第68話・仲間が居るありがたみ

 ラグナ大陸最初の街、エルフィンリゾートとへと下り立った俺達は、プラート大陸で行っていた様にロマリアや魔王についての情報集めをした。

 しかし、このエルフィンリゾートにおいて集められた情報には、ロマリアと魔王の繋がりを示す様なものは特に無かった。だが、魔王についての情報はプラート大陸に比べて多かったのは確かだ。

 そんな魔王についての話はプラート大陸に居た時に聞いた情報よりもかなり鮮明で、その多くが黒髪の若い優男が魔王と名乗り、モンスターを先導して国境や水路、田畑などを潰していると聞いた。

 そして情報をくれた人の話してくれた魔王は、俺がティアさんの店で見せてもらったラッセルの特徴と一致している。これはラッセルが魔王として活動をしているという一つの証になるかもしれない。

 しかし、人的被害についてはこちらが想像していた程は出ていない様で、国境などを襲った時にそこを守っていた兵士などが負傷するなどしたくらいだと聞いている。

 そしてそんな数々の話を聞いて、俺は魔王が人に危害を加えるのを躊躇ためらっている様に感じた。いや、正確に言えば躊躇っていると言うより、それを良しとしていない節があると言ったところだろうか。なぜなら国境などを襲った場合、常駐する兵士を全員殺しておけば色々と後が楽だったりするのに、あえてそれをしていない感じがあるからだ。

 仮に俺の考えが正しかったとして、魔王がそんな事をするメリットや理由は何だろうかと考えてみる。

 俺の考えで単純に思いつく事と言えば、襲った相手を生かしておく事で沢山の人々にその恐怖を広く伝達する為――と言ったところだろうか。

 人伝で広がる噂話はとかく尾ひれが付きやすい。それは事実がどうかはともかくとして、魔王の恐怖や存在感をより大きく、より残酷に伝えていくだろう。そうなれば魔王に逆らおうとする者を効率的に何もせず排除できたりもする。これは魔王側にとってのメリットと言ってもいいだろう。

 その他に考えられる可能性と言えば、人間などいつでも殺せる――と思っているからだろうか。まあ何にしても、今の段階ではまだ想像の域を脱し得ない。

 だけど、魔王の行動がどこかおかしい事ははっきりした。これから魔王についてはその行動を重点的に調べてみる方がいいだろう。そこから何かが見えてくる可能性は高いと思えるから。

 エルフィンリゾートに四日ほど滞在して必要な事をやり終えた俺達は、そこから約三日ほどをかけて北にある城塞軍事国家、ルーイエへと辿り着いた。

 しかし他の街とは違ってルーイエに入るには厳しい入国審査があり、俺達全員が入国するまでに五時間ほどの時間を費やす事になった。


「ああー、疲れたあー。まったく、この国の兵士は何であんなにしつこいのかしら。同じ様な事を何度も何度も聞いてさ」


 最後に入国審査を終えて来たラビィは、本当にげんなりとした様子でそんな事を口にした。

 しかし、ラビィがそう言いたくなる気持ちは分かる。俺だってかなりしつこく色々な事を何度も聞かれたからだ。

 その内容は主にロマリアについての事がほとんどだったんだけど、この城塞軍事国家ルーイエと魔術国家ロマリアは昔から折り合いが悪いらしく、今ではこの大陸の誰もが知る敵対関係らしい。

 まあ、それはエルフィンリゾートでも聞いていた情報だから、国同士の仲が悪いのは知っていた。けれど、入国審査でロマリア出身ではないかとか、ロマリアのスパイじゃないかとか、そんな事をしつこく問われるほどとは思っていなかった。

 地球でも仲の悪い国同士ってのは沢山あったけど、多くの種族や人が居る以上、みんな仲良くとはいかないのだろう。悲しい事だけど、それが紛れも無い人の世の現実だ。


「さて、入国するのにかなり時間もかかったし、今日はギルドで宿屋の情報を聞いてから休もう」


 俺達がルーイエに入国できたのは、ぼちぼちと太陽が赤く染まり始めた頃。本当なら少しくらい情報収集をしたいところだったけど、入国審査を受けたみんなにはそれなりに疲れが見えている。ここは無理をせずに身体を休め、明日に情報収集をする方が得策だろう。それに俺も、女体化したら情報収集どころではなくなるしな。

 ルーイエにあるギルドに立ち寄り、宿屋の情報を得た俺達はそのまま解散して宿屋へと向かい、その日はそのまま身体を休める事にした。


× × × ×


 翌日のお昼前。十分に身体を休めた俺達は昨日の解散前に言っていた通りにギルドへと集まり、そこから当初の予定通りに情報収集をする事にした。

 今回このルーイエへと俺達がやって来た理由は、ロマリアについての情報を中心に集める為だ。ロマリアについての情報収集を何でわざわざ敵対関係にあるこのルーイエでやるのかと言えば、もちろんそれなりの理由がある。

 今まで俺達が訪れた街などで聞いたロマリアの話は、多少ネガティブな内容があるとは言え、おおむね悪いものではなかった。その内容は貧しい者達へ様々な支援をしているとか、孤児に対して手厚い保護や教育を行っているとか、聞けば誰しもロマリアが良い国なんだと思える内容だ。

 しかし俺は、それがロマリアが体良ていよく見せている表の顔だとしか思っていない。

 これは個人にも言える事だが、真の意味で聖人君子せいじんくんしな人など俺はこの世に一人として居ないと思っている。故に、沢山の人の思いや思想がある国という存在が、純粋無垢に人助けなどを行っているとは思えないわけだ。

 こう言うと俺が捻くれた考えの人間だと思われそうだが、人の行動には大概の場合思惑がある。そしてその内容が他人へのメリットになる事なら、尚の事それが存在するだろう。人は自分への利益無しに動く事はほとんど無いのだから。

 そしてそれを行う者が個人ではなく国となれば、沢山の国民も居る以上、何のメリットも考えずに慈善事業をするとは考えにくい。つまりロマリアには、そんな事をする本当の理由が存在するはずなのだ。

 俺達がロマリアや魔王についての謎を解き明かそうとするなら、ロマリアの考えている真の目的を知る必要がある。

 そしてロマリアと敵対しているこの国は、他とは違ってロマリアのダークな情報をより多く得ている可能性が高い。

 もちろんその情報全てを鵜呑みにはしないつもりだが、敵対する国同士は相手を蹴落とす為に様々な情報をより正確に求め集める傾向がある。そしてそんな状況下で集められた情報は、それなりに信憑性が高い。後は集めた情報を冷静に精査し判別すれば、その内容に信憑性が有るか無いかが見えてくるだろう。

 だが、このルーイエにおいて敵対しているロマリアの情報を集めるのは当然危険も伴う。俺達はその辺りの事情にも留意し、慎重に情報を集めを行った。しかし――。




「何で私達が牢屋に入れられなきゃいけないのよっ!」

「うるさいっ! 黙って中に入れ!」

「ちょっと! 汚い手で触らないでよね! きゃっ!」


 最後まで牢屋に入れられる事に抵抗していたラビィだったが、最終的には俺達を連れて来た兵士にドンと身体を押されて牢屋の中へと押し込まれた。


「ちょっと! 待ちなさいよ!」

「止めとけラビィ。こうなったらこんな所で叫んでもどうにもならないからさ」

「アンタは何でそんなに落ち着いてんのよ!?」

「別に落ち着いてるわけじゃないが、ここで叫んでたって無駄なのは分かるだろ?」

「そ、そりゃあそうかもしれないけどさ……」


 本音を言えば俺もラビィと同じ様に叫びたいところなんだが、以前アストリア帝国でこの様に牢屋へ入れられた経験のある俺は、それをする事が無駄な事だと悟りきっていた。

 さて、俺とラビィがどうしてルーイエの牢屋に入れられる事になったのかと言うと、一緒に聞き込みをしていたうちの馬鹿駄天使が、巡回中の兵士に『何をしているのか?』と問われた時、うっかりロマリアの事について調べている事を口にしてしまったからだ。

 俺はその事に対する言い訳として、『ロマリアがどんな酷い事をしている国なのかを知ろうと思って話を聞いて回っていた』と話したんだけど、一緒に居たラビィが俺のそんな嘘に話を合わせる事が出来ずに疑われ、結果としてロマリアが自分達の国の情報をどれだけ掴まれているのかを知る為に送り込んだスパイだと勘違いされ、この様に牢屋へ放り込まれる結果になったわけだ。まあ、俺にも至らなかった部分があるとは言え、この状況は最悪と言える。

 ともかく俺とラビィが捕まったのは仕方ないとして、他のみんなが俺達のせいで捕まらない事を祈りたい。さすがにこれで全員捕まる様な事があれば、責任の取りようも無いから。

 そう思ってみんなの無事を願っていたんだけど、現実はそう甘くないらしく、しばらく経った頃にティアさんとアマギリが俺達の居る牢屋へと連れて来られた。


「ティアさん、アマギリ、本当にごめん」


 俺は冷たい床石に頭をつけて土下座をした。

 こんな状況になるのは俺とラビィだけで十分だったのに、これでは二人に対して申し訳ない。


「そんな事しなくていいのよ、ダーリン。どうせそこの疫病神が何かしでかしたんでしょ?」

「疫病神とは何よ! この駄目男キャッチャー!」

「はあっ……どうでもいいけど、ちょっと静かに話しなさい。私達は二人を助けに来たんだから」

「は? 同じ牢屋に入ってるこの状況でどうやって助けるってのよ?」

「あのねえ、そんな事も考えずにわざと捕まるわけないでしょ? いつも考え無しのアンタじゃないんだから、大人しく私の言う事を聞いてなさい」

「ぐっ……分かったわよ。この場はアンタに任せてあげる」


 助けてもらう立場だと言うのにこの上から目線。ラビィはこんな時でも自分のプライドを貫こうとする。それはある意味で凄い事だと思うけど、集団においてはそんなプライドなど害悪でしかない。


「ラビィ、そんな言い方はないだろ? 元はと言えばお前が口を滑らせたからこんな事になったんだからさ」

「そ、そんな事は分かってるわよ…………えっと、その……助けに来てくれてありがとう……」

「うん。それじゃあ、とっととこんな所からさよならしましょう。アマギリ、お願い」

「分かった」


 ティアさんの言葉に小さく頷きながらそう言うと、アマギリは牢屋の中心に向かって両手の平を突き出し、何やら呪文を唱え始める。そしてその呪文を唱え終わると、そこにちょうど四人が入れそうな魔法陣が現れた。


「さあ、早く中に入って」


 アマギリにそう言われ、俺とラビィは急いで魔法陣の中へと入った。


「テレポート!」


 目の前の空間が一瞬にして歪み、とてつもない暗闇に包まれる。

 しかしそれもほんの一瞬の事で、次の瞬間には俺達の前にリュシカやラッティ、唯やラビエールさん、ミントの姿が映った。


「あっ、心配してましたよぉ、リョータ君、ラビィちゃん」

「リョーにいやん、ラビねえやん、お帰り!」

「リョータさん、姉さん、無事で良かったです!」

「もう、あんまり心配させないでよね、お兄ちゃんもラビィさんも」

「借金を払ってもらうまでは、逃げたり死なせたりしませんよ?」


 それぞれが俺とラビィを案じていた事を口にし、こうして無事に戻って来た事を喜んでくれる。


「みんなごめんな、心配かけて。ほら、お前も何とか言えよ」

「ご、ごめんなさい……」

「まあ、何はともあれ無事に出て来れたんだから、追っ手が来る前に急いでここを離れましょう」

「そうですね」


 ティアさん達はルーイエを逃げ出す前に俺とラビィの荷物を宿屋から回収してくれていたらしく、手渡された荷物を持ってから急いでルーイエを離れ始めた。

 そして早足でルーイエから離れて行く中、俺は助けに来てくれたアマギリへお礼を言う為に近付いて話しかけた。


「アマギリ、助けに来てくれてありがとな」

「ま、前に助けてくれた借りを返しただけだから……」


 アマギリは複雑な表情を浮かべながらそう言うと、すぐに俺から距離を取った。未だ俺に対する警戒心があるのかもしれないけど、本質的に優しい子なのは何となく分かる。

 いつかはアマギリと気兼ね無く話せる様になればいいなと思いつつ、俺達はルーイエの次に向かう予定だった街へと向かった。

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