第14話「触手プレイ(物理)」

 胸と本体を繋ぐ細い植物の槍がサァッと鮮やかに色を変えていく。

 いや、取り戻している、と言うべきか。


 その色の変化は本体に到達した時点で一際大きくなり、それと同時にこの世のものとは思えない絶叫と肌が急激にかさつき、老人のように皮膚が枯れていく男の姿が映った。


「これだからホラーは!!? 逃げろッッ!? 何かマズイ!!」


 咄嗟に腕の中に引き寄せた百合音が目をパチクリとさせてから、サッと背後を振り向き。

 その変化していく植物。

 仄かに桜色となって体積を取り戻していくソレに懐から取り出した銃を向けた。


「切断でござる」


 命令された瞬間にはフラムを抱いていた女達の一人が小刀で男の胸に突き刺さる今や肉とも見える細長いソレを切り裂いている。


 だが、男は崩れ落ちて既に事切れいてるのが誰の目にも分かった。


(オイオイオイ?! これは!!? 洒落にならないぞ?!!?)


 膨れ始めた本体が天井から床下まで完全に色を取り戻し、脈動を始める。


「逃げた方がいい!!? 何が何やら分からない内に死にたくないだろ!?」

「EEと縁殿を連れて退避」


『了解しました。羅丈様』


「もしもの時の為にセットしておいた爆薬を使う羽目になるとは……いやはや想定外でござる。何が目覚めたのか知らぬが、人死にを出す得たいの知れない何かなんてお呼びでござらんよ」


 本体から再び肉色の槍の如きものが複数勢いよく飛び出す。

 が、途中で銃声が響き。

 拳銃の弾丸に抉られて殆どの槍が弾け飛んだ。

 百合音と他全員が黒光りするリボルバーから硝煙を立ち上らせている。


殿しんがりは某が務める。EEと縁殿に付いている者以外は全員で研究者達と工員を避難させるでござる。良いな」


『了解致しました。羅丈様』


 そのまま対峙したまま後ろに下がって背を向けると。


「走るでござる!!」


 促されるままに通路を戻る事となった。

 横にはフラムが未だ意識を失った様子で女達の一人に抱えられている。

 背後からは銃声と金属音。

 二十秒程走っただろうか。

 元の兵器の座する施設内部まで戻ってくる。

 背後を振り返れば、百合音がすぐ出てきた。

 その手には何やら白いボタンが握られている。

 奥から化け物が追ってくる気配。

 しかし、それが姿を現すよりも先にカチリとボタンが押し込まれた。

 ドンッと爆風が通路から吹き出す。

 通路途中の壁面が弾け飛んだのか。

 土埃が出入り口から濛々と噴出し始めた。


「ふぅ。これで追ってこられなくなればいいが……縁殿、本当にアレが何か知らないのでござるか?」


「ああ、知らない。オレが知ってるのはああいう培養槽の中にはロクなものが入ってなさそうだって事だけだ……」


「そなたにとってもアレは普通ではなかったという事は理解した」

「アレ、何に見えた?」

「……肉で出来た樹、でござろうか」

「同感だ。その上、人間を吸ってた……」

「はぁ、怪物とでも言うべきか。アレも遺跡の兵器の一つなのかもしれないでござるな」


(自衛隊に生物兵器なんて有るわけない。そもそも、あんなのは現実だって創れないだろ。ウィルスや細菌系の兵器ならともかく。どっかのゲームに出てきそうな兵器なんて可能なわけあるか。そもそも枯れてたのが血の一滴から再生なんて冗談の部類だ。いや、アレがもしも乾眠の類だとすれば無理やり納得出来ないでもないが、既存の培養可能な細胞であんなの出来るわけない。そもそも筋肉なのか? 反射じゃ胸のど真ん中貫くなんて不可能なはず。ならソレを動かす脳が……脳? いや、待て!? アレがもしも生物の類だとしたら……脳があるんだと仮定したら?!)


 ゾッと背筋を凍らせたのも束の間。

 バリッと金属が裂ける音と共に天井の一部のダクトらしきものが真下に吹き飛ぶ。

 見上げれば、其処にはウネウネと複数の肉の触手が揺らめいていた。


「クソッ?! 一気に脱出ゲーム臭い演出か!? フラム!!」


 未だに担がれている美少女の頬を容赦なく張る。

 後で文句を言われようが、此処から自力で逃げられなかったら死ぬのだ。

 誰かに担がれていたのでは途中で置いていかれる可能性もある。


「起きろ!! 死にたくなかったら!!」

「ん~~んぅ~~ん~~」


 顔を顰めて魘された様子で未だ起きない寝坊助の耳元にたぶん最も最適な言葉を投げ掛ける。


「リュティがお前の両親連れてきたぞ!!?」

「亜sfgjkl;rwvぇw!?!?!」


 意味不明な悲鳴を上げて猛烈な勢いでバタバタし始め、地面に落とされる。


 すぐに起き上がって、左右を確認した美少女は、こちらを見つけ、ガッと胸倉を掴んできた。


「リュティは何処だ!? 私が止めに行くッ!!?」

「強い睡眠薬を使ったはずなんでござるがなぁ……」


 呆れた視線を向けてくる百合音の声にハッと自分の境遇を思い出したらしく。


 咄嗟に懐の銃を抜こうとして、当然のように没収されていると懐に手をやって気付いたようだ。


「な、何がどうなっている!? 貴様、やはり寝返ったのか!?」

「今はそんな話してる場合じゃない。アレ見ろアレ!!」


 天井を指差して、フラムがそちらを向き、そのウニョウニョと這い出しつつある触手の群れに血の気を引かせた。


 どうやら、触手は女性の敵という生理的嫌悪は如何に夢の世界だろうとも共通らしい。


「な、ななな、何だアレは!? まさか、公国の新兵器か?!!」

「とにかく!! アレが人を殺した!! 巻き込まれたくなかったら、さっさと此処から逃げるぞ!!」

「わ、分かった。何が何やら分からないが、アレに襲われるよりはいい……今はその言葉に従ってやる……」


 そう言っている間にも今まで蠢いていた触手の一つが目にも留まらぬ速さで伸縮し、ザクリと逃げ出していた研究者の一人の腕を貫いた。


 獰猛さを発揮し始めた触手が一斉に四方八方に向かって伸びてくる。


 その様子は先程までと違って胸のど真ん中を射止める事は無かったが、それでも十分に人を殺せる威力を発揮して、複数の犠牲者が傷口から吸われて干からびていく。


 階段を昇った先にある先程までいた出入り口には人が殺到していた。

 それを狙ったか。

 触手達の大半も犠牲者を吸い終わった途端にそちらへ向かっていく。


「あっちは触手の数が多い。こちらから行くでござるよ」


 出入り口は一つではないらしい。

 百合音が示したのはすぐ数m先にある小さな鉄製の扉だった。

 既に退路を確保しに向かった部下達が通路内は大丈夫そうだと手を上げている。

 それに向かって全員で走り、扉を潜ると。

 背後で部下が扉を閉め。

 そのまま後ろから合流して全員での脱出劇が始まる。

 通路の電灯は明滅していたが、先の先までハッキリと見えている。

 たぶん五十m近くを走っただろうか。

 曲がり角から先に見える扉の上にはEXITの文字がデカデカと刻印されていた。

 走り抜けて扉を開けば、内部は薄暗いものの。

 機関室のようなバルブやらパイプやら計器類が複数備え付けられていた。

 すぐ傍の壁には10m以上はありそうな梯子が一つ。

 脱出用なのか。

 常用のものなのか。

 とにかく今はありがたいに違いない。


「この上に昇る梯子の先は城砦の壁内側でござる」


 その百合音の言葉にまだ寝ぼけた様子でフラムが目をキラキラさせた。


「むっ!? そうなのか。よし、そこから共和国に帰―――」


「れない。そもそも武器も無いのにどうやって逃げるんだ? 武器があっても多勢に無勢だろ」


「ぐ……」


 ツッコミに儚い希望を打ち砕かれた美少女が恨みがましい視線を向けてくる。

 しかし、その間も惜しいと全員で梯子を昇り始める。


「上に出たらどうすればいい?」


「とりあえず、軍の指揮をやってる司令部に連れて行くでござるよ。そこで安全そうなら捕縛。もし此処の放棄が判断されたら、公国側の領地に、という具合か」


「分かった」

「うぅ、敵に捕まるなど。このフラム一生の不覚」

「死ぬよりマシだ。軍人だって命令も無く死ぬのは不本意だろ」

「それはそうだが」

「言ってる場合ではないでござるよ。ほれ、下」

「ひッ?! 本当に一体何なんだアレは!?」


 見れば、機関室内部にもう触手が入り込み始めていた。


 フラムは生理的な嫌悪感に苛まれている様子でおぞましいと言わんばかりの顔をして、梯子をガムシャラに昇り始める。


 そうして百合音が梯子の上にあるパイプを押し開けると同時に何やら銃声と悲鳴と怒号と諸々混乱した様子の人々の声が聞こえていた。


 何とか全員で地下から這い出せば、外は夕暮れ時。

 どうやら触手の攻勢に度肝を抜かれたらしく。

 軍の動きは鈍い。

 バタンと触手が昇ってくる前に丸い鉄の蓋が閉められる。


「どうやら情報が錯綜しているようでござるな。やれやれ、これではこの隙に攻められ―――」


 城砦の外から馬の鳴き声が多数。

 更にエンジン機関の排気音が猛烈に響いた。


『うぁああああああああああ!? アレは何だ!? ざ、塹壕が!? 奴ら塹壕の上を鉄の馬車で越えているぞおおおおおおおお!!?』


 3階建てらしい城砦の上の方からの引き攣った声が絶叫する。


「おお!! ようやくアレが投入されたのか!?」


 フラムがこんな状況だと言うのにまるで助けが来たと言わんばかりに目を耀かせた。


「何か知ってるのか?」


「対塹壕戦の特殊馬車が完成しているという話だ。私も設計図を一度だけ見せてもらった事がある」


 それを聞いて百合音が憂鬱そうな顔になる。


「……マズイでござるな」

「ああ、マズイな」

「?」


 フラムは何故にこの野蛮人もそんな顔になっているのだろうかという疑問符を頭に浮かべていた。


「この状況下だとどっちも損すると思わないか? 極悪幼女」


「某の事は百合音で結構。一部、同意する。我が軍は撤退すれば、被害は最小限であるが、此処の遺跡を明け渡す事になる。共和国側は倒せるかどうかも分からぬ敵と城砦内部での屋内戦となる。勿論、そちらが倒せぬ場合は化け物が城砦を取り、双方共に痛手となる」


「あの化け物を倒せないだと? 何を言っている。銃弾に爆薬があれば、破壊出来ないものなど何もないと相場は決まっている」


 何を馬鹿な事を……と。

 鉄と火薬の信奉者は盲目的な火力主義を唱える。


 爆薬でルート破壊出来ないって言ってただろ、とのツッコミを飲み込んで溜息が口から漏れた。


「兵士って基本的に脳が筋肉なんだよなぁ、ホント」

「ま、木偶人形に考えろという方が酷でござるよ。縁殿」

「な!? わ、私を無能呼ばわりするつもりか?!!」


 思わずフラムが顔を怒らせる。


「倒せるかは問題じゃない。倒せるまでに何人死ぬかが問題だ」

「それ程に強いと言うのか?」


「さっきの光景見てただろ。敵は屋内の何処から攻撃を仕掛けてくるのか分かったもんじゃない。その上、触手を破壊されても本体は無事。本体に辿り付くまで触手を延々と掻い潜るつもりか? 掻い潜れる速度だったか? 野戦ならともかく。敵の本体に攻撃を集中させるにも屋内じゃ限度があるだろ。持ち込み出来る火器で火力が足らなかったら死ぬ未来しか見えない」


「う?!」


 理詰めで語られると弱いらしい。


「……ついでに言うと人間を食って元気になってるあちらさんに大量の餌を与えて、大人しくしてると思うか? 手に負えなくなったら、終わりだ」


「じゃあ、どうすればいい!! もう此処に共和国の突入部隊は迫っているのだぞ!! 今から化け物がいるから攻めるのを止めろとでも言うのか?!」


 逆切れ気味の反論だった。


「尤もだ。でも、やりようはある。百合音」

「何でござろうか?」

「あの化け物を屋外に引きずり出せないか?」

「どうするつもりでござるか?」


「アレが常識的な範疇の生態を持ってる生物なら殺す方法くらい考え付く。だが、その方法が効くかどうかは諸々の状況を作れるかどうかに掛かってる」


「ほう? つまり、アレを殺す算段があると?」


「此処で何も分からず部下と仲間を化け物の餌にするか。それともまともな戦争するか。どっちがいい?」


「……釣り出す為の生贄が必要でござろう」

「出来れば、死人が出ないようなので頼む」


 その言葉にジッと見つめてくる瞳がニコリとした。


「良かろう。命を救われた恩、自らの失態、そのカクリヨの知恵に賭けてみようではござらんか」


「幽霊扱いかよ。とにかく今から言うものを集めて、相手に打ち込めるようにしてくれ」

「心得た」


 頷いた百合音に内心で安堵する。

 夢の中で何が何かも分からずに死ぬのは御免蒙りたい。

 本来、単なる学生である自分に化け物退治とか無理難題だ。

 しかし、化け物の倒し方なんてものは知らなくとも、命の扱い方程度は心得ている。

 学者な両親に無駄知識を教えてもらうのは日常だった。


 どれだけ馬鹿げた化け物だろうと自分の夢の中ならば、精々が現代知識の範疇に落とし込める程度に能力は収まっているはずだ。


 ならば、殺せる。

 そうで無ければ、死ぬだけだ。

 夢の中でくらい全うに誰かの為になりたいと。

 少しくらいはそんな気持ちになる人々に出会った。

 無駄に死んでいい生き物なんていない。

 それが人ならば、尚更だ。

 父親の言葉を思い出せば、微かな震えも止まった。


「……エニシ。私はどうすればいい?」


 こちらに訊ねてくる瞳は今までよりは少しだけ冷静さが戻っていた。


「どうすればって、帰りたいんじゃないのか?」


 訊けば、当然という頷きが返る。


「当たり前だ。私はEE……公国の軍人ならば、喜んで殺してきた人間だ。だが、此処でムザムザと同胞達が敵としてすら認められない化け物に殺されていくのは我慢ならない」


「そうか……百合音」


「分かってるでござるよ。まぁ、EE一人程度いつでも殺せる。この状況下での最善は尽くそう。軍に返すのでござろう?」


 その小さな肩が竦められた。


「ああ」

「エニシ? どういう事だ」


「お前には城砦から逃げてきた体で軍に用意させて欲しいものがある。後、公国の秘密兵器が暴走しているとでも言って、城砦内部への突入を一旦延期、内部の状況を他の兵士達に見せてから下げさせてくれ。それと今から話す化け物を倒す算段を上層部に掛け合って欲しい。必要な機材が無かったら、兵士に危険な賭けをしてもらうことになるかもしれないが……出来るか?」


「無理難題を言う」


 しかし、そう言いながらも美少女の顔はもう覚悟を決めている。


「いいだろう……貴様は少なくとも信頼には値する男だ」


 たぶん、夢の中に来てから最も嬉しい言葉を聞いたような気がした。


「じゃあ、よく聞け。もし、オレの予想が正しければ―――」


 化け物が理解の範疇である事を祈る。

 まだ、話してみたい人がいる。

 訊いてみたい事がある。

 それだけで動き出すには十分だった。

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