第122話「急がば回れるヲタニート」

 超エキサイティンとか。

 ヴューティフォーとか。


 何処かのゲームの効果音が聞こえてきそうなくらい個人的にはクリティカルヒットな大真実暴露大会の会場となったのはマックスウェルと名乗った老人が経営する個人店舗だった。


 何を売っているんだと聞けば、ゲノム編集系の技術を使った薬を売買しているらしい。


 相手は個人に割り振られた資源リソースと引き換えによく効くと評判の鎮痛剤やら睡眠導入剤やら癌治療薬やら個体の寿命を延ばす為の様々な薬剤を持っていくのだとか。


 それもどうやら新しい命の致死率が極めて高くなってから、商売繁盛しているらしく。


 まったく慶べないとの嘆きに偽りは無いだろう。


 装甲兵隊達は今や単なる40代から50代くらいのオッサン姿に戻って、店舗内で忙しく立ち働いている。


「まるで薬局だな」

「昔はそういうのもあったのかい?」


 店舗の奥。


 外側が僅かに磨り硝子越しに見えるソファーとテーブルしか置かれていない真白な無味無臭な部屋にカロンと香炉が置かれた。


 対面に座った老人は何やら懐から煙管らしきものを取り出すと。

 イソイソと葉を詰めて、香炉内部に差し込んだ後。

 プファーっと微妙に甘い匂いのする煙を吐き始める。


「あ、大抵の事はコレに書いてあるから、はい」


 私室で使っていたのとほぼ同じ形のディスプレイ型の端末を渡される。


「さっきからフレンドリー過ぎだろ。逆に妖しくなるレベルだぞ。ソレ」


「昔からああいう堅苦しいのは苦手なんだよ僕。この歳になれば、堅苦しいと本当に寿命縮むからね。ストレスは必要以上受けないようにしてる」


「……じゃあ、さっそく読ませてもらう。必要な事があれば、訊ねるって事でいいか?」


「ああ、構わない」


 それから一時間程はこの世界の真実とやらを色々と片っ端から目を通すのに忙しかった。


 委員会と他の国家共同体との長きに渡る大戦。


 委員会が少しずつパトロン達の意向から離れ、最終的には完全なスタンドアロンの存在として自給自足しながら、あらゆる物資の再生産、あらゆる資源の再配分によって支配領域を拡大していく状況。


 これに業を煮やした旧支配者階層の調整者達が宗教を拠り所として再編し、悪化する戦況や環境に適応する為、既存のあらゆる資源を生存の為に割り振っていく様相。


 それは言わば、世界の変化を記した真の歴史とでも言うべき代物だった。


 その中で常に言われているのは委員会の高度過ぎる技術や叡智が隔絶した影響力を持ち。


 敵である者達すらもソレに縋ってでなければ、生きていけなくなっていったという実態。


 どうやら大戦と呼ばれた戦争の中期から後期に掛けては委員会が大規模に建造した惑星規模のインフラを敵である国家共同体も様々な方法でタダ乗りして戦っていたらしい。


 超技術の保有者達と言えども、完璧ではない。


 惑星規模の影響を及ぼす力となれば、目が届かない場所や領域は色々あったとか。


 こうして戦い続けた彼らの結末は国家共同体の大規模崩壊とほぼ同時に委員会が内部粛清によって殲滅され、両者ドローというもの。


 だが、それだけでは終わらず。


 戦後も今度は委員会無き後の覇権争いが衰滅寸前の人類のあらゆる国家、共同体、組織、派閥間で繰り広げられ阿鼻叫喚。


 諸々戦争終了から数百年単位の様々な情報が欠落する空白期間が発生。


 此処で委員会の遺産を使って台頭したのが空飛ぶ麺類教団だったらしい。


「一ついいか?」

「何だい?」

「この情報、何処かおかしくないか?」

「おかしい?」


「母さんがこの世界を形作る直接の原因を作った人物だったってのは分かった。だが、空飛ぶ麺類教団の発足前に母さんは死んでたはずだ。その情報が残ってたとしても、どうして委員会の一員で死んだ人間が教団に救世主扱いされるんだ? それに委員会が母さんの身体を造ってたって事は……教団にとってそれは本来敵の旧い中核メンバーが再生されるって事だったはずだ。なのに、それをわざわざ自分達の象徴にしようってのがそもそも……」


「ちょっと待ってくれ」


 老人が煙管から口を離した。


「その口ぶりだと教団が委員会と敵対していた別組織のように聞こえるんだが?」


「……そうか。殆どの旧世界者プリカッサーやそれに近しい情報を持ってる奴も知らないのか」


「どういう事か訊ねても?」


「ああ、言っておくが、此処に書かれてる内部粛清ってのは見当違いだ。アレは委員会支配下の都市内部で興った別組織による委員会の殲滅だ」


「ん、んぅ……まさか、此処に来てまた……教団は委員会とは完全に違う組織だったという事でいいのかい?」


「ああ」


 老人が額を揉み解した。


「僕にもまだ分からないところが色々とあるようだ……我々は教団にとっての救世主がカシゲ・エミである事に疑いが無かった。何故なら、彼女は委員会の中でも最大の功労者として成功し、極めて高度な地位に就いていたはずだからだ。委員会が内部粛清で崩壊し、その生き残りが教団を運営していると推定されていた為、我々にしてみれば、カシゲ・エミは教団にとって最高の神輿として祭り上げられる予定と考えていたんだが……」


「その元情報自体が教団に欺瞞されてた可能性は?」


「んぅ……これはまた色々と齟齬が出てくる……教団は活動開始時、委員会の後継者を名乗っていた事から、状況証拠的に疑いようの無い話だったんだ……」


「委員会の後継者と言っておいた方が何かと都合が良かったんじゃないのか? 言っとくが、たぶん教団の内実的に委員会の重要度の高い遺跡関連の技術は使えなかったはずだ。オレは“双極の櫃”でそういう状況で封印されていた幾つかの力を見付けた」


「核と化け物かね?」


「ああ、アレは委員会が仕掛けて終には使えなかった最終兵器。自分達の生命線を守らせていた防衛ラインと道連れ用の自爆システムだった」


「……教団の発足当初の情報はこちらも少ない。何か我々も知らないような事情が色々とありそうだな。こういうのは本人達に訊くのが一番と相場は決まっているが……未だに教団本部から生存者が出たという情報は上がってきていない……諸々消えたか。あるいは地下に潜ったか。調べてみる必要があるだろうね」


 老人が新しい情報に溜息を吐いた。

 それからしばらくまた一人で情報を読み込もうとした時。

 店先から何やら人の声がした。


「ふむ。どうやらお迎えが来たようだ」


「まぁ、拉致したんだから、当然そうなるだろうが……こいつ貰っていってもいいか?」


 端末に目をやると頷きが帰る。


「君以外には起動出来ないよう初期設定しておいたから、構わないよ。使ってる最中は周囲に人がいないか気を付けてくれればいい」


「分かった。じゃあ、ありがたく頂いていく」


『オイオイ。あんまり手間ぁ掛けさせないでくれよ』


 外からは何やらドンガラガッシャンと何かの罅割れる音と男の声がする。


「ゆっくりと考えればいい。まだ、時間はある……」


 煙管を閉まって立ち上がったマックスウェルが磨り硝子の扉を開けようとした時。


 店舗内が騒がしくなり、内側に扉が開かれた。


「マックスウェルのご老体!! アンジュ様の客人を浚うとはどういう了見だ。今のアンタはただの隠居したジジイであって、【統合】のお偉方じゃないんだぞ? せめて、一声有っても良かったんじゃねぇか?」


 何やら上半身裸で下半身の蒼い着流しを帯で閉めただけの和装をした二枚目。


 三十代後半くらいだろう顎に無精髭を生やした何処かヤンチャな顔付きの男が呆れた様子で老人を見ていた。


 全体的に見ると兄貴とか呼びたくなる感じだろうか。


 金のざんばら髪をピンで止めて視界を確保している以外は細マッチョ外人オヤジという感じか。


 腹筋の割れ具合やら厚い胸板やら女性の視界でなら、選り好みはありそうだが、極めて魅力的に映るかもしれない。


「おお、ユースケか。これは良かった。そろそろこちらのご婦人もお帰りだ」


「チッ、相変わらず喰えねぇジジイだな……アンジュ様が今、宗派間調整で忙しいって時に厄介事起こしやがって……玄孫くらい大事にしてやれよ」


 溜息一つ。


 ユースケと呼ばれた……普段は遊び人で仕事は奉行とかしてそうな感じの男が目を細めこちらをチラリと見た。


「女神さん。お初にお目に掛かる。オレは神道最上層の警備を預かるユースケ・ベイ・カロッゾ。この層の番人兼防衛部隊の隊長みたいなもんだ。アンジュ様が心配していなさる。一緒に来てもらうぜ」


「構わない」


 とりあえず老人に頭を下げてから扉に向かう。

 すると、後ろから声が掛かった。


「また、来なさい。今度は僕の取っておきのお茶をご馳走しよう」

「だから、そういう勝手なの止めろって。はぁ……」


 ユースケと名乗った男が溜息を吐きながら踵を返す。

 外に出てみると。

 何やら店員姿の男達が疲れた様子で整列して敬礼していた。

 主以外の相手だ。


 それでもそんな挨拶をする程度にはユースケとやらは偉いらしい。


 衣服のあちこちが破けている事から一悶着あったのだろうが、殆ど男達の声がしなかった事から、無言で立ちはだかったのだろう事は想像に難くなかった。


 店の外に出ると。


 何やら人集りが出来ていたが、ユースケが『見せもんじゃねぇ!!』と言う片端から男ノ娘達がきゃ~と何故か嬉しそうに逃げていき。


 ムサイ男連中は敬礼するやら、また今度飲もうぜやらと声を掛けてくる。


 どうやら部下はいないらしい。


 ユースケに連れられるまま通路を歩くと来る時は分からなかった階層の様子が少し分かった。


 恐らくは統治層に近い人々ばかりなのだろう。

 誰も彼もが妙に洗練されているというか。

 微妙に立ち振る舞いが優美だ。

 正しい姿勢と立ち姿。


 それだけで結構人間違って見えるものだが、それにしても仕草やら何かを遠目にする様子だけでも上流という感じがした。


「でぇだ。女神さん。アンタに一つ訊ねたい」


 こちらを後ろにしたまま。

 ユースケが訊ねてくる。


「何だ?」

「あのジジイに何吹き込まれた?」

「世間話を少々」


「世間話ねぇ……悪い事は言わねぇ。あのジジイにあんまり関わるな」


「どうして?」

「お前さん拉致されたんだぞ?」


「お世話の子が眠った後。世間話に誘われて付いていっただけなんだが」


「……まぁ、いい。そうだとしても、だ……あのジジイと話して分かっただろ?」


「何が?」


「ヤバさだよ。身元も血筋も立派なもんだが、今は何処の宗派からも離れて部下連れて隠居生活。だが……あのジジイが事実上【統合】の人間の身体を弄くってる連中の頭だ。解剖されてないだけマシと思え……」


「分かった」


「本当に分かってんのか? やれやれ……今日の散策はこれで終わりだ。しばらくは缶詰にされる事を覚悟しておけよ。アンジュ様にこれ以上要らぬ心労を掛けたら、オレがただじゃ済まさねぇ」


「それは個人として?」


「オレはアンジュ様の下僕みたいなもんだ。主人が幾ら大切にしていても、それが主人にとって害悪なら、容赦なく噛み殺す」


「自分が処分されるとしても?」

「無論だ」


 随分と気合の入った部下だと思いつつも、少しだけ相手に好感が持てた。


「しばらくは大人しくしておくから心配しなくてもいい」

「しばらく、ねぇ……」


 話している間に最初に抜けてきたゲートへ続く道へと戻ってきた。


 何やらゲート前にはお世話係りの巫女少女達が平身低頭でアンジュに頭を下げている。


 それに何も言わず。

 ただ、静かに目を閉じて待つ最後の巫女は微妙に幽玄。


 いや、確かに誰かの上に立つだけの資格を有しているように見えた。


 近付いていくとその瞳が開かれた。

 そして、パッと華が咲くように安堵の笑みが零される。


「アンジュ様。連れて参りました」

「よくやりました。ユースケ……感謝します」

「いえ、そもそも警備の手落ちでしたので、謝らねばなりません」


「お爺様の部下は優秀です。きっと、起きたエミに興味があったのでしょう。ご苦労様でした。引き続き周辺の警護をお願いします」


 ザッとユースケが顔色一つ変えず敬礼して、階層へと再び降りていく。


 だが、きっと今背を向けている男が褒められた犬みたいな状態なのは何となく分かった。


 先程の会話から心底アンジュに心酔しているのは明らかなのだから。


「大丈夫でしたか? エミ」

「ただ、世間話に誘われただけなんだが……」


 こちらの話にホッとした様子でイソイソと近付いてきた巫女少女が手を取る。


「お爺様はこの【統合】においては隠居したとしても未だ強い発言力と権限を持つ大御所です。また、宗派の垣根を越えて派閥を形成している珍しいお方でもあるので……あまりエミが近付くのはよくありません……申し訳なく思うのですが、今後はお爺様に一人で付いて行くような事は出来れば……」


「分かった。そういうのは控える。それと其処で頭を下げてる子達は悪くない。寝てるのを置いていってオレの方が悪いと思ってるくらいだ。あんまり責めないでやってくれ」


『『『―――ッ』』』


 お世話の少女達の身体がピクリと震えた。


「……分かりました。お咎め無しとは言えませんが、しばらく個人割り当ての資源リソースを減らすだけに留めましょう」


『『『も、申し訳ありませんでした!! アンジュ様!!』』』


「とりあえず帰りましょう」


『『『はい!!』』』


 どうやら丸く治まったらしい。

 元の部屋に戻る途中。

 ふとアンジュがこちらを見上げていた。


「どうかしたのか?」

「お爺様からその……私の……アンジュの事は?」

「ああ、訊いた。玄孫だって言って、コレくれたぞ」


 制服の上着ポケットから写真を取り出す。

 すると、巫女少女の顔が真っ赤に染まった。


「こ、ここ、これは頂いておきますね!!」

「あ、ああ、構わないが……その、恥ずかしい、のか?」


 珍しい。


 何時も落ち着いた様子で話すはずのアンジュの慌てる様子に思わず訊ねてしまう。


「~~~だ、だって!! お、お爺様は今ああいう姿ですから!! で、でも、アンジュは違いますから!! 死ぬまでこの姿ですから!!」


 何やら祖父の姿と自分を比べられたくないらしい。


「そ、そうか。まぁ、昔の姿がアンジュに似てたのは驚いたが……別に比べたりしないから、気にするな」


「うぅ……その、お恥ずかしいところを……エミ……少し……こうしてていい?」


 ちょっとだけ、腕に頭を付けて、恥ずかしさを紛らわせている少女の愛らしさはかなりのものだ。


 近頃はフレンドリーになってきて、口調が砕けたりするところも見せてくれるようになったのだが、こういうところはやはりまだ歳相応なのか。


 まるで妹が出来たようだなぁとポンポン頭を撫でた。


「~~~エミはズルイです」

「えっと、何が?」


「閨で夜伽をしようとしたり、子作りしようとすると逃げてしまうのに……こうして普段は……優しくて、温かくて……毎晩、この子達が我慢してるのには頭が下がります……」


「……発言は控えさせて貰う」


 まったく、エロ漫画常識やら貞操観念の低さやら……どうせ、ロクでもない理由が背景にあるのは何となく察せられるというのに……相手は男ノ娘だと言うのに……男って単純な生き物だなぁ……と、染み染み思う。


 しかし、可愛いものは仕方ない。


「アンジュ。お前がオレを守ってくれてるのは凄くありがたいと思ってる。好意を向けてくれるのも嬉しい。理由があっても、そういう風に言ってくれるのは本当に恵まれてるんだと思う」


 こちらの言葉に嬉しそうな顔が向けられた。


「だが、こっちにも色々とあるんだ……だから、しばらくそういうのはまぁ……本当に切羽詰るくらいまでは遠慮させてくれ……だが、誰かの命が掛かったり、お前に背負い切れないくらいの負担を掛けたりする事になるなら……その時は言ってくれると助かる。そうなったら、ちゃんと考えるし、一応……心の準備はしておく」


『『『……良かったですね。アンジュ様』』』


「あ、貴女達!?」


 後ろの少女達が何やら涙目でウンウンヨカッタヨカッタと互いに頷いていた。


 エミは何やら赤くなった様子でこちらから腕を放して髪を弄りながら顔を伏せてしまう。


「エミはやっぱり……ズルイです……」

「悪いな。性分だ」


 前よりは近しくなっただろう。

 それが良い事なのかどうかは分からない。

 もしかしたら、残酷な話なのかもしれない。

 そもそも自分を偽っている身。


 時が来れば、本当の名を名乗る必要も出てくる可能性は確実にある。


 その時、この少女の顔が哀しみや失望で歪んでいなければいいと思うのは……それこそ我侭、ズルイという事になるのだろう。


 だが、そうだとしても、今しばらくは落ち着いた環境で交流していたいと思った。


 別に人助けをしているつもりは無いが……関わった人間が現実の前に磨り潰されていく様子などヲタクは見たくないのだ。


 バッドエンドもビターエンドもトゥルーエンドも要らない。


 そんなのは御呼びじゃない。


 ほんの小さな結末が、幸せな結末が、傍らの人にやってくるまでニートのやるべき仕事はきっと終わらない。


 それが自分の居場所から遠ざかる事になるのだとしても、好意を向けてくれる相手くらい守れなくては自分を男だなんて言えないだろう。


 これこそカシゲ・エニシの本音に違いない。


 ただでさえ、今は女モノの下着を拒否したせいで可愛い花柄の褌を少女達にきゃっきゃっ興奮されつつ……毎日、絞められているのだから……。


 少しでも男扱いしてくれるよう頑張る事は本当に心底切実な問題なのである。

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