第63話・商品改良理由
世の中は広い。それは日本で暮らしている時から分かっていた事だけど、実際にその広さを体感する事は少ないだろう。旅行が趣味の人だったらいざしらず、自宅でちょっとした引き篭もりとバイトへ行くだけの生活をしていた俺にはその世界の広さを体感できるわけもない。
しかしこの異世界へと転生してからはそんな生活は一変した。日本に居た時の様に生きる為に働くのは変わらないけど、冒険者生活はその濃度が圧倒的に違う。なにせ冒険者が受けるクエストは、命がかかっている内容がほとんどなのだから。
そして今日も俺達は、その命をかけて生活の為にモンスターを討伐している。
「おい、ラビィ! 逃げようとすんなコラァ――――ッ!」
「に、逃げてるわけじゃないわよっ! ちょっと敵に背を向けて走ってるだけなんだからっ!」
「それを世間では逃げてるっつんだよっ! お前ここで逃げたら明日からは孤独なホームレス生活確定だからなっ!」
「ぐっ……分かってるわよっ!」
モンスターに背を向けて逃げていたラビィが、嫌々な態度を見せながら歩いて戻って来る。てか、呑気に歩いてないで走って戻って来いってんだ。
「にいやん! 一匹倒したよ!」
「よっしゃ! ナイスだラッティ!」
「えへへっ」
今回の討伐対象であるアルゴルリザードの一匹を、代価の杖で見事に叩き伏せたラッティ。見た目は只の幼女魔法使いながら、その強さは他の上級冒険者と比べても申し分ない。まあ、純粋な攻撃力で言えばおそらくラッティは最強クラスだろうし、代価の杖の力加減にもすっかり慣れているから実に頼もしい。どこかの誰かさんにも見習ってほしいもんだ。
「いやあああああっ! やっぱり気持ちわる――――い!」
こちらでは魔法幼女が凶悪なモンスターを一匹倒したというのに、あちらではいい歳をした大人が顔を引きつらせて叫びながらモンスターから逃げ回っている。
泣き叫び逃げ回るラビィに対して『しっかりしろよ』と言いたいところだけど、アイツはトカゲの類が大の苦手らしいので、あの様な巨大なトカゲ型モンスターを前にすれば泣き叫びたくなる気持ちも分かる。俺だって大っ嫌いな黒光りするGがあれくらいの大きさで現れたら、きっと泣き叫ぶだろうからな。
「ねえやんをいじめるなあ――――っ!」
「グギャッ!」
怯えて逃げ回るラビィを追いかけていたアルゴルリザードを、ラッティが代価の杖で叩き伏せた。
それを見たラビィは見事な打撃でアルゴルリザードを倒したラッティに飛びつき、泣きながら『ありがとう、ありがとう』と言ってラッティに頬ずりをし始めた。これではどちらが大人なのかわかりゃしない。
「おいラビィ! 気持ちは分かるがまだモンスターは居るんだ! 一ヶ所に集まらずに散開しろっ!」
「嫌よっ! だってコイツ等恐いんだもん!」
「アホかお前は! 固まってたら石化ブレスをされた時に一気に全滅するだろうが!」
「その時はみんな揃って石像になればいいじゃない!」
トカゲ嫌いのせいですっかり混乱している様で、ラビィはラッティに泣きついたままでとんでもない事を口走っている。このままでは混乱しているアイツに足を引っ張られて全滅だ。それだけは何としても避けなければいけない。
俺は急いで二人の元へ向かい、泣き喚いているラビィを引き離してから再び散開した。これで一気に全滅させられる事はなくなったけど、モンスターの数がまだ多い以上、決して油断はできない。俺達はアルゴルリザードの石化ブレスに気をつけながら討伐クエストを続行した。
「――あっ、ああ――――――――っ! 助けてリョータさ――――ん!」
ラッティがラビィを助けてからしばらくした頃、せっかくラッティに助けられたラビィがアルゴルリザード数匹にいつの間にか囲まれ、一斉に石化ブレス攻撃を受けていた。
「すぐに逃げろラビィ!」
「そんな事言っても腰が抜けてるのよっ!」
大の苦手であると言うトカゲに囲まれてすっかり腰が抜けているラビィはその場から逃げ出す事もできず、数匹のアルゴルリザードから吐き出される石化ブレスによってどんどん石化を始めていた。
「くそっ! 散れやコラアアアア――――ッ!」
まだ距離がある敵集団に向かって攻撃アイテムを投げつけて注意を引き、その間にできるだけ相手との距離を詰める。
アルゴルリザードは投げつけた攻撃アイテムによって石化ブレス攻撃を中断し、その場から散り散りに離れた。それを見た俺は何とかラビィの完全石化を防ぐ事ができたと思ったんだけど、集団で攻撃された事が災いした様で、ラビィはその場で泣きっ面の石像と化してしまっていた。
とりあえず石化された時の為の解除アイテムは持って来ているけど、この状況下ではそれも使えない。しかもアルゴルリザードは相手を石化した上で丸呑みにして食べると聞いているから、ここはラビィの石像を守りつつアルゴルリザードを全滅させる必要がある。
俺とラッティは仕方なくラビィの側へ集まり、防衛戦を強いられながらも何とかこの場に残るアルゴルリザードを討伐する事に成功した。
「――にいやん、これでねえやんを叩けばいいの?」
「使用書を見る限りはそうだな。まあ、とりあえず物は試しだ。ラッティ、とりあえずそれでラビィを叩いてみてくれ」
「分かった!」
ラッティは俺が手渡した石化解除用アイテムのトンカチを大きく振りかぶり、ペタンと尻餅を着いた状態で石化しているラビィの左側頭部にトンカチを叩きつけた。するとゴンッ――という鈍い音と共にラビィの左即頭部に小さくひびが入った。
――あれっ? これ大丈夫なのか?
「にいやん、これ大丈夫?」
「う、うーん…………」
使用書どおりにやっているから間違い無いとは思うんだけど、何となくこの状況を見ると不安になる。俺としてはこのトンカチで叩くと一瞬で石化が解けると思っていたからだ。
もしもだけど、使い方が間違っていたら俺達自身がラビィに止めを刺す事になる。それはやはり寝覚めが悪い。
この状況下でどうするか困った俺とラッティだが、このまま放っておいてもラビィが危ないのは事実。それならばいっそ――と、そういう気持ちでラッティからトンカチを渡してもらい、俺は力いっぱいラッティが最初に叩いた部分を叩いた。
それからトンカチを持って石化したラビィを十分くらい叩き続けたけど、石化した部分がボロボロと崩れ落ちているにもかかわらず、未だにラビィの生身の部分は見えていない。
どうしたものかと思いつつも、俺は必死に石化した部分を叩いて落としていた。そして同じ場所を叩き続ける事しばらく、唐突に叩いていた部分が計算して茹でられたゆで卵の殻の様にポロポロと剥げ落ち始め、そこを基点に全身の石化した部分にひびが入ってあっと言う間に全身の石化が解けた。
「くはあっー! 死ぬかと思った…………。ちょっとリョータ! アンタ叩く場所くらいもっと選びなさいよねっ!」
「いきなり何だってんだよ」
石化状態から脱したラビィは思いっきり両膝を大地に着き、ハアハアと粗い息遣いをしながら左耳を押さえてそんな怒号を俺に浴びせかけた。せっかく必死で助けたってのに、何で俺が怒られて睨まれなきゃいかんのだろうか。
「音よ音! リョータの叩きつけてたトンカチの音が容赦なく私の鼓膜と頭を刺激してたの! そのせいで今でも左耳にトンカチで叩く音が木霊してるし、頭の中はちょっとしたアースクエイク状態よっ!」
「何だそんな事かよ……」
「そんな事とは何よ! これはどう考えたってリョータのせいでしょ?」
「いやいや、俺のせいじゃないだろ?」
「いーや、リョータのせいよ。アンタが叩く場所をもっと考えてくれたらこんな事にはならなかったはずなんだから」
言われてみれば確かに側頭部を執拗に叩く必要はなかったと思うけど、そこが叩きやすかったんだから仕方ない。それに助けてやったのにいちいち文句を言われるのは非情に腹が立つ。
「分かったよ。それじゃあ次にラビィが同じ目に遭ったら、ラッティの杖で腰に一撃をくわえて石化を解いてもらう事にするよ」
「うんうん。それなら大丈夫ね――って、んなわけないでしょーがっ! それじゃあ私が腰から真っ二つに折れるか衝撃で粉々になるでしょうが!」
おそらく俺の言った方法をマジでやれば、真っ二つではなくて粉々になる確率の方が高いだろう。俺は『そうなりたくなければ次は気をつけろよ』と言い、側頭部を叩き続けた件を有耶無耶にして流した。
× × × ×
あれから再びアルゴルリザードの討伐クエストを再開した俺達は、何度か危ない目に遭いながらも討伐目標であるアルゴルリザード三十匹を達成してグランベスティアの街へと戻った。
この地では害獣モンスターとして有名なアルゴルリザードの討伐クエストは毎日出ている。それだけアルゴルリザードの繁殖力が強くて厄介って事だろうけど、おそらく一番厄介なのはその石化ブレスだろう。
実際に石化状態にあったラビィにどんなだったかを聞いたところ、『息は普通にできるけど、動けないし生暖かいし、石臭くて不快だったわ』と言っていた。石化しても息ができる原理は分からないけど、アルゴルリザードは獲物が生きたままでの捕食を一番としているらしいから、進化の過程とかでそういう事ができる様になったのかもしれない。まあどちらにしても、生きたまま食われるとか想像しただけでゾッとする。
ちなみに道具屋で買った石化解除用アイテムのトンカチだが、道具屋のおっちゃんが言うには一発叩けば最後に起こった現象の様にすぐ石化が解除されるらしいんだけど、そうならなかったラビィは道具屋のおっちゃんにやたらと文句を言っていた。
トンカチを売ってくれた道具屋のおっちゃんは『そんなはずはないんだけどなあ……』と言いながら終始唸っていたけど、俺達の話を聞いている最中にそうならなかった原因らしきものを示唆してくれた。
今回ラビィの石化が一発で解けなかったその理由、それは『複数のアルゴルリザードから石化ブレスを同時に受けたからだろう』と言うのが道具屋のおっちゃんの見解だった。つまり道具屋で売っている石化解除用アイテムのトンカチは、石化ブレスの重ねがけには対応していないというわけだ。まあ、通常の冒険者は複数のアルゴルリザードに囲まれる様な間抜けな事にはならないだろうから、あの道具がそんな事態を想定して作られていないのも分かる。要するに今回の件は、ラビィが冒険者として未熟だったが故の結果だったと言うわけだ。
ラビィは俺が出したそんな結論に対し、『そんな事ないもん!』と顔を真っ赤にしながら反論していたけど、その反論に論理的な理由が無かったのは言うまでもない。
そしてそんな俺達の話を聞いていた道具屋のおっちゃんは、『そういう事もあるって事で、アイテムの改良を提案してみるぜ』と言っていた。
おっちゃんのする提案が受け入れられて実現するかは分からないけど、これからラビィの様な間抜けな冒険者が出て来ないとも限らない。だったらこれでもし新しいアイテムができれば、今回のラビィはアイテムの発展に貢献したって事になるんだろう。それはそれで喜ばしい事だ。
俺は『世の中の役に立てるかもしれないから良かったな』と皮肉交じりに告げ、最後まで文句を言っていたラビィと共にボロ宿へと戻った。
そしてそれから五日後のお昼頃。クエストで旅の資金と準備を整えた俺達は、このグランベスティアでの目的を果たした後で次の街へと出発した。
ちなみに街を出る時に旅の準備で寄った道具屋の全てで、『石化ブレスを重ねがけされた冒険者もこれで安心! 改良型トンカチ!』という物が販売されていたんだけど、その
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