第43話・勝負の行く末
「それじゃあお兄ちゃん、立会人をお願いね」
「唯、立会人を頼むのはいいんだが、さっき話したように俺はこの状態では外に出られないんだよ。危ないから」
「あっ、そういえばそうだったね」
さっきはもう止めようがない決闘かと思ってたけど、俺の変な体質がここで初めてまともに役立つかもしれない。
しかしここで決闘を止める事ができたとしても、それはおそらく一時的なその場しのぎにしかならないだろう。だけど時間さえあれば、唯やラビィを説得できる可能性はある。ここは何とか決闘を引き延ばす感じでいきたい。
「そうだよ。だからとりあえず今日の決闘は――」
「トランスポート!」
俺が決闘の延期を提案しようとしたその時、唯はそう言いながら床に向けて手のひらを突き出した。するとそこに青色の光を放つ魔方陣が出現する。
「さあ、お兄ちゃんもラビィさんもこの中に入って」
「あの……唯さん、これはいったい?」
「お兄ちゃん、街中には出て行けないんでしょ? だから転移魔法で人気のない場所に移動するから」
「人気のない場所で決闘とか、いかにもって感じよね。さあ、行くわよリョータ!」
「えっ? あ、ちょ――」
なぜか決闘にノリノリなラビィに手を掴まれ、転移魔法陣の中へと引っ張り込まれる。すると眩しい光が俺とラビィを包み込み、その眩しさに目を瞑った。
そして一瞬の眩しさの後で瞑っていた目をゆっくりと見開いた時、俺とラビィは灯りが灯る店内ではなく、月明かりだけが世界を照らす短い草丈の茂る草原地帯に立っていた。
「ここは……」
「ここはリリティアの森の近くにあるバルティ草原。この時間帯なら人も通らないと思うし、ここには夜行性モンスターも少ないから誰にも迷惑はかけないわ」
唯の力によって避けられるかもしれない争いの回避は見事におじゃんになり、決闘の舞台はいとも簡単に整ってしまった。こうなればもう、この決闘を最後まで見守るしかない。
後は二人が大怪我をしたりしないように、適度なタイミングで仲裁に入って決闘を終わらせる方向にもって行くのが最善策だろう。まあ、ラビィにはあの特殊な体質があるから怪我なんてしないとは思うけど、ラビエールさんから聞いた唯の実力を考えれば一抹の不安は残る。
「ラビィさん、ここで心を入れ替えてお兄ちゃんの足を引っ張らないと約束してくれるなら、この決闘は無しにしますよ?」
「なーに言っちゃってるの? 私は常に役立つ事しかしてないし、このオ〇ニートの足を引っ張った事なんてただの一度も無いわよ」
どの口がそんな事を言いやがる――とは思うものの、毎度毎度この手の発言に突っ込む気力は無い。疲れるから。
「どうやら言葉では分かってもらえないみたいですね……分かりました。では、この決闘で私が勝ったら、お兄ちゃんのパーティーから抜けて下さい」
「上等じゃないの! それじゃあ私が勝ったら、何でも一つ言う事を聞いてもらうからね!」
「分かりました。それで結構です」
二人の勝利特典を聞いた俺としては、全力で唯を応援したい。
しかしながら、唯が全力を出してしまった場合、いくらあのラビィでも無事では済まない可能性もあるからそれだけは心配だ。
「おい、ラビィ。悪い事は言わないから止めておいた方がいいと思うぞ?」
「何よ、私がアンタみたいなオ〇ニートの妹に負けるわけないじゃない」
「ほーお…………まあ、予め言っておいてやるが、唯はマジックソードマスターだぞ? しかも星5クラスの討伐指定モンスターを一人で倒せる実力があるんだ」
「えっ!? それってマジ!!?」
「こんな事で嘘をついてどうする?」
「行きますっ!!」
「ひいっ!?」
ラビィが唯の事を知らなかったせいで起こった無駄な決闘。その火蓋は唯の先制攻撃によって切られた。
唯は腰に携えた細身の剣は抜かず、その右拳を握り込んで素早くラビィへと突進し、その拳を前へと突き出す。
ラビィは何とかその攻撃をかわす事に成功したが、同時にその場に尻餅を着いた。
しかしこれは、おそらく唯が考えていたであろう予定調和。唯の初手がわざと相手に避けられる程度に手加減をしていたのは俺にも分かる。なぜなら唯は、昔っからこうして初手で切り込む時には手加減をする癖があったからだ。
本人が言うには、『これで実力が測れたりもするし、場合によっては相手が戦意喪失してくれるから』――と言っていたけど、それは本当に実力があるからこそ言えるセリフだと思う。
「……ラビィさん、あなたの実力は分かりました。悪い事は言いません、これで降参してくれませんか? あなたでは私に勝てません」
これも唯がやるいつものお決まりのパターンだ。まあ、だいたいの奴は唯の相手にはならないので、唯なりの温情のかけ方なんだとは思う。
後の問題はこの温情を相手が受け入れるかどうかなんだが、受け入れなければ確実に負け
「じょ、冗談じゃないわよっ! ここで負けたら生活していけないじゃない!」
――やっぱりそうなるよな。
それにしてもあの発言を聞く限り、アイツには自分で稼いで生活をしていくという考えは微塵も無い様だ。まあそんな事は今までの事で嫌ってくらいに分かってはいるんだけど、さすがに堂々とそれを言われると、俺としては頭を抱えたくなる。
しかしこの勝負が始まった時点でラビィの負けは確定的に明らかなのだから、アイツの事で悩まされるのもこれが最後になるだろう。まあそれも、アイツが唯とした約束を守ればの話だが。
「それなら仕方ありませんね。本意ではありませんが覚悟して下さい!」
唯は尻餅を着いたままで自分を見上げるラビィを見ながら腰を低くし、右拳をグッと握りこみながら肘を大きく後ろに引いた。
おそらくこの一撃で勝負は決まってしまうだろう。案外あっけない幕引きだったとは思うけど、勝負が長引かないのは良かったと思う。結果の見えた勝負を見続けるなんて、ある意味苦痛でしかないから。
「待って下さいっ!!」
勝負を決定付けるだろう唯の拳がラビィに当たるその直前、月明かりだけの薄暗い草原に大きな声が駆け抜けた。
すぐにその声のした方向へ視線を向けると、そこには唯のサポーターとして天界から来てくれたラビエールさんの姿があった。それにしても、落ち着いた雰囲気のラビエールさんにしてはやたらと焦った表情をしているけど、いったいどうしたんだろうか。
唯はラビエールさんの声で寸止めした拳を引きながら、ラビエールさんの方へと身体を向けた。
「ラビエールちゃん、私は今ラビィさんと決闘中なの。邪魔しないで下さい」
「いいえ。そういう訳にはいきません」
俺達のもとへと走って来たラビエールさんは、今だ地面に尻餅を着いたままのラビィと唯の間に割って入り、ラビィを庇う様にして立ちはだかった。
その様子は一瞬不思議に思えたけど、同じ天界から来た天使の仲間だから庇っているんだと思えば不思議ではなくなる。
「ラビエールちゃん…………」
「唯、もういいだろ? これ以上はお前の嫌いな弱い者イジメになるぞ?」
「…………分かった。お兄ちゃんがそう言うなら」
唯は握り込んでいた拳の力を抜いて手を開く。決闘は
ラビィの横暴は今に始まった事じゃ無いし、コイツをサポーターとして選んだのは俺だ。だったらコイツを放り出すも連れて行くも、俺が決めなければいけない事。唯に任せて結果を決めていい事じゃない。
「……私は別に助けられたなんて思わないからねっ!」
「あっ、おいっ!」
ラビエールさんの背中に向けて大声でそう言い放つと、ラビィは薄暗い草原を駆けてどこかへと去ってしまった。
普段から素直じゃない奴だけど、今回は今までとは明らかに様子が違う。同じ天使に助けられた事がプライドにでも障ったのだろうか。
「すみません、ラビエールさん。アイツは普段からあんな感じなんで気にしないで下さい」
「いいえ……私の方こそすみません。姉が随分とご迷惑をかけている様で…………」
「「はあっ!? 姉ぇぇぇ!!?」
ラビエールさんの思わぬ発言に、唯と驚きの言葉が被る。
まさかあの駄天使にこんなしっかりとした妹さんが居るなんて思ってもいなかった俺は、仲が良さそうには見えない天使姉妹の事を考えて表情を曇らせていた。
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