Interlude ~池崎馨の夢 Ⅱ~

 今日の僕はルシアナ国の王宮の自室で編み物をしている。

 愛しのアイナ姫にプレゼントするセーターを編んでいるんだ。

 彼女は紫がとてもよく似合う、上品で大人びた女性だ。

 繊細な模様編みを施したこのラベンダー色のセーターを、彼女はきっと喜んでくれるだろう。


 コンコン。

 硬くて分厚いチークの扉をノックする音。

 続いて「紅茶をお持ちいたしました」の声とともに、給仕がワゴンを運んできた。


 あれ――?

 この子……


「君、たしか以前に会ったことが……」


 僕が言いかけると、カフェオレ色のトイプードルは嬉しそうに尻尾を振って顔を上げた。


「カヲル王子! 憶えていてくださったのですか!

 そうです! 王子の豊かな胸毛にもふもふさせていただきましたココです!」


 僕の白い胸元にまたしても飛びつかれそうになって、僕は慌てて席を立った。


「なっ! なんで君がここにいるんだ!?」

「あのもふもふが忘れられなくて、王宮の給仕のアルバイト面接を受けたのです。おかげさまで一発採用されました~!」


 ココとかいう娘は両手を顎の下で組んで、目を輝かせながらじりじりと僕に近づいてくる。


「ちょ、王宮で僕にもふもふするのはやめ……」

「大丈夫です、王子。今は王子にお仕えする身。いきなりそんな無礼ははたらきません。

 ただ……」

「ただ……?」


 ココは両手を組んだまま、僕のすぐ目の前でひざまずき、懇願するような眼差しを僕に向けた。


「これから私は王子のおそばにお仕えして、精一杯ご奉仕いたします。

 もし…もしも……それで王子がこのココに 、ご自分の胸をもふらせてやってもいいと思ってくださったときには…どうぞ私の願いを叶えていただけたら」


「う……。君の望みはわかった。だが、僕が君の願いを叶えてあげられる日は来ないかもしれないよ? それでもいいのかい?」


 なんたって、僕はアイナ姫一筋なんだ。

 好きでもない女の子にもふもふさせて、期待を持たせるようなことはしたくない。


 ウェーブのゆるくかかった白い胸毛を守るように腕組みして彼女を見下ろすと、彼女は跪いたままで満面の笑みをたたえた。


「はい! それでも構いません! ココは精一杯カヲル王子のために働きます!」


 その健気さは可愛いけれど、彼女の願いを叶えるつもりはない。

 そのうち彼女も諦めて仕事を辞めることになるだろう。


 僕が椅子に座りなおすと、彼女はニコニコしながら紅茶とスコーンをテーブルに置いた。

 僕は小さなため息を一つついて、セーターの続きを編み始めた。


 ────


 ──…


 ……




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