第89話・作戦開始前日

 世界はいつも動いている。それは些細な事だろうと大きな事だろうと、地球だろうと異世界だろうと変わらない。

 そして俺達は日々動き続ける世界の中に存在し、その流れの中に居る。俺達は多かれ少なかれ、世界の動きに翻弄されながら生きているのだ。


「何と言うか、世の中は本当に上手くいかないもんですね……」

「まあ、世の中が個人の思った様に動くととんでもない事になっちゃうからね。そう言った意味では世界はよくできていると思うわ」

「そうですね。よく分かる話です」


 闇夜に浮かぶ月が世界を淡く照らす中、ロマリア城へと向かう道中でそんな事を口にした俺にティアさんはそう答えた。確かに個人の思想や願いが何でも叶う世界だったら、世の中は大変な事になるだろう。

 だけど、そんな事は何があってもありえないと思える。なぜなら全員の思想や願いが叶う世界なんて、神様の力をもってしても無理だからだ。

 人の願いには必ず重なる部分がある。それが全員分叶えられる内容ならいいだろうけど、例えばそれが恋愛ごとで、同じ人を複数人が好きだったらもうどうしようもない。だから神様でもそんな世界を作るのは無理だろうと俺は思うのだ。


「お兄ちゃんの気持ちも分かるけど、これはもう仕方ないよ。物事はタイミングが重要だから」

「それもよく分かる話だよ」


 ロマリア城に一番近い街、ローランドの近くにある森の中にテントを張って過ごすこと二日。俺達はついに各国の経済破壊活動を開始したロマリアに対し、強硬手段に打って出る事になった。

 ただし強硬手段とは言っても、ロマリアを壊滅させるとかそんな物騒な事ではない。俺達の目的は最初と変わらず、魔王ラッセルの救出だ。

 今のところラッセルさえ救い出せればロマリアの計画のほとんどは駄目になるはずだから、これは俺達の中でも最も重要度の高いミッションだと言える。


「問題はどうやってロマリア城に潜入するかだな」

「そんなの簡単じゃない。リョータが奇襲スキルを使って潜入すればいいのよ」


 ラビィがそう言う様に、俺も一度はその手を考えた。

 しかし相手は魔術国家ロマリア。そんな事に対する対策など既に取ってある可能性が高い。


「お前にしては至極真っ当な意見だとは思うが、そんな対策くらい当に取られてると考える方がいいだろうな。そのへんはどうですか? ミアさん」

「リョータさんの仰るとおり、認識阻害スキルや魔法、侵入者に対する対応は既にされています。ですからこっそりと潜入したりするのは難しいでしょうね」

「ですよねえ……」


 こうなると正面突破くらいしか方法が無くなってくるわけだが、仮にその方法を選択するにしても、真っ正直に正面突破では無駄な犠牲者を出す可能性もある。そこはどうあっても避けたいところだ。


「それだったらもう強行突破するしかないじゃない」

「あのなあ。事はそう簡単じゃないんだぞ? だいたい――」

「いいんじゃないかしら? 強行突破で」


 ラビィの何も考えてなさそうな意見に対して異論反論をしようとしていた俺だったが、意外にもその意見に賛同の意を示したのはティアさんだった。


「ティ、ティアさん。いくら何でも強硬突破は色々な意味でマズイと思いますよ?」

「もちろん考え無しに強行突破をするわけじゃないわ。要するに今回の目的はラッセルの馬鹿を助け出す事だから、それまで相手の目を誰かが引き付けてればいいのよ」

「なるほど。つまり誰かが囮になって城内の警備を外に連れ出して、その間にお兄ちゃんがラッセルさんを助け出すって事ですね?」

「おいおい。どうして突入メンバーに俺が確定してるんだ?」

「だって、私もラビエールちゃんもそのラッセルさんの顔を知らないもん。だけどお兄ちゃんはラッセルさんの顔を見た事があるんでしょ?」

「まあ、確かにそうだけどさ」

「だったらお兄ちゃんが適任だと思うな。それに、警備を引き付ける役目も私達の方が上手にやれると思うし」


 俺としては不本意ではあるが、唯の言っている事は間違っていない。

 現状のパーティーにおいて戦力として俺が役に立たないのは分かっているし、唯やラビエールさん、ティアさんが陽動をしてくれた方が安全かつ色々な心配をしなくて済むだろう。


「……まあ、その方法が現状ではベストなんだろうな。分かった。それで行こう。ティアさんとラビエールさんもそれでいいですか?」

「私は問題無いわよ? ダーリン」

「私も特に問題はありません」

「ありがとうございます。それじゃあ、ラビィとミアさんとミントは俺と一緒にラッセルの救出を頑張ろう」

「えっ!? 私も潜入チームになるの? 私はどちらかと言うと外で待機してたいんだけど?」

「外で戦うって言うならともかく、よりにもよって待機だと? アホ抜かせってんだ。お前は絶対に何があっても潜入チームなんだよ」

「どうしてよ!?」

「一つ。お前が外に居ても戦力として役に立たない。むしろ外に居るとティアさん達の足を引っ張る可能性が高い」

「なっ!?」

「二つ。ロマリア城内にはいくつもの魔術的結界がある可能性が高い。となると、この中でそんな結界の数々を容易に壊せそうなのはお前しか居ない。だから連れて行くんだよ」

「ふ、ふーん。つまり、私の力がどうしても必要だって言いたいわけね?」

「まあ、簡単に言えばそう言う事だ」

「それならそうと早く言いなさいよね。まったく」


 いい方はぶっきら棒だが、ラビィのその表情は少し嬉しそうにしている様に見えた。まあ、理由は何であれラビィが大人しく城内潜入チームに参加するのを承諾しょうだくしたのだから良かった。


「とりあえず、ティアさん、唯、ラビエールさんは城の外で兵士の相手をして下さい。その、なるべく手加減する方向で」

「分かってるわよ。心配しないで、ダーリン」

「お兄ちゃんのお願いだから、私もしっかりと頑張るよ」

「私は二人のサポートに徹しますので安心して下さい」

「それじゃあ、ロマリア城へ着く前に作戦の概要をしっかりと固めておきましょう」


 こうして俺達はロマリア城へと向かいながら話し合いを進め、ラッセル救出作戦の最終確認を行った。

 作戦内容に関して特に難しい部分は無い。陽動役である三人はあくまでも派手に動いてロマリア兵の目を引き、俺達の潜入から目を背けさせる為のカーテン役で、俺達はそのカーテンが上手く機能している内にラッセルを救い出せばいいのだ。

 まあ、言葉にすれば簡単だが、実際にそれをやるとなるとそうそう上手くはいかないだろう。考えもしない様なハプニングが起こる事も十分に考えられる。

 しかし、これは絶対に失敗ができないミッションでもある。

 もしもこれでラッセルの救出に失敗すれば、次はより厳重な警備が敷かれる事は間違い無い。そうなればもう、俺達にラッセルを救い出す術はなくなるだろう。それはすなわち悪魔アリュスの筋書き通りに物事が進み、この世界が滅びの道を進むのと同義となるわけだ。それは何としても防がなければいけない。

 せっかく日本から意気揚々と転生の道を選びこの異世界へと来て、どうしょうもない駄天使に振り回されつつも懸命に生きてきたのだ。そんな苦労を悪魔一匹に台無しにされては洒落にならない。

 そんな思いを胸にロマリア城へと向かい、翌日、俺達はついにその作戦を決行した。

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