第37話・お屋敷と犬小屋

 エミリーがアストリア帝国へと帰ってから二日が経ったお昼頃。ラビィを除く俺達三人と一匹――いや、この際もう四人でいいだろう。

 とりあえず俺達四人はアストリア帝国の女王様から送られて来た手紙と地図を見て、リリティアのとある一角へと向かっていた。

 リリティアの中心に程近い場所には、いわゆる高級住宅街の様な所がある。そこには金持ちや貴族などの別荘が多くあるんだけど、その中でも一際異彩を放つ大きなお屋敷があった。


「ほわぁー、とても大きなお屋敷ですねぇ」


 頭上でふわふわと飛んでいるミントが驚きの声を上げながら門を飛び越え、そのままお屋敷の方へと向かう。

 目の前に見えるお屋敷は綺麗な白塗りの外観で、見た目にもかなり美しい。そんなお屋敷の敷地外周部は頑丈そうな鉄格子で囲まれていて、その鉄格子の内側は花壇で囲まれている。だけど今はその花壇に咲いている花は無い。

 とりあえず大きな鉄格子の門を開いて中へと入り、お屋敷の出入口を目指す。


「流石はアストリア帝国の女王様だな。こんな大きなお屋敷をポーンと提供してくれるなんて」

「最後はあんな事になりましたけど、女王様はリョータさんにとても感謝をしていましたからね。そのお礼だと思って使わせてもらえばいいですよ」

「ははっ……何だか申し訳ない気持ちになりますけど、活動拠点を持てるのは嬉しいですしね」

「にいやん、ウチもここに住んでいいの?」

「もちろんだよ、ラッティ。これだけ大きなお屋敷なら部屋も沢山あるだろうから、好きな部屋を選んでいいからね」

「どこでもいいの?」

「ああ、どこでも好きな部屋を選んでいいよ。荷物を置いたらみんなでお屋敷の中を見て回って決めような」

「うん! 分かった!」


 明るい笑顔を見せながら元気に返事をするラッティ。アストリア帝国での慣れない生活は辛かっただろうけど、こうして前と変わらない笑顔を見せてくれているから安心した。

 施錠されていた玄関の鍵を開けて屋敷の中へと入り、とりあえず持って来ていた荷物を玄関先へと置いてからお屋敷の中を巡り始める。

 日本でもお目にかかった事が無い豪華なお屋敷の中は外観に見劣りしない程に広く綺麗な上、内装は洋風テイストで更に豪華に見える。そんなお屋敷内を見て回りながら、本当のお金持ちってすげーんだな――と、俺はひたすら感心していた。

 それからそれぞれ気に入った部屋を決めたところで玄関に置いていた荷物を持って部屋へと入り、とりあえずの休憩を入れる。

 家具やベッドなどは置いてある物をそのまま使って良いとの事だったので、ありがたく使わせてもらう事にした。


「――ああーっ、これでちょっとは落ち着いたかな」


 選んだ部屋に入って荷物を置いた後、置いてあったキングサイズのベッドに寝そべって手足を思いっきり伸ばす。宿にあった布団も十分に寝心地が良かったけど、流石に女王様達が使っていたお屋敷にある布団は寝心地が各段に違った。

 それにしても、ラッティが代価の杖で城の一部を破壊してしまった事には驚きを隠せなかったけど、とりあえず怪我人が一人も出なかった事は幸いだったと思う。

 本当ならラッティを迎えに行って無事に再会、俺は女王様から褒美を貰ってハッピーエンド――ってところだったんだけど、理由はどうあれ仲間であるラッティがお城の一部を壊してしまったのは事実なので、俺は女王様からの褒美を辞退させてもらった。流石にあの状況を見て褒美を貰うなんて図々しい真似はできないからな。

 でも、こうして女王様の配慮と気持ちでお屋敷を提供してもらったんだから、それは本当にありがたいと思う。ギルドから借りている長屋の入居期限もそろそろ切れる頃だったし、厳しい冬を目前にしてこんなにもまともな住居を手に入れられたのは本当に幸運だったと言える。


 ――さて、そろそろみんなで遅い昼食でも摂りに行くかな。


 ベッドの上をコロコロと転がって移動し、床に両足を下す。子供みたいな事をやってて我ながら恥ずかしい気はするけど、こんな事が出来るのも個室だからこそだ。

 広い部屋の真ん中にある大きなテーブルの上に置いていた持ち物を手に取って部屋を出た俺は、とりあえず一番近い場所にあるミントの部屋を訪れて昼食へ誘おうとしていた。


「――おーい、ミントー! 入っていいかー?」

「どうぞなのですよぉ」


 レッドカーペットが敷かれた廊下を歩きミントの部屋を訪れた俺は、ミントの了承を得て中へと入った。

 ミントの部屋はお屋敷にある部屋の中で一番小さいんだけど、それでも部屋の広さは約十五畳くらいある。ちなみに一番広い部屋では約六十畳程はあった。

 日本ではテレビなんかで金持ちセレブがこんな場所に住んでいたりするのを見た事はあるけど、現実にそんな部屋を目の当たりにしてもなお、その広い部屋の有効的な使い道が分からない。元が一般家庭だった俺にはきっと、有益な部屋の使い道など思い浮かばないのだろう。


「いらっしゃいませぇ、リョータく~ん。何かご用ですかぁ?」

「これか昼食を食べに行こうと思うんだけど、一緒に来ないか?」

「行きます行きますぅ~。ちょうどお腹も空いていましたのでぇ」


 昼食と言う言葉に反応して寝転がっていたベッドから文字通り飛び起きたミントは、そのままふわふわと飛びながらこちらへと向かって来る。

 ミントはその時の気分で飛び方が変わったりするみたいなんだけど、今回の飛び方を見る限りはとても喜んでいる様だ。


「それじゃあミント。俺はラッティを呼んで来るから、ミントはリュシカを呼んで玄関前まで来てくれ」

「了解しましたなのですぅ~」


 素直にそう返事をすると、ミントはパタパタと羽をパタつかせながらリュシカの居る部屋の方へと向かって行った。

 俺はご機嫌な様子で飛んで行くミントを見てからラッティの居る二階へと向かう。


「――ラッティー、入ってもいいかー?」

「あっ、にいやん! 入っていいよー」

「それじゃあ、お邪魔しまーす」


 ドアノブを回してドアを押し開け中へ入ると、ラッティが大きなベッドの上でゴロゴロと転がりながら遊んでいた。やはり大きいベッドを目の前にすると、誰でもこんな風にしてしまうんだろう。


「にいやん、いらっしゃい!」

「遊んでたのか?」

「うん! お布団の上でゴロゴロして遊んでたの。にいやんも一緒にやろうよ」

「いやー、お兄ちゃんは大人だから、流石にちょっと恥ずかしいかな」


 本当は自室でラッティとまったく同じ事をやっていたと言えるわけもなく、俺は大人としての体裁を保つ為にラッティのお誘いを断った。

 するとその事がショックだったのか、ラッティは明るかった笑顔を急に曇らせて泣きそうな表情を見せ始める。


「にいやん、ウチと遊んでくれないの……?」

「あー! 分かった分かった! 本当は俺もベッドでゴロゴロ遊びしたいなーと思ってたんだよ!」

「ホント?」

「もちろんホントだよ! そーれ行くぞー? とりゃあーっ!」

「にいやんすごーい! ウチもやるー!」


 しばらくの間アストリア帝国で鬱屈した日々を送っていたであろうラッティの事を考えると、俺に拒否権は無い。ここはちょっとでも遊んでラッティを満足させてあげる方がいいだろう。

 こうして俺は自らの中にある罪悪感に逆らえず、ラッティと一緒にベッドに飛び込んでからのゴロゴロ遊びをする事になった。

 そしてラッティの遊びに付き合うこと約二十分。俺達四人はようやくお屋敷を出て祝福の鐘へと向かっていた。

 俺とリュシカが隣り合って歩く中、ラッティとミントは何やら楽しげにお喋りをしながら前の方を歩いている。


「いつまで経っても玄関に来ないと思ったら、まさかベッドの上で幼女と絡み合って遊んでいるとは思いませんでしたよ」


 もしもこの発言を俺の居た日本で他人に聞かれていたとしたら、警察に通報されてもおかしくない内容だろう。まあ幸いにもこの異世界では大きな歳の差婚がそれほど珍しくはない様なので、いわゆるロリコンと言われる者に対する偏見はそれほど無い。

 だけどそれでも、日本で暮らしていた時の常識観念が色濃く残っている俺にとってはいただけない発言だ。


「あの、その言い方は俺という人間を激しく誤解されそうなんで止めてもらえませんか?」

「あっ、すみません。別に深い意味があってそう言ったわけではないのですよ?」


 リュシカはいつもの様に涼しげな笑顔でそう言うけど、俺にはとてもそうは思えない。

 これはきっと標的であるラビィが近くに居ないせいで、その対象が俺にシフトしてきているんだと思う。居たら居たで足を引っ張るどうしようもない奴だけど、居ないせいで俺がリュシカの標的になるのは本当に困る。


「にいやん、帰ったらまたさっきの遊びしようね!」

「私も是非一緒に遊びたいですぅ」

「えっ!? またアレをやるのか?」

「ダメなの?」

「私とは一緒に遊んでくれないのですかぁ?」


 その要望に対して俺が難色の表情を示すと、二人は急いでこちらへと向かって来て俺に絡み付く。

 もしもこの様子を他人が見たらどう思うかは分からないけど、俺としては日曜日や長期連休に遊びに連れて行ってとせがまれている父親の気分が分かる心境だった。

 そしてそんな二人の要求は休みなく交互に続き、最終的には帰ったら一緒に遊ぶという事で頷かされてしまっていた。


× × × ×


 祝福の鐘で食事を終え、お屋敷に戻ってラッティとミントの遊び相手を終えた頃には夜を迎えていた。

 日本に居る時も親戚の小さな子と遊んであげたりした事はあったけど、あの無尽蔵とも思える遊びに対する体力は恐ろしい。自分も子供の時はあんな感じだったのかもしれないけど、幼い頃に俺と遊んでくれた大人には今更ながらに申し訳ないと思ってしまう。

 それでもまあ、二人が小さなお子様らしく早めに遊び疲れて寝てくれたのは助かった。もっともミントをラッティと同じお子様枠に加えていいのかは疑問だけど、この際それは気にしないでおこう。

 女王様が使っていたお屋敷らしく、しっかりとしたお風呂も完備された浴場で汗と疲れを洗い流して部屋へと戻った俺は、身体が冷えない内に大きく柔らかなベッドへと潜り込んだ。

 ベッドに潜り込んだ最初こそ布団の冷たさに身を震わせていたけど、それも数分すれば体温で温まってくる。俺は自身の体温でぬくもってきた布団の中で目を閉じ、そのまま眠りの世界へ向かおうとしていた。


「リョータ――――――――ッ! 出て来――――――――いっ!」


 穏やかな眠りにつこうとしていた俺の耳に、突然そんな怒号が聞こえてきた。

 本当ならそんな声など無視して眠りにつきたいところだけど、俺の名前を叫んでいる主が関係者である以上無視はできない。ご近所迷惑にもなるしな。

 俺は眉間にシワを寄せつつ心地良く温まったベッドから抜け出て玄関へと向かう。


「コラーッ! 出て来いリョーター! 出て来いって言ってるでしょ! このオ〇ニートで早漏で鬼畜で人でなしでロリコンの人間のクズーッ!」

「よくもまあ、それだけ人の事を悪し様に言えるもんだな」

「出て来たわね! この裏切り者っ!」

「いったい何の事だか分からんが、今は夜なんだから静かにしろ。ご近所迷惑だろうが」

「なーにがご近所迷惑よ! こんだけ周りの家と離れてたら私の声なんて聞こえやしないわよ!」


 確かにラビィの言うように、これだけ周りから離れていると声は聞こえていないかもしれないけど、だからと言ってラビィの常識外な行動を認められるかと言うと話は別だ。


「周りに聞こえてるとか聞こえてないとかの問題じゃないんだよ。これは人としてのモラルの問題なんだ」

「残念でしたー! 私は人じゃなくて天使だから、人としてのモラルなんて持ち合わせていないんですぅー!」


 天使なら天使らしく、人間よりもモラルやら礼儀やら協調性を重んじろよとは思うけど、コイツにはもう、天使としてのプライドだけしか残っていないのだろう。


「……まあいいや。それで? こんな夜中に何の用だ?」

「『何の用だ?』じゃないわよ! どうしてこんなお屋敷を手に入れたのに私を呼ばないのよ!」

「お前が今回の件に関して何もしてないからだよ」

「私はリョータの仲間でしょ!? 今まで苦楽を共にして来たパーティーでしょ!? それをこんな形で仲間外れにするなんて酷くない!?」


 本当はミントに引越しの事を知らせに行かせたんだけど、タイミング悪くラビィが天岩戸あまのいわと作戦を止めて出かけていたらしく、最終的に引越しの事を伝える事ができなかっただけだ。


「あのなあラビィ。お前の言っている内容を主張できるのは、パーティーの役に立つ事をした奴だけなんだぜ?」

「私だって十分に役に立ってるはずよ! だからこのお屋敷に住まわせなさいよね!」


 ――今回の件では天岩戸状態を決め込んで何もしてないくせに、どの口がそんな事を言いやがる……。


 素直に自分の愚行を謝罪するなら、こちらもそれそうなりの態度で接しようと思っていたが、この駄天使にそんな様子は一切見られない。


「残念だけどこのお屋敷にある部屋は全部使ってるから、お前の使える部屋なんて残ってないぜ?」

「そ、そんな訳ないでしょ!? ぐるっと屋敷の周りを一周して来たけど、どう見ても二十部屋くらいはあったわよ!?」


 ――どうして外周を回っただけで部屋の正確な数が分かるんだよ……。コイツは本当に妙な部分だけはすげーな。


「その二十部屋全部をみんなで使ってるんだよ」

「そんな馬鹿な話はないわよ! 一つくらい私によこしなさいよねっ!」

「うるさい奴だなー。お前に与える場所なんて、ミジンコが住める程の広さも無いんだよ。あっ、でも一ヶ所だけお前に提供してもいい場所があったわ」

「どこどこ!? そこでいいから案内しなさいよ!」

「くくくっ。いいぜ、こっちに来いよ」


 俺は含み笑いを漏らしながらラビィを屋敷のある一角へと案内する。


「ほら、着いたぜ。これがお前に提供できる部屋だ」

「何それ?」

「今言っただろ? お前に提供できる部屋だよ」

「私にはそれが犬小屋にしか見えないんだけど?」

「俺の目にもちゃんと犬小屋に見えてるぞ。別にお前の目がおかしくなったわけじゃないから安心しろ」

「アンタねー! ふざけるのも大概にしなさいよ!? どうして大天使の私が犬小屋なんかに住まなきゃいけないのよ!」

「うっさいこの駄天使が! 本当ならお前なんてこの犬小屋を提供してやるのも勿体ないくらいなんだ! これが気に食わないならホームレス生活でも送っとけ!」


 駄天使の我がままぶりにそう言い残して去ろうとすると、俺の腰にガッチリと両手を回して帰るのを阻止してきた。


「ちょ!? 離せっ!」

「嫌よっ! このまま私を捨てるなんて認めないんだからねっ!」

「痴情のもつれた間柄みたいなセリフを吐いてんじゃねーよ! 夜とは言え誰かが見てて誤解されたらどうすんだ!」

「それが嫌なら私を迎え入れなさいよ! リョータが私を迎え入れてくれるまで、こうしてしがみ付いてやるんだから!」

「くそっ! 離せ!」

「いーや! 絶対にこの手は離さないんだからっ!」


 こうして俺は駄天使にタコの様に絡みつかれ、しばらくの間寒い夜中の庭先で暑苦しい攻めを受け続ける事になってしまった。

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