本編最終話は甘々注意報発令中!激甘が苦手な方はとばしてくださいね♡

第37話 抜け毛が少なく体臭も少ないトイプードルは家庭犬としても人気の犬種ですが、毛が伸び続けるためにこまめなブラッシングと定期的なトリミングが欠かせません。


「えっ……?

 え……っ?

 えええーーーーっっ!!?」


 私の報告を受けた優希は、池崎さんが九州までアリョーナを迎えに行ったと知った時の私と全く同じ反応をした。


「驚く……よね!?

 私も信じられなかったし、未だに夢見心地だもん」


 大事な話があると言って優希を誘い、彼女の休みの日に店を抜け出させてもらった。

 昼間でも北風が葉を落とした街路樹の枝の間をすり抜けていく時期になり、いつものカフェのテラス席は膝掛けを借りても指先が冷えるほど。


 私と優希は両手を温めるようにキャラメルマキアートのカップを包み込みながら向かい合っている。


「うん……。びっくりした!

 でもほんとによかった!!

 瑚湖のまっすぐな気持ちが池崎さんに届いたんだもんね。

 おめでとう!!」


 親友のつり目がちの茶色い瞳が涙で潤んでいる。

 それを見ると、私の目頭までじわりと熱くなってくる。


「優希のおかげだよ。

 恋に臆病になってた私の背中を押してくれた。

 私の幸せを願ってくれてた。

 辛い時にはそばにいてくれた。

 ほんとにありがと」


 お互いにぐす、と鼻を鳴らし、まだ熱々のキャラメルマキアートをすする。

 私がこれまでの経緯をかいつまんで話し終えると、頷きながら聞いていた優希は口元に笑みを残したまま、少し言いづらそうに切り出した。



「それで……伊勢山くんにはなんて伝えるの?

 半年後に戻ってきて、瑚湖と池崎さんが付き合ってたらショック受けるんじゃない?」

「うん……。だから、先週LINEで報告したよ。

 そしたら、すぐに国際電話がかかってきて驚いた」


“よかったな! おめでとう!”


 携帯越しの第一声がそれだった。


 謝ろうと思って言葉を出す前に、征嗣くんは一方的にしゃべって電話を切った。


“すげー悔しいけど、馨さんに本気出されたら俺の勝ち目はないもんな”


“半年間はこっちでライフセービングに打ち込むから心配しないでよ。

 戻ったらまたルークのシャンプーよろしくね!”


 切れた電話の向こうにいる征嗣くんに向かって「ごめんね。ありがとう」と呟いた。


 その時のことを思い出して、クリームの上にまだ残るキャラメルの渦をゆっくりとスプーンで沈めていると、優希がツンと私のおでこをつついた。


「そんな顔しなくたって、伊勢山くんなら大丈夫だよ!

 なんたって天然の犬系脳筋男子だからさ。

 そのうち向こうで金髪美人に尻尾振るようになるって!」

「まーた優希は失礼なことを言うー!

 」




 征嗣くんも幸せになりますように。




 そう心で呟く私に、優希がマキアートを一口飲んでから口を開いた。


「瑚湖、これからはお店の定休日もだいたい池崎さんと会うんでしょ?」


「うん。なるべく自分の休みをうちの定休日に合わせて調整してくれるつもりみたい。

 でも……」


 優希と休みが合う日は、今までどおり会おうよ──


 そう言いかけたとき、優希が少し白々しい声で話し始めた。


「それ、都合がいいなって思ってさ。

 実は私、しばらくの間休みの日は忙しくて瑚湖と会えなくなりそうだから」


「えっ?どうして?」


 途端に優希の頬が染まる。

 いつもの歯切れの良さがないけど、どうしたんだろう?




「実はね……健太郎に、プロポーズされたの。

 だからこれからは式場選びとか、式の準備で忙しく……」




「ええええーーーーっっっ!!?」




 今度は私の絶叫がテラスに放たれる。

 寒い時期のテラス席で、ここにいるのが私たちだけでほんとによかった。


「うわー!すごい!すごいっ!!

 優希こそおめでとうだよぉっ!!!」

「お互い24になったばかりなんだけどさ。付き合いも長いし、けじめつけようって、向こうが」

「わー! 嬉しくてまた涙出てくるー!!」


 感極まった私の頭を優希が苦笑いでよしよしと撫でた。


「そんなわけで、私は当分瑚湖に構ってあげられないからさ。

 池崎さんとしっかり愛を育んでおくんだよ?

 結婚式の日取り決まったらすぐに連絡するから。

 スピーチも今から考えといて!」


 自分の報告よりも親友の結婚報告に興奮した私は、前祝いと称して追加でオレンジチョコレートタルトを二つ注文し、夕方にも関わらず平らげたせいでまたしても夕飯が食べられないという失態を犯した。


「優希ちゃんと会うといつもそれなんだから」

 そう呆れる母に頭を下げつつ、母にも池崎さんとお付き合いすることを報告した。

 征嗣くんを私の本命だと勝手に思い込んでいた母は随分と驚いていたけれど、元々ミーハー気質の母は、池崎さんすごく素敵よね!と喜んでくれた。



 🐶



 そんなこんなで、今日は付き合い出してから三回目のデートの日。


 一回目は、片桐先生のニット展のときにランチした、桜咲おうさき城址公園のそばのテラスカフェに、チョコ太郎とアリョーナを連れて行った。


 二回目は、みぞれの降った日にプラネタリウムで手を繋いで冬の星空を楽しんだ。


 そして今日は、思い出の詰まったあのドッグランに、恋人同士として初めて訪れている。


 ログハウス風の建物を出て二匹と二人がそれぞれ並んで芝生広場に向かうけれど、そこを走る犬の姿は見当たらない。


「さすがに冬ともなると平日の午前中は人がいませんねぇ」


「誰もいないし、チョコ太郎とココちゃんも大型犬エリアに来るといいよ。

 二匹しかいないんだし、せっかくだから一緒に遊ばせよう」


 私が編んだオフホワイトのセーターを着た池崎さんが柔らかに微笑む。


【大型犬エリア】の看板を提げた扉をキイっと開けて、私とチョコ太郎を中に入れてくれる。


 しゃがんでそれぞれのリードを外すと、アリョーナとチョコ太郎は競うように広場の対角線上を走り出した。


 今までは、エリアを隔てる柵を間に挟んで池崎さんと話していたけれど、今日は大型犬エリア内に設置されたベンチに二人並んで腰掛ける。


「そう言えば……。

 こないだのサークル、ココちゃんの狼狽ぶりがおかしかったなぁ」


 先週のサークルでの出来事を思い出し、くつくつと笑い出す池崎さん。

 途端に私までその時の失態を思い出し、かあっと頬が熱くなった。


 ────


 先週、爪切りを嫌がって暴れる柴犬くんに手こずって、少し遅れてサークルに行った私。

「遅れてすみません!」と第2会議室のドアを開けて視界に飛び込んできたのは、私の編んだオフホワイトのセーターを着た池崎さんだった。


 嬉しさと動揺とで視線が泳いだ私に、福田さんがさらに追い討ちをかけた。


『ちょっとぉ!瑚湖ちゃん、ビッグニュースよぉっ!!

 池崎先生、彼女が出来たんですってぇっ!』

『えっ! ……えっ?』


 ますます挙動不審になる私を視界の端に捉えつつ、アルカイックスマイルでポーカーフェイスを貫く池崎さん。

 口の端が笑いを含んでるの、私にはわかりますけどねっ!


『先生が珍しく手編みのセーターなんか着てるから、自分で編んだんですか?って聞いたのよ~。

 そしたら、彼女が編んでくれたんですって!』

『こんないい男ゲットしたなんて、その彼女もきっとただ者じゃあないわね!』


 目を白黒させている私の横で、おばさま達の妄想がエスカレートする。


『先生とお似合いの彼女なら、きっとモデルみたいにすらっとした美人よね!』

『今どき手編みなんてプレゼントするくらいだから、奥ゆかしい日本美人なんじゃないの?』



『ちょっ!あんまりハードル上げないでくださいっ!!』



 思わず出てしまった焦り。

 その言葉が池崎さんの笑い上戸のスイッチを入れ、堪えていた彼もとうとうはははっと笑い出した。



 ────


「でもあれは、フォローもせずに黙ってたくせに、いきなり笑い出した池崎さんも悪いんですっ」


 頬をふくらませて抗議すると、思い出し笑いの止まらない池崎さんが「ごめん」と苦しそうに漏らした。


 私たちの様子にピンときたおばさま達はそりゃもう大騒ぎで、オフィスにいるコミュニティセンターの職員さんが注意しに来るほどで。


「じゃあ、息子は見事に失恋したってわけねえ」

 と残念そうにしていた伊勢山さんも、

「ま、池崎先生が相手じゃ征嗣に勝ち目はないものね!」

 と息子と同じ言葉で彼の傷心を笑い飛ばした。


「まあ、隠すようなことでもないし、これでお互いおばさま達に妙なお膳立てされなくなるからいいんじゃない?」


 思い出し笑いをようやく収めた池崎さんは、そう言うとまたくすくすと笑い出す。


 いや、全然よくないです。


 だって、付き合い始めたことがわかったその日から

“ウエディングドレスにはみんなで純白のヴェールを編みましょ!”

 とか、

“ハワイで挙式やってくれたら、私たちも旅行に行けるわよねぇ”

 とか、

 その手の話で大盛り上がりなんだもの。


 池崎さんは得意のアルカイックスマイルで右から左へ受け流していたけれど、親友の結婚を身近に感じた私としては、いちいちドギマギしてしまう。





 私も、いつか、池崎さんと──





 気が早すぎる妄想に、頬の熱さが頭の上までのぼってきた!


 慌てて手に持っていた水筒のお茶を一口飲む。




 取り付く島から眺めるだけだった大陸に、私は到達したばかりだもの。


 これから池崎さんをもっともっと知って、彼の心の至るところに私の足跡をつけていきたい。




 いつか、池崎大陸に永住できることを目指して──





 大きさが違うわりに上手に遊ぶ二匹を眺めながら、その後はいつものようにたわいない話をした。

 けれども、Alenaアリョーナの毛糸で編んだセーターを着た池崎さんを見るうちに、嬉しさと可笑しさがこみ上げてきて、とうとう私はふふっと笑いをこぼしてしまった。


「突然どうしたの?

 なんかおかしなこと言ったかな」


 アーモンドアイを丸くして小首を傾げる池崎さんの表情が、私の笑いのツボをさらに刺激する。


「そのセーターを池崎さんが着てると、ほんとにアリョーナにそっくりで」


 狙いどおりすぎて可笑しいのと、

 手編みを何度も着てくれて嬉しいのと。


 まるでくすぐられてるように心がこそばゆくて、どうしても顔がにやけてしまう!!



「そんなに似てるかなぁ」


 リアクションに困った池崎さんが、苦笑いして頬をかく。


 その仕草もたまらなく愛おしくて、みぞおちの辺りから衝動が突き上げてきた。




「池崎さん。

 もふもふしても、いいですか?」




「え……?」




 ぽふっ。




 返事を聞く前に、池崎さんのオフホワイトのセーターの胸に顔を埋めた。


「こうしてると……

 アリョーナにもふもふしてるみたい」


 ふんわりと包まれるような感触をすりすりとおでこで楽しんでいると、池崎さんの大きな手が私の肩をそっと引き離す。





「でも、アリョーナはこんなことしないよ?」





 すりすりしていたおでこに、チュッ。


 それから、首を傾けて、かあっとなった私の頬に、チュッ。


 肩にかかる髪をそっと後ろにかきけて、首筋に、チュッ。





 最後に、熱で溶かされた唇に、深くて長いキス──






 美しく澄み渡る冬の青空の下での、甘くて大胆なキス。

 恥ずかしくって、唇が離れても彼の顔を見上げることができなかった。





 そして、今のキス以上に恥ずかしいのは、

 キスより先に踏み込んでほしいって思っている欲張りな自分だったりする──





 そんなことはとても口に出せなくて、再びぽふっ、と胸に顔を埋めると、湯気が出そうな私の頭を大きな手がよしよしと撫でる。




「もふもふはいいけれど……。

 今度は犬なしのデートにしないと辛いな」


「え?」


「アリョーナとチョコ太郎がいたら、この先ができないでしょ?」




 ぼんっ!


 という音が出たんじゃないかと思うくらい、全身の血が一気に顔に集まった。



 なななななな……

 なんてことをっ!!?




 ……って、


 私も同じこと考えてたり、するんですけど……





「今度、どこか旅行に行きたいです。

 できるだけ長く、一緒にいたい……」


 きつくなった腕の中は、顔を見られなくてすむから却って好都合だった。


「うん。行こう。

 ゆっくりできる宿がいいね」


 私の頭にキスを落としながら、とろけるような甘い声で池崎さんが囁く。


 そんな風にくっついていた私たちのそばにいつの間にかアリョーナとチョコ太郎が寄ってきていて、鼻先でちょんちょんと私たちをつついた。


 その二匹の絶妙のタイミングが、甘々モードだった池崎さんの笑い上戸のスイッチを入れてしまった。


「わかったわかった!

 お前達も連れてってやるよ。

 犬も泊まれるとこ、今度探しとくから」


 その言葉に、私ががばっと顔を上げると、くつくつと笑う池崎さんの腕の力が緩まった。


「それだったら、雑誌で見つけて行ってみたかった宿があるんです!

 ペットと泊まる隠れ家ホテル!」


 鼻息の粗くなった私を見て、アーモンドアイを丸くした池崎さんが再び笑い出す。


「そういうとこ、ほんとココちゃんらしいよね。

 OK。じゃあそこを予約するとしよう」


「わあっ! めちゃくちゃ楽しみっ!」


 三回目のぽふっ、と、もふもふ。


 ふかふかの白いセーターに埋まる私に、池崎さんがいたずらっぽく囁いた。




「ただし、ベッドの上は僕とココちゃん二人だけの場所だからね?」



 ぼんっ!


 再び顔を上げられなくなるようなことを言われて、私は熱く火照った頬を池崎さんの胸にさらにさらに押しつけたのだった。




 もふもふ!







(本編おわり・池崎馨の夢Xにつづく)

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