イチョウ並木は涙の味
木枯らしが吹く秋の散歩道。
わたしは一人で黄色いじゅうたんが敷きつめられたイチョウ並木を歩いていた。
隣にいるはずの彼はいない。
彼と喧嘩したのは3日前だった。
どうしてあんなにつまらないことで言い合ってしまったのだろう。
お互い一歩も引けずに意地を張っていた。幸せなはずの二人の関係が、今こわれようとしている。
夕暮れの風は肌に突き刺さるほどは寒くないけれど、心に吹き荒れる風がわたしの生気を奪い去っていく。
もうすぐ冬がやってくる。
わたしはこのまま何も感じなくなっていくのではないか、そんな想いが頭をよぎる。冬の寒さも、春の暖かさも、道端に咲く小さな花を見ても何も感じなくなってゆく。
そして彼の笑顔を見ることは、もう二度とできないのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、向こうからカップルが近づいてきた。
見覚えのある茶色のコートとチェックのマフラーをしている男性、それはまさしく彼だった。
隣にはかわいい女性の姿。
わたしはとっさに下を向いた。
見ないで。こんなわたしを見ないで。
すれ違いざまに女性のバッグを見ると、ハートのチャームが揺れていた。
それは彼にはじめてもらったチャームと同じもの。
もう忘れたい。忘れて楽になりたい。
そして消えてしまいたい。
歩く力を失くしたわたしは、道端のベンチに腰を下ろした。
このまま凍えてしまえばいいのに。
今が冬だったら良かったのに。
すると近づいてくる足音がする。
顔を上げるとそこには彼が立っていた。
「おまえ、こんな所で何してんだよ」
「どうしたの?」
「それはこっちのセリフだよ」
「……」
まわりを見渡すとさっきの女性の姿がない。
「彼女はいいの?」
「彼女?あぁ、いとこのことね」
「いとこ?」
「まさか、新しい彼女だとか思ってたわけ?」
「思ってた」
「たかが喧嘩で、しかも3日しか経ってないんだぞ。彼女なんかできるわけないだろ」
全身の力が抜けて、涙があふれてきた。
「だって、もう会えないと思ったんだもん」
「バカだな。そんな簡単に嫌いになんかなれないよ」
涙で彼の顔がぼやける。
さっきまで風が吹き荒れていた心に、あたたかい火がともったような気持ちになった。
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