第38話・銀世界の中で

 異世界に来てから始めて迎えた冬本番。

 最初こそ異世界の冬も日本と大して変わらないと思っていたけど、冬本番を迎えた今となってはその考えを改めないといけない。なぜならこの異世界の冬は俺の想像以上に厳しかったからだ。

 冬本番を迎えたここ連日は大雪が吹きすさび、街を流れる川はどこを見ても凍りついている。

 そんな様子を見る限りでは、毎年越冬できずに死んでしまう冒険者が出ると言うのも納得できる。何せこの異世界にはエアコンとかコタツとか、そう言った便利な暖房器具は存在していないのだから。

 そんな寒さ厳しいある日の朝。天候が良くなったタイミングを見計らった俺達は、ギルドで受けていたクエストを達成する為に目的の場所へと向かっていた。


「ああー! 寒いっ! 何でこんな寒い日にクエストなんてしなきゃいけないのよっ!」


 冬用の厚い服に身を包んだラビィが、寒さに身を震わせながら不満を口にする。

 もういつものパターンで俺も飽き飽きしているけど、こんな寒い日にクエストなんてしなきゃいけなくなった理由はもちろん、さっきからこの調子で文句を口にし続けている駄天使のせいだ。


「お前はこの場において一番文句を口にしてはいけない立場だって事を理解していないのか? 何ならお前だけこのまま放り出してもいいんだぞ?」

「ぐっ……分かってるわよ! たくっ、ちょっと家を持ったからって偉そうにさ」

「ああ? 何か言ったか?」

「な、何にも言ってないわよっ!」


 そう言うとラビィは不満そうな表情を更に不満げにして先へと進んで行く。

 俺達がこの厳しい冬になぜクエストを行おうとしているのかと言うと、もちろんお金が必要だからだけど、本当なら越冬するまでは何とかなるくらいの余裕はあった。だけどそれを台無しにしたのが、我がパーティーの超問題メンバーであるラビィだ。

 そして問題のラビィが今度はどんなトラブルを起こしたのかと言うと、簡単に言えば生活費が無くて食い逃げやら飲み逃げをしていたわけだ。しかもそれは一軒や二軒ではなく、全部合わせて七軒。その総額は何と約60万グラン。

 加えてラビィは自分がやった事がばれるのを防ぐ為に馴染みの店は避け、あえて行った事がない店や高級店を選んでいたらしい。本当に悪知恵だけは人三倍くらいは働くから厄介なもんだ。

 しかし悪い事ってのはいずれ判明するもので、ラビィがあの夜にお屋敷へと来て以降、どうやって嗅ぎつけたのかラビィが食い逃げ飲み逃げをした店の店主が次々お屋敷へとやって来て料金の請求をされた。

 ラビィがやった事は日本で言えば犯罪――いや、この異世界においても犯罪なんだけど、俺は店主がやって来る度に大きく頭を何度も下げてラビィが飲み食いした分のお金を払い許してもらっていた。そのせいでエミリーと一緒にクエストで稼いだお金はあっと言う間に消え、こうして真冬の厳しい時期にクエストをやらなければいけない状況になっている訳だ。

 個人的にはもう、この駄天使を天界にクーリングオフしたいところなんだけど、残念ながらそれもできないから困っている。それならいっそ、ラビィを見捨てたらいいじゃないかと、この状況を知った人は思うかもしれない。

 けれどこの狡猾な駄天使は見捨てようとする度に姑息な手段をもちいてそれを上手く阻止してくるから、現状は本当にお手上げ状態だ。


「にいやんにいやん! シロタマ見るの楽しみだね!」

「えっ? あ、ああ、そうだね」


 楽しそうにそう言うラッティにつられてついそんな返事をしてしまったけど、本音を言えば楽しみではない。そりゃあそうだ。だって俺達は観光や旅行に行くわけではなく、ギルドに依頼を受けてシロタマと言う謎の生物の調査に向かっているんだから。

 それにしても今回のシロタマ調査クエスト、いつもお世話になっているギルドのクエスト受付お姉さんのたっての頼みで受けはしたんだけど、色々と不安な事が多い。

 その不安の一番大きな部分が、シロタマって生き物の正体がよく分かっていない事。

 これは寒さ厳しい冬の時期にクエストを行う冒険者が絶対的に少ない事と、わざわざ危険な冬の山へ行こうとする冒険者が居ない事が原因として挙げられる。だから今回の調査クエストは、通常では考えられない程に報酬が高い。

 まあこれを地球に居た頃に置き換えて考えてみれば、UMA、つまり未確認生物を調査しろって言っているようなものだから、報酬が高くなるのも頷ける。

 ただ一つ、地球でのUMA調査と違う点を挙げるとすれば、俺達が調査に向かっているシロタマは現実として存在は確認されていると言う事だ。しかし存在が確認されているとは言っても、シロタマの正確な姿形までは分かっていない。

 ではなぜ正確な姿形が分かっていないのに存在が確認されているのかと言えば、過去に一人のギルド調査員がシロタマの調査に行って行方不明になった際、山に設営されたキャンプの中に残されていた調査書に、シロタマの事が書いてあったからだそうだ。

 その調査書は俺もギルドのお姉さんから写本した物を見せてもらったんだけど、身体全体が白い事、大きさは大小様々である事、基本的に球状だが、中には別の形をした個体も居る事くらいしか分からなかった。

 さすがに情報がこれだけしか無いと、いったいどんな生き物なのか想像するだけで恐くて身震いがしてくる。


「なあ、ミント。シロタマってどんな奴か知ってるか?」

「残念ながら何も知らないですねぇ」

「そっか……」


 野草についてもかなり詳しい知識を有していたミントなら、シロタマについても何か知っているかと期待していたんだけど、どうやらそれは甘い考えだったらしい。

 もしもリュシカがこの場に居れば、謎のシロタマについて何か聞けたかもしれない。けれどエミリーがアストリア帝国へ戻って以降、リュシカは前の様に俺達のやるクエストには積極的に参加しなくなったし、今回のクエストも『寒いので遠慮しておきますね』と言って不参加だ。

 まあリュシカの場合は聞いても素直に教えてくれるかは分からないから、この場に居ようと居まいと変わらなかった気はする。

 きっと北海道なんかの冬は日常的にこんな感じなんだろうなと思いつつ、雪深くなった草原地帯を不器用に歩く。

 そして普段なら一時間とかからないだろう道を二時間程をかけて歩き、俺達はようやく目的の場所であるシロタマが居るだろう山へと辿り着いた。


「確かシロタマって、山の中腹辺りに居るらしいってギルドのお姉さんは言ってたな」

「ええっ!? ここから更に山に登るわけ!? いい加減に疲れたんですけどー」

「行きたくないなら別にいいんだぜ? その代わりお前は今日からホームレス生活になってもらうけどな」

「うぐっ……ちょっとだけ不満を口にしただけでしょ!」

「今のお前に不満を口にする余裕があるとはビックリだな。分かっているとは思うが、お前が自分の部屋を持てるかどうかは今回のクエストでの働きにかかってるんだからな?」

「わ、分かってるわよっ! 行けばいいんでしょ! 行けばっ!」


 その言葉に抵抗する事ができないラビィは、俺達に背を向けて山の上へと登り始める。

 アイツにとっては色々と不満で仕方ないのかもしれないけど、お屋敷に住まわせる事と食い逃げ飲み逃げの金を立て替えている事をチラつかせれば、とりあえず嫌でも言う事を聞くだろう。


「そんじゃあ、俺達も行こっか。ラッティ、足下には十分気をつけるんだよ?」

「うん! 分かった」

「ミントは空から危ない場所がないか見ててくれ」

「了解ですぅ」


 ミントが俺達の遥か上へと飛んで行くのを見た後、俺はラッティと横並びになってラビィの後を追って行った。

 こうして俺達は目的の山を登り始め、慣れない雪山を歩き登って三時間くらい経った頃にようやく山の中腹へと辿り着く事ができた。


「とりあえずこの洞窟をキャンプ地にするか。テントを張るよりいいだろうし」

「そうですねぇ。見たところ他の生き物が住んでいる痕跡も無い様ですしぃ、とりあえずいいと思いますぅ」

「だな。それじゃあラビィ、まずは焚き火を起こしたいから、天候が悪くならない内にできるだけ枯れ木を集めて来てくれ」

「はあっ!? 何で私がそんな事しなきゃいけないの!?」

「嫌なら別にいいぞ? ただ、お前の働きはそんなものなのかと思うだけだから」

「うぐっ……い、行って来るわよ……」

「そっかそっか。それじゃあ気をつけてな」

「覚えてなさいよ……絶対に後で見返してやるんだから」


 去り際にそんな捨て台詞を吐いたラビィだが、今のアイツに俺を見返すだけの何かは無い。それが分かっている俺は、ラビィこの発言を一笑に付した。

 そしてラビィが枯れ木拾いに行ってすぐ、俺は予め持って来ていた木材に火をつけて暖を確保した後、道具袋から鍋を取り出して雪をその中へと入れ、お湯を沸かし始めた。


「――それにしても遅いな、ラビィの奴」

「そうですねぇ」

「ねえやん、どうしたのかな?」


 ラビィが枯れ木拾いに行ってから、そろそろ一時間が経とうとしていた。

 雪山じゃないならそれほど心配する事はないけど、さすがに物臭なラビィがまだ戻って来ないというのは気にかかる。


「ちょっと天気も怪しくなってきてるし、ラビィを捜しに行って来るわ」

「それじゃあ私もついて行きますぅ」

「ウチも!」


 本当ならどちらかに焚き火の番をしててもらいたいけど、人を捜すなら人手は多い方がいい。ましてや雪山なら尚更だろう。

 俺はそんな考えから二人がついて来る事を了承し、お互いに姿を見失わない範囲で広がってラビィを捜し始めた。


「――にいやん! あれっ!」

「どうした!?」


 ラビィの捜索を始めてしばらくした頃、ラッティが崖下を指差しながら俺を呼んだ。

 俺は雪に足をとられながらも急いでラッティの方へと進み、指差された方を見た。


「あれは……雪だるま?」


 ラッティが指差した場所に居たのは、一体の雪だるま。遠目だから正確な大きさは分からないけど、その大きさはかなり小さい様に見える。

 ぴょんぴょんと軽やかに飛び跳ねながら前へ前へと進んでいたその雪だるまには木の様な両腕があり、片方の手の先は二股に分かれていて、更にもう片方の手の先には赤い帽子の様な物が見えた。


「にいやん、あれってねえやんの被ってた帽子じゃない?」

「ああ、俺にもそう見える。とりあえずミントも呼んで追いかけよう」

「うん!」


 こうして上空に居るミントを呼び戻した俺達は、なぜかラビィの身に着けていた赤い帽子を持って移動をしている謎の雪だるまを追う事になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る