第86話・正体に迫る

 悪魔やロマリアの歴史について調べようと思った俺達は、図書館のある街、アルフェンフォートへと来ていた。

 だが、ロマリア王直々の命により、図書館からはことごとく悪魔や歴史に関する本が取り除かれ、俺達は肝心の調べ物をする事ができなかった。

 しかし、アルフェンフォートの図書館司書をしているジェシカさんから悪魔やロマリアの歴史の話をこっそりと聞かせてもらえる事になり、俺達は夜の街に出てジェシカに教えてもらった家へと向かっていた。

 ちなみに話を聞くメンバーは、俺、ティアさん、ミアさん、ミントだ。本当なら唯とラビエールさん、できればリュシカにも来てほしかったところだけど、ジェシカさんから言われた人数制限もあるし、今回は残りのメンバーの護衛に回ってもらった。


「リョータさん。ずっと気になっていたんですが、どうしてリョータさんだけ姿を隠しながら行かなければいけないんですか?」

「ああ、そういえばミアさんにはまだ話してませんでしたね。実は俺、夜になって女性化すると、異様に異性を引き寄せてしまうんですよ。だからなるべく夜は外出しない様にしてて、どうしても出掛ける時にはこうしてスキルで姿を隠して移動をしてるんです」

「なるほど。そういう理由が在ったんですね。でも、どうしてそんな事になってしまったんですか?」

「それはその……俺達と一緒に居るアホな仲間のせいでと言うか何と言うか……」


 本当ならズバッと『うちの駄天使ラビィのせいです』と言ってやりたいところなんだけど、今のラビィは本来のラビィさんではなく、白鳥麗香しらとりれいかと言う名の我がまま娘がその身体を扱っているわけだし、俺以外にその事情は知らない。だからラビィさんの事情を知る俺は、おいそれとラビィの事を悪く言い辛いのだ。


「事情はよく分かりませんが、苦労しているのですね」

「まあ、そういう事なんですよ」

「まったく。あの自称大天使の疫病神女は、本当にろくでもない事しかしてないわよね。ダーリンが可哀相よ」

「ははは……」


 俺をこんな境遇に追い込んだ元凶のラビィに対し、ティアさんは本当に呆れた口調でそう言う。俺もそこについてはまったくそのとおりだと思うけど、今はやはり事情を知っているだけにどうも話に乗り辛い。

 そんな話をしている内にジェシカさんに言われた場所へ着き、俺達は木製の本形プレートがドアに掛かった家を探し始めた。

 周辺には似た佇まいの家が建ち並んでいて探すのは大変かなと思っていたけど、探し始めてから十分と経たない内にジェシカさんの家は見つかった。


「こんばんは、ジェシカさん。近藤涼太です」

「あっ、はいっ! 少しお待ち下さい! きゃっ!!」


 こちらへと近付いて来る足音が聞こえたかと思うと、いきなり中から何かが崩れる音と共に短い叫びが聞こえてきた。


「大丈夫ですか!?」

「は、はい、大丈夫です。今開けますね」


 そう言われてから数秒後。近付いて来ていた足音が目前へと迫り、木製のドアがキイッと音を立てて外側へと開いた。


「お、お待たせしました。あれっ? コンドウさんはどちらに?」

「ここです」

「きゃっ!?」


 俺がスキルで姿を消しているなどとは思ってもいなかっただろうジェシカさんは、ジェシカさんから見て何も居ない空間から声が聞こえてきた事にビックリしてバタンと開いた扉を閉めてしまった。


「ジェシカさん!? 驚かせてすみません。ちょっと訳ありで俺だけ姿を消してたんですよ」

「あ、いえ。こちらこそすみません。ビックリしてしまったものでつい」


 そう言うとジェシカさんは、恐る恐ると言った感じで再び扉を開いた。


「と、とりあえず中へどうぞ」

「すみません。お邪魔します」


 小さく開かれた扉から覗かせていた顔を引っ込め、ジェシカさんは家の奥へと向かう。

 そんなジェシカさんに続く様にして俺は家の中へと入り、スキルを解除した。


「お邪魔します。ジェシカさん。改めまして、近藤涼太です」

「えっ!? あなたがあのコンドウさんですか? 最初にお会いした時とずいぶん見た目が違いますが……」

「それは何と言いますか……話せば長くなるので事情は省きますが、俺は日の出から日の入りまでは男で、日の入りから日の出までは女になっちゃうんですよ。まあ、体質みたいなものだと思って下さい」

「はあ、体質ですか」


 ジェシカさんは明らかに納得していない表情を浮かべていたが、とりあえずと言った感じで頷いていた。

 まあ、ジェシカさんのこの反応は、俺からすれば優しい方だ。もしも俺がジェシカさんの立場だったら、昼間男だった奴が夜には女になるなんて簡単には信じないだろうから。


「この家には沢山の本がおいてあるのですねぇ」

「な、何ですか!? この生き物は!?」


 パタパタと小さな羽をはためかせながら家の中へと入って来たミントを見て、ジェシカさんは驚愕の声を上げた。

 俺はもう慣れてしまったからどうと言う事は無いけど、知らない人から見ればミントは得体の知れない生き物に他ならない。だから普段は人目につくところではぬいぐるみとして持ち歩いたり、馬車の中に居てもらったりしている。


「いやあの、それはですね――」

「初めましてぇ。あなたがジェシカちゃんですねぇ?」

「は、はい……」


 恐れおののくジェシカさんに向かい、いつもののんびり口調でそう言いながら、ミントはのろのろとその距離を詰める。


「私はアデュリケータードラゴンのミントといいますぅ。仲良くして下さいねぇ」

「ア、アデュリケータードラゴン!? あなたがあの、伝説に聞く古からの裁定者、アデュリケータードラゴンなんですか!?」

「そうですねぇ」

「く、詳しくお話を聞かせて下さいっ!!」


 さっきまでミントを見て恐れ戦いていたジェシカさんだったが、アデュリケータードラゴンという言葉を聞いた途端、目の色を変えてそんな事を言い始めた。


「ミントさんはいつ頃生まれたんですか!? これまで見て来た世界はどんな感じだったんですか!? 最後に滅ぼした文明はどこの何だったんですか!?」


 興奮しながら矢継ぎ早にミントへ質問をするジェシカさん。

 そんなジェシカさんにはさすがのミントも驚いたらしく、質問をしながらじりじりと詰め寄って行くジェシカさんを前に、ミントは少しずつ後退をしていた。


「ジェ、ジェシカさん! ちょっと落ち着いて下さい!」

「はっ!? す、すみません。私、知りたい事や興味がある事を前にすると、つい我を忘れてしまうんです……」

「そうみたいですね。でもまあ、未知のものに対してそうなっちゃうのは分かりますよ。でも、今回は最初にこちらからの知りたい事にお答えしてもらっていいですか? その後でなら、ジェシカさんの質問にもある程度は答えますので」

「本当ですか!? 喋ります喋ります! どんな事だろうと知っている事は洗いざらい喋ります!」


 俺の言葉に勢い良くそう答えるジェシカさん。

 その様子に俺も思わず足を後ずさらせてしまうが、ここまで言ってくれるなら、色々と情報をくれそうだから期待したい。


「では、さっそくですがお話を聞かせて下さい」

「はい! ではそちらにある椅子に適当に座って下さい」


 俺達はジェシカさんの指差した場所にある椅子へと適当に座り、その後でジェシカさんが持って来てくれた飲み物を飲みながら、お互いに自己紹介をしあった後に話を始めた。


「それではジェシカさん。改めて悪魔とこのロマリアの歴史について教えて下さい」

「はい。悪魔についての話は諸説ありますが、文献によればこことは違う世界から呼び出された存在――というのが一番有力でしょうね」

「つまり、悪魔はこの世界に居る誰かが意図的に召喚した存在って事ですか?」

「そうです。実際に悪魔を呼び出す為の儀式や、その方法などが記された文献もいくつかありましたし、遥か過去の歴史までさかのぼれば、悪魔が関与していたと思われる出来事もそれなりにあったんですよ」


 俺と唯が居た日本――いや、地球では悪魔や天使などはどこまでも架空の存在で、誰もその姿を見た者は居ない。

 だが、この異世界で俺はミイラとは言えそれらしき者の姿は見た。それを考えれば、悪魔の存在があったとしても不思議ではない。何より俺達のパーティーにはラビィとラビエールさんという天使が実際に居るのだから、悪魔の存在を否定してかかる方がおかしいだろう。


「なるほど……。あの、単刀直入に伺いますが、ジェシカさんは今のロマリア王についてどう思いますか?」

「…………正直に言っておかしいと思います。今のロマリア王は昔とは違い、明らかに軍事力強化を重視した魔術研究をしていますし、それに伴う優秀な人材の獲得にも躍起になっていますから」

「でも、優秀な人材獲得は、かなり昔からやっていたんじゃないですか?」

「確かにそうなんですが、あくまでも昔は国に住む人達の暮らしを豊かにする為の研究で、誰かと戦う事を前提としたものではありません。それにロマリア王はとても優秀な王であると同時に、魔術を人を傷付ける為の手段として使うのを忌み嫌っていました。ですから尚の事おかしいんですよ」


 やはりミアさんから聞いていた様に、かつてのロマリア王はとても良い王様だったらしい。それが今の様に変貌してしまった理由とはいったいなんだろうか。


「……あの、ジェシカさんは今のロマリア王がかつてと違う事に、何か心当たりがあるんじゃないですか?」

「どうしてそう思うんでしょうか?」

「俺が今日、図書館でジェシカさんに悪魔についての本を探している――と言った時、俺が『妙な物を見て調べものをしようと思った』と言ったのを覚えてますか?」

「はい。覚えています」

「ではその時にジェシカさんが、『その妙な物って、もしかして北の方にある洞窟で見たんですか?』って言ったのは覚えてますか?」

「覚えています」

「あの発言がずっと気になっていたんですよ。確かに俺が悪魔についての本を探していたんだから、俺が言った『妙な物』が悪魔かもしれないって思うのは自然だと思うんですけど、それをどうして北の洞窟で見たと思ったのかな――って思ったんですよ。俺は一度も北で見たとも、洞窟で見たとも言ってないのに」


 その言葉を言った瞬間ジェシカさんが、やっちゃった――みたい表情を浮かべた。


「ここから北にある洞窟と言えば、俺が見た妙な物がある洞窟しかないし、あの洞窟には記憶の扉があるから、それを知らない者にはただの奥行きの浅い何も無い洞窟なんですよ。それなのにジェシカさんは、その洞窟の事を指してそう言った。という事は、あの洞窟にあったアレを見た事がある――もしくは、アレを見た誰かから話を聞いた事がある――としか考えられないんですよ」

「……あの会話からそこまで読み取るなんて凄いですね。確かにそのとおりです。もっとも私は直接見たわけではなく、父からその話をきいただけですが」


 そこからジェシカさんは、自分の父親が見たものについて話してくれた事を話し始めた。

 なんでもジェシカさんのお父さんはロマリア国王の側近兵の一人だったらしく、過去にロマリア領内で起きていた行方不明事件もロマリア王と一緒になって解決にあたっていたらしい。だが、父親がロマリア王と一緒に北の洞窟へ行った後で行方不明事件も起こらなくなり、その後なぜか、ジェシカさんの父親は兵士を辞めさせられたらしい。

 そしてそんな突然の出来事と、徐々におかしさを増していったロマリア王の事を不審に思ったジェシカさんの父親は、ある日一人で北の洞窟を調べ、そこで俺が見た物と同じ物を見たと聞いた。

 なぜジェシカさんの父親が俺と同じ物を見たと分かるのかと言えば、ジェシカさんの父親がそこで見た物を自宅へと帰ってから絵にして残していたからだ。

 そしてロマリア王がおかしくなってきている原因が北の洞窟にあった妙な物が原因だと思ったジェシカさんの父親は、それを調べる為に再び北の洞窟へと向かい、二度と帰って来なかったらしい。


「なるほど、そんな事が……」

「はい。あれから私は北の洞窟や悪魔について色々と調べてみたんですが、かつてこの地にあった巨大な王国。そこを治めていた王が強大な悪魔を呼び出した――という伝説はこの地に広く伝わっているのですが、どうやらその悪魔を封印した地が、ちょうどあの北の洞窟周辺だった事が分かったんです」

「それじゃあやっぱり、俺が洞窟で見たあのミイラは」

「悪魔は魔術師達の手によって封印されたと伝わってますが、おそらくあの洞窟に封印されていたのが悪魔で間違い無いと思います」

「悪魔は魔術師達の手によって封印されたけど、何らかの形でその封印を破って外へと出た――そんなところですかね?」

「おそらくそうだと思います」

「でも、悪魔がミイラになってたなら、もう死んでるって事じゃないの?」


 話を聞いていたティアさんが、もっともだと思える発言をした。

 確かにあの状況を見る限り、あの悪魔と思われる者が生きていた様には見えない。


「悪魔は身体が滅びてもぉ、その魂が消え去らない限りは生きている事と同じなのですよぉ」


 ティアさんの疑問に対し、ミントがすぐにそう答えた。


「ミントは悪魔を見た事があるのか?」

「この地ではありませんがぁ、かつて一度だけその姿を見た事がありますねぇ。その時の悪魔はとても弱い悪魔だったと聞いていますがぁ、倒すのにはとても苦労したらしいですよぉ? 悪魔は不死身の存在と言われていたのでぇ」

「不死身の存在?」

「なんでもぉ、悪魔には他の生物の魂を乗っ取る力があるらしくてぇ、その魂を消さない限りは倒した事にはならないらしいのですよぉ。しかも悪魔の魂を消し去るにはぁ、ある物を壊さないといけないと聞いていますぅ。それが何かは分かりませんけどねぇ」


 ――悪魔が生物の魂を乗っ取る力があるなら、封印を破った悪魔がロマリア王を乗っ取っている可能性は十分にあるって事か……。


「……ジェシカさん、一つ俺達に協力してもらえませんか?」

「協力ですか?」

「はい。魔王ラッセルの脅威が世界にある事はジェシカさんも知っているとは思うんですが、それがどうやら、ロマリア王の仕組んだ事らしいと俺達はつきとめたんです」

「えっ!? どういう事ですか?」


 俺達はこれまでの旅の事をジェシカさんに語って聞かせた。

 最初こそジェシカさんは魔王とロマリア王との接点を信じてはいなかったけど、話を聞いていたミアさんが自分の正体を明かし、ロマリア王の豹変についても話をしてくれた事でその話を信じてもらえた。

 そして俺達はジェシカさんに、かつてこの地に呼び出された悪魔が何なのか。その悪魔の弱点とは何なのかをこっそりと調べてもらう事にした。俺達が動くよりも、図書館司書であるジェシカさんの方が自然にその事を調べられると思ったからだ。

 こうして俺達はジェシカさんが調べものをある程度終えるまでの間、このアルフェンフォートの街に滞在する事になった。

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