第39話・冬のお願い

 枯れ木集めに行ったまま戻って来ないラビィを捜していた俺達は、ひょんな事からラビィの被っていた赤い帽子を持って移動をしている雪だるまを発見してその後を追跡していた。

 身を隠せる場所が多い山中とは言え、辺りが一面の白に覆われた中で俺とラッティの姿はかなり目立つ。


「もう少し距離を空けた方がいいかな?」

「そうですねぇ。私はともかくとしてぇ、リョータ君とラッティちゃんは目立つ服装をしていますからねぇ」

「だな。ラッティ、もう少しだけ距離を空けよう」

「うん」


 素直に頷いたラッティに対して微笑を浮かべた後、俺達は雪だるまを見失わないギリギリの距離で追跡を続けた。

 それにしても、雪だるまが自立移動をしている様を生で見られるなんていかにも異世界らしいけど、その様は実にシュールだ。まあ、可愛らしく見えると言えば見えるんだけど。


「ミント、アレが何なのか分からないか?」

「私もアレを見て色々と思い返していたんですけどぉ、アレは雪の精霊ちゃんでしょうねぇ」

「雪の精霊?」

「雪の精霊ちゃんは冬の精霊ちゃんの下位にあたる存在なのですけどぉ、本来は冬の精霊ちゃんの力で生み出されて世界に安定した冬をもたらすのが雪の精霊ちゃんなのですよぉ」

「へえー。やっぱり精霊とか居るんだな、この世界には」


 ミントのような伝説の龍が現実として存在している世界なのだから、精霊が居たっておかしくはないと思う。だけどそうは思いながらも、そんな神秘な存在がいる事にやはり驚きはあった。

 それにまだ確証がある訳ではないけど、シロタマってのはもしかしたら、冬の精霊が生み出した雪の精霊の事なのかもしれない。全身が白い事と、基本的に球状であるところは符合しているしな。

 今回のシロタマ調査の謎に迫る事ができるかもしれないと思った俺は、更に慎重に雪だるまの後を追って行く。

 そんなこんなで雪だるまの後をつけて行く事しばらく、後を追っていた雪だるまは山肌に見えていた洞窟の方へと向かっていた。


 ――洞窟に入る気か……てことは、中に仲間が居る可能性もあるわけだな。


「へくちっ!」


 雪だるまが洞窟に入ったらどうしようかと考え始めた瞬間、隣に居たラッティが可愛らしくも大きなくしゃみをした。

 そんなラッティに対して向けた視線をすぐに雪だるまの方へと向けなおすと、案の定こちらの存在に気付かれたらしく、雪だるまがぴょんぴょんと跳ねながらこちらへと向かって来るのが分かった。


「やばっ! 気付かれた! 逃げるか!?」

「心配ないと思いますよぉ? 雪の精霊ちゃんは基本的に穏やかな性格をしていますしぃ、よっぽどの事がない限りは怒ったりはしませんからぁ」

「そうなの?」

「私が知る限りはそうですねぇ」


 あっけらかんと緊張感の欠片も見せずにそう言うミント。本当に大丈夫なのかなと不安にもなるけど、ここはミントの言う事を信じておく事にしよう。

 しかしそうは思いながらも、俺は飛び跳ね迫って来る雪だるまを見ながら緊張と不安を募らせていた。

 この異世界ではカボチャすら恐ろしい変貌を遂げて襲いかかって来るくらいだから、今こちらへ迫って来ている雪だるまがどんな恐ろしい事をしても不思議ではない。

 見たところ目や鼻や口は無いけど、突然口ができて猛吹雪を吹いてくるかもしれないし、あの身体で体当たりをかまして来る事だって考えられる。

 そんな想像で頭がいっぱいになり始めた頃、迫って来ていた雪だるまが俺達の約三メートル程手前でピタリと立ち止まった。

 俺はこの寒い中で冷や汗が出ている事を感じつつ、目の前で立ち止まっている雪だるまに最大限の警戒をして構えをとった。するとその雪だるまは、空いている方の手と思われる部分をこちらへと向けて差し出した。


「な、何だ?」

「可愛い……ウチはラッティ! よろしくねっ!」

「あ、ちょっ!?」


 止める間も無く飛び出したラッティは、無邪気に雪だるまが差し出している手を両手で握ってブンブンと上下に振る。


「だ、駄目だよラッティ! そんなに荒っぽくしちゃ!」


 ラッティの行動にギョッとした俺は、思わず距離を詰めてラッティを雪だるまから引き離した。


「ご、ごめんね、大丈夫だった?」


 とりあえずこちらに敵意が無い事を伝える為にそう言うと、雪だるまは身体全体を前へ後ろへ何度も傾けて頷いている様な素振りを見せた。


 ――もしかして、言葉が通じてるのか?


「あの……俺達の言葉が分かるの?」


 言葉が通じるのかを知る為にそう質問をすると、その言葉に反応する様にして雪だるまは再び身体全体を前へ後ろへと何度か傾けた。この反応を見る限り、どうやらこちらの言葉は通じているようだった。

 この雪だるまの危険性についてはどこまでも推測の域を出ないけど、言葉が通じるなら色々とやりようも出てくる。てことはまず、俺達に敵対の意志が無い事を伝えておくのがいいだろう。


「えっと、俺はリリティアの街から来た冒険者で、近藤涼太。そしてこの子がさっき言ってたけどラッティ、俺達の後ろで飛んでるのがミントって言うんだ」

「あなたは雪の精霊ちゃんですよねぇ? よろしくお願いしますぅ」

「よろしくねっ! ゆきちゃん!」


 それぞれが自分なりの言葉を述べると、雪だるまはその場で何度かぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 その様を見る限りでは、怒ったり怖がったりしている様には感じない。


「あの、ちょっと聞きたいんだけど、その手に持っている赤い帽子の持ち主を知らないかな?」


 その言葉に対し、雪だるまは三度みたび身体全体を大きく前後に揺らした。


「どうやら知っているみたいですねぇ」

「ああ。あの、その帽子の持ち主は俺達の仲間なんだ。だから居る場所を知ってたら教えてくれないかな?」


 ラビィの居る場所を知っている可能性に賭けてそう質問をすると、今度は身体を少しだけ回して横を向き、赤い帽子を持っている方の手で洞窟の方を指した。


「あの中に居るの?」


 ラッティがそう尋ねると、雪だるまは持っていた赤い帽子をラッティへと差し出した後で洞窟の方へと向かい始めた。


「とりあえずついて行ってみましょうかぁ」

「そうだな。他に手掛かりも無いわけだし」

「うん!」


 俺達は雪だるまが踏み潰した後を歩いて追い、洞窟へ入って行った雪だるまに続いて暗い洞窟内へと進入した。


「スキルを使わないと見えないな…………あっ! ラビィ!」


 スキルのゴッドアイを使って洞窟の奥を見ると、うつ伏せで倒れている雪まみれのラビィと、そんなラビィを見下ろす様にしている雪だるまの姿が見え、俺は急いでラビィのもとへと走り寄った。


「大丈夫か!? おい!?」


 駆け寄って声をかけるが、ラビィからの反応は無い。

 その事に少し焦って呼吸を確かめると、とりあえず呼吸はしていた。俺はそれを確認して安堵の溜息を出し、ラビィを仰向けに寝かせる。


「はあっ……どうやら気を失っているだけみたいだな。ミント、悪いけど俺達の道具をここに持って来てくれないか? 歩きで往復するよりは、空を飛べるミントの方が何かと危険が無くていいからさ」

「私は別に構いませんよぉ」

「ありがとう。帰ったらお礼にパチパチを奢るからさ」

「わわぁ~、嬉しいのですぅ~。それでは行って来ますねぇ」


 ラビィ以上にパチパチがお気に入りのミントは、大喜びしながら洞窟を出て道具を取りに行ってくれた。

 こんな時に空を飛べる仲間が居るっていうのは実に頼もしい。雪山はとても危険だから、必要以上に出歩きたくはないからな。

 それからしばらくして戻って来たミントから道具袋を受け取り、燃料石の入ったランプに明かりを点けた後、俺はもう一度ラビィに異常が無いかを確かめる事にした。


「キャ――――ッ! 何してんのよ――――っ!」

「うごあっ!!?」


 とりあえず頭を打ったりしてないかを見ようと顔を近づけた瞬間、顎に強烈な衝撃が走り、俺はそのまま後ろへと倒れ込んだ。


「いってぇー。何すんだこのクソ駄天使がっ!」

「それはこっちのセリフよオ〇ニートっ! アンタやっぱり私の身体を狙ってたんでしょ! いやらしいっ! 不潔よ不潔!」

「お前はどうしてそう捻じ曲がった発想しかできないんだ!?」

「そんなのは私が美少女で、アンタが童貞のオ〇ニートだからに決まってるでしょ! それ以上の理由なんてないわよ!」


 ――コイツはどんだけ童貞に誤解をしてて、どんだけ自分に自信があるんだ……。


「いいか? この際だから言っておくぞ? 例えどんな美人でもな、性格が破綻している奴に興味なんてねーよ!」

「はあっ!? アンタは童貞をこじらせてるんだから、弱った女性を見れば誰でも襲おうとか思ってるんでしょ! だから私を襲おうとしたんでしょっ!」

「お前の頭の中はどんだけお花畑なんだ!?」


 そこからお互いに言い合いを繰り返す事しばらく、雪だるまが間に入って俺達を止めてくれた事により話題が雪だるまへと移り、この話題は自然とお流れになった。

 もちろん雪だるまに興味が移ったラビィから色々と説明を求められたけど、俺達もこの雪だるまについて何も知らないも同然なので、とりあえず色々と質問をしてみる事にした。

 そしていくつか質問をする中で分かった事は、この雪だるまが冬の精霊に生み出された雪の精霊で間違い無い事、崖から足を滑らせて落ちたラビィを転がしながら移動させて助けてくれた事、何かの目的があってここに居る事だ。


「とりあえずあなたが雪の精霊ちゃんだって事は分かりましたけどぉ、冬の精霊ちゃんは何で側に居ないんですかぁ?」

「えっ? どういう事?」

「冬の精霊ちゃんと雪の精霊ちゃんはぁ、言ってみれば親子みたいなものなんですよぉ。それに冬の精霊ちゃんが側にいないとぉ、雪の精霊ちゃんは上手く力を使う事ができないはずなのですよぉ」

「てことはまさか、ここ連日の荒々しい冬模様はそのせいだったりする?」

「可能性としてはありえなくないですよねぇ」

「なるほど……。ねえ、冬の精霊は今どこに居るんだい?」


 俺がそう質問をすると、雪だるまは身体全体を激しく揺さぶって身体の雪を落とし始めた。


「ちょ、ちょっと何やってんの!?」


 突然奇っ怪な行動を始めた雪だるまを止めようとすると、その雪だるまの胴体部分から小さな雪の塊が落ちた。


「な、何だこれ?」

「ちっちゃくて可愛い~」


 ラッティがその雪の塊を両手で拾い上げて手のひらに乗せると、僅かにその塊が動いた。

 見た目は日本でも見た事のある赤く小さな目の付いた雪うさぎの様に見えるけど、これが冬の精霊なのだろうか。


「これが冬の精霊?」

「そうです。私は冬の精霊です」


 突然ラッティの手のひらでぴょこんと跳ねたかと思うと、その雪うさぎは突然流暢な言葉で話し始めた。

 その様子を見た俺は、突然の事にかなりビックリしてしまった。


「驚かせてすみません。本来ならもっとしっかりとした姿でお話をしたいのですが、今の私は力のほとんどを失っていてそうもいきません。それに出会ったばかりの方にこんな事をお願いするのは心苦しいですが、どうか私達に協力して下さい」


 切羽詰っていると言った様子でそう訴える冬の精霊。

 とりあえずどういった事なのか事情を聞くと、その内容は俺達にとっても無視できない内容である事が分かり、俺達は予定とは違うが冬の精霊と雪の精霊に協力する流れになった。

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