第64話・足止めの原因

 旅にハプニングは付き物とはよく聞くけど、俺達の旅は初っ端から大きなハプニングがあったせいで予定よりもだいぶ目的地へ着くのが遅れている。

 どれくらい遅れているのかと言うと、現在はグランベスティアの街から旅立ち、九日かけてラグナ大陸へと渡る船が唯一出ているプラート大陸最後の街、アルフィーネへと辿り着いたんだけど、当初の予定通りに旅をできていたら八日前にはこの街に辿り着いているはずだった。しかも不運な事に七日程前から海がずっと大時化おおしけ状態らしく、ラグナ大陸へと渡る船はもちろん、漁へ出る為の船も出港できない状態だから街の人や旅人、多くの人達が困り果てていた。

 仮に予定通りにこのアルフィーネの街へと辿り着けていたらギリギリでラグナ大陸へと渡る事ができていたわけだから、今更ながらにラビィの愚行が悔やまれる。

 叶わなかった事を思って悔やむのはこれが初めてではないけど、天候が相手ではどうしようもない。俺達は大時化が収まるのを待つ為に宿を探す事にしたんだけど、そこでも大きな問題に遭遇した。


「はあっ!? 一泊5千グラン!? 500グランの間違いじゃないの!?」

「いいえ。5千グランで間違い無いです」


 訪れた宿屋で提示された宿賃を前に、ラビィが表情を険しくして声を上げた。

 それぞれ所持している資金に合わせて宿屋を決めるのが俺達の旅のスタイルなんだけど、今回ばかりは俺もその異常な宿賃に驚いた。街にはそれぞれランクの違う宿屋が複数あるのが普通なんだけど、俺とラビィは毎回最低ランクに属する宿屋に泊まっている。

 俺の言う最低ランクの宿とは、日本で言うところの素泊まり宿みたいな感じだと思ってもらえればいいんだけど、この異世界では小さな部屋に粗末なベッドが二つ程あるのが普通だ。そしてそんなランクの宿賃はだいたい一人一泊500グランから800グランと言ったところなんだけど、ここの相場はその十倍。ぼったくりもいいところだ。


「あの、どうしてそんなに高いんですか? 5千グランて言ったら高級宿並の値段ですよ?」

「悪いね、こっちにも事情があるんだよ……」

「事情ですか?」


 宿屋の店主は申し訳なさそうにしながら俺達にその理由を詳しく話してくれた。なんでも店主が言うにはこの高騰は宿屋だけではなく、街にある全てのお店でこの様な高騰が起こっているらしい。その理由は海の大時化のせいだとの事だ。

 このアルフィーネの街は港があるという特性上、街にある物資のほとんどを海上輸送による輸出入に頼っている。だからその道が大時化によって絶たれているせいで異常に物価などが高騰してしまっているらしい。

 俺からすれば海が駄目なら陸路で物を運んでくればといいと思うんだけど、このアルフィーネの街から一番近いグランベスティアの街までは、馬車を使って急いで運んでも最低六日はかかると聞いた。比べて海路の方はかかっても二日。これなら海路に頼って陸路の開拓を疎かにしてしまうのも分からなくはない。

 それに陸路の方もモンスターの襲撃をかわしながら物資を運ぶのは難しいだろうし、防衛にかかる費用や時間を考えれば効率が良いとは言えないから仕方がないとは思う。

 しかし事情はどうあれ泊まる場所は必要だし、さすがに外で寝泊りはしたくはない。こんな時はどんなに治安の良い街でも荒れたりするから。

 俺とラビィは渋々ではあったが、とりあえず一泊分の宿賃を払って部屋を借りる事にした。


× × × ×


 俺達がアルフィーネの街へと辿り着いてから五日が経った。

 海は相変わらずの大時化状態が続いていて、船は一艘たりとも動いていない。そのせいで街にある物資は更に枯渇し、物の値段は異常なまでに高騰を続けている。なにせ今は通常価格二十グランだったライフポーションが、五百グランにまで跳ね上がっている始末。これはどう考えても由々しき事態だ。

 そしてそんな値段の高騰に比例して宿賃や食費の出費も大きく跳ね上がり、俺とラビィは連日クエストをかけ持ちしての資金稼ぎを余儀なくされていた。


「もうっ! いつまでこんな生活を続ければいいのよっ!」


 アルフィーネのギルドで今日やったクエストの報酬を受け取り建物を出てからしばらくした頃、ラビィは我慢ならぬと言った感じで誰にでもなく大声を上げた。

 でもそんな大声を上げたくなる気持ちは分からないでもない。俺だって今の実入りの少ない浪費生活は堪えているし、いつになったら船が出せるんだという苛立ちや、物価の急激な上昇に対する不安だってあるんだから。だけど人為的な事ならともかく、自然の猛威は人の身ではどうしようもないから余計に腹立たしい。


「それにしても、何でこんなに長く大時化が続いてんだろうな……。ミントはどうしてだと思う?」

「それはですねぇ、あれが自然に起こっている時化ではないからですよぉ」

「はっ?」


 しかしそんな胸中に秘めていた思いは、俺のちょっとした呟きに答えたミントのおかげでいとも簡単に崩れ去った。


「あ、あれが自然に起こってる時化じゃないってどう言う事だよ!?」

「言ったままの意味ですよぉ。あれは自然現象における時化ではなくぅ、ネプチュヌスさんが起こしているんですよぉ」

「ネプチュヌス? それってモンスターなのか?」

「ネプチュヌスさんはモンスターではありませんよぉ。ネプチュヌスさんは私と同じくアデュリケータードラゴンに属する古のドラゴンでぇ、主に海に住んでいるのですよぉ」

「アデュリケータードラゴンってミントだけじゃなかったんだな……」

「そうですねぇ。今の時代に私達アデュリケータードラゴンの話がどれだけ伝わっているかは分かりませんけどぉ、アデュリケータードラゴンは陸海空にそれぞれいてぇ、その他にも数種の裁定者が居るんですぅ。そしてその裁定者達全ての意見を聞いて裁定の最終判断を下すのが私の役目なのですよぉ」


 この異世界におけるミントの存在はとても恐ろしいものであるとは理解していたけど、まさかアデュリケータードラゴンが陸海空を含めて他に数種も居るとは思ってもいなかった。

 しかしミントの話を聞いてアデュリケータードラゴンが他にも存在する事は分かったけど、それが今回の大時化となぜ繋がるのかがよく分からない。俺はそのあたりの疑問も含めてミントへ質問をしてみる事にした。


「あのさ、ミント。どうしてこの大時化がそのネプチュヌスが起こしてるって分かるんだ?」

「それはとても単純な事なのですよぉ。ほらぁ、空を見て下さいなぁ」


 そう言われて空を仰ぎ見るけど、特に気になる様な事はない。空はいつもと変わらない綺麗な青空が広がっているだけだ。

 特に何も無い事に関してラビィが『何も無いじゃない』と口にすると、ミントはフフン――と鼻を鳴らしてから再び口を開いた。


「よーっく考えてみて下さいねぇ? 海が大時化なのに天候が良いって変だとは思いませんかぁ?」

「言われてみれば確かにそうだな……」


 はっきり言って俺は海の事に詳しくはない。だけどこんな風に天候が良いのに大時化になるのがおかしいという事くらいは分かる。今までそれに気付いてなかったけど。


「でもさ、ミントの言っている事は分かったけど、この大時化がそのネプチュヌスがやってる事だって何で断定できるんだ? もしかしたら海のモンスターがやってる事かもしれないだろ?」

「確かにモンスターの仕業だと考えるのは分かるんですけどぉ、あの規模の大時化を永続的に起こせるモンスターなんて私は知らないのですよぉ。だから結論としてぇ、あれはネプチュヌスさんの仕業だと断定できるんですよぉ。それに私はぁ、過去に一度だけネプチュヌスさんがこういった事をしているのを見た事がありますからねぇ。まああの時は今回と違ってかなり大規模でしたけどぉ」


 ミントが過去に見たと言うその一回がどんなものだったのか非常に気になるところではあるけど、その話をミントに聞くのは恐かった。これ以上ミントから話を詳しく聞けば、アデュリケータードラゴンであるミントに対して今までの様に接する事ができなくなりそうだったからだ。

 世の中には知らない方が良い事もある。これはその内の一つだと思った俺は、それ以上を聞こうとせずに話を先に進める事にした。


「だったらさ、仲間のよしみでそのネプチュヌスに時化にするのを止めるように言ってくれないか?」

「うーん……それはちょっと難しいのですよぉ」

「どうしてさ?」

「アデュリケータードラゴンはぁ、意味も無くこんな事をしたりはしないからですよぉ。それにぃ、ネプチュヌスさんにはネプチュヌスさんの考えがあってこんな事をしているはずですからぁ、それを私から単純に止めてと言うのははばかられるのですよぉ」


 性格の破綻している奴なら意味も無く迷惑をかけたりもするだろうけど、相手は伝説にまでなっているアデュリケータードラゴン。そんなドラゴンが無意味にこんな事をするってのは確かに考えられない。ミントを見ている限りでは、アデュリケータードラゴンがそういった良識はしっかりと持っている事が分かるからだ。

 それにいくらお仲間とは言え、相手のやっている事にミントが無闇に口出しをできないと言うのも分かる。

 しかしこのまま何もしないでいると俺達の生活はどんどん圧迫され、大時化が解消されても旅を続ける事が非常に難しくなる。それでは本末転倒だ。となると、現状で俺達ができそうな事は一つしか思い浮かばない。


「ミント。一つ頼みがあるんだが聞いてもらえないか?」

「何ですかぁ?」


 俺は現状で出来そうな解決策を丁寧にミントへ説明し、それを実行してくれる様に頼んだ。するとミントは『なるほどぉ、分かりましたぁ。それではさっそく行って来ますねぇ』と言い、大時化の海がある方へと飛び去って行った。

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