第72話・小さく震える金と銀

 あれやこれやと、ティアさんと唯に詮索を受け続けていたのがほんの数時間前。

 そして朝を迎えた今、俺の部屋には三人のうら若き乙女が二組の布団を使って仲良く眠っている。


「はあっ……昨日は散々だったな……」


 寝不足ですっきりと開かない目を手で擦り、無理やり意識を覚醒させていく。

 明日にはこのテンペイを出て次の目的地へと向かう予定なので、今日はこの街で最後のクエストを行って資金調達を行う事にしていた。だからどんなに眠くても、起きてクエストを実行しないといけない。

 俺は仲良く寝ている三人を起こさない様にして準備を済ませ、テンペイの冒険者ギルドへと向かった。


「――うーん……」


 テンペイの冒険者ギルドにあるクエスト掲示板を腕を組んで眺めながら、俺は何度目かになる唸り声を上げた。今日やるクエスト選びに悩んでいたからだ。

 どうしてティアさんや唯、ミントやラビエールさんなどのつわものが揃うパーティーでクエスト選びに悩んでいるのかと言うと、単純にこの三人に頼ってクエストを達成するのを俺が良しとしていないからに他ならない。

 くだらないプライドだと言われればそれまでだけど、俺も冒険者の端くれ、できれば自分の力で色々な物事を解決できる様になっていきたい。だって俺は、この異世界でずっと生きて行くんだから。

 とまあ、建前はそんな感じだが、今回のクエストは俺とラビィとラッティだけで行う事になっているから、パーティーの構成上、とても慎重にクエストを選ばなければいけないから悩んでいるわけだ。

 なにせラビィはステータスの偏りが激しい上に、レベルは既にカンスト状態でこれ以上ステータスの成長は望めない。そんなラビィの唯一の利点と言えば、高い体力と俺が名付けた如何なる攻撃も通さない絶対防御くらい。

 盾役としては申し分無い能力だが、如何せん我がままだからなかなか思った様には動いてくれないし、攻撃面はステータスの影響で期待できない。それに最近ではラビィの役割が盾役に限定されているせいか、アイツが超最上級職であるエンジェルメイカーである事を俺が忘れてしまっているくらいだ。

 そして我がパーティー唯一のマジックウィザード。魔法幼女であるラッティは、魔力カンストの恐るべき最終兵器とでも言えばいいだろう。瞬間火力だけで言うなら、我がパーティー内で文句無くナンバーワンの攻撃力を誇る。

 だから本来なら文句無しにパーティーのエースになれる実力があるんだけど、魔法が一つしか使えない事と、その唯一使える魔法が何の魔法が飛び出すか分からない上に、威力が半端じゃなさ過ぎて使う場面が限られているところが残念だと言わざるを得ない。

 そして俺は未だパッとしない実力で、一人では大した事もできない弱小冒険者。その実力はラビィ以外のみんなと比べたら、正に天と地ほどの差がある。


「……とりあえず、この辺りが無難なところかな」


 俺はクエスト掲示板に貼られた一枚のクエスト依頼書を剥ぎ取り、それをギルドの受付カウンターまで持って行った。

 こうして冒険者ギルドでクエストを受けた後、俺はラビィとラッティを起こしてから街中でクエストへ向かう為の準備を済ませ、さっそく受けたクエストの達成を目指して三人でその場所へと向かい始めた。


「――にいやん、この服、足下がスースーして嫌」


 クエストを行う場所へと向かう最中、未だ大人の姿から元に戻らないラッティが自分の着ている服を見ながら不満を口にする。


「悪いなラッティ。クエストに着て行って支障が無さそうな服がそれしかなかったんだよ。とりあえず、今日のクエストはそれで我慢してくれ」

「……うん、分かった」


 いつもは赤のリボンが付いた黒のとんがり帽子に紫色のマジックローブを纏っているラッティだが、今日は赤と黒のチェック柄をしたミニスカートに、赤のリボン付きカッターシャツと紺のブレザー姿という、まるで日本の女子高生を彷彿とさせる学生服姿をしてる。

 この衣装も唯達がテンペイで買って来た物の中にあったんだが、誰がこれをチョイスしたのかは何となく分かる。

 それにしても、まさか異世界に来てまで女子高生の制服を拝めるとは思ってもいなかった。きっと俺と同じ日本からの転生者がこれを作ったんだろうけど、日本人は異世界に来ても日本人なんだなと、ラッティの着ている制服を見ていると妙に安心してしまう。

 本当ならマジックウィザードであるラッティには魔法使いらしい衣装が相応しいんだろうけど、唯達が買って来た衣装はどれもこれも動き辛そうな物が多く、クエストをする際に着るにはどれも不向きだと思えた。だから最終的にこの制服がチョイスされたわけだ。


「それにしても、違和感が半端じゃないわね……」

「言いたい事は分かるが、今は仕方ないだろ。いつ元に戻るのか分からんのだから」


 昨日温泉に入るまではただのいたいけな幼女だった子が、今は誰もが驚くナイスバディの大人になっていて、しかも女子高生の制服を着ている。

 ラッティの元の姿を知っている者なら、今の姿に違和感を覚えない者は一人として居ないだろう。しかも外身は大人、中身は幼女のままだから、その違和感は尚更付きまとう。

 だが、一度モンスターとの戦いが始まればそんな事を気にしてはいられない。俺達が冒険者である以上、戦いを生き抜いて無事に帰らなければいけないんだから。

 こうしてラッティに対する違和感を気にしつつも、俺達は受けたクエストを実行する場所へと向かった。

 今回俺達が行うクエストは、ピヨと言うモンスターの討伐なんだけど、目的の場所へと着いてそのモンスターを目にした途端、俺の中で討伐を戸惑う気持ちが大きくなった。なぜならそのピヨと言うモンスターは、地球で言うところのヒヨコにそっくりだったからだ。

 大きさは地球のヒヨコに比べて大きく、大人の頭くらいの大きさがあるが非常に愛らしい姿をしている。これは心境的にとても戦いにくい。

 だが、このピヨは見た目の愛らしさに反してとても凶暴なところがあり、特に群れを成しての移動や集団での農地荒しなどは手に負えないほど厄介らしい。まあ、あんな大きさのヒヨコが群れを成して暴走したり農地を荒らしてたりしたら、農業を営んでいる人達からすれば迷惑極まりない存在だと思う。

 ちなみにピヨには様々なカラーバリエーションがあり、ヒヨコ定番の黄色を含め、赤や青や白など、本当に色とりどりのピヨが居る。その光景は日本の夏祭りで見たヒヨコ取りの屋台を思い起こさせる。

 色々な意味で戦い辛さを感じる相手だが、クエストを受けて来た以上は戦わないわけにはいかない。

 こうして俺達三人は大群を成すピヨの討伐を始めたわけだが、その戦闘の最中、俺はラッティに対してとある違和感を覚えた。


「ラッティ! そっちに行ったぞ! さっきみたいにもう一発頼む!」

「分かった! ルーデカニナッ!」


 集められたピヨの群れに放たれたラッティのルーデカニナ。展開された大きな多重魔法陣から一筋の光がピヨの集団の中心に向かって伸び、瞬時にそこを基点として大爆発を起こす。

 魔法の一撃に巻き込まれたピヨ達は、『ピヨーッ!』と鳴き声を上げて消え去っていく。見た目だけで言うなら、とても残酷な事をしている様で気が引けてしまう。

 そして放たれた魔法が炸裂した大地には大きなクレーターができ、相変わらずラッティの魔法威力のとんでもなさを伝えてくるが、この戦闘における二回目のラッティの魔法を見た俺は、いつものラッティの魔法との違いを感じ取った。

 俺はその違いを確信へと変える為、一つの方法を考えついて実行に移そうと声を上げた。


「ラビィ! そっちで集めてるピヨに俺が集めて来るピヨを混ぜるから、しばらく耐えててくれっ!」

「じょ、冗談じゃないわよ! あんっ! こっちも色々と大変なんだからねっ! ああんっ!」


 大量に集まったピヨに覆い囲まれているラビィの抗議の叫びとエロイ声が、ピヨピヨと言うピヨ達の鳴き声に紛れて聞こえてくる。

 素早さの高いピヨを集めるのはかなり苦労する。俺はアサシンのスキルをフル活用してなんとか誘導する事ができるが、体力以外のステータス値が低いラビィにはそれができない。


「とにかく耐えてくれ! すぐにピヨを集めてそっちに行くから!」

「リョータのアホォォォォォォ――――!」


 ピヨの大群に寄りかかられ、次第にラビィの声が聞こえなくなる。きっとあの中心では、ラビィがとんでもない事になっているだろう。

 俺はラビィの負担をなるべく少なくする為、急いで大量のピヨをひきいてぼこられているだろうラビィの所へと戻って来た。


「プロヴォケーション!」


 アサシンが持つ強力な挑発スキルをラビィを囲んでいるピヨ達に向けて放つと、一心不乱にラビィをぼこっていたピヨ達が一斉に俺の方を向き、一匹残らずこちらへと向かって来た。


「よしっ! ラッティ! 今度はかなりの数だからよろしく頼むぞー!」

「分かったー!」


 俺はラビィをぼこっていたピヨ達が綺麗に混ざる様に誘導しながら逃げ回り、ラッティが魔法を放つのに十分な距離を取ろうとしていた。


「よしっ! いいぞラッティ!」

「ルーデカニナ!」


 集めたピヨ達を二回目に放たれた魔法でできたクレーターの窪みまで誘導した俺は、ラッティに魔法使用の声を上げた。


「「「「ピヨ――――――――ッ!」」」」


 放たれたルーデカニナは、先ほどと同じ爆裂系の魔法がランダム選択されたらしく、窪みに居たピヨ達がその爆発に巻き込まれて大きな声を上げていた。


「やっぱりか」


 爆発が収まり粉塵が落ちた後、俺は魔法が放たれた場所を見ていつもとの違いが何なのかが分かった。それは簡単に言うなら、魔法力のコントロールだ。

 例えばいつもの幼女ラッティなら十メートルの円範囲にモンスターの群れが入れば、それを二十メートル範囲で吹き飛ばすのだが、大人ラッティはそれを綺麗に範囲内に納まる様に魔法を発動させている。これはつまり、魔法力の使い方に無駄が無くなっているという事に他ならない。

 おそらくこれは、意識してやっているわけではないと思う。だけど、意識的だろうと無意識だろうと、それはどちらでもいい。要は味方に影響無く強力な魔法を発動できているという点が重要なのだ。

 いつもなら敵を率いて来た俺も少なからず魔法発動時の影響でダメージを受けるが、今回はそれがまったく無い。それでいてラッティの魔法はいつもの威力を失ってはいないのだから、これほど便利な事はない。

 どうしてこんな事が急に可能になったのかは分からないけど、もしかしたら身体が大人になった事が関係しているのかもしれない。そのへんはラッティに聞いてみるのが一番手っ取り早いだろうけど、無意識でやっているとしたら、意識させてしまう事で元に戻ってしまう事も十分に考えられる。だからしばらくは、このまま黙っていようと思う。

 こうして使い勝手が良くなったラッティを存分に活用し、俺達はピヨの討伐クエストを順調にこなしていった。


「――ふうっ……これで全滅かしたな?」

「にいやん、これでお終い?」

「多分な」

「まったく、とんでもないヒヨコだったわね。くちばしであちこち突いてくれちゃってさ」

「ははっ。まあ、ラビィだったから良かったんだろうけど、俺達ならあの攻撃でズタズタにされてただろうな」

「あのねえ、私もズタズタにされてるでしょ? 着て来た服なんて見る影も無いくらいにボロボロにされたし」


 戦闘の前に脱いでいたマントを羽織りなおしていたラビィが、マントを捲ってボロボロになった服を見せる。その姿は半裸に近く、とても人前では見せられない姿をしている。


「とりあえずここに居たピヨは退治したし、テンペイへ帰ろ――ん?」

「どうしたのよ?」

「いや、あそこの茂みで何かが動いた気がしたんだよ」

「にいやん、どこどこ?」

「ほら、あそこの一つだけ高さの違う茂みだよ」


 俺がそう言って茂みを指差すと、二人は身体を乗り出す様にしてその茂みへと注目した。


「あっ、本当だ。何か居るみたいね」

「だろ?」

「ちょっと見に行ってみようよ」

「お、おい。迂闊に近付くと危ないぞ?」

「平気平気。死にはしないってば」


 お気楽にそう言ってから茂みへと向かおうとするラビィ。

 確かに絶対防御のあるラビィは死なないかもしれないけど、俺とラッティはそうはいかない。俺としては止めとけよと思うけど、何が居るのか気になるのも確かではある。


「ねえやん、ウチも見に行くー」

「おー、行こう行こう」

「やれやれ、しゃあないな……」


 好奇心旺盛なラッティも何があるのか気になるらしく、結局は二人に合わせて何が居るのかを確認しに行く事になった。


「あっ」


 そして辿り着いた茂みをラビィがガサガサと掻き分けると、突然手を止めて短く声を上げた。


「何だ? 何が居たんだ? あらら」

「可愛い~」


 ラビィが掻き分けた茂みの中を見ると、そこにはとても小さな金色と銀色をした二匹のピヨが震えて居た。サイズ的に言えば手乗りサイズ。つまり、地球に居るヒヨコと同じ様なものだ。


「ちょうどいいわ。私のボロボロにされた服の恨み、この二匹を退治して晴らさせてもらうから」


 そう言うとラビィは、持っていた杖を二匹の前で振り上げて構えた。


「お、おい。いくらなんでもそれは鬼畜過ぎないか?」

「何言ってんの!? こいつらはこの大天使たる私の服をボロボロにしたのよ? これは正当な天罰なんだから!」

「「ピ、ピイィィィ――――ッ!!」


 そう言ってラビィが杖を振り下ろそうとした瞬間、震えていた二匹は茂みを飛び出して森の中へと逃げ出した。しかしまだ小さいせいか、足は大して早くない。


「あっ! 逃げるなっ!」


 ラビィは鬼の形相を見せながら、森の中へと逃げて行った二匹を追い始める。


「にいやん、あの子達震えてた。可哀相……」

「そうだな。とりあえずラビィを止めに行こう」

「うん!」


 こうして俺とラッティは、二匹の金と銀のピヨを追っていたラビィを追って深い森の中へと入る事になった。

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