第2話 閃光に招かれて

そうだ、私は元より、たかだか蟷螂如きから恐怖を貰い受ける為にここ__クレイウ森林__へとわざわざ早朝に訪れた訳ではない。


[蟷螂をいざ去なんとする為]。

いや………もう少し分かり易く。

[駆除する為]。

………甘えた言い回しは捨てよう、

[殺す為]。


私は虫を殺す。

___蟲を、殺す!!


[異能者(マジカラズ)]でなんかなくたって、

[特能者(ミュゼクル)]でもなくたって、

生身の女の娘だって、化け物を殺そうと思える。

そんな相手だ。相手はきっと弱い。弱いんだ。

ここまで私は余裕を持っている。


何故か何処かに戸惑いを残している様子のエクシア目掛け、蟷螂が不意打ちと言わぬばかりに鋭利な形状の腕を振り下ろす。その様、まるで死神。


死神は容赦と言う物を知らなかった。

鎌が頬肉に掠る。

つう、と血がエクシアの頬を伝うが、そんなことは気にしていられない。


一方エクシア、致命傷は免れようと飛び退けると、肥大化し膨れ上がった蟷螂の眼を踏み台にし、軽い体を浮かすように思い切り跳躍する。

空中で動きが制限される中、上手く鎌の柄を刃に近く持ち、フルパワーで攻撃を叩き込む準備を整える。


「っ…………とりゃああああっ!!」


蟷螂の首辺りに点在する節目の一つに合わせる様にして、鎌の刃を括り押し込み、切断を試みる。

が、途中、やはり生き物か、変に暴れた為、エクシアの望み通りと言える結果は得られなかったが、そこから徐々に傷が広がり、[目に優しくない色]の液体が飛散する結果に至った。


その液体を避ける為に後退したエクシアは、素早く脈打つ心臓に手を当て実感する。例え蟲であるとは言え、自身より大きな生き物の生命を絶ったのだ。

まだ幼い彼女は、あまりに短い期間に起きたその事実に、少なからずショックを受けずにいられなかったのである。


エクシアは得も言えぬ気持ちを残し、その場から離れた。首筋に大きく切れ込みの入った蟷螂の死体に目をやることはなく、逃げ出すようにして。


実の所目的はこれで達成したのだが、やはりまだ幼い彼女は、好奇心故か先程発見した謎のパイプ管に沿って歩いてみたかった。


これからの目的地は、キャンプ場ではなく、パイプ任せとなる。


なるべく、森の奥まで続く方角へ、パイプが埋まり、視認出来なくなったら、爪先で土を退ける。それを繰り返し、奥へ奥へと進んでいく。


道中、まだそう遠くへ進んでいない頃、彼女はまたもやゾッとする様な物が落ちていることを確認してしまう。


白銀に輝く美しい髪の毛。それも、纏まった物が切断された様に、長いものが何本も、地面を覆うようにして主張している。


それと、金色に縁取られ、青い刺繍の一部だと垣間見える模様の入った大きな布の切れ端。よく見ると、外部的な何かによって赤に染まっている。


エクシアは、遠目でそれを確認した。

見覚えがあった。


「……[ミュゼカ]のっ……!?」


思わず彼女は口走る。


[ミュゼカ]とは、エクシアの父、閻魔大王率いる、兵士、騎士、戦士、魔道士、神媒師等、良くも悪くも多様な者達により結成された、幅広い不祥事解決や、魔物の討伐を任される組織。


それが、[ミュゼカ]。


この服は、その内、体に溜め込んだ[魔力(冥界では地方により[イマジス]とも呼ぶ)]を使用し、それと引き換えに、極めて特殊な、所謂[能力者]の内、特能者(ミュゼクル)と呼ばれる者にのみ与えられる専用の衣服である。


ミュゼクルは、二つの種に分けられる能力者の内、異能者(マジカラズ)と呼ばれる者と比べれば魔力保有率は減少しているが、生まれ持った能力は強力である。


以上の点から、[平凡的だが多発可能]なマジカラズより、[対象を絞らなければならないが強力である]ミュゼクルの方が万が一の際の危険度は下回るが故に優遇されている節がある。


その為、初めはミュゼクルである閻魔大王と、ミュゼクルのみで結成されていたこの組織[ミュゼカ]であるが、とある案件を切欠に、組織名にその名残を残し、[特殊試験に合格した者若しくは組織側から特別推薦された者であれば、経歴、種族不問で入隊可能]と制約を設けた後、冥界の住人全般に親しまれ頼られる形で、今に至る。


父親が組織のトップであるエクシアにとってそれはとても馴染みが深かったが、まさかこの様な場所で、この様な形で関わることになるとは心外であり、その状況によって精神に決して小さくない傷を負わざるを得なかった。


同時に、彼女の姉、ベンニーアが森に向かうエクシアに対し発した言葉が頭を過ぎる。


__近衛隊のシャルテさんも、まだ帰ってこないみたいだし……__


第一近衛隊長シャルテ。

フルネームはシャルテ・ルミナス。


彼もまた、ミュゼカの一員である。物腰の柔和な好青年で、耳が隠れ肩口に届かない程度に止めた綺麗な銀髪を持ち、ミュゼクルであることを示す専用の衣服を纏い、[閃光]の力を専門として使う特能者であった。


入隊し間もないので今はまだ目立った行動はないが、活発な行動や飄々とした言動とは裏腹に、頭一つ抜けた判断力と瞬発力を持ち合わせている為、期待の声が大きい。


銀髪……ここに落ちている髪も、綺麗な銀髪だ。

それにこの布は……


冥界は広くても、これらの特徴や場所等の一致点は、これをシャルテの物であると暫定するには充分だった。


そうでなくても、何者かの襲撃を受けた形跡や、ミュゼカの一員であることは確定している。エクシアとしても、放っておく訳にもいけないのだ。


エクシアは周囲を見渡す。


パイプ管のことは一時忘れて、この衣服の持ち主であるミュゼクルの手掛かりを探そうと試みる。


目を凝らすだけでなく、少し場から離れ辺りを散策していると、拓けた場所を遠くに見つける。


冥界側の設けたフリーキャンプスペースであった。


そこには、切株や倒木を利用し作られた、椅子や机が五個程、水脈を見つけて繋げた水道、キャンプファイヤー等を目的にした煉瓦敷きの空間に、小さな池がある。


他所と違い、木々に覆われず、上空は大きく開いていて、其処から覗く冥界の言わば太陽である[八咫烏]の光は、冥界の黄土色の空の真ん中でより鮮明に、力強く映え、とても美しい。


………筈なのだが。


彼女は、走っていた。麗らかな八咫烏の光に見蕩れることなく。一刻も早く、キャンプスペースに向かう為に。


そう、彼女は[見つけた]のだ。


普段肩口に届かない程度に均等に開いた髪は、斜線を描く様にして切り落とされており、そのまま繋がる様に右肩の肉を服の一部ごと抉られている、負傷状態のシャルテ・ルミナスが、5mはあろう大きさの巨大な蟷螂を相手にしていた。


エクシアは助太刀のつもりで走ったが、シャルテはそれを必要とせず、エクシアが到着する前にけりを付けた。


蟷螂を、自らの装備していた刃とハンドルが一体になった鍔を要さない特製のククリナイフ2本で殺したのだ。


ちょうどその時に、エクシアは到着した。


間髪入れずに問いかける。


「シャルテさん!………ですよ、ね?」


エクシアが肩で息をしながら名前を呼び、確認をとる。


「………エクシア様?」


シャルテは右肩の傷を何事もないように扱いたいのか、それとも実際に気にしていないのか、まるで平然としていて、遠心力に身を任せゆらりと振り向く。


しかし様呼びって……

ここでもお嬢様扱いかぁ……私こういうのあんまり好きじゃないんだよね


「何故こんな場所へ……ベンニーア様は?御一緒ではないのです?ラミア様も俺とは来てませんし……」


シャルテが顎に手を当て、考え込む様に話を続ける。


ラミアさんは、私の、ベン姉の、同年齢の三つ子の姉だ。私達三姉妹の長女。


素の髪色は姉妹で共通だが、ラミアさんは私やベン姉と違って、髪を一部黒で染めていないから、透き通るように綺麗な真っ白の長髪をしている。


細かい特徴だと、私もベン姉も掛けている眼鏡を、ラミアさんは掛けていない。


落ち着いている……と言うより、無口で感情を表に出さないので、何処か凛々しくて綺麗な顔立ちなのに、陰りに隠れている印象を持ってしまうが、

お母さんが言うには、私達と血が繋がっているのは、確からしい。


事情あってルキファル渓谷の辺りに住むお父さんの知り合いに預かられていたらしくて、二年程前にその知り合いが亡くなってしまい初めてエマ平原に来た姉で、その時まで、少なくとも私は、ラミアさん………ラミ姉のことを、根本から、何も、知らなかった。


それからも、ラミ姉は私達と共に暮らすことなくすぐにミュゼカに所属して、組織の寮で暮らしている。


ラミアさんとは会う機会も少なく、互いによく知らず居たが、シャルテさんの気遣いか、その言葉にラミアさんのことが含まれていて良かった。[俺とは来ていない]と言う言葉から、ラミアさんが何時でも任務へ迎える状態、少なくとも万全であることが窺い知れるからだ。


「それより…なんすかあの化物。こっち見るなり襲い掛かってきて………。三匹は殺りました。今のが1番大きかったすね。」


シャルテが、細く長い脚と特徴的な鎌が切断された蟷螂が倒れている場所を親指で示すと、切り株のイスに腰掛ける。


「三匹も居たんですか!?…私も、一匹だけ。一匹だけならやっつけたんですけど……まだ居たんですね。その様子だと……」


「そう、まだいるかもしれない。」


私の言葉に、シャルテさんが続ける。


「だから、危ないですよ。一度俺がここであんたに会っちゃってる時点で、すぐ帰さないと怒られるの俺なんで……」


「でも……気になるし。私だってもう14歳だし、一匹平気で殺しました!カワイイ子には旅をさせよう?怒られたら私が庇いますからさ、ねっ?」


シャルテの自身に対する社会的評価の心配は、少女のただの好奇心にいとも容易く撃ち破られる。


ちょっと間を置くと、ちょっとだけっすよ、とシャルテの口から甘い許しが降りる。


負傷しててもいい、居るのと居ないのじゃ大違い。


引き込んだシャルテにエクシアの口はそう語った。



第二話 完

第三話へ続く


desire of the netherworld

千歳巫女

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