第13話「この樹、何の樹、遺跡の樹」
この数日間、ヒシヒシと感じられるのは夢の国の住人は人の意識を刈り過ぎだという事だろう。
少なからず。
身体に悪影響が出そうな頻度での失神ばかり経験している気がする。
こっちは体力の無いゲーマー。
勘弁して欲しいのだが、ギャルゲー時空張りに美少女だの美幼女だのが邪悪な笑みで登場するものだから、場の雰囲気に流されまくっている感は否めない。
瞳を閉じたまま。
周囲の状況を探ろうとして、不意にギュッと股間を直接素手で握られた。
思わずビクッと震える。
仕方ないだろう。
重要器官の危機に反応しない男なんていない。
「おお、やっぱり起きたでござるか。縁殿」
薄っすら目を開けるとニヤニヤした口元を隠しもしない幼女がいた。
「手を引いてくれると生理的に助かる」
「んふふ♪ やっぱり、立派でござるなぁ。縁殿の此処は」
「セクハラ幼女め」
「せくはら?」
「何でもない」
パッと離れて未だに手をニギニギさせている百合音が立ち上がる。
身を起こし、左右を見回すと何やらコンクリート製らしき部屋である事が分かった。
壁の隅に幾つも行灯らしきものが置かれていたが、それにしても妙に明るい。
部屋の片隅に未だ倒れているフラムが息をしているのを見つけて、内心で安堵の溜息が零れる。
「で、此処がNINJIN城砦とやらなのか?」
「その通り。此処はそもそもが大昔の遺跡に数百年前作られた代物でござる。地下があるのは分かっていたが時の将は単純に城砦に使う為の堅牢な壁を欲していただけに過ぎず。殆ど手付かずだったんでござるよ。半年前までは」
「遺跡の壁が目的で中身なんて気にもしてなかったと」
「物分りが良くて助かる」
「で、半年前に何か見つかったのか?」
「うむ。兵が脆くなっていた床を踏み抜いて地下への新しい入り口を見つけてな」
「そこで骨董品が見つかったわけか」
「ふふ、後ろを見てみよ」
「はッ?」
振り返った瞬間。
―――おいおい。
そんな言葉が自然と零れた。
問答無用で顔が引き攣る。
部屋だと思っていた前方とは違い。
後方は部屋ではなく。
巨大な工場。
もしくは倉庫にも見えた。
大型クレーンが複数天井に設置されている。
妙に明るかったのは……幾つか大型ライトが真上から施設内を大規模に照らしているからだ。
だが、問題は其処ではない。
思わず唾を飲み込んだ理由は至って単純だ。
大型トラック。
雪上車。
兵員輸送車。
榴弾砲。
油圧ショベル。
レーダーを複数搭載した指揮車両。
中にはどうにも見覚えがある日本の新世代戦車も複数両。
どれもこれも大量の埃を被っており、非常に劣化して錆付いている様子で静かに沈黙している。
ガラクタ。
そう言ってしまっていいだろう。
しかし、問題はソレが存在するという事自体なのだ。
現在、パン共和国の技術レベルが見た限り1920年代から少し上くらいだと仮定すれば、其処にあるのは八十年以上先の装備品のガラクタという事になる。
地下のあちこちでは発掘要員らしき人々が埃を払い掃除しており、和装に白衣姿の研究者らしき 姿も複数確認出来る。
何やら彼らは帳面らしきものに筆を奔らせていた。
「これが骨董品でござる。細々としたものは殆ど運び出したが、錆付いている大型の輸送車両や兵器類は運ぼうとして壊しても勿体無いでござろう?」
「………」
「その顔を見て確信したでござるよ。知っておるな? 縁殿は」
「………何が知りたい」
「此処にあるモノの名前や性能。あるいは分かっている情報を洗いざらい」
「いいだろう」
「物分りが良い男は好きだが、情報を安売りしていいのでござるか?」
「言わなかったら、どうせ薬か拷問だろ?」
「然り。ただ、拷問なんてしないでござるよ。縁殿には」
「話せるだけ話す。だから、フラムには手を出すな。この約束を守れるか?」
「羅丈というのは陰謀上等、嘘も方便、平気で人も殺そう。だが、約定を違える事決して無く。その約定が求められる理由を別の方法で害する事も無い。少なくとも、主上……国王陛下の命が下らぬ限りは……」
今までとは打って変わって百合音が真面目な顔となっていた。
「でも、約束する必要もない事もあるんじゃないのか?」
「んむ。その通りだが、そなたに対しては約束くらいしよう。EEが助けに来る程の重要人材であるそなたには、な」
表情も無く。
そのはしばみ色の瞳が心の底を覗き込むように見つめてくる。
(お見通しか……これは本格的にマズイな。もし、此処から無事に共和国へ帰れても目を付けられる事は確定的、と)
ツカツカと施設に続く階段の前まで歩いた百合音がクルリと振り向く。
立ち上がって埃を払えば、然して問題なく四肢は動いた。
擦過傷や打撲の鈍痛は未だ静かに身体を蝕んでいたが、自然と治るだろう。
走れるだろうが、地下施設を地図も無しに逃げるのは無謀。
フラムも置いていけない。
となれば、協力するしかない。
だが、それにしても情報を引き出そうとしているにしては静かに百合音は待っていた。
「では、本命の方に行こうか」
「本命?」
「縁殿よりも価値があるかもしれない骨董品が見つかったのでござるよ。最深部に入っている部隊からの連絡ではおかしな代物であるとか」
「フラムを一緒に連れて行け。それくらいの事はしてくれると口も軽くなりそうだ」
「良かろう」
パチンと指が弾かれ、何処からとも無くキャピキャピした声がやってくる。
「どう致しましたか。羅丈様~」
やってきたのは黒い外套姿の百合音の部下達だった。
その手には何やら工具らしきものや計測機器らしき目盛りの付いた器具が握られている。
「そのEEを運ぶでござるよ」
「了解しました~」
長い鉄製の階段を下りていくとやはり明らかに現代日本が誇る最大戦力。
自衛隊のものだと分かる。
外装や細かい部分は何も分からないが、形が残っているというだけでも十分だ。
「どれもこれも木偶人形共の武器に似ているが、もしかしたら……あの国も同じような遺跡を見つけていたのかもしれないでござるなぁ」
「……一ついいか?」
「何でござろうか?」
足音がコツコツと木霊する空間を歩きながら、黙っていようかとも思ったことをやはり訊ねる事とする。
「此処の兵器の情報を使って、同じようなものを造る気か?」
「それは一応、軍の技官達が既に始めているでござるよ」
「あ、それ秘密だったんじゃ……」
後ろから部下の声が上がるものの、百合音は構わないと言いたげに言葉を続ける。
「まぁ、十中八九。戦争中には何も形にならんとは思うが」
「あ、それも言っちゃうんですか」
部下達の声は全無視で奥へ奥へと進みながら、美幼女は何処か遠くを見ていた。
「技術の蓄積が違う。我らがそれに追いつくのは数年あれば可能だろうが、数年の間に戦局どころか。戦争自体終わっていよう」
「そういう理性的な計算は出来るんだな」
意外と言えば、意外だった。
相手に先んじる兵器の情報を前にしても冷静というのは中々にして難しいはずだ。
それが戦局の厳しい時ならば、尚更に。
「無論、将を諌める者が将より無智では締まらんでござろう?」
「それはそうだが……」
「我が国の工業力は精々が共和国の6分の1程度。鍛冶達が幾ら頑張っても、共和国の装備の物量は如何ともし難い。しかし、そなたがこの寂れたガラクタ達の事を詳しく語れば、状況は好転する兆しとなる」
「先に言っておくが、オレは大体の事しか知らない。そもそもオレは戦う類の人間じゃないからな」
「それは承知している。だが、攻略法とか知らぬでござるか? 縁殿は」
「……そういう事か」
「我が国は人こそを戦術の要とする。共和国は技術に裏打ちされた兵器によって戦略的な勝利を指向する。ならば、そのギャップを埋めるものは敵の使う兵器や戦術に対する思考や経験則、情報に基いた的確な対応。我が国にも優秀な軍師はかなりいると自負しているでござるが、それだけではどうしようもない状況もある」
「オレに弱点を聞きたいわけだな」
「それを知らずとも、弱点になりそうな情報でも構わない。また、新たな兵器類が出るより先に対抗策を練っておくのもいい」
「どうして、オレがそれを知ってると思ったんだ?」
「この骨董品達と一緒に出てきたから、というのもあるが……何より第一印象でござろうか」
「第一印象?」
「そなたはこの世の者ではない」
「―――」
「それが少し観察した結果、第一印象でござるよ」
「どうしたら、そんな話になるんだか」
「ん~~純粋に立ち振る舞いのようなものがどうにも我々の知る人の範疇には無い気がした、と言えば適当でござろうかな。あの状況で男が据え膳食わぬなんて、聖人君子かソッチの気があるとしか思えなかったというのもある」
「聖人君子やソッチの気かもしれないだろ」
「しっかり、反応しておったように見受けられたが?」
「う……」
鋭い観察眼に反論出来ない。
高校生男子はデリケートだと言うのに遠慮ない攻撃はトラウマになりそうだった。
「それに聖人君子という割りには話していて面白くもある」
「面白い聖人君子という可能性もある」
「ふふ、そうでござるな。だが、某はそなたを今の人の世の中には見つけられない類の相手だと感じた。それが全て……故にこの遺跡にもまた連れてきたのでござるよ……お、見えてきたぞ」
長話の末。
施設の端まで来ると。
爆破されたらしい煤けた扉が一つ置かれていた。
その先に歩を進め、1分程歩く。
やがて、先程の施設程ではないにしても、15m四方、正方形状の空間に出た。
「………培養槽? 何処のホラーゲーム。いや、SF入ったファンタジー系にありそうだな」
施設の中央。
完全に罅割れて液体の後も見当たらない円筒形の硝子で出来た物体が存在していた。
それは完全に何処かのファンタジーやSFにお約束な人造生命やら実験体やらが入っていそうな代物で思わず「ゲームかよ」とツッコミを入れそうになる。
内部には枯死したらしき植物、だろうか。
天井と床に繋がったままの固そうな褐色の有機物の成れの果てのようなものが鎮座していた。
「これがオレより価値のある骨董品か?」
「ああ、見つけた部隊が言うには新しい食物の可能性もあると。ま、実際に何なのかはまるで分かっておらん。ここよりも下層にまだ幾らも部屋があるらしいが、何分こちらの発破が弱くてな。抉じ開けるまでまだまだ掛かるという話でござる」
「オレはこの容器自体には見覚えがある。というか、同じようなものを物語の中に知ってる」
「ほう?」
「この割れた硝子が完全なら、内部にはこの枯れた何かと薬液。まぁ、生理食塩水とかよく分からない液体が入ってる可能性が高い。それは中のものを培養、生かして増やしたり、調整する為のものなんだ……これが実際のところ何かはまるで分からないがな」
「培養、培養……ふむ。そう言えば、この奥には何やら液体を貯める甕のようなものが並んでいたとか」
「たぶん、それがこの硝子の中に入ってたんじゃないか?」
「では、それをこれに掛ければ、元に戻るでござるか?」
「さぁ」
百合音が天井のライトに照らされた枯れ木を繁々と見やり、そっと指先でなぞろうとして、ピッと赤いものが散った。
「鋭いでござるな。ただの植物にしては……」
指先から血が一滴、樹木に付いて。
手を引いた彼女が再びこちらを向いた瞬間だった。
樹木のほんの僅かな変化が分かった。
何かマズイ。
色が少し変化したような程度の異変だ。
しかし、ゲームではよくある話。
培養槽に入ってるモノなんてロクな代物ではない。
咄嗟に手を引っ張った。
刹那、何か細長いものが植物から伸び。
トスッと肉に突き刺さる音がする。
「ぁ……?」
振り返れば、全員の背後。
どうやら呼びに来たらしい四十代の兵士らしき相手が一人。
和服と洋装の中間。
カーキ色の羽織と袴にも似たズボン姿で。
己の胸に突き立つものを凝視していた。
(ゾンビゲーやホラーゲームのやり過ぎだなオレ)
此処に来てクリーチャーっぽいものが現れるなんて話は到底、受け入れられるレベルを超えている。
ギャルゲーをしていたら、何時の間にかゾンビを撃ち殺すFPSが始まるのと大差無い展開。
自分の頭がどうなっているのか真剣に考えるべき事態。
(まだ死にたくはないんだが、厳しそうだ)
何かが吸われる音が、室内には響き始めていた。
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