第1話 清楚で華麗に不良娘
天国と地獄の境界線。
現し世とも違ったその地、冥界。
常時広く濃く渦巻く黄土色に染まった空に、辛うじて、且つ強烈に光が運び込まれる時間帯。
星々にも隔離されたこの冥界を半日かけて一周し、休むことなく飛び続ける様を[太陽]と名の与えられた、黄金の輝きを放つ巨大な烏[八咫烏]が、尚も目に痛い程の明りを冥界に運び込み、淡い薄明かりで映える情景を映し出す明け方。
平原(とは思えない程発展しており、実際には[住宅街]乃至[中心都市]と称したほうが正しいのだが)の端、冥界の端に聳え立ち主張する建物、
閻魔とその一家、家臣が住まう法廷にて____
まだ夜明け入りが始まり間もないと言うに、充分に[八咫烏]の放つ輝きを迎え入れる窓縁が艶やかに煌く洗面所。
「…………ここを…………こうで………えっー…と…………」
まだ幼さが残り14歳程度の、白髪と黒髪がちょうど半々程度の比率に自然と入り交じる綺麗な髪の少女が、洗面台と対面し、緑に鈍く輝る眼鏡を外し自分の髪を、手馴れた手付きで丁寧に、かつ迅速に結いている。
彼女は、この広大な冥界の地の内の一つ、[エマ平原]一帯を比較にしても、冥界を仕切る閻魔大王の娘であることと、多少性格に難があることが重なり、総じて歳とは裏腹に、親の七光りと言えどなかなか広い範囲にその名を轟かせる[エクシア]その人である。
難なく自身の髪を手繰っている様に手先が器用だが、少し悪い方向に頭が回るもので、他人を小馬鹿にしたり、無差別なイタズラも好むので、あまり人付き合いは良くなかった。
そんな彼女でもやはり女の娘、外見は気にする(最も、エクシア本人は自分の容姿に自信がある為化粧等は嫌っているが)。
[前髪が少し目に掛かるポニーテール]
それが最近の彼女のお気に入りの髪型だった。
「(……よし!かわいい!)」
なんてことを、彼女と逆さに動く鏡の中の自分を見てしみじみ感じる。
己の可憐さに思わず口元が緩みそうになるが、それを表に出すが早いか、洗面所を飛び出して、閻魔の家兼法廷の広い廊下を駆け抜け、玄関へ走る。
「行ってきまーす!!!」
エクシアの元気で大きな声が響き渡る。
が、
「うるッさいぞッ!!!!何時だと思っている!?」
それに対し癇癪を起こし遮ったのが彼女と同年齢の姉、ベンニーアだった。
階段を降り現れた彼女は、印象こそ寝不足で不健康な様子だが、エクシアと然程変わりのない容姿、同じくエクシアと然程変わりのない髪色が、彼女とエクシアの血の繋がりをしっかりと示していた。
「………ベンニーア姉貴か……お父さんならどうしようかと……」
悪行を実行している自覚は持ち合わせている様で、ややふためきつつも安心した声で姉の名を呟くエクシア。
「…っと、んえぇ、気合い入ってて良いじゃんよ、私あれだよ?最近この辺に出るって言うじゃん、
あの被害者続出の巨大蟷螂………ソレぶちのめしに行くんだから………
父さんも案件処理とか閻魔業とかで忙しいし、これ以上クレームがウチに来るのも嫌でしょ?」
そう。エクシアは、この所エマ平原に出没し暴れていると噂の巨大蟷螂を狩ろうと、早朝に身支度を整えていた。噂だと獲物は、5m程もあるんだとか。
「あ、なんならベン姉貴も手伝う?別に良いよ、一緒に狩ろうよ。
楽しいし、可愛い妹がピンチに曝されることもなくなるかもよ?
デカくて強いんだって!10mはゆうに超える巨大化け物だよ!!」
御断りだ。私は虫の類が大の苦手でな。
ベンニーアの視線が語る。
「それに危ないだろう。お前より歳上の奴らも被害に遭っているそうじゃないか。
虫取りなら大人しく平原でバッタでも捕まえていればいい話だろ。
シャルテさん率いる近衛隊もまだ戻らないらしいし………」
ベンニーアが、落ち着きのないエクシアを宥める様に言う。
「えぇ、やってみなきゃわかんないじゃんよ。ロヴちゃんにも褒めて貰えるし良いでしょっ!!」
「いや、ロヴさんは叱りつけると思うがな………ッとおい!待て!まだ途中…………
ハァー………ま、良いか………私のせいではあるまい。」
エクシアの言葉を遮りながら反対の意見を申し立てるベンニーアを無視し、逆にベンニーアを遮りながら勝手に外へと出ていく。
ベンニーアは思わず溜め息を吐く程に妹に苛立ちを感じたが、無謀で間の抜けた妹を追うことはせずに自室へと戻る。
自室に明かりはなく窓は締め切り、薄暗く静止した平面の戦闘背景を背後に[PAUSE MENU]と焼け付く文字で表示の出た画面付き据え置き型筐体と、それに繋がるアーケードコントローラー、開けられた大きなポテトチップス(のり塩味)が置いてあった。
布団を被りメガネを外して、スタートボタンをプッシュ。[PAUSE MENU]の表記が消え去り静止した画面は起動音だけを漏らし激しく動き出す。ベンニーアは慣れた手付きで、常人離れした動きでコントローラーを、表情一つ変えず動かす。徹夜でやっていた様子だ、やはり姉妹か。
一方エクシアは、まだ人も少ない城下町を足音残し走り抜ける。そろそろ平原へ出る頃だ。
城下町と平原を繋ぐ短な跳ね橋を支える柱の大理石に座り込み、リュックを下ろす。そこから握り飯と、冷たい麦茶の入った水筒を取り出し、口に運ぶ。
握り飯には軽く塩が塗してあり、具はツナマヨネーズ。この構成、一見塩は邪魔な要素に見えるかもしれないが、ツナマヨネーズの僅かな甘味がより引き出される為、私は塩を入れる。
うん、美味しい。やや形が崩れてしまっているとは言え、美味しさが損なわれることはない。
三つある内、大きな一つを残し、麦茶を飲むと、エクシアは朝食を終える。
大理石を踵で蹴り、たんと音を上げ立ち上がる。
乗らない足取りで、ターゲット__突如現れた巨大且つ凶暴な蟷螂__の出没地、[クレイウ森林]へと向かうが、そこにエクシアは一つ思う。
「(面倒臭くなってきた…………)」
そう、紛うことなきその感情は、欲に忠実な彼女ならではの情であった。
しかしエクシアも自覚こそしており、今回こそはこの自分勝手さと別れを告げる為に、彼女はクレイウへと向かうことを決断したのだ。
「………ま、良いや………どうせ虫だし………
三メートルも無いもんを五メートルだとか盛ったんだろ………
ぷちっと潰してさっと帰れば良いんだ………だからダメなんだよ私は……」
姉に五メートルを十メートルと解した経験のある彼女は自分にそう言い聞かせ、アスファルトはとっくに過ぎたことを静かに、しかし明確に示す土を踏みしめながら森へと歩いていく。
幸い、そう遠くはない距離にこの森はあり、ちょっとした遠足感覚で赴くことができるので、エクシアの今にも吹き散りそうな決意を保つには充分だった。
整備が行われず、未開拓で、行けども行けども雑草だらけ。クレイウは、普段は、ただの森だ。
しかし………
「………何かいるかもって、思ってるからかな」
今回は、エクシアの知るクレイウ森林では無かった。
地獄からの外来樹である人面樹や、場所を自ら選び移動するため、極めて貴重であるマンドラゴラさえ多く生息している(他所と比較すれば、だが)。
エクシアの知る森林はそうだった。
一見いつもと変わらないが、何かが違う。何か、感じる。
エクシアはほんの少し躊躇うが、気にせず森へと進む。気配を感じるなら、間違いない。少なくともここへ来た意味はあったのだから。
何年も放置され、辛うじて他所より通ることに現実味を持てる獣道に被さる様に生い茂る木々をくぐり抜け、入り交じる木の根を掻き分け、飛び乗り、時にくだものナイフで切り捨て、奥へと進む。
この森には、暫く整備されていないとはいえ、拓けた各所に人工的なキャンプ場があることを彼女は知っている。
それまでは、この道である。少なくとも、そこへ通じていることは確かなのだ。
………?
なんだ、これは。
エクシアのつま先に、木の根とは違う感触の何か硬いものが触れる。
苔に覆われよくわからないが、一部だけ、苔の剥がれた部分がある。
つま先に当たった所も、同じ様に苔が剥げている。
エクシアは膝を土で汚さぬ様気を使って屈み、その類似している二つの剥がれ目を頼りに、つま先に当たったものを念入りに調べてみる。
…………パイプ管?
行き着いた答えは、それ。
苔を見るに相当昔から、それもこんな所に。
そのパイプ管(仮にこう扱う)の正体や用途等を軽く調べ得た情報は芳しくないものだったが、増して不可解である。
気にしていても仕方がないので、キャンプ場を再び目指そうと、足元の木の根を軋ませ立ち上がり前を向く。
その瞬間であった。
「___ッ!?」
獲物は、居た。
巨大な蟷螂だ。
情報とはどれとも一致せず、僅か2メートル程の大きさだったが、それにしても規格外等と言うちっぽけで安っぽい言葉では決して扱うことのできない程の大きさと、迫力。
[それ]が鎌を振り上げ羽根を広げ私を威嚇する光景は、まさに圧巻の一言に尽きる。
「ひいいいいィィィィッ!!」
[それ]を目の当たりにしている少女が私であり、また、[それ]に怖じ気立ちつつも勇敢に駆除活動に徹する少女も、私だ。
私は呼吸を整え、蟷螂を見失わない程度距離を置き、自らを落ち着かせる様に目を瞑り、胸をゆっくり撫で下ろす。
妙なことだが、鎌を振るう巨大蟷螂が相手にするのは、エクシアのお気に入りの、比較的小さな、しかし切れ味抜群の鎌だった。
エクシアは腰に構える自らの
「___準備運動は、これで終わり!!」
第一話 完
第二話へ続く
Desire of the nether world
千歳巫女
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます