第88話・居場所探し

 リシャルト・カーバインと言う名が記された日記を偶然発見してそれに目を通した俺は、その日仕事から帰って来たジェシカさんにその日記を見せた。するとジェシカさんはそれを見て驚きと共に少し寂しそうな表情を見せながら内容を見て、『これは父の日記です』と答えた。

 そして俺がその言葉に名前がまったく違う事を尋ねると、『これは、父が兵士をやっていた時の名前なんですよ』とジェシカさんは言った。

 なんでもジェシカさんの話だと、このロマリアでは兵士になる者は実名と共に兵士名を持つのが一般的らしく、兵士を辞めても癖でその兵士名を使ってしまう者も多いらしい。

 そしてお父さんが残した日記を見終わったジェシカさんは、俺が質問した白きバステトについて答えてくれた。

 ジェシカさんが言うにはバステトとは猫の神様らしく、日記に記された白きバステトとは、白猫の事を言っているのだろうとの事だった。バステトという言葉にはなんとなく聞き覚えがあったけど、それが日本で見た事のあるエジプト神話の猫の女神様だったのを思い出したのはこの時だった。

 つまりあの日記の『黒き者を滅ぼす方法は、白きバステトが黒き者と戦う書の中に記した』とは、白猫が悪魔と戦う物語の中に記されている――という事になる。これは今まで悪魔を倒す為のヒントすら無かった俺達にとっては、かなり重大な情報だ。

 しかしジェシカさんが言うには白猫が登場する物語はアルフェンフォートの図書館にもかなりの数があるらしく、それを総当りで調べるにはかなりの時間がかかると言っていた。だがそれ以外にヒントが無い以上、虱潰しらみつぶしになってもそうするしかないだろう。

 そう言ったわけで俺は翌日から白猫が登場する物語を片っ端から探すつもりだったんだけど、それは急を要する事情でできなくなってしまった。


「それではジェシカさん。例の件、よろしくお願いします」

「分かりました。何か分かったら必ず知らせに向かいますね」

「お願いします。それじゃあリュシカ、ラッティとアマギリ、ささみとせせり、ジェシカさんの事をお願いしますね」

「分かりました」

「にいやん、必ず本を見つけて来るからね」

「うん。頼んだよ、ラッティ」

「アマギリ、そっちの事は頼んだわよ?」

「うん。任せてティアさん」

「ささみとせせりも良い子にしてるんだよ?」

「「ぴよぴよ♪」」


 俺達はジェシカさんとリュシカ達に挨拶を済ませ、急ぎロマリア城方面へと向かい始めた。ロマリアへの偵察をしてもらっていたミントから、とある情報を聞いたからだ。

 ちなみにラッティとアマギリ、ささみとせせりを残して行くのは、この先の旅があまりにも危険だと判断したからだ。もちろんそんな事を言えばラッティもアマギリも納得はしないだろうから、名目上ここへ残す理由は、リュシカやジェシカさんと一緒に白猫の本を探す為のお手伝いとしている。リュシカはそんなラッティ達の為のおり役というわけだ。


「それでミント。昨日言ってたソウルイーターの魔法陣だけど、完成までの時間と被害規模はどれくらいになりそうか分かるか?」


 偵察をしてくれていたミントが持って来た情報とは、強大な魔力を秘めたマジックアイテムを用いて作る魔法陣、ソウルイーターをロマリアが作っているという情報だった。


「そうですねぇ。私の見立てではぁ、完成まであと二ヶ月ってところでぇ、予想される被害規模は数十万人と言ったところでしょうかねぇ」

「二ヶ月と数十万人か……」

「おそらく父――いえ、父に取り憑いていると思われる悪魔アリュスは、近日中に世界各地で経済を破壊する為の大規模な行動を起こすつもりでしょう。そしてそれによって各地で発生した難民などをロマリアへ受け入れ、ソウルイーターの魔法陣の完成と共にその人達の魂を奪って糧にするつもりなのでしょう」

「なるほど。大規模にロマリアへ人を集めるにはおあつらえ向きな計画ですね」

「ええ。それにおそらくですが、悪魔はその状況に便乗してラッセルさんも利用しようとしているのではないかと思います」

「と言うと?」

「これは私の想像ですが、悪魔は経済危機を起こした後でその犯人を魔王ラッセルが引き起こしたものとし、それも利用してロマリアへ更に人を集めようとしているかもしれません」

「なるほど。それは十分に考えられるわね」


 ミアさんの発言にティアさんが大きく頷いたが、それは俺も同じだった。

 現状でロマリアがラッセルを捕らえておく理由は、マジックアイテム生成における魔力の搾取くらいしか考えられない。おそらくそれは、ソウルイーターの魔法陣を完成させる為のマジックアイテムを作り出す為だろう。

 そしてそれが完成すれば、悪魔にとってラッセルは用済みとなるだろう。となると、悪魔は用済みになったラッセルを始末する為に、ミアさんが言った様な考えを実行に移す可能性は高いと思える。

 あくまでもこれは俺達の予想に過ぎないが、ソウルイーターの完成を阻止する意味でもラッセルの救出は急を要する案件だ。

 こうして俺達はアルフェンフォートの街を出てからロマリア城に一番近い街、ローランドを目指した。


× × × ×


 アルフェンフォートの街を出てから三日後の夜。

 俺達はロマリア城に一番近い街、ローランド周辺にある森の少し開けた場所にテントを張っていた。

 どうして街が近くにあるのにわざわざ森の中で寝泊りをする事にしたのかと言えば、もちろん理由はある。それはロマリア王女のミアさんが居るので、ロマリア兵の多いローランドの街に滞在するのは危険だからだ。


「――なるほど。城内はかなり入り組んだ感じになってるんですね……」

「はい。ロマリアは魔術によって発展してきた国で、城の中も研究施設や実験施設が多くあるんです。ですから、知らない人から見ればちょっとした迷宮の様な感じに見えると思いますよ」


 この長旅でお世話になっているテントの中、ランプのジョセフィーヌの淡い光に照らされながら、俺はミアさんが紙に描き込んでいくロマリア城内部の地図を見ていた。

 その内部地図はミアさんの言う様にとても入り組んでいて、一見しただけではどこに何があるのか全く分からない。


「それじゃあ、ラッセル救出の時にはミアさんの案内が必要になるでしょうね」

「はい。それは任せて下さい」

「とりあえず今の問題は、ラッセルの馬鹿がどこに囚われているのかを知る事かしらね」

「そうですね……そこはミントからの情報待ちになると思いますけど、場合によっては強硬手段も考えておかないといけないかもですね」

「まあ、私はその方が手っ取り早くていいんだけどね」

「私もその方がいいかなあ。回りくどい事は好きじゃないし」

「二人共、仮に強硬手段になっても手加減はしてね?」

「ダーリンが心配しなくてもそうするつもりだけど、相手の出方によってはそれもできないわよ?」

「ティアさんに同じく、私もお兄ちゃんの言う通りにしようとは思うけど、そこは相手次第ってところもあるかなあ」

「まあ、そこは二人の判断に任せるよ」


 実力的に今のパーティーにおける最強勢の二人。この二人ならそうそう無茶な事はしないと思うけど、ティアさんも唯も俺の事になると暴走するところがあるから、そこだけは気を付けておきたい。

 こうしてラッセルが囚われている正確な場所を割り出す日々が始まったかに思えたわけだが、それも長くは続かなかった。

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