第74話・幻視の森の戦い
リクリこと原始の精霊に促され、俺は幻視の森の中を歩いていた。俺達がこの森を抜け出せない原因となっている幻視植物を捜し出して処理をし、無事にこの森を抜け出す為だ。
その為にリクリの協力を受けながら原因の幻視植物を捜しているわけだが、これが思ったよりも上手くいっていない。
「あっ、また違った……」
「さっきも言ったでしょ? エネルギーの揺らぎや気配をよく見極めるの」
俺はリクリが持つ力を借り受けた状態で森の中を歩いている。
その能力とは、植物が放つエネルギーの流れを視認できるという能力だ。今の俺が見ている世界を上手く言葉として表現できるかは分からないけど、簡単に言えば色の付いたエネルギーの波があちらこちらに見えるわけだ。
リクリが言うにはそれが植物の放つエネルギーの波だそうだが、こうも植物が多いとどの波をどの植物が放っているのか判別が非常に難しい。
しかも今回の原因となっている幻視植物は他の植物なども利用して狙った相手を惑わせる厄介なタイプらしく、それが原因の幻視植物を捜す難易度を更に高めている。
俺としてはリクリに捜してもらった方が早いと思うんだけど、その提案をさっきした時にはあっさりと却下された。その理由は何とも単純で、『こういった事に慣れておいた方がいいからよ』との事だった。
言わんとしている事は分からないでもないけど、こんな時くらいは融通を利かせてほしいと思ってしまう。
「そうは言うけど、その見定めが難しいんだよ。こうもエネルギーの波が沢山あるとどれが本命なのか分からないし、リクリの言うエネルギーの揺らぎや気配ってのも俺にはよく分からないんだよ」
「仕方がないわね。それじゃあ、もう一つの方法を試してみましょう」
「もう一つの方法?」
「リョータ。適当な長さの布を持ってたら出しなさい」
「布? 分かった」
俺は道具袋を開け、その中にある一枚のタオルを取り出した。
するとリクリは俺が取り出したタオルをヒョイッと掴み取り、俺の視界を完全に塞ぐ形で頭にタオルを巻き締めた。
「あの、これはいったいどう言う事で?」
「簡単な事よ。リョータは視覚に頼った探索はまだ苦手みたいだから、今度は感覚に頼った方法に変えてみるだけよ」
「それって難易度上がってない?」
「さあ、それはリョータ次第だから何とも言えないわね。で、視界を塞がれた今はどんな感じ?」
「真っ暗闇で何も見えない」
「そんなのは当たり前でしょうが! 私が言ってるのは、視覚以外の感覚で何か違和感は無いかって聞いてるの!」
リクリにそう言われ、とりあえず自分の感覚に違和感があるかどうかを確かめる為に大きく深呼吸をする。
そして深呼吸を終えてからしばらくすると、ある方向からとても嫌な雰囲気を感じ取った。
「あっ……」
「何か感じ取った?」
「うん。あっちの方からだけど、何だか嫌な感じが流れ込んで来てる気がする」
「なるほど。それじゃあリョータ、今のその感じをしっかりと覚えなさい。そしてそれを覚えたら、タオルを取って嫌な感じがした方へ向かいなさい」
「分かった」
俺は今現在感じている嫌な感覚を覚える為にしばらく意識を集中し、その感覚を覚えたところで巻かれていたタオルを外してその方向へと歩き始めた。
それにしても不思議だ。さっきまでエネルギーの波を見ても色の違いしか分からなかったのに、今は少しだけどそのエネルギーの中にある感情の様なものが分かる。
「どうやら大丈夫みたいね」
「凄いよリクリ……さっきまでとはまるで違う。リクリの力で見せてもらってるエネルギーの波の違いが、少しずつだけど分かる様になってきたよ!」
「そう、それは良かった。あっ、それと言っておくけど、私はもうリョータに能力を使ってないわよ」
「えっ!? でも、はっきりとエネルギーの波が見えてるけど?」
「それは元々リョータが持っていた資質によるものよ。私はその資質が目覚める切っ掛けを与えてあげただけ」
「マジか! ありがとな、リクリ!」
「ま、まあ、私に名前を送らせてあげたんだから、これくらいの事はしてあげるわよ。それよりも、とっとと目的の幻視植物を見つけなさい」
「分かった」
徐々に強まっていく嫌な感覚と、その嫌な感覚を纏うエネルギーの波を頼りに森の中を歩き、ようやく今の状況を作り出しているであろう元凶の植物を捜し出す事に成功した。
俺は木の陰に隠れながら、目標と思われる植物をしばし観察していた。見た目は地球にもあるラフレシアにそっくりだが、その大きさは地球にあるサイズよりも遥かに小さく、ざっと見ても直径四十センチと言ったところだ。
「多分アレが元凶の幻視植物だと思うんだけど、どうかな?」
「そうね、正解。でも、結構厄介な奴に目を付けられたわね」
「厄介?」
「ええ。アレはラフレシアンと言って、森に迷い込んだ人間や大型の動物、果てはモンスターさえも幻視を使って捕食するとんでもない奴よ」
「モンスターも!?」
地球に存在するラフレシアも相当気味が悪いが、少なくとも人間や動物を捕食する事は無い。それに比べてあのラフレシアンは、人間や動物はおろか、モンスターさえも捕食対象にすると言うのだから質が悪い。悪食も程々にしろと言ってやりたくなる。
「ええ。ラフレシアンは幻視植物の中でも特に厄介な分類に入る奴で、一度幻視が始まると解除させるのは困難なのよ」
「マジか……で、あのラフレシアンに幻視を解除させる方法は?」
「方法は二つあるわ。一つは強力な太陽の光を二十分浴びせ続けて枯らす方法。もう一つは、ラフレシアンの
「と言うと?」
「まずはラフレシアンが自立移動が可能な植物であると言う事が問題ね。枯らそうと太陽の光を当ててもすぐに日陰へ移動するし、花弁を切り落とそうとしても逃げられるし。ちなみにラフレシアンの移動速度はかなり速いわよ」
「マジっすか……」
「更に言わせてもらうなら、ラフレシアンは素早さも高いし防御力も高い。オマケに運もアホみたいに高いから、捕まえて太陽に晒すにしても、花弁を切り取るにしてもかなり厄介よ」
「それって無理って言ってるのと同じじゃない?」
「まあ、普通に考えればそうだけど、リョータになら勝算はあると思うわよ?」
「俺になら?」
「ええ。リョータにはリョータにしかできない事があるでしょ? それをよく思い出してみなさい」
リクリの言葉を受け、俺は思考を巡らせ始める。
相手にするラフレシアンは自立移動が可能で素早さも高い上に防御力も高いと言うのだから、花弁を切り取るのも相当苦労するだろう。加えて幸運値がアホみたいに高いと言うのだから、素早さや防御力、その他の能力に強力な補正が付くのは間違い無い。
――これはどう考えても俺じゃ対処し切れないんじゃないか? 太陽に二十分晒すのはおそらく無理だろうから、隙を見て素早く花弁を切り取るのが得策だろうけど……。
そうは思いながらも、相手の能力を考えるとそれもかなり厳しく思えてくる。
せめて相手の能力値をある程度減退させる事ができれば勝機もあるんだけど、俺にはそんな都合の良いデバフスキルは無い。
――ん? 能力値の減退?
思考を巡らせていた途中、俺は自分の持つスキルに唯一それを可能にするものがある事を思い出した。それは俺にしか使えない特殊スキル、ラッキースティールだ。
これをあのラフレシアンにかまして運を吸い取り自分の物にすれば相手の能力値は大きく減退し、逆に俺の能力値は大幅に補正されて上がる。これなら俺でも何とかなりそうな気がする。
「どうやら気付いたみたいね」
「ああ、何とかなるかもしれない。とりあえず頑張ってみるよ」
「そう。それじゃあ頑張ってみなさい。見ててあげるから」
「サンキュ。それじゃあ、いっちょやってみるか!」
俺は木の陰からサッと飛び出し、一気にラフレシアンとの距離を詰めながら右手の平を前へと突き出した。
「ラッキースティ――――ル!!」
突き出した右手の平から淡く青い光が放たれ、発動対象であるラフレシアンへと向かって行く。
「なっ!? はやっ!!」
しかし発動させたラッキースティールは、直撃直前でピョンと上へ跳ねたラフレシアンに回避されてしまった。
そして上へと跳ねたラフレシアンが地面へ着地すると、今度は凄まじい速度でホバーリングしながら森の奥へと逃げ去って行く。
リクリから素早さが高いとは聞いていたが、まさかここまでの速さでホバーリングまでするとは予想外だった。それにしてもあの速さは、間違い無く運の高さによる補正が入っている影響だろう。
「リョータ! 急いで奴の気配を追って! 遠くまで逃げられると捜せなくなるから!」
「分かった!」
俺は急いでラフレシアンが逃走した方へ走りながら、その気配を追い始めた。
だが、その探索は長くは持たなかった。なぜなら俺のエネルギー感知能力はまだリクリによって目覚めたばかりで、その精度と永続力は低く、敵を追いながらのエネルギー探知と気配察知は相当に疲れたからだ。
だからラフレシアンを追っている途中で疲れによって集中力が切れ、終いにはエネルギーの波もまったく見えなくなり、その気配すら感じ取れなくなってしまった。
「どうしたのリョータ?」
「はあはあ……ダメだ、エネルギーの波がまったく見えなくなった。ラフレシアンの気配も感じ取れない」
「どうやら今はこれが限界みたいね。仕方ない、この先は私が案内するわ」
「マジか! 助かる」
「ついて来なさい」
「おう!」
リクリの案内で俺が見失ったラフレシアンの探索を再開すると、意外なほどあっさりと逃走したラフレシアンは見つかった。やはりエネルギー探知能力が開花したばかりの俺とは格が違うって事だろう。
「なあ、リクリ。とりあえずラフレシアンを見つけたのはいいけど、アイツを止めるにはどうしたらいいと思う?」
「そうね、今のリョータじゃラフレシアンを止めるのは至難の業でしょうね」
「いきなり絶望的な答えが出たな……」
「まあそれも、今のリョータではって事よ。だから今のリョータでも、能力強化をすれば十分にラフレシアンを止められるわよ」
「いや、能力強化って言っても俺にそんなスキルは無いぞ?」
「それは大丈夫よ。ラッキースティールを使えばいいんだから」
「えっ? でも、それをラフレシアンに当てられないから困ってるんじゃないか」
「誰がラフレシアンにラッキースティールを使えって言ったのよ? 使うのはラフレシアンじゃなくて私によ」
「はあっ!? リクリにラッキースティールを使うのか?」
「そう。これでも私の幸運値は激高なのよ? だから私の幸運値の補正があれば、あんなラフレシアンなんてリョータでもちょちょいのちょいってわけよ」
「なるほど……」
「さてと、説明も終わった事だし、ちゃっちゃとやっちゃいなさい」
「ありがとう、リクリ」
「お、お礼なんていいからさっさとやりなさい!」
照れた様な表情を浮かべたリクリは、そのままプイッとそっぽを向いてしまった。性格的に素直じゃないのかもしれないけど、リクリの優しさは十分に伝わる。
「では早速。ラッキースティール!」
放ったラッキースティールがリクリに当たると、リクリが有する幸運値が全て俺へと移る。するとその瞬間、凄まじいまでの力がみなぎってくるのを感じた。
こんな高揚感と凄まじいまでの力を感じるのは初めてで少し戸惑いもしたけど、それも目標であるラフレシアンを再び目にした途端に消え、俺はすぐに行動を起こした。
しかし俺の大幅に上昇した力を感じ取ったのか、ラフレシアンはすぐにホバーリングを開始して再び逃走を図った。
だが、リクリの幸運値をラッキースティールで奪ったおかげで上昇した俺の能力はラフレシアンのそれを遥かに上回り、今度はいともあっさりとラフレシアンを両手に捕まえる事ができた。しかし、捕らえられたラフレシアンは俺から逃れようと必死でもがく。
だが俺はそれを阻止する為に、ラフレシアンの上に飛び乗って全体重をかける。これにはさすがのラフレシアンも抵抗する事が難しいのか、徐々に抵抗する力が弱まってきていた。
そしてラフレシアンからの抵抗がほとんど無くなった時、俺は腰に携えている愛用の短剣を右手で掴み取り、素早くラフレシアンの花弁を切り落とし始めた。
「結構気持ち悪い感触だな……しかも臭いし……」
ラフレシアンの鼻を突く悪臭は、公園などにある清掃の不十分な公衆便所を思い起させる。そしてそんなラフレシアンの花弁を切る時の感触は、まるで発砲スチロールでも切っているかの様な気持ちの悪い感触と音だった。
酷い悪臭に気持ちの悪い感触と音に耐え、俺は何とかラフレシアンの花弁五枚を切り取る事に成功した。
そして全ての花弁を切り取ったラフレシアンの上から飛び退くと、ラフレシアンは弱々しくホバーリングをしながらフラフラと森の奥へ消えて行った。そんなラフレシアンの姿を見ていた時は少し心が痛んだけど、リクリが『時間はかかるけどまた元通りになるから』と言ってくれたのはせめてもの救いだったと思う。
「これでラフレシアンの幻視は解けたんだよな?」
「ええ。もう大丈夫よ」
「にいやーん!」
リクリの口から大丈夫宣言が出た瞬間、後ろの方からラッティの声が聞こえてきた。
「おおっ! 大丈夫かラッティ?」
「うん。にいやんはどこに行ってたの?」
「まあ、ちょっとな。それはそうと、ラビィを見なかったか?」
「ううん、ウチは見てないよ。ところでにいやん、この子は?」
「えっ? ああ、この子は原始の精霊のリクリ。仲良くしてくれ」
「うん! 分かった! りくりん、私はラッティ、よろしくね」
「りくりんて……まあいいや。よろしく」
これで後はラビィを捜して森を抜け出るだけだが、肝心のラビィがどこに居るのか分からないから困ったもんだ。
「うぐっ……」
ラフレシアンとの戦闘後、ラッキースティールによって奪っていた幸運値がリクリへ戻るのと同時に、酷い疲れが俺を襲っていた。どうやらリクリの幸運値によって跳ね上がっていた能力の反動がでたらしい。
ラッキースティールを使うのはこれが初めてではないけど、こんな反動が出たのは初めてだった。
これは単純な予想だが、おそらく俺の身体能力を大きく超える補正がかかる幸運値を奪い取ると、この様に反動が出でしまうのだろう。これからはラッキースティールを使った後の事や、使う相手の事も考えて使用しなければいけない。
「とりあえず、さっさとラビィを捜してテンペイに戻ろう」
そう言った瞬間、森の奥から何かが草木を抜けてこちらへと向かって来ている音が聞こえてきた。その様子を見る限りでは、大きな生物などではないと思える。
俺はその様子を見て臨戦態勢をとろうとするが、戦闘後の疲労から上手く身体が動かない。
しかしそうこうしている間にも、その何かはこちらへと向かって来る。
「ラッティ、モンスターかもしれないから気を付けろ!」
「うん!」
返事をしたラッティが代価の杖を構える。
情けないけど、ここはラッティに頼るしかない。それでも足手まといにだけはならないようにと、腰に
「「ピヨーッ!!」」
近付いて来ていた者が十メートルほど先の草むらから飛び出て来た。なんとそれは、ラビィが追いかけて行った金と銀のピヨだった。
そんなピヨ二匹は草むらから飛び出ると、必死に俺達の方へと走って来てラッティの後ろに怯える様にして隠れた。
「待てコラ――――ッ!」
二匹のピヨから遅れる事しばらく。ピヨ達が来た方から聞き慣れた声音のそんな言葉が聞こえてきた。
その声を聞いた俺は、思わず左手を眉間に当てて溜息を吐いてしまった。
「あっ! リョータ、いい所で会った。こっちにピヨが来なかった?」
「来るには来たが、もう追いかけるのは止めてやれよ。さすがに可哀相だろうが」
ラッティの後ろに隠れて怯えているピヨ達を見た後、俺は興奮気味のラビィに向かってそう言ったが、ラビィはその言葉にまったく耳を貸さなかった。
「何言ってるの!? アイツ等は私をボロボロにしたピヨの仲間よ!?」
「「ピヨ……」」
「あっ! そんな所に隠れてたのねっ! さあ覚悟しなさい! 今すぐこの私が天誅を下してやるから!」
「だから、止めろって言ってるだろうが」
「ちょっと、何で邪魔するのよ!」
「俺達の当初の目的は果たしたんだから、これ以上の無駄な殺生をする必要は無いんだよ。それに見ろよ、お前が追いかけるからすっかり怯えてるじゃないか。この様子を見て可哀相と思わないとか、お前は本当に天使か?」
「ラビねえやん、もうピヨをいじめないであげて……」
「うぐっ……でも……」
さすがのラビィもラッティには弱いらしく、最初に見せていた勢いは急速に衰え始めた。だが、まだ完全にピヨの討伐を諦めているわけではないと思う。
「ちょっとアンタ。そのへんにしておきなさい」
「はっ!? アンタ誰よ?」
「私はリクリ。原始の精霊よ。それよりもアンタ、我がままを言うのはそれくらいにしておきなさい。じゃないと、今すぐ私の力でそこから叩き出すわよ?」
「…………ふんっ、分かったわよ。今日のところはこれで引いておいてあげる」
「さあ、これで一件落着。さっさと街に帰りましょう。リョータ」
「えっ!? あ、ああ。そうだな」
「良かったね」
「「ピヨピヨ!」」
ラッティの言葉に喜ぶようにしてその場で飛び跳ねるピヨ二匹。
こうしてピヨ討伐クエストは終わり、俺達は無事幻視の森から出てテンペイの街へと戻る事ができた。
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