第75話・日向の妹と日陰の兄

 温泉の街テンペイを後にした俺達は、この旅の目的の一つでもある魔術国家ロマリアへと向かっていた。


「ねえ、リョータ。アレは放って置いていいわけ?」

「えっ? ああ、別にいいんじゃないか? 食費がちょっとかかるけど、それ以外は特に問題があるわけでもないし」

「問題ならあるわよ! それも一番大きな問題が!」

「問題って何だよ?」

「アイツ等、なぜか私にだけは敵意剥き出しなのよ? 他の人にはピヨピヨ言って好意的なのに、私が近付くと蹴りをかまそうとするんだから」


 ――それはきっと、お前のやった事が原因だろうよ。


 そう言ってやりたかったが、言っても無駄なのは分かっているのであえて何も言わない。


「そんな事なら実害が無いのと一緒じゃないか」

「はあっ!? 馬鹿な事を言わないでよね! アイツ等の蹴りって結構当たりが厳しいんだから!」

「はいはい。だったらせいぜい蹴られない様に気を付けておけ」

「ちょっ!? 真面目に聞きなさいよね!」


 俺はキンキンとうるさい声を上げるラビィから離れ、ラッティの方へと向かった。


「ささみ、せせり、ラビィに何かされそうになったら、すぐに助けを呼ぶんだぞ?」

「「ピヨピヨ!!」」


 ラッティの側で仲良く歩いていた金色ピヨのささみと銀色ピヨのせせりにそう言うと、二匹はピョンピョンと飛び跳ねながら元気に返事をした。


「大丈夫だよ、にいやん。ラビねえやんはささみーとせせりーをいじめたりしないから」

「そっか。それならいいんだけどな」

「うん!」


 以前と変わらない無邪気な笑顔を見せる幼女ラッティ。

 ラッティが元の幼女に戻ったのは、おそらく今日の朝になった頃だ。少なくとも昨日の夜までは大人バージョンのラッティだったから。

 とりあえず元の幼女に戻って安心したけど、ほんの一日ちょっとの間だったとは言え、もうあの大人バージョンを見れないかと思うと少し残念に思う。

 まあ、それはそれとして、なぜラビィに追われていた二匹のピヨが一緒に居るのかと言うと、ピヨ達が勝手に俺達について来たからだ。

 俺としては仲間を討伐した事による罪悪感もあったし、特に問題を起こすわけでもないのでついて来る事に関して特に何も言わなかった。ラビィ以外のみんなはピヨ達の事をすんなりと受け入れてくれたし、その辺についても問題は無い。

 それにピヨ達がラッティにとても懐いているし、それを引き離すのも可哀相だと思えたから。

 ちなみにだが、ささみとせせりと言う名前をピヨ達に付けたのはリュシカだ。個人的にはとても気になる名前だけど、当のピヨ達がその名前を気に入っているみたいだから、この際それは口にしないでおこう。


「そういえばぁ、リクリちゃんの姿が見えませんけどぉ、どうしたんですかぁ?」

「ああ。リクリなら、『ずっと姿を見せてるのは疲れるから、しばらく休んでおくわ』って言ってたよ」

「なるほどぉ。それで今朝から姿が見えなかったんですねぇ」

「そういう事」


 俺達が歩いている平原の上には晴れ渡る青空があり、空を汚染する様な物も無いから空気も澄んでいる。

 それに今のところはモンスターの襲撃も無いから実に平和だ。是非ともこのまま何も起きず、無事に平和にロマリアへと着きたいもんだ。


「あっ! お兄ちゃん、何かこっちへ向かって来てるよ?」


 俺のささやかな願いも虚しく、さっそく何かが起こった様子だった。


「はあっ……どれどれ?」


 声をかけてきた唯の指し示す方向を見ると、その方向に大きな砂煙が立ち上っているのが見えた。しかしそこに何が居るのかは、位置が遠過ぎて視認できない。

 本来ならどこかに隠れて様子を見たいところだけど、この平原には隠れる事ができそうな岩場や森などは無い。だから別の手段で向かって来ている者が何なのかを知る必要がある。


「仕方ない。ラビィ、天眼のスキルを使って何が来てるのかを見てくれ」

「はいはい。まったく……いつもいつも私をこき使ってさ……」


 ラビィは本当に渋々と言った感じで天眼スキルを使うが、このくらいの事はしても当然だと思う。ラビィが今までして来た事を思えば、これくらいではとても足りないのだから。


「どうだ? 何が見える?」

「……どうも馬に乗った女が追われてるみたいね」

「追ってるのはモンスターか?」

「いいや。追ってるのも人間みたい」

「となると、盗賊とか山賊の類って事かな……」


 単純に盗賊や山賊が向かって来ているだけなら退ける方法も回避する方法もあるけど、追われている人が居るとなると話は違ってくる。

 本当なら関わりたくないところだけど、知ってしまった上で無視を決め込むのは気持ちが悪い。とりあえず事情を知る必要はあるだろうけど、わざわざこんな所で一人の女性を追い回すというのは普通ではない。

 それに遅かれ早かれ、俺達は巻き込まれる事になるだろう。なぜなら先頭を走る女性の乗った馬が、こちらへと向かって来ているのが見え始めているから。


「しゃあない。唯、一緒に来てくれるか?」

「もちろんだよ」

「では、私もお供します」

「ありがとうございます。ラビエールさん」


 荷馬車と他のみんなにはその場で待機してもらい、俺達三人は向かって来る集団の方へと走り始めた。


「唯。事情が分からないから、なるべく戦闘は避けるぞ」

「分かった。とりあえず私があの集団の足を止めるから、後の流れはお兄ちゃんに任せるよ」

「了解!」

「うん。それじゃあ、ちょっと行って来るよ!」


 言うが早いか、唯は一気に加速して向かって来る集団との距離を詰める。

 その身体能力は地球に居た時の常識を遥かに超えたものだが、この異世界においては十分にありえる事だ。まあそうは言っても、唯クラスの冒険者とはそうそう出会うものではないだろうけど。


「私も先に行きます」


 唯のサポートとしてついて来てくれたラビエールが、唯の後に続いて速度を上げる。俺も負けじと唯やラビエールさんの後を追うが、その距離は縮まるどころか開いていくばかりだ。

 この異世界に来てからまだ間もないとは言え、既に一級冒険者をも凌ぐ実力を持つマジックソードマスターの唯と、エンジェルメイカーのラビエールさん。その実力に裏打ちされた能力は確かなもので、今の俺にはその差を埋めようもない。

 二人との実力差に改めて気付くのと同時に悔しさを感じていると、前方で立ち上っていた砂煙が徐々に小さくなり始めた。それは唯が馬で走っていた集団を止めてくれた事を意味する。

 立ち上っていた砂煙が横風に払われて消える頃にようやく集団の元へと到着した俺は、息を切らせながら追われていた女性を背に立ちはだかっている唯とラビエールさんの横へと並んだ。


「待ってたよ、お兄ちゃん」

「はあはあ、待たせてすまん」

「大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です」


 俺は無理やりに息を整えながら顔を上げ、女性を追っていた集団を見た。

 その集団はざっと見ただけでも二十人以上居て、服装は誰一人として同じ者は居ない。しかも全員が妙な仮面を付けているから、その表情を読み取る事もできない。


「あなた達は何者ですか? どうしてこの女性を追っているんですか?」


 俺の放った質問に対し、誰一人として答える者は居ない。

 この状況下で何も答えないと言うのも不気味だけど、仮面に隠れて表情が分からないから、それが余計に相手の不気味さを増す。


「あの、これはいったいどういう事ですかね?」


 相手が答えないのなら仕方ないと、俺は背後に居る追われていた女性に話しかけた。


「分かりません。この平原に入ってしばらくした頃からずっと後を追われているんです」


 追われていた女性も事情が分からないらしく、困惑の様子を見せている。

 そんな状況に対し、これはいったいどうしたもんかと思っていると、唐突に仮面の集団がそれぞれの所持している武器を手に持った。


「お兄ちゃん、どうやら相手は問答無用みたいだよ?」

「マジかよ……しゃあない、唯、手加減はするんだぞ?」

「分かってるって」

「ラビエールさん、彼女をみんなの居る所へ連れて行ってもらえませんか?」

「分かりました。リョータさん、唯さん、気を付けて下さいね?」


 俺と唯がコクンと頷くと、ラビエールさんは馬に乗った女性を先導してティアさん達が居る方へと向かって行った。


「さてと」


 短くそう呟くと、唯は愛剣を抜いて構えをとった。我が妹ながらその様はとても凛々しく勇ましい。

 だが、できれば戦闘になる事態は避けたい。モンスター相手ならともかくとして、同じ人間相手に戦うのはやはり抵抗があるから。


「僕達は危害を加えられなければ争う意志はありません! だから武器を収めて話をしませんか?」


 ちょっとした望みに賭けてそう言ったけど、相手は手に持った武器を収めてはくれず、そのまま馬に乗ってゆっくりと近付いて来る。

 そんな様子を見て話し合いは無駄だと悟った俺は、仕方なく腰に携えた短剣を右手に握って構えた。


「来るよ! お兄ちゃん!」


 唯がそう言った瞬間、ゆっくりとこちらへ向かって来ていた集団がスピードを上げて突撃して来た。

 相手集団の持っている武器は剣に槍に斧に弓に鞭にと様々で、対応が非常に難しい。俺もこの異世界に来てから対モンスター戦にはだいぶ慣れたけど、本格的な対人戦はこれが初めてだから、正直勝手が分からない。

 しかし、相手の持つ武器の間合いや特性は何となく分かるから、それを考慮に入れて戦えばいいだろう。


「唯! 俺は奇襲スキルを使って相手を撹乱するから、唯は間合いの外から攻撃できる武器を集中的に狙って破壊してくれ!」

「分かった!」

「行くぞ!」


 俺はすぐさま自分と唯に奇襲スキルを使いその姿を消した。それにより相手集団の動きが一瞬鈍り、隙が生まれる。

 そしてその瞬間を見逃さずに、唯が遠距離武器を持つ相手を集中的に狙って武器を壊し落として行く。その手際とスピードたるや、もはや超人の域に達していると言わざるを得ない。

 そんな唯の手際に驚きつつ、俺も地味に相手へと近付いてから持っている武器を叩き落して行く。

 奇襲スキルは一度攻撃を加えると解除されてしまう為、最初の攻撃を当てた唯の姿は今はばっちりと見えてしまっている。

 だが、例え姿が見えていても、唯に対して一撃を加えるのは相当に難しいだろう。

 的確に武器破壊をしている唯に敵の意識は向かっていて、俺は完全に蚊帳の外状態になっている。

 それはある意味で好都合と言えば好都合なんだけど、俺が撹乱をすると言っていたのに、これでは唯が撹乱役になってしまっている。その事に兄として情けなさを感じずにはいられないが、この状況を何とかするにはこの方がいいのかもしれない。

 唯は俺の想像を遥かに超えるスピードで集団の持つ武器を破壊している。これならおそらく、相手を無力化するのに五分とかからないだろう。

 そして俺の予想通りに武器を破壊されて無力化された集団は、最後まで一言も言葉を発しないまま後退を始め、どこかへと去って行った。


「ふうっ……お兄ちゃん、大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫だよ」


 本来なら俺が妹を心配して声をかけるところだろうけど、今更そんな事を気にしても仕方がない。

 俺は持っていた短剣を腰の鞘に収め、唯と一緒にみんなの元へと戻った。


「大丈夫でしたか? 唯さん、リョータさん」

「あ、はい。僕は大丈夫ですよ」

「私も大丈夫だよ。ラビエールちゃん」

「良かったです」


 姉のラビィとは違い、天使に相応しい言動をとるラビエールさん。本当にどうして姉妹でこんなに違うのか不思議でしょうがない。


「あれっ? そういえば、追われていた人はどこに?」

「ああ。あの方なら、リョータさん達の戦いが終わった後に気を失って倒れたんですよ」

「えっ!? 大丈夫なんですか?」

「はい。怪我もしてはいませんでしたし、多分、追われていた緊張感と疲れで倒れたんだと思います。ですから今は荷馬車の中に寝かせています」

「そうでしたか。ありがとうございます、ラビエールさん」

「あっ、いえ……」


 少し照れた感じでそう言うラビエールさん。ラビィにもこのくらいの可愛げがあればいいんだが、それは無理なお話だろう。


「それにしても、どうしましょうか?」

「そうね……ここに置いて行くわけにもいかないし、かと言ってここに留まるのも得策とは言えないから、寄り道になっちゃうけど、ここから一番近いアリアントの街に行くのはどう? ダーリン」

「そうですね。このまま連れて行くわけにもいきませんし、ちょっと気になる事もありますからね」


 こうして俺達は謎の仮面集団に追われていた女性を連れ、アリアントの街へと向かう事になった。

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