第76話・繋がりはどこで役立つか分からない

 謎の仮面集団に追われていた女性を助けた後の夕暮れ前。

 俺達は女性を助けた場所から一番近くにあるアリアントの街まで来ていた。本当ならどこか落ち着ける場所にでも行ってその女性から色々と事情を聞きたいところだけど、助けた女性はよほど疲れが溜まっていたのか、荷馬車の中で眠ったまま未だに目を覚ましていない。

 助けた女性の様子をみてくれたラビエールさんが言うには、『身体的疲労よりも、精神的疲労の方が強いみたいですね』と言っていたから、今は無理に起こさない方がいいだろう。

 そう言った訳で女性が自然に目を覚ますのを待つ事にした俺達は、いつも通りの組み合わせでそれぞれに宿を探して泊まる事にした。

 そして助けた女性の様子見は、何かあった時の為に治癒のエキスパートであるラビエールさんに任せる事にしたので、ラビエールさんと唯が泊まる宿の部屋へと俺が運び込んだ。

 こうして助けた女性を唯達の泊まる宿へと運んだ後、俺とラビィはアリアントの冒険者ギルドへ行って格安の宿を紹介してもらい、そこへ泊まる事になった。


「――ふうっ……それにしても、あれはいったい何だったんだ?」


 夕暮れ時と言う性別変換の微妙な時間と言う事もあり、俺は夕食の買出しをラビィに任せて部屋のベッドの上で一人考え事をしていた。考えている事はもちろん、あの謎に満ちた仮面の集団についてだ。

 この異世界では地球に居た時の様な常識が通用しない部分が多いのは確かだけど、あの状況はどう考えてもおかしい。

 助けた女性はかなり質の良い衣装を身に纏っていたから、どこかのお金持ちのお嬢様って可能性は十分にある。そう考えるとあの女性はあの仮面の集団に誘拐され、隙を見て逃げ出して来たという可能性も出てくる。

 だがそれだと助けに入った際に『これはいったいどういう事ですかね?』と俺が質問した事に対し、『分かりません』と女性が答えた事への辻褄が合わないし、あんな感じの盗賊や山賊に追われていたともやはり考えにくい。考え始めて間もないけど、こうなるといったいどんな理由があったのか俺にはもう想像がつかない。

 俺はとりあえずこれ以上この件を考えるのを止め、大人しく女性が目覚めるのを待つ事にした。ラビエールさんが様子を見てくれているんだから、あの女性が目覚めるのもそう遠い話ではないと思う。だったらその時に色々と話を聞けばいいだけだから。

 考える事を止めた俺はベッドの上で寝返りを打ち、夕食を買いに行っているラビィを待つ事にした。


× × × ×


 のんびりと休んだ翌日の朝。

 ラビエールさんからのお使いで助けた女性が目を覚ました事を伝えに来てくれたミントの話を聞き、俺は仲間全員に『冒険者ギルドへ集まってほしい』という事を伝えてほしいとミントに頼んだ。

 そして快くそれを受けてくれたミントが窓から飛び去って行くのを見送った後、俺達は準備を済ませて冒険者ギルドへと向かい始めた。

 今回の件が無ければ立ち寄る予定が無かったアリアントの街だが、街並みは初心者の街であるリリティアとは違って木造建築が多く、その様はどこか落ち着きある雰囲気を感じる。

 だが、そんな落ち着きのある雰囲気の街並みとは違い、通っていた商店の方は少し殺伐としていた。ある一部の露店主や買い物客が、皆一様に渋く険しい表情を浮かべていたからだ。

 そんな様子に最初こそどうしてだろうと疑問を感じていたけど、その原因は厳しい表情を浮かべている露店主やお客が居る店の商品の値段を見てすぐに判明した。


「相場よりもかなり高いな……」


 厳しい表情を浮かべている露店主やお客の居る店は、その全てが食料関係の品を扱っている。そしてその相場は、俺が今まで見て来た物よりも五倍以上高い物がほとんどだ。

 まあ、相場というのはその街々で違いが出るのは当たり前だけど、元々日本で暮らしていた俺の感覚で言うと、五倍以上の高騰を見せるのはさすがに異常だと思う。もちろん日本だろうと異世界世界だろうと、色々な事情で高騰する事はあるから、まったくあり得ないとは言えない。

 実際にラグナ大陸へ渡る前に居た港街アルフィーネでは、長い大時化おおしけの影響で街の中にある全ての品々が高騰を続け、食料品に関しては最終的に相場の二十倍にまでその値段が跳ね上がっていた。

 そんな事例を考えれば、このアリアントの街も何らかの事情で食料品が高騰する事態が起こっていると考えられる。もしかしたら色々とおかしな事が起こっているのかもしれないと思いながら、俺はラビィと一緒に冒険者ギルドへと向かう。


「――お待たせ、ダーリン」

「あっ、おはようございます。ティアさん、アマギリ」


 冒険者ギルドに着いてみんなの到着を待っていると、ティアさんとアマギリが最初にやって来た。

 ティアさんは挨拶をした後で当然の様に俺の右隣の椅子に座り、アマギリはペコリと頭を下げてから木製テーブルを挟んだ俺の正面にある椅子へと腰を下ろした。ちなみにラビィはテーブルの一番端で既に眠りの世界へと旅立っている。

 そしてティアさん達が訪れてから続々と仲間達が集まり、俺とラビィが冒険者ギルドへと来てから二十分もする頃には全員が揃った。

 全員が集まり長方形の木製テーブルの長い方に俺達が分かれて座り、助けた女性にはテーブルの短い方へと座ってもらってから話を始めた。


「それでは早速ですけど話を聞かせて下さい。まず、あなたの名前は何ですか?」

「……私の名前はミアと申します。この度は助けていただいてありがとうございました」


 やや緊張気味の面持ちを見せながらも、名前を言って丁寧にお礼を言うミアさん。

 そしてミアさんが名乗った後、俺達も礼儀と言う事でそれぞれ名前を名乗ってから話を続けた。


「ところでミアさん。あの仮面の連中の事は本当に何も知らないんですか?」

「はい。あの時にも言った様に分かりません。突然姿を現してから追われたので」

「そうですか……」


 自己紹介の後で早速本題に入ったわけだが、やはりミアさんの答えは変わらない。これでは謎の仮面集団の正体に迫る切っ掛けすら掴めない。

 その事に困ったなと思っていると、突然リュシカが小さく右手を上げた。


「あの、私から質問をしてもいいでしょうか?」

「あ、はい。どうぞ」

「ミアさんはあの仮面の集団の事を分からないと言っていましたが、追われる様な心当たりはあったのではないですか?」

「そ、それは……」


 リュシカの質問に言葉を詰まらせるミアさん。その様子を見るからに、リュシカのした質問は図星の様だ。

 だが、ミアさんが言葉を詰まらせると言う事は、それだけ話し辛い内容なのだろう。


「……どうやら話し辛い内容みたいですね。では質問を変えます。ミアさんはどちらへ向かおうとしていたんですか?」

「…………アストリア帝国です」

「ここからアストリア帝国に? どうしてですか?」

「それは……アストリア帝国第一皇女、ヴェルヘルミナ・エミリー・アストリア様に会いに行く為です」


 リュシカの質問に対し、ミアさんはやや戸惑いつつもそう答えた。

 ミアさんの様子を見る限りは嘘を言っているとは思えないけど、それよりも俺は、ヴェルヘルミナ・エミリー・アストリアという名前を聞いて驚いていた。


「ミアさんはエミリーとお知り合いなんですか?」

「えっ!? エミリー様が呼び捨てをお許しになっていると言う事は……貴方あなたはまさか、アストリア帝国の皇族関係者なのですか!?」

「ああ、いやいや。僕は皇族ではありませんし、アストリア帝国の関係者でもありません。ですけど、ひょんな出来事からエミリーとは知り合いになって、エミリー本人から『エミリーって呼んで』と言われてるんですよ」

「そうだったんですか…………あの、ぶしつけではありますが、エミリー様と知り合った事情をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

「あー、どうします? リュシカ?」

「まあ、もう解決した出来事ですし、話してもいいんじゃないですか?」

「リュシカがそう言うなら。ではお話しますね」


 俺は掻い摘んではいたが、エミリーの家出と誘拐事件の顛末てんまつをミアさんに話して聞かせた。

 ミアさんは話をしている最中、物凄く真剣に俺の話を聞いていた。それはもう、一言一句を聞き逃すまいと言った感じで。

 そして俺の話を聞き終わった後、何やら考える様な素振りを見せていたミアさんは、意を決したかの様にして口を開いた。


「あの、皆様に折り入ってお願いがあります! どうか私にご助力下さい!」


 口を開いて勢い良くそう言ったミアさんは、そのお願い事を言うと共に自分の素性も明かしてくれた。

 ミアさんの話してくれた素性は俺達にとって驚きはしたけど、それと同時に俺達の目的を達する為の重要なヒントを得る切っ掛けにもなった。

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