第42話・異世界で語り合う

 店じまいを終えた後の雑貨店ミーティルの店内。俺は初めてここへ訪れた時に座った木製の洒落た椅子に座り、丸型テーブルを挟んだ向かい側に座っている妹と対面して話を始めようとしていた。


「さて……色々と聞きたい事はあると思うけど、まずは俺から質問をさせてくれ」

「うん」

「まず一つ目の質問だが、お前はゆいで間違い無いんだよな?」

「ちょっとお兄ちゃん、私の事を疑ってるの?」

「この世界に来て色々と苦労したからな。おいそれと相手の言ってる事を鵜呑みにはできんのだよ」

「もう……そうだなあ……私がお兄ちゃんの妹である事を証明するなら、私しか知らないお兄ちゃんの事を話した方がいいよね?」

「えっ? ああ、まあそうだな」

「それじゃあ、お兄ちゃんが最後におねしょをしてお母さんに怒られたのは小学校五年生の時だったとか、下校途中に拾ったエッチな本をベッドの下に隠してたとか、本屋さんではいつもロリ物のエッチな本をかってたとか、他にも――」

「待った待った待ったあぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!」


 勢い良く椅子から立ち上がって大声を出しながら話を遮る。

 最初の事はともかくとして、他は俺しか知らないはずの内容だ。しかもその全てが日本で生活をしていた時の事となれば、この子が妹の唯である事は認めざるを得ないだろう。


「私が唯だって分かってもらえた?」

「あ、ああ。しっかりと分かったよ」


 ――それにしても、何で俺がエロ本を拾って隠してた事や、ロリ物のエロ本を買ってた事を知ってたんだ?


「それじゃあ、今度は私からの質問。何でお兄ちゃんは突然お姉ちゃんになったの?」


 店じまいを終えて店内に入り、お茶を用意する頃に日没を迎えた時、俺はいつもの様に女体化した。

 そして唯はその時の様子を見て驚いていたわけだから、その事を疑問に思わない方がおかしいだろう。まあ、誰でも突然兄貴が目の前で姉貴になったら驚くだろうしな。少なくとも俺なら驚いた上で信じないと思うから、今の俺を見てもお兄ちゃんだと言ってくれる唯には感心する思いだ。


「その事を話せば長いんだが……まあ簡単に言えば、この世界で組んでるアホな仲間のせいでこうなっちまったって事だ」

「アホな仲間? この世界でもお兄ちゃんに迷惑をかけてる人が居るの?」


 その発言を聞いた瞬間、唯の顔つきが厳しげに変わった。そしてそれを見た瞬間、俺は唯の特殊な気性をすっかり忘れていた事を思い出した。


「あー! いやいやっ! 迷惑をかけられたって言っても、そう大した事じゃないから!」

「そうなの? それならいいけど」


 ――良かった……どうやら納得してくれたみたいだな。


 とりあえず面倒臭い事にならなかったので安心した俺は、ふうっと大きく息を吐き出した。いくら大事な妹とがやる事とは言え、唯のやる事は徹底してて恐いからな。

 こうしてお互いに質問をしながら疑問を解消していく中、俺は唯がこの異世界に来てからの事を色々と知った。

 何でも唯がこの異世界へと来たのは三ヶ月くらい前の事で、冒険者として活動を始めたのが約一ヶ月くらい前の事らしい。

 そして唯は最初の二ヶ月間、生活費稼ぎのアルバイトと、この世界の情報を得る事に集中し、その後稼いだお金で装備を買い揃えて冒険者を始めたんだそうだ。何と言うか、我が妹ながらその行動力と計画性には毎度の事ながら恐れ入る。

 こうして話を続けながら夜が深まっていく中、俺は一番気になっていた質問を最後にした。


「それじゃあ、俺からの最後の質問だ。唯はどうしてこの異世界に来る事になったんだ?」


 我ながら酷な質問をしていると思った。何故なら俺は、この異世界へ来る為の条件を既に知っているから。

 唯がこうしてここに居るのは、日本で何かしらの形で死を迎えてしまったという事。その事を聞くのは兄としてとても辛い事ではあるけど、その理由は知っておきたかった。


「そ、それは…………」


 唯はその顔を茹でだこの様に真っ赤にし、その理由を口にする事に戸惑いの表情を見せた。


「あー、話したくないなら無理には聞かないから」

「うん……ごめんね、お兄ちゃん」


 理由はとても気になるけど、こういう事は無理やり聞くものではない。

 それに現実として唯がこの異世界へと来てしまったのは事実なのだから、焦らなくてもいつかは聞く機会もあるだろう。


「ところでさ、唯がこの異世界に来たって事は選択の間で女神様に会ったって事だろうけど、天使のサポーターはつけなかったのか?」

「あっ! そう言えばすっかりラビエールちゃんの事を忘れてた! お兄ちゃんごめんね、きっとラビエールちゃん私を捜してると思うから、また明日来るね!」


 そう言うと唯は急いで席を立って店を出て行った。

 とりあえず唯の発言を聞く限りでは天使のサポーターが居る様だが、いったいどんな奴なんだろう。


 ――うちの駄天使ラビィみたいに、手の掛かるどうしようもない奴じゃなければいいんだがな……。


 異世界にやって来てしまった妹のパートナーについて心配をしつつ、丸型テーブルの上に置いてあるティーカップを片付ける。

 そして一個も売る事ができなかった商品を一通り見渡しつつ、明日こそは頑張って商品を買ってもらう為に頑張ろうと気合を入れ直した。


× × × ×


「はあっ…………」


 翌日のお昼過ぎ、俺は店のカウンターに立って大きな溜息を吐いていた。その理由は言わずもがな、商品が一つも売れてないからだ。

 商売が簡単なものじゃない事は理解していたけど、ここまで色々上手くいかないと流石にへこみモードになる。とは言え、ここで腐ってしまっては昨日の二の舞になるのは明らか。この場は何としても踏ん張って売り上げを出さなければいけない。


「失礼します」


 腐りそうになっていた自分の心に活を入れ、再び奮起したその時、お店の扉が小さく開いてそこから一人の若い女性客が入って来た。

 艶やかで綺麗な腰まで届くロングの黒髪は、扉を開いた時に生じた僅かな風にサラサラとなびき、その立ち居振舞いはとても美しく目を惹く。その若々しい見た目から年齢を推測するなら、十代の後半と言ったところだろうか。


「いらっしゃいませ」


 俺はようやく訪れたお客さんに精一杯の笑顔を見せつつ、今度こそ何か商品を買ってもらえるように祈る気持ちだったんだけど、その女性は店の中の商品には目もくれず、真っ直ぐに俺の方へと歩いて来た。


「あなたが近藤涼太さんでしょうか?」

「えっ? あ、はい。そうですけど……」

「初めまして。私は近藤唯さんのサポーターとして天界から遣わされた治癒を司る天使で、名をラビエールと申します」

「あ、ああー、初めまして。いつも妹がお世話になってるようで」


 日本に居た時の癖と言うべきなのか、俺は社交辞令とも言えるようなテンプレ回答をしてペコリと頭を下げる。

 それにしても驚くべきは、このラビエールと言う天使の礼儀正しさだ。ラビィ以外の天使と関わりをもった事が無いから他の天使の事は分からないけど、俺は何となく天使ってのはみんなラビィみたいな奴ばかりだと思っていた。だからこのラビエールと言う天使の態度は、俺にとってはかなりの衝撃と驚きだった。


「それであの、唯はどうしたんですか? 一緒じゃないんですかね?」

「その事なのですが、唯さんから伝言を言付かっています」

「伝言?」

「はい。唯さんは今、王宮に呼び出されていますので、こちらに来るのは夕刻を過ぎた辺りになるとの事です」

「王宮!? な、何でですか? 何かトラブルでもあって王宮に連れて行かれたとか?」

「あ、いいえ、そういう事ではありません。唯さんはこれまでの指定モンスター討伐の功績が認められ、王様から直々に騎士の称号を与えるとの事で王宮に呼び出されただけです」

「はっ!? 唯が騎士の称号を!?」


 この異世界において冒険者が騎士の称号を受ける事はとてつもないほまれで、しかも王様からじかに騎士の称号を受ける事は滅多に無い事だと聞く。つまり唯は、それだけの功績を冒険者になっての一ヶ月間で成した事になる。


「あ、あの……唯ってそんなに凄いんですか?」

「最近巷で噂になっているので近藤さんの耳にも届いているとは思いますが、冒険者になりたての凄腕女剣士の話を聞いた事はありませんか?」

「ああ、そういえば最近よく耳にするけど…………まさか、それが唯?」

「はい、その通りです。ちなみに唯さんの実力の証明になるかは分かりませんが、唯さんは昨日までに十五の討伐指定モンスターを一人で倒しています。そしてその中の一体は、討伐難易度星5クラスでした」

「討伐難易度星5クラス!?」


 その話を聞いて驚くのは当然だ。何せ討伐難易度5クラスのモンスターと言えば、本来高レベルの冒険者が四人や五人で組んで戦ってやっと勝てるくらいに強いのだから。

 ちなみに唯は日本で暮らしていた時にあらゆる武道や剣術なんかを習っていたけど、その実力はかなりのものだった。だからそれがこの異世界においての戦いで役立っているのは分かる。だけどそれを考えても、唯の功績は凄まじ過ぎると思う。

 我が妹の凄まじい一面を聞かされた俺は、どこか現実離れした気分で遠くを見つめながら唖然としていた――。




 ラビエールさんが唯の伝言を伝えに来てくれたその日の夜、俺は王宮から戻って来た唯の為にささやかなパーティーを開いた。

 兄として騎士の称号を得た妹を盛大に祝ってやりたいところだけど、情けない事にそんな余裕は今の俺には無い。このささやかさが今の俺にできる限界だ。


「それにしても、まさか唯が噂の女剣士だとは思わなかったよ」

「あはは、まさか私もそんな噂をされてるなんて思ってなかったよ。私はただ、必死に戦ってお金を稼いでいただけだから」

「そっか。でもさ、どうしてそんなにお金を稼ぐ必要があったんだ?」

「お兄ちゃんを捜す為だよ」

「俺を?」

「うん。この世界にお兄ちゃんが転生しているのは選択の間に居た女神様から聞いてた。だから先にこっちに来てるお兄ちゃんを捜す為には、大量の資金を調達する必要があるって考えたの。それでその手段として選んだのが、たまたま冒険者だったってだけだよ」


 日本で一緒に暮らしていた時にも思ってたけど、この妹はどこまでも行動力があり、それを実現させるから凄い。


「そうだったのか。俺のせいで苦労をかけて悪かったな」

「あっ……ううん……そんな事ないよ…………」


 日本に居た時の様に隣の席に座る唯の頭を撫でてやると、嬉しそうにしながら顔を赤くして俯いた。こんな唯を見るのも本当に久しぶりだ。

 もう二度と唯の頭を撫でてやれる事は無いと思っていただけに、今の状況はちょっと感慨深いものがある。


「私は少し席を外しますね」


 そう言って外へと出て行くラビエールさん。きっと久しぶりに再会した唯と俺の為に気を利かせてくれたのだろう。本当にラビィと違って天使らしい天使だ。

 今更だけど、選択の間でしっかりとサポーターの天使を選ばなかった事が悔やまれる。


「そういえば、あれから母さんと父さんはどうしてた? ましろは元気にしてたか? にゃんたんは病気になったりしてなかったか?」

「私がここへ来るまでの間の事しか分からないけど、お母さんとお父さんは元気にしてたよ。ましろとにゃんたんは、お兄ちゃんが死んでかなり元気が無かったけどね…………」

「そっか……」


 そんな話を聞くと、あんな間抜けな死を迎えてしまった事が悔やまれる。それに一番下の妹のましろに、可愛がっていた猫のにゃんたんが元気が無かったと聞けば尚更だ。


「ところでお兄ちゃん、お兄ちゃんはどうして急に心臓発作なんて起こしたの?」

「えっ? 母さんから何も聞いてないのか?」

「うん。お母さんからは突然の心臓発作で亡くなったとしか聞いてなかったから」


 流石のオカンも、俺が可愛がっていた妹に本当の事は言えなかったんだろう。当然の判断だとは思うけど、オカンの配慮には感謝したい。


「まあ何と言うか……ちょっといつもの筋トレをしてたんだよ」

「そっか! お兄ちゃんは身体を鍛えてたんだね!」

「ま、まあな!」


 一応アレも筋肉だから、嘘は言っていない。どこの部位を鍛えてたのかを言わなければセーフだ。てか、そんな事を可愛がっていた妹に言えるわけがない。


「ちょっとリョーター、今日の分の生活費がまだ届いてないんですけどーって、アンタ誰?」

「あなたこそ誰ですか? 気安く名前を呼んでますけど……」

「私は大天使のラビィ様よ! そしてそこに居るリョータのご主人様でもあるわっ!」

「バ、バカッ! 変な事を言うんじゃない!」

「……なるほど。あなたがお兄ちゃんの言っていたお荷物天使ですか……」

「お、お荷物天使ぃ!? ちょっとリョータ! アンタ何て事を吹聴してんの! 引き篭もりのオ〇ニートだったくせにっ!」

「ひ、引き篭もりのオ〇ニート!!?」

「そうよ! コイツは母親にハアハアしてるところを見られてショック死したオ〇ニートなのよ!」


 ――アカン……これはもうどうしようもない…………。


「許せません……ラビィさん! 私はあなたに決闘を申し込みますっ!」

「お、おい! ちょっと落ち着けって!」

「お兄ちゃんは黙ってて! お兄ちゃんを侮辱する人は、誰であろうと許さないんだからっ!」

「おいラビィ! 悪い事は言わないから謝っとけって!」

「なーに言ってんの? この私がこんな小娘相手に謝るなんてありえないわよ。いいわ、そのデュエル、受けてあげる!」


 ノリノリな様子で唯の決闘を受け入れるラビィ。

 せっかく心配して言ってやったのに、このバカ駄天使は俺の言葉に一切耳をかさない。いつもながら面倒ごとしか起こさない奴だ。

 それに唯は一度熱くなるともう止まらないし、こうなったら気の済む様にやらせるしかないだろう。

 俺は結果の見えた勝負に大きな溜息を吐きつつ、この駄天使VS妹の決闘を見る事になってしまった。

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