第91話・闇から現れし者

 ロマリア城内へラッセルを助け出す為に潜入をした俺達は、色々とあった末に囚われの身となっていたラッセルを見つけ出す事ができた。

 そして意識の無いラッセルを背負ってロマリア城から撤退しようとしていたその時、俺達の前にロマリア王が一人で姿を現した。


「ふむ。封印していた扉に干渉する力を感じて来てみれば、よもや我が娘と出くわそうとは……いったいお前は何をしているのだ? ミアよ」


 ミアさんはその問いに答えず、未だにその身体を小刻みに震わせている。

 俺達の前で静かに言葉を連ねるロマリア王には王族としての威厳や迫力があり、俺はその雰囲気に思わず気圧されて一歩後ずさってしまった。


「……どうやら状況を見るに、そこに居る賊達と一緒になって我が目的を邪魔しに来た様だな」

「な、何が我が目的の邪魔よっ! お父様に取り憑いた悪魔めっ!」

「悪魔? いったい何の事だ? ミアよ?」

「とぼけないで! あなたがお父様を利用して、世界を混乱に陥れようとしているのは分かっているのよ! 悪魔アリュス!」

「ふっ、実の父親を悪魔呼ばわりとは……どこに私が悪魔だという証拠があるのだ?」

「しょ、証拠!?」

「そうだ、証拠だ。証拠が無ければ、お前の言い分はただの言いがかりに過ぎん」

「くっ……」


 ロマリア王のそんな言葉に対し、ミアさんは先ほどまでの勢いを失って黙り込んだ。

 しかし、それは仕方がないと思う。なにせ俺達は、ロマリア王が悪魔アリュスに取り憑かれているという証拠を何も掴んではいないのだから。


「反論が無いという事は、余が悪魔かどうかを証明できないのだろう? だったら――」

「いいえぇ。あなたは間違い無く悪魔ですよぉ」


 何も反論できない俺達に代わってロマリア王の言葉を遮ったのは、一緒に付いて来ていたミントだった。


「ほう。では、そう言い切れる理由を教えてもらおうではないか。小さきドラゴンよ」

「それはぁ、あなたから遠い昔に嗅いだ事があるぅ、とても嫌な臭いがするからなのですよぉ」

「臭い? これはまた妙な事を言う。そんなものが何の証拠になると言うのだ? 小さきドラゴンよ」

「そこまで言うのならぁ、先日街で買ったこの聖水を飲んでみて下さいなぁ。もしもこれを全部飲んで何も起こらなければぁ、私達は大人しくラッセル君をあなたに渡すのですよぉ」

「ほお。面白い。本来賊のそんな要求を聞いてやる必要はないのだが、ミアの手前もあるから、飲んで悪魔ではない事を証明してやろう」

「ではぁ、ここに置いておくのですよぉ」


 そう言うとミントはどこから取り出したのか分からない聖水の入った小瓶を、俺達とロマリア王の間にそっと置いた。聖水というワードから察するに、悪魔なら聖水を飲む事などできない――と言ったところなんだろうけど、果たしてそう上手く行くだろうかと不安になる。

 だって目の前に居るロマリア王が悪魔アリュスだったとしても、封印しなければいけない程の強い悪魔が、街で売られている様な簡易的な聖水に苦しんだりするだろうかと思うからだ。

 それに余裕の笑みを浮かべて小瓶の方へと向かっているロマリア王を見ていると、その不安は更に大きくなる。

 そんな俺の不安を余所にロマリア王は高さ五センチも無い小瓶を手に取り、何の躊躇も見せずに蓋を開けてから一気にその中身を飲み干した。


「……どうかね? これで納得がいったかな? ミアよ」


 ロマリア王は俺達を小馬鹿にする様な笑みを浮かべてそう言うと、中身の無くなった小瓶をポイッと遠くへ放った。


「お、おい、ミント。本当に何でもないみたいだぞ?」

「まぁまぁ。そう慌てずに見ているのですよぉ」


 近くに来ていたミントに小さくそう言うと、ミントはいつもの呑気な口調でそう答えた。


「さあ、戯れ言はこれで終いだ。大人しくそいつを置いて――うぐっ!? こ、これはいったい!?」


 余裕の笑みを浮かべたままだったロマリア王が、突然その表情を変えて苦しみ始めた。

 その顔は一気に蒼白に染まり、顔中に浮かび始めた汗が滝の様に地面へ流れ落ちていく。


「苦しいですかぁ? 苦しいなら早くその身体から出た方が良いですよぉ。何せそれはぁ、リュシカちゃんに作ってもらった特製の聖水ですからぁ」

「えっ!? 街で買ったんじゃなかったのか?」

「あれは悪魔を油断させる為の嘘ですよぉ。簡易的な聖水が悪魔に対して効果が無いのはぁ、昔の悪魔騒動で聞いて知っていましたからねぇ。だから『街で買った』と言ったのですよぉ」

「なるほど……」


 これはもう、ミントのナイス頭脳プレイとしか言い様がない。

 そしてリュシカの作ってくれた聖水でこれほど苦しんでいると言う事は、ロマリア王に得体の知れない何が取り憑いているのは間違い無いと言えるだろう。


「ググッ……キサ、マラ……ナメタ、マネヲシヤガッテ。ユルサンッ!」


 苦しんでいたロマリア王は、先ほどの丁寧な口調とは違った雑で汚い言葉を発してこちらを睨みつけた。

 するとロマリア王は更なる苦しみの声を上げながら、その身体を大きく振るわせ始めた。


「あららぁ。これはまずいですねぇ」


 そう言うとミントは顔を上へと向け、口から凄まじい輝きの光を放った。するとその光が当たった部分に大きな穴が開き、その奥に青い空が見えた。


「急いでここから出ますのでぇ、しっかり私に掴まって下さいねぇ」

「お、おうっ!」


 俺は背負ったラッセルを左手で支えつつ、右手でふわふわと浮いているミントの片足を掴んだ。するとそれを見たミアさんとラビィも、同じくミントの足や手を掴んだ。


「行きますよぉ!」


 その声の後でゆっくりと身体が浮かび始め、俺達は青く済んだ空が見える外へと向かって進み始めた。

 そしてミントが開けた穴を通って外へと出た時、俺はミントに頼んでそのまま城の門外へと向かってもらった。


「――はいっ。到着なのですよぉ」

「ありがとう、ミント」


 城門から離れた位置に下ろしてもらった後、俺は背負ったラッセルを地面に下ろしてから急いで道具袋を開き、作戦成功を知らせる魔法玉を空へと高く打ち上げた。


「とりあえず何とかなったな……」


 安堵してそう言った次の瞬間、ロマリア城の中心から一つの黒い光が立ち上り、大きな音を立てて爆発を起こした。


「な、なんだっ!?」

「ダーリーン!」

「お兄ちゃーん!」

「あっ、みんな無事だったか。良かった」

「あれくらいの陽動で怪我したりなんてしないわよ。それよりも、今の爆発は何?」

「分かりません。でも、おそらく悪魔アリュスの仕業だと思います」

「やっぱり王様は悪魔に取り憑かれてたの? お兄ちゃん」

「まだ悪魔アリュスだと確認できたわけじゃないけど、ロマリア王に何か良くない者が取り憑いていたのは間違い無いよ。それとティアさん。この人がラッセルで間違い無いですよね?」


 そう言って地面に寝かせたラッセルへ視線を送ると、ティアさんはラッセルへと近付いてしゃがみ込み、その顔をじっと見た。


「……ええ、間違い無いわ。このマヌケ面はラッセルよ」

「そっか。良かったです」

「ありがとね、ダーリン。私の仲間を救ってくれて」


 そう言ってにっこりと笑顔を浮かべるティアさん。

 口ではボロクソにラッセルの事をこき下ろしていたけど、やっぱり凄く心配していたんだろう。


「みなさん! 城の方から何か来ます!」


 ミアさんの緊迫した声に全員が城の方へと視線を向ける。

 すると空にもくもくと立ち上る黒煙の中から、何かがこちらへと向かって来ているのが見えた。


「あ、あれが悪魔アリュス?」


 黒煙を抜けて来た異形の者を見た俺は、思わずそんな言葉を口にした。

 横に大きく裂け、いくつもの鋭い牙が見える口。手には鋭く尖った長い爪があり、身体は太くとても筋肉質だ。

 加えてその背中には悪魔を象徴する様なとても黒い羽が六枚もあり、まさに俺の知る悪魔そのままの姿をしていた。

 そしてその異形の者は空から俺達を見つけると、唐突にその大きな口を開いた。


「貴様らっ! よくもこのアリュス様をコケにしてくれたなっ! 今から貴様らを一人残らずバラバラにして喰ってやる! 覚悟しやがれっ!」


 悪魔アリュスとの距離はまだ相当離れているというのに、まるですぐ近くで言われているかの様にしてその声は俺の耳に届いた。

 魔王ラッセルの騒動とロマリア。その関連性を調べてここまで来たけど、そんな俺達の旅は、ここに来て思わぬ最終戦へと突入する事になった。

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