第87話・記された真実

 ジェシカさんに悪魔についての調べものをしてもらい始めてから三日が経った。

 悪魔とこのロマリアの歴史についての本は全てロマリア王の命により封印図書扱いになっているが、その管理という名目で唯一その本に触れる事ができるのがジェシカさんだ。とはいえ、ジェシカさんもそう長い時間封印図書に触れる事はできないから、少しずつ時間をかけて調べてもらうしかない。

 そして俺もジェシカさんだけに調べものを任せておくわけにはいかないので、俺は俺なりのやり方で悪魔についての情報を得ようとしていた。


「うーん。これにもそれらしきものは載ってないか……」


 陽光が窓から射し込む窓の下。そこにある椅子に腰かけて俺は本を読んでいた。

 俺はジェシカさんが図書館司書の仕事で出掛けている間だけ家にお邪魔し、そこでジェシカさんの持っている本を読ませてもらっていた。しかしここにある本は既にジェシカさんが読んだ本だから、ここにヒントがある可能性は低い。

 だが、書物というのは見る者によって見方や解釈が大きく変わる場合がある。だからもしかしたら、ジェシカさんが気付かなかったところに俺達が知りたかった情報が隠されているのかもしれないと、そう思ってこうしているわけだ。

 しかしどの書物も悪魔やロマリアの歴史を知るには程遠い内容で、どれも参考にすらならない。


「やっぱりジェシカさんの情報待ちになるのかなあ……」


 そんな事を言いながら椅子から立ち上がり、俺は別の本を見ようとまだ見ていない本が立ち並ぶ本棚の正面に立った。


「おっ? 本がバラバラに入ってる。しかもこの辺りなんて上下逆さまになってるじゃないか……まったく、図書館司書がこれでいいのか?」


 なぜか整頓されていない本棚を見た俺は、日本で生活をしていた時の癖で整理を始めた。あべこべに仕舞われている物を見ると、つい綺麗に並べ直したくなるのだ。

 しかしこの本の持ち主は俺ではなくジェシカさんなので、あまり余計な事はできない。なのでとりあえず逆さまになった本だけでも整えようと、一冊ずつ本棚から取り出して整理を始めた。

 何があってこんな事態になったのかは分からないけど、図書館司書ならもっと本を丁寧に扱っていてほしいもんだ。


「――あれっ? 奥まで入らないな……」


 逆さまになった本を取り出しては向きを変えて入れ直すの繰り返しをしていたその時、直し入れようとした一冊の本が何かに邪魔をされているかの様にして中途半端なところで止められた。本の大きさは今まで整え直していた本よりも一回りほど小さいので、この様に奥まで入らないという事はありえない。

 俺は入れようとしていた本を引き抜き、その隙間の奥を覗き見た。するとその隙間から見えた奥に何かが入っているのが見え、俺はその周辺の本を一斉に掴み取ってどかしてみた。


「何だこりゃ?」


 俺が本棚の奥から取り出したその本らしき物には、タイトルの様なものは書かれていなかった。しかしその代わりに、人の名前らしきものは書かれていた。


「リシャルト・カーバイン?」


 俺は書かれていた名前を口にした後、その内容を見てみた。


 ――二月七日。今日からロマリア王、アリアス・ノア・ロマリアーヌ様と共に、ロマリア領内で多発している行方不明事件の解明に向けて行動をする事になった。アリアス様自らが問題の解決に当たるのは珍しい事ではないが、あまり無茶をしない様にしてもらいたい。アリアス様に何かあれば、ロマリアの民が路頭に迷う事になるのだから。


「これって……ロマリア王と行動を共にしていた人の日記か?」


 そこから俺は、注意深くその内容を見ていった。


 ――六月十九日。行方不明事件の真相解明に向けて行動をしていた我らだったが、事態は急転直下の解決をみた。先日情報があった北の洞窟を探索した結果、アリアス様が行方不明事件の犯人を見つけ、それを討伐したとの事だ。残念ながら私は洞窟の外でモンスターの露払いをしていた為にその犯人を見る事はできなかったが、アリアス様が言うには『大型のモンスターが住みついていて、そいつが連れ去った人達を捕食していた様だ』と聞いた。そして残念ながらそのモンスターとの戦闘で、アリアス様以外の者はやられて捕食されてしまったらしい。何とも残念な事だが、アリアス様を守ろうとした英雄達には深く敬意を示したいと思う。


「大型のモンスター? まさかあのミイラの事か? でもあれは、大型って言うほどおっきくなかったけどな……」


 何やら俺の見て来たものと大きく内容が食い違っている。その事に疑問を感じつつ、俺は更にその日記を読み進める。


 ――十月九日。今日、私はロマリア兵士長の任を解かれた。アリアス様が行おうとしている、世界掌握の為の経済政策に異を唱えたからだ。行方不明事件が解決をみてから、アリアス様のご様子はどんどんおかしくなっていった。温和だった性格は荒くなり、世界を統べる事に執心する様になった。いったいアリアス様の中で何があったのだろうか? 考えてみれば、あの北の洞窟から帰った日からアリアス様の様子は少しおかしかった。死んだ仲間を弔いたいと願い出てもアリアス様はそれを頑なに認めなかったし、あの洞窟へ近付く事も禁止にされた。あの洞窟にいったい何があると言うのだろうか?


 日記を読み進めていけばいくほど、変わっていくロマリア王の様子がよく分かる。それはまるで、ロマリア王が別人になっていると思えるくらいに。


 ――二月十日。あの日から一年が過ぎた。私はあれから独自に調査を進め、ある事を突き止めた。あの北の洞窟は、遥か昔この地を治めていた愚王ぐおう、アスニクスがこの地に呼び出した大いなる災いを封じ込めた場所だという事が分かったのだ。その大いなる災いとは、異界より呼び出されし不死身の悪魔アリュス。アリュスは目に付く者の魂を操り、時にはその魂へと乗り移ってその者を操ったと言われている。かつての王国はアスニクスが呼び出したこの悪魔のせいで滅びたのだ。そして当時の魔術師達はこの不死身の悪魔を結界石に封じた後、後の世に悪魔が復活した時の為に悪魔を滅ぼす方法を書き記した古文書を残した。その古文書の行方は長い事分からなかったが、私はつい先日、それをとある骨董屋で見つけた。しかしその古文書には、悪魔を滅ぼす方法は書かれていなかった。その古文書に書かれていたのは、『黒き者を滅ぼす方法は、白きバステトが黒き者と戦う書の中に記した』という一文だけだった。


「バステト? どこかで聞いた事があるな……」


 何の名前だったかは思い出せないが、俺にはその名前の響きに聞き覚えがあった。

 しかし、喉奥から出て来そうで出て来ない。こういった事は結構ある事だけど、こんな時には特にもどかしく感じる。


 ――二月二十日。私は極秘裏に北の洞窟を調べた。そしてそこで見たのは、この世界のモンスターとは明らかに違った姿をした怪物のミイラだった。そしてアリアス様が言っていた様な、大型のモンスターの痕跡らしき物は何も無かった。おそらくこれは、悪魔アリュスのものだろうと思う。あのミイラからは一片の生命力も感じないが、それでもどこかとてつもない禍々しさの様なものは感じた。これは私の勘だが、アリアス様は悪魔アリュスにその魂を乗っ取られているんだと思う。そしてこのロマリア領内で起こっていた行方不明事件は、この悪魔アリュスが起こしていたものだと考えられる。もちろんそれを裏付ける証拠は無い。だが、あの行方不明事件が北の洞窟から程近い場所ばかりで起こっている事を考えても、この考えは的外れではないと思う。私は明日もう一度、あの洞窟に行こうと思う。きっとあそこには、まだ隠された秘密があると思うから。


 日記はこれを最後に終わっていて、その後のページをいくら捲っても何も書かれてはいなかった。

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