように貼り付け。


 内部へと持っていた小銃の先を突き出して弾倉の半分程を乱射する。


 相手からの応射が来る前に顔を引っ込めた後。

 片手で半分脱ぎ掛けていた上着を取って下に落とす。


 屋内からの弾丸がそれを弾き飛ばしたのを確認して、壁面の僅かな凹凸を両手で掴み。


 その力だけで身体を浮かせ。

 二階内部へとゴキブリみたいに戻った後。

 全速力で反対方向へと素足のまま音を立てずに疾走。


 二階の窓から飛び出して、身体を捻るように回転しながら地面に着地するより速く。


 小銃を一階窓内部へ再び乱射。


 相手が硝子の盾で銃弾を凌ぎながら後退し、一階の窓から離脱しようとするところで着地し、腰の後ろに手を回して起爆スイッチを押して爆破。


 最後の一人が盛大な紅色に染まった途端、試合終了のブザーが鳴った。


(相手の射撃を一度見れば、銃の集弾率とかが即座に分かるし、弾道が見える視力や弾丸が回避出来る反射速度ってのも反則だよなぁ……)


 そのまま、パタリと後ろに倒れ込む。


 あまりの悔しさに死体役となるはずだった男が最後に放ったペイント弾が目の前を掠めていく。


(肉体の使い方がコレたぶん……やっぱり全部コントロール出来るな……拍動回数から筋肉の一本一本の力の調整、内臓すら自由自在……肉紐と比べても全然集中する必要すら無く動かすのが簡単とか……それがそもそもオカシイというか。もはや、オレ人間じゃないと再認識させられる点で凹む原因でしかないとうか……)


 まぁ、単純に言うと。

 肉体の稼動範囲とか純粋な質的スペックが相手より上。


 勘とかは米軍とかでやってたそういうアニメみたい状況予測能力の高い兵士を作る計画も真っ青。


 どっかの頭にキュピーンという予感が走るアニメの新人類や感応能力系人材みたいな確度で未来を予測する能力は反則級。


 ついでに相手の初期対応がぶっちゃけ雑だったせいで苦も無く完勝。


 此処まで使った能力は相手の行動予測と敵の現在位置を把握する為のよく聞こえる耳。


 それから躊躇無く人が撃てる心と肉体の三割を完全制御で使ったくらい。


 自律神経が行うべきところを己の意思で捻じ曲げるのだから、当然のように肉体には負担が掛かるはずなのだが、女神の身体は伊達じゃないのか。


 そういう疲れは現在もまったく感じていなかった。

 FPSで言えば、自分だけ体力の桁が違い。


 相手の動きと居場所が分かり、ついでにスキルがカンストしている状態で丁寧対応な気の抜けた特殊部隊がセオリー通り制圧している合間に大規模なアンブッシュを仕掛け、大半を撃滅。


 残りの残党も綺麗に狩りましたというところだろうか。


 銃が不利になる超近接戦から制圧部隊のいる通路を下から爆破する荒業まで。


 よくもまぁ思いつくものだと自分でも思うような戦い方をしてしまった。


 如何にその手のゲームが好きだったとはいえ。

 それでも建材の強度が叩いただけで分かるとか。

 何故かどれくらいの爆薬で吹き飛ばせるのか知ってるとか。

 狭い室内の敵を跳弾を使って蜂の巣にするとか。

 明らかに知らない知識を前提とした戦闘は普通とは言えない。


 まぁ、管制側がそれを適切に扱ってくれているから戦闘不能に出来るわけだが、それにしても死体役になった部隊の男達はかなり面食らった様子で不満タラタラだった。


 中には拳銃とナイフでタイマンみたいな事をした相手もいたのだが、そちらの方はお手上げのポーズで苦笑してから、不満顔の同僚に『お前、オレみたいにならなくて良かったなぁ』と喉、腋、太腿を的確にペイントされたのを見せ、肩を叩いていた。


『エミ。六番ゲートから戻って下さい』


 インカムからアンジュの声が聞こえて、誘導されるがままに屋内演習場を後にする。


 そこらのペイントは天井のスプリンクラーから振る雨を受けるとすぐ消えていった。


 開いていた鋼のゲートを潜って通路に戻ると。


 いつも自分を世話してくれる三人の巫女達がタオルとスポーツドリンクでも入っていそうなボトルを持ってやってきて、身体を拭き拭き労いの言葉を掛けてくれる。


 すると、その後ろの通路の曲がり角から何やらドヤドヤと男ノ娘達を引き連れたアンジュがやってきた。


 どうやら別宗派の相手らしく。

 似非巫女服姿ではない。


「エミ。お疲れ様でした」


 傍まで酔ってきたアンジュが労いつつ、そっと肩に手を触れてくる。


「ああ、それで……この二日大人しく部屋にいたオレがいきなり模擬戦に放り込まれた理由は何なんだ? 突然、特殊部隊と戦えとか……」


「済みません。本来、エミにこんな事をさせたくは無かったのですが……」


 少し恨みがましそうな感じでアンジュが後ろに付いて来た男ノ娘達の筆頭らしい相手を見やる。


「ほーん? これが女神ねぇ。爺達が言ってた通り、男っぽい。古の時代にも男ノ娘の萌芽はあったのね。きっと」


 その民族衣装の色鮮やかな事。


 金糸銀糸の花柄の刺繍を刻んだ煌びやかな一枚布を使ったサリー。


 化粧も独特で紫の色素が用いられていた。


「ヒンドゥーの?」


 傍らに尋ねると頷きが返される。


「クシャナ。クシャナ・アマルティアよ。よろしくね」


 アンジュより一回り大きいが、全体的に肉付きが薄く。

 スレンダーという形容が似合っているだろうか。

 神道の巫女が西洋人形を思わせるのとはまるで違い。

 クシャナと名乗った彼女は顔立ちはアジア系で肌は褐色。


 瞳の色は黒く。

 髪は色素が薄いのか。


 茶髪に近い少し金髪にも見えるショートスタイルだった。

 自信満々な様子と陽気な性格が現われているような笑顔。

 お転婆娘や真夏の向日葵という形容が似合いそうだ。


 眉目は整っており、アンジュ程ではないにしても、愛嬌と周囲の者達を自然と引っ張っていくような気の強さやカリスマ性が感じられた。


「それでどうしてオレがこんな場所で特殊部隊相手に模擬戦なんぞさせられたのか。アンタは知ってるのか?」


「それはアレよ。アンジュが貴女が拉致られた事はイレギュラーな事態だったとか。対策は取りましたとか。問題ありませんとか。適当な事を抜かしたから、潜入出来るか試してみたら、あっさり警備が突破出来たのよ。じゃあ、どんな対策を取ってるんだってもう一回尋ねたら、『エミは貴女が思っているよりも強い女性です』って回答が来たから、他の宗派のトップに掛け合って、じゃあ調査してみようという事になったのよ」


 チラッと金髪男ノ娘巫女に視線を向けると平身低頭。

 頭が地面に付きそうなくらいに下げられていた。


「いや、比喩表現だって分かれよ」


「分かってやってんのよ。ただでさえ、身柄やら、女神の子供の配分やら、DNA情報の解析と扱いやら、諸々全部神道が持ってったって言うのに……ちゃんと管理出来てませんなんて、当然許されるわけないでしょ?」


 呆れた様子のクシャナが肩を竦める。


「他人事だと思って……オレがサックリ事故で死ぬくらいひ弱だったら、どうしてたんだ?」


「え? 大丈夫大丈夫。死にゃーしないわよ。だって、貴女の身体って健康体だし、今日の排泄量も至って普通じゃない」


「………」


 笑顔でクシャナが回答してくれたおかげで今更に自分が管理されているのだと再認識させられた。


 言ってやりたい事は山のようにあるが、言うだけ無駄だろう。


 たぶんはこの【統合】の中でアンジュとお付だけが自分に対する扱いをまともに考えてくれているのだ。


 彼女達はいつも温和で少なくとも話が分かる部類だし。

 こちらの身柄と安全、心情的なものにも気を使ってくれた。

 そう確認出来ただけでも上々かもしれない。


「で?」

「?」


「オレは強かったわけだが、調査結果はどうなんだ?」


 クシャナが視線を逸らして、ポリポリと頬を掻いた。


「……ぁ~~まぁ、いいんじゃない? アンジュが言ってる事に嘘は無かったって事で他の宗派の連中も黙るでしょ」


 やはり、予想外の結果だったらしい。


 皮肉で嫌がらせしてみたら、現実問題として警備なんざ要りませんでしたという結論になったのだから。


「そっれにしてもまだ子作りしてないとか。結構、各宗派の中でも問題になってるのよ? 女神が渋ってるせいだって話だけど。そこのとこどうなのよ? 女神さんは」


「女神じゃない。ちゃんとした名前がある」


「じゃあ、エミって呼ばせてもらうけど。貴女は私達【統合】が保護者やってるおかげで生活出来てるって自覚ある? そろそろ貴女から諸々貸し付けたものを返してもらいたいんだけど」


「クシャナ!!」


 アンジュが声を上げるのを片手で制して前に出る。


「前々から思ってたんだが、オレの細胞を勝手に使ってクローニングでも何でもすればいいんじゃないのか? 自然受胎に拘る理由なんてあるのか? 少なくともゲノム編集技術やDNAを弄る術が存在する【統合】内で体外受精とかのノウハウが無いとは思えないんだが」


「……貴女って本当に昔凄い科学者だったんだ」

「知識っぽいのはあるが、記憶の大半は欠落中だ」


 クシャナがこちらを見据えてアンジュへ一緒に来るよう伝えて歩き出す。


 二分程付いていくと。

 地下都市が見える一面ガラス張りの通路まで来た。

 それを覗き込んでからクシャナが振り返る。


「ねぇ、昔の時代を知っている貴女から見て、この【統合】の生活ってどう見える?」


「少なくとも水準的には上回ってるところもある。と言っても、オレが見た場所だけの話だが」


「そう……じゃあ、私達の生活様式とか日常的な事柄や常識みたいなものは?」


「奇異に見えるところが沢山だな」


「私達、男ノ娘の事や【統合】の常識に付いてはもう学んだかしら?」


「いや、全体的に歴史とか旧い情報から見てるからな。まだ、其処まで到達してない」


「そう、じゃあ、幾つか教えてあげる」

「何をだ?」


 クシャナがそっと人差し指を硝子の壁に付ける。


 すると、瞬間的に壁が黒く染まり、指をスキャンした様子で何やらプラットフォームのようなウィンドウが複数立ち上がった。


「クシャナが命じる。男ノ娘の全情報を此処へ」


『完了しました』


 機械音声がそう答え、ズラリと関連しているのだろう小窓が無数に開いて長い通路の終わり辺りまで映像や画像、様々な文字列を浮かび上がらせる。


「いいわよね? アンジュ」


「……分かりました。エミ、付き合って上げて下さい。それと今回の件での謝罪は後程」


「あ、ああ」


 クシャナの周囲にいた彼女達がすぐに退いて後ろに下がる。


 横に付けると。

 何故か腕を組まれた。

 後ろでアンジュの「む」っという声が聞こえる。


「さて、ではでは、我々の歴史をご案内致しましょう。女神様」


 芝居掛かった笑みでクシャナが歩き出す。


「頼もう」


 男に腕を組まれて嬉しいという事は無いのだが、まぁ……世界は色々と複雑である。


 少し短い歴史探訪の旅はそうして始まる。


 いつものようにこの世界の真実とやらで正気が削れるのだとしても見ないという選択肢は無かった。

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