Desire of the nether world

千歳巫女

プロローグ

____私はかつて、正義の女神と呼ばれていた。


産まれ持った、他と違う純白の体。[先天性色素欠乏症]、アルビノとも言われるらしい。


この体と、父親の身勝手のせいで、[正義の女神]はこれ程までに汚れてしまっている。


私は、ただ、奴隷だ。


状況や[飼い主]の様々な要望に合わせ、どんな事でもして、尽くす。故に、

私は、ただ単に、下等で、愚かな、奴隷だ。

この施設に連れてこられて、何年経つのだろう。一年か。千年か。はたまた、十数日程か。


何れにせよ、籠の中の鳥には、私には関係が無い。吐き気がする程どうでもいい。

しかしそんな時間とは無関係に、ここでの仕事は、たくさんある。


小柄の私にはサイズがまるで合わない、顎が外れる程の大きさの猿轡を噛まされ、鉄の十字架に固く結ばれて、私の体で何かを験す人体実験。私の体は既に、外部からの異物の混入を拒絶しようとはしなかった。悲鳴なんてあげないと誓う、暴れもしないので猿轡を外してくれないか。


またある時は、蹴られ殴られ、嬲られ撃たれのサンドバッグ。酷い辱めを受ける事も多く、クライアントの欲求に答えられないと仕事が増える典型的かつ代表的な仕事。生き物として扱われるのは、私を女と扱う行為のみ、ただ使用者の鬱憤を晴らす為の物。中途半端にかみさまであるからか、傷の治癒が早いので、私に仕事は特に多く回ってくる。なんでもござれと言わんばかりの仕事量に、どんな事でもやれと言われたらやらされる。


子供も、三人産んだ。三つ子の娘達で、片親が誰とも知れず息をする、言わば望まぬ子なのだろうが、少なくとも、産んだのは私だ。


今後この施設の子供になろうと、どんな経歴があろうと、少なくとも愛していて、愛することができる子供達。私の可愛い娘達だ。


何をどう思うのかは知らない私の子達だが、この子達も、どうせ私と同じ様に[此処]で[此処]の教育を受け、[此処]の子として育てられ、[此処]で私と同じ働きをすると思うと胸が痛む。


ここまで、始まりから終わりまで明確で、夢も希望も無い生き物は珍しいのではないか。


………[餌]の供給が来た。繁殖させた極楽鳥の雛の肉を雑にすり潰し、ペースト状にして、チーズに練り込んだ物だ。

私はそれを口に運ぶ。慣れたこの味を喉奥に無理に押し込みながら、完食。ごちそうさまでした。


それと同時に、私の檻の向こうで、機械の警備員が、同じく機械の供給班員に掛けより、何かを伝える。

窶れた耳で聴こうとするが、聞き取れない。

大抵大した情報は流れつかないが、時々新入りや今後の予定も得られる事があるので、私はすかさずこの行動をとるのだ。


……………………


何も得られなかった。やけに早口だったからか、いつもに増して難しかった気がする。重要な事なのかな。

次の瞬間、そう遠く無い場所で爆発音がする。


何の音だろう。


特に怯える事もせず鉄格子から廊下を覗く。再び、ここからどこか近い所で爆発音がする。


………あぁ、またアレか。


この施設の付近は荒れに荒れているらしく、何に感化されたのかは知らないが、窃盗目的でこの施設に忍び込む輩は多い。


阿婆擦れて廃れた女でも求めて居るのだろうか。大胆な手をとる者、こっそり忍び込む者。どちらにせよ、生きて帰れれば良い収穫だと思う。それを得た者が実在するかは別として。


今回も例に漏れず、あと3回程爆発音が鳴り響くと、途端に静かになる。警備が取り押さえたのだろうと解釈し、眠りにつく。


…………夢を見た。


きちんと服を着た私が、背が高くスタイルの良い、冥界に居るものとは違う翼が生えていて、縦半身を境に髪色が白と黒と別れて違う…………男?なの、かな?その人に抱えられ、何処か施設の外へ連れ出される、と言う内容だった。


奇妙だが、まさに夢の様だった。実際夢なのだが、夢ながらに夢があると言いたいのさ。


………そう、恥ずかしい事に、私は未だこの施設の外へ出る事を諦め切れずには居られなかった。出れないなんて分かってる。分かってるし、知ってる。脱獄を試みた事は少なからずあるが、私が今こうして隔離され独房に居る時点で御察しと言った所か。


夢はそこまでであり、私は目を覚ます。


「…………ほんとに出れたら良いのに」


ぽつんと、無意識に呟く。


「出したろか?」


この私に、1人の私に呼応するかの様に声がする。驚き顔を上げると、其処には、先程の夢に出てきた男(仮)とそっくりそのままだが、見ず知らずの者が立っていた。


「ひぃえっ!?ぶっ………もごぅ……」


驚き声を上げると、男は私の口に手を翳す。すると不思議なことに、私は途端にその先を口にする事は出来なくなった。

魔、法?なの、か?これは………


「………むっちゃ遅れてもうたわ、すまんな………アストライア。」


私は男に圧倒されている。頭には疑問すら浮かばず、何も考えられる状況では無かった。

男はゆっくりと私の口から指を離す。


「………は?え?あ、す?とらい?あ?」


「覚えとらんのか、おまいさんの名前やで、

[アストライア]…………

まぁ無理も無いわな。」


……私の、名前?…………そうか。アストライアって、呼ばれてた気がする。


[正義の女神 アストライア]。


…………懐かしい。あんまり好きな名前では無かったが、こんな自分にも、呼んでもらうための名前があったと言うのは、泣きたくなるほど嬉しい事だ。


「………静かにしとれ、このけったいな吐き溜めから

出したるわ……

話はそん先や……[起動]……D-キング!」


私への忠告と反対に大音声をあげると、暗い独房である事を関係無しに、男の影が伸び、それが二つに別れ、片方が白髪の大男の姿をとり、具現化する。


陰から生まれた大男は、手元の杖で壁を叩くと、壁に大きな風穴を開ける。


「[解除]。」


すると陰から生まれた大男は、男の陰へ戻って行った。私は、声が出ない程驚いた。私には勿論、私の知っているこの施設の人には出来ない事をこの人は息をするように、当然の様にやってのけている。


「出る、よな?おまいさん。娘らと監視の事なら心配せんでええ、仲間がやっとるわ。」


整理が追い付かないが、この人は私を此処から連れ出してくれるらしい、先程見ていた夢の様に。


「……ぁ………のっ、その、此処から、出て………?」


私は分かることから聞いていく。


「知らんがな、おんどれで考えんかい。出るんか?出ないんか?」


「………出ますっ!こんな所嫌に決まっているでしょう!…………

娘達も、連れて行ってくれるのですよね?」


掠れてスカスカの声がきちんと彼に届いたかは分からないが、これから何が起きて、何をされるにしろ、此処に居るよりは絶対にましである自信がある。


「ったり前や。………と言いたいがちょい待ってくれるか、流石に服も着んで外出んのは………ほれ、はよ着んかい」


そういって男は、裸の私に衣服を差し出す。それはとても綺麗で、私には勿体ない様に見えた。


下着に、黒いカーディガン、白い洋服、少しサイズの大きいジーンズ、そして何故か赤い伊達眼鏡を渡された。私はそれを着ると、彼に見せるようにして軽くその場で回る。


「ん。よし。じゃ、行くで。振り落とされんとは思うが気ぃ付けぇな。」


彼は私を肩に抱えると、独房の壁に空いた風穴目掛け跳躍し、翼を広げゆっくりと外へ飛び出る。


何年ぶりか分からない外の世界は、昏く輝いており、とてもきれいで、幻想的で、美しかった。


「…………昼間、来てやりたかったんだがな、阿呆な一部の仲間が突っ込んで殺された。

爆弾投げ込んだは良いがな、取り押さえられたわ。」


彼は退屈してると思ったのか、私に話しかける。


「………ま、それのお陰で、生きもんの警備員どもは修復に回って、

機械だけになって楽んなったがな……ちぃとハッキング掛けたりゃこんなモン、御茶の子さいさいや」


ハッキング………?


「…………しかし、冥界はルキファル渓谷に居るたぁ見つからん訳やで………

何億年間おまえさんを探し続けたんやろな。」


………何億年!?私はそれ程迄に途方に暮れる様な年月をあの施設で過ごして居たのか………私は驚きのあまり声すら出なかった。


「さてと………渓谷、そろそろ抜けるで。」


遠くに、何処までも続いて居そうな程広大な平原が見える。渓谷を抜けてすぐそこに、


背がとても高く、桃色で腰に付くほど長髪の男と、その男よりは背が低いが、私よりは充分大きい、黒髪が綺麗で、大きな鎌を肩に乗せている女性が居るのも確認出来る。両者とも、似たような正装である。


私を抱え飛んでいる男は、其処に徐々に近付いて行き、速度を少しずつ落とし、ゆっくりと、そっと着地する。


すると、桃髪の男が私に話しかけた。

この男、よく見ると、全身に少なからず重機類の改造が施されているのだろうか?長袖長ズボンに白手、ブーツと、頭以外の部位を確認出来ないが、首筋になにか合わせ目の様なものを確認出来、其処から僅かに煙が漏れている。左眼に眼帯をしているが、視力は良さそうだ。


「………アストライア様。よくぞご無事で。……ワタシの事を記憶してはいない様ですね、

名乗らせて頂きましょう、ワタシは[エクリプス]。アナタの救出活動にて、誠に恐縮ながら大役を努めさせて頂きました。どうぞ、宜しく。

………こちらは姉の[ネフライト]です。」


「どうも、ようやったわ。ご苦労さん。」


男は私をエクリプスさんの前に下ろし、立たせる。


「………え……私を知ってるんですか?娘は……」


「勿論、御存知ですとも。………娘様は、姉のネフライトが保護しております。

………残念至極、救い出せたのは三名の内、御二方だけですが……」


………突然、救われて何もかも良い方向に向かっていた私の気分は、一気にどん底へ落ちた様だった。立つことすらままならない様に膝を付き、泣きじゃくる。


「………アー……まぁまぁ。安心して下さいよアストライア様……

内二人はこちらに居るんスよ。もう一人も、少なくとも生きている事は確かッス。

1度あんたを助ける事が出来たなら、赤子一人位あっしが連れ戻してやりまスから。」


ネフライトさんが、気怠げな声で私に声を掛ける。ぶっきらぼうだが、確かにそうだ。生きている事におおよそ変わりはない。


不意に残されてしまった1人には暫くとても辛い思いをさせてしまうが、それまではこの、助ける事が出来た二人を精一杯愛そう。何もかも他人任せだが、こればかりは仕方がない。


「………デメテール様、どうしまス?エクリプスのハッキングももうすぐ切れまスし……」


ネフライトさんが、私を運んでくれた彼に話しかける。私は、あの方は[デメテール]と言う名前である事をそれと同時に理解した。


「………流石にキツいわ………すまん、アストライア。もう少し待っとってくれるか。

必ず助け出したる、それまで………」


「あ、あの………大丈夫です、すみません……あんまり偉そうなこと言える立場じゃないんですけど、

助けてくれれば……」


私の口下手はどうにもならず、意味不明な事を咄嗟に口走ってしまった。


「そか。すまんな。………んで、問題はほかにも山積みやで……

…暫く行く宛無いやろ、おまいさん。どないするん?」


そう言えばそうだ。私には家らしい家は無い。他にも金銭問題もあり、暫く安心した生活は出来ないだろう。


「……それにおまいさんの忘れた部分も思い出さなあかんやろ。

記憶障害とかやないみたいやしこれは余裕として………[desire]って奴、覚えとるか?」


「で?ざ___ぐッ!!?アァ………ッ!!!」


その名前を聞いた途端、私は、得体の知れない感覚に身を奪われ、頭を強く押さえのたうち回る。[それ]に関する記憶を持つ事を脳が拒んで居るように、頭がとても痛い。吐き気もする。


「………すまんな、思い出したくないならええんや。……無理に思い出さんでええ、忘れたままで居ろ。」


デメテールさんが、息を荒げ、肩で息をする私を支え起こす。


「………こんな所で話しとっても仕方あらへんな………

着いてこい、そこで話すわ。ネフライト、アストライアを。」


「ん。あっしッスか。りょーかいッス」


まだ少し苦しい私は、ネフライトさんに抱えられ、その場を去る。


今後何があるのかはわからないが、普通に生活が出来るならそれ以上は何も望まない。


それで幸せなのだから。私の体質も、私の経歴も、この人達はきっと受け入れてくれる。そんな気がした。


Desire of the nether world


[プロローグ] 完

[第一話]に続く

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