第73話・久しぶりの再会

 高い木々が立ち並ぶ、少し薄暗い森の中。

 俺とラッティは小さな金と銀のピヨを追いかけて行ったラビィを止めようとその後を追っていたが、後を追っている内にどうにも様子がおかしい事に気付いた。さっきから追いかけているラビィとの距離が、一向に縮まらないのだ。

 知っての通り、ラビィのステータス値は極端で素早さもかなり低い。それを考えれば、俺やラッティがこうも追いつけないのは絶対におかしい。


「ラビィー! ちょっと止まれー!」


 俺達とラビィとの距離は、あってもせいぜい十五メートルくらいと言ったところだろう。それにもかかわらず、ラビィは俺の言葉に一切反応を示さない。

 もしかしたら無視を決め込んでいるのかと思って何度か呼びかけたけど、その様子は無視をしている様には感じなかった。どちらかと言うと、俺の言葉が聞こえていない――と言った感じに見える。

 追いかけても縮まらない距離に、呼びかけに反応しないラビィ。これはどう考えても明らかに様子がおかしい。


「ラッティ、ちょっと様子が変だから追いかけるのを止めよう――って、あれ? ラッティどこだ?」


 右後方に居たはずのラッティの姿は無く、俺はその場で立ち止まってラッティの姿を捜した。だが、どこを見回してもラッティの姿は無い。


「何だよ……いったいどうなってんだ?」


 二匹のピヨを追いかけて行ったラビィの姿が見えなくなるのは分かるとしても、距離的に三十センチも離れていなかったラッティの姿が見えなくなるのはどう考えても変だ。迷子になるにしても不自然過ぎる。

 とりあえず落ち着いてもう一度周りを見渡すが、やはりラッティの姿はどこにも無い。まるで最初っから居なかったかの様に。


「とりあえず捜してみるか……」


 仮にはぐれたのだとしたら、そう遠くには行ってないはずだと思った俺は、あまり遠くへ行き過ぎないようにしながらラッティを捜し始めた。


「おーい! ラッティー! どこに居るんだー?」


 しかし、ラッティの姿は最初の時と同様にどこにも見当たらない。

 これはいよいよおかしな事になっているかもしれないと思った俺は、持っている短剣で近くの木に十字の印を少し大きめに刻み、ちょっと離れた場所まで捜索の範囲を広げてみる事にした。もちろん印が一つではまるっきり意味がないので、だいたい十メートルくらいの間隔で十字を刻みつつ、その十字を刻む度に横線へ短い縦線を一つずつ多く刻んで何回目に印を入れた場所なのかを記した。

 それにしても、入った時にはそれ程気にしてなかったけど、改めて見るとこの森は不気味さが半端ではない。高い木々があるから薄暗いのは当然だが、別に視界不良になるほど暗いわけでもない。それにもかかわらず、この森はまるで真っ暗なダンジョンにでも足を踏み入れているかの様な不気味さを感じさせる。


「ラッティー! 居ないのかー? 居たら返事しろー!」


 何度目かになる呼びかけだが、相変わらずラッティからの返答は無い。

 しかもおかしな事に、俺が三回目に印を付けた木が目の前にある。

 俺はここに来るまでに一度も右左折をしていないし、もちろん引き返してもいない。ただひたすらに真っ直ぐ進んでいた。それなのに、ここにはあるはずのない印を刻んだ木がある。これはどう考えてもおかしい。

 状況を見定める為、俺はもう一度真っ直ぐ森の中を進んでみた。すると今度は、一番最初に十字を刻んだ木の場所へと辿り着いてしまった。


「ちくしょう……状況がまったく読めん。いつの間にか迷路にでも迷い込んだのか?」

「流石にポンコツのアンタでも気付いたみたいね」


 俺の背後から唐突に少女の声が聞こえ、俺は素早く後ろを振り向きながら臨戦態勢をとった。


「原始の精霊!?」

「そうよ。久しぶりね」


 振り向いた先に居たのは、小さな妖精の姿で金髪ポニーテールの虹色に輝く目をした原始の精霊だった。


「い、今までどうしての? あれからずっと姿を見なかったけど」

「あの時は予想以上に力を放出しちゃったから、回復にちょっと時間がかかってたのよ」

「そうだったんだ……。ラビィにかかった呪いが解けてから姿が見えなかったから、どこに消えたんだろうって心配してたよ」

「そんなに心配してたの?」

「当たり前でしょ?」

「へ、へえー。そんなに心配してたんだ……」


 原始の精霊は俺の言葉が意外だったのか、少し照れた様な表情を浮かべていた。

 そんな姿は可愛らしい外見に相応しくとても良いが、今はそんな姿を呑気に愛でている場合ではない。


「あの、今の状況についてちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」

「えっ!? ああ……まあ、特別に聞いてあげるわよ」

「ここはいったい何なの? 俺は今どう状況にあるの? ラビィとラッティはどこに行ったんだい?」

「一気に質問し過ぎ」

「あっ、ごめん」

「まあいいわ。私が一つずつ説明してあげる。その前に一つ言っておくけど、ここは大きさで言うとそう広い森ではないわ。リョータの足でも歩いて二十分もあれば抜け出せるくらいよ」

「歩いて二十分!? そんな馬鹿な!」


 原始の精霊の口にした言葉は、にわかには信じ難かった。

 なぜなら俺は、この森に入ってからかなり長い時間ラッティを捜して歩いていたんだから。その間に森の出口らしき開けた場所は一度として見ていない。


「話の腰を折らないの。いいから最後まで話を聞きなさい」

「わ、分かったよ。ごめん……」


 原始の精霊に強い口調でそう言われ、俺は大人しく話を聞く事にした。そして最後まで原始の精霊の話を聞いた結果、俺達が置かれている状況がそれなりに分かった。

 端的に原始の精霊が話した事を説明すると、この森は幻視の森と言うらしく、中に入った人間を惑わして捕食する厄介な幻視植物が多いらしい。

 そして俺と一緒に居たはずのラッティが居なくなった理由は、その幻視植物のせいだろうと言う事だった。つまりラビィも、現状では同じ様な状況にあると見て間違い無いだろう。


「原始の精霊。俺達はどうすればここから抜け出せるのかな?」

「どうも締まらないわね」

「はっ?」

「原始の精霊って呼び方よ。その呼ばれ方は好きじゃないの。うーん……そうだ! アンタ、私に何か素敵な名前を送りなさい」

「こんな時に何を……」

「いいから! 言う通りにしなさい!」

「わ、分かったよ。少し待って……」


 凄い剣幕でそう言う原始の精霊に圧倒され、俺は渋々とは言え名前を考え始めた。


 ――原始の精霊に相応しい名前ったって、そんなにすぐ思いつくわけないんだよなあ……。


「まだ思い浮かばないの?」

「そんなすぐには思い浮かばないよ」

「こういうのはね、イメージが大事なの。アンタが私を最初に見た時に感じたイメージで考えればいいのよ」

「イメージねえ……」


 原始の精霊を最初に目視できた時のイメージ。それを表現するとすれば、眩く美しい光――と言ったところだろうか。

 そのイメージを思い出した俺の頭に、光彩陸離こうさいりくりという言葉が思い浮かんだ。その言葉の意味は、光が入り乱れ、まばゆいばかりに美しく輝く様。まぶしいばかりに美しい様を表し、陸離は美しく光りきらめく様を表す。


「リクリ――リクリなんてどうかな?」

「リクリ? 不思議な名前だけど、響きはいいわね。それでいいわ。それと、話し方が堅苦しいから、もっと楽に喋りなさい。特別に認めてあげるから」

「分かった。それじゃあリクリ、俺達が無事にここから抜け出すにはどうすればいい?」

「まずは今回の幻視を引き起こしている植物を特定する事かしらね」

「この森の中でか?」


 高い木々が立ち並び、植物や花もそれなりに生い茂っている森の中で特定の植物を探すというのは、かなり難易度が高い。


「アンタの考えてる事は分かるわ。どうせ植物の数が多過ぎて、特定するのが難しいとか思ってるんでしょ?」

「まあね」

「やっぱりね。まあ、その辺りついては考えもあるから安心なさい」

「そっか! それじゃあよろしく頼む!」

「ふふふ。この私にドーンと任せておきなさい!」


 自信満々のご様子でそう答えるリクリに対し、俺は大きな安堵を感じていた。

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